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2013年5月14日 (火)

飛鳥 (あすか 奈良県明日香村) をレンタサイクルで巡る2013 (4) - 橘寺(聖徳太子建立七大寺のうちのひとつとされる)

 

  連休後半の5月5日に岐阜からの日帰りという少し無謀な飛鳥の旅は、橘寺へ。

県道を挟むように南に橘寺、北に川原寺跡とその中金堂跡に弘福寺があります。

前回の記事では亀石から東に向かい集落に入るところまでを紹介しましたが、今日はその続きと橘寺です。

  飛鳥観光マップ。

 

  亀石から東に向かい集落の中に入っていきます。

Dsc09097

 

  亀石方向を振り返ったところ。

Dsc09099

 

  南への脇道。

Dsc09101

 

  さらに東へ向かい集落を抜けて、再び北に方向を変えて県道と合流。

Dsc09102

 

  県道から橘寺。

  県道沿いには駐輪場から駐車場、トイレがあり飛鳥の一大スポットの様相。

Dsc09103

 

  橘寺は聖徳太子建立七大寺のうちの一つとされています。

  碑には聖徳太子御誕生所とあります。

Dsc09104

 

  向こうが川原寺跡と弘福寺。

Dsc09105

 

  こちらは西門。

  正門は東門だそうです。

Dsc09151

 

  西門から入り拝観します。拝観料は大人350円。

  この日は季節限定拝観の宝物殿(聖倉殿)が拝観できました。

Dsc09108

 

  黒駒(太子の愛馬)と経堂(阿弥陀如来)。

Dsc09111

 

  本堂。

  西門に対しては背中を向けています(正門は東門)。

  本尊は重文聖徳太子像。

  橘寺は聖徳太子建立七大寺の1つとされています。

Dsc09117

 

  観音堂。

Dsc09118

Dsc09120

 

  遠く東の山腹に見える岡寺の三重塔。

Dsc09125

 

  まだ新しい往生院。

  天井画が見どころです。

Dsc09127

 

  往生院前にある宝物殿(聖倉殿)。

Dsc09128

 

  鐘楼。

Dsc09130

 

  こちらが正門の東門。

Dsc09131

 

  西門に戻る途中の五重塔跡。

Dsc09133

 

  三光石と阿宇池。

Dsc09136

 

  本堂を北斜めから。

Dsc09140

 

  黒駒と観音堂、本堂上から。

Dsc09142

 

  本堂の南裏に回りこむと飛鳥時代の石像物、「二面石」があります。

  右善面、左悪面と呼ばれています。

Dsc09143

Dsc09145

 

  橘寺から次は県道の北側にある川原寺跡へ。

Dsc09146

  撮影 2013/05/05

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コメント

二面石>
右善面、左悪面と呼ばれています。>
妙な所にコメントしますが、西欧語をかじる者としては非常に面白い命名です。
印欧語では左は否定的、右は肯定的な意味がこめられています。

「印欧語の右と左」
ttp://c-faculty.chuo-u.ac.jp/~rhotta/course/2009a/hellog/2010-03-22-1.html

これはキリスト教の影響もあいまって中世ラテンになるとより明確になり、'sinister(左)'は悪を'dexter(右)'は法・正義を象徴するようになります。
二面石は仏教を通じてインドの観念が輸入されたのかなどと妄想してしまいます。

投稿: ddol | 2013年5月15日 (水) 19時26分

「印欧語の右と左」<短い文章でしたが、おお~!という思いで読みました。
regular, reign, ruleが同じ語源と言うのは面白かったです。

中世ラテンになるとより明確になり、'sinister(左)'は悪を'dexter(右)'は法・正義を象徴するようになります。
<このあたりも面白そう。

インドの観念が輸入<なるほど。
仏教概念に二面石が関係していても不思議は無いですね。

左右の関係だけでもこれだけ深いんですね^^ う~む、勉強になりました。

投稿: mino | 2013年5月16日 (木) 01時47分

題名が抽象的で気付かなかったのですが、「猿石」の謎に挑んだ力作があります。

奥西峻介「双面の者」(『日本語・日本文化』(大阪外国語大学留学生日本語教育センター) 37巻(2011年))
ttp://ir.library.osaka-u.ac.jp/dspace/bitstream/11094/10034/1/JLC_37_01T.pdf

門外漢なので内容の当否はわかりませんが、久しぶりに引きずり込まれるように一気に読んでしまいました。

投稿: ddol | 2013年5月16日 (木) 18時49分

>「印欧語の右と左」
そういえば、お雛様。男雛が向かって左におるなあ。「伝統」とかは、脱ぎ捨て自由なんや^^;

中国の指導部。最高指導者を中央とすると、ナンバー2の人は、どちらに並ぶの?

投稿: tera | 2013年5月17日 (金) 05時00分

ddolさん、奥西峻介「双面の者」のリンクありがとうございます。読んでみます。


teraさん、う~ん、この場合の「伝統」って何をさしているんでしょうか?

話が抽象的過ぎて、どうもよく分かりません^^

投稿: mino | 2013年5月17日 (金) 11時00分

teraさん、う~ん、この場合の「伝統」って何をさしているんでしょうか?>
話が抽象的過ぎて、どうもよく分かりません^^>
私も同じです。

中国の指導部。最高指導者を中央とすると、ナンバー2の人は、どちらに並ぶの?>
No Ideaです。

漢字を感じる「右・左」
ttp://ameblo.jp/happy2525tkg/entry-10767342842.html

では「左遷という字からもわかるように、左より右の方が上と考えられていたそうです」と書かれていますが、官職名では左の方が右より上ですよね。ということは、ある時左右がひっくり返ったということなのでしょう。

投稿: ddol | 2013年5月17日 (金) 19時23分

>話が抽象的過ぎて、どうもよく分かりません^^
申しわけないです^^:

雛飾りの男雛と女雛の立ち位置が逆になってて、びっくりした記憶があるんや。男雛は、向かって右やろと。
それで調べてみると、逆転したのは明治以降で、欧米に合わせて天皇・皇后の立つ位置を変えた影響でお雛様の配列もかわったとか。脱亜入欧やね。国の事情が変わると、お雛様の立ち位置なんかはどうでもいいんやね。

投稿: tera | 2013年5月18日 (土) 05時13分

追加です。
中国文化圏では、左やね(文化圏地域の全部を調べたわけではないけど^^;)
天皇と皇后が並び立つ場面では、天皇は左(向かって右)が当たり前と思ってたんやけど、韓国の歴史ドラマでも、国王は右に立ってる感じが^^;

投稿: tera | 2013年5月18日 (土) 05時29分

中国文化圏では、左やね>でも、左遷って中国の官吏の降格人事で使われたのが語源らしいですし。

と言いつつも日本では左大臣のほうが右大臣よりも格上。

といいつつも「右に出るものがいない」とか言いますし・・・。(以上 語源由来辞典 左遷の語源より)

http://gogen-allguide.com/sa/sasen.html

どっちが正しいのでしょうね?

投稿: mino | 2013年5月18日 (土) 12時08分

語源辞典では ddol さんのリンク先の人が仰っている左>右とは真逆ですね。

どうなんでしょうね?

投稿: mino | 2013年5月18日 (土) 12時13分

天皇と皇后が並び立つ場面では、天皇は左(向かって右)が当たり前と思ってたんやけど、韓国の歴史ドラマでも、国王は右に立ってる感じが^^;>
『源氏物語絵巻』もそうですね。
ttp://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/002/615/95/N000/000/001/genjiemaki-asagao.jpg
ttp://www.bunka.pref.mie.lg.jp/saiku/attach/20_Picture/01_Picture/03_Detail/0000/0000431001_s.jpg

半島は朝鮮時代しか確認できなかったのですが、おっしゃる通りでした。
ttp://app.yonhapnews.co.kr/YNA/Basic/Gallery/YIBW_showPhotoNews_New.aspx?contents_id=PYH20100620038500013

ただこんな写真があります。
ttp://www.memoryprints.com/image/142985/coronation-portrait-of-king-george-v-and-queen-mary
ttp://www.npg.org.uk/collections/search/portraitLarge/mw16729/King-George-VI-Princess-Margaret-Queen-Elizabeth-II-Queen-Elizabeth-the-Queen-Mother
ttp://commons.wikimedia.org/wiki/File:Detail_of_the_1743_portrait_of_the_Family_of_Philip_V_of_Spain,_(Fernando_Prince_ofAsturias,_King_Felipe,_Infante_Luis_Antonio,_Queen_Elisabeth,_Infante_Felipe_and_Princess_Louise_Élisabeth)_L_M_van_Loo.jpg
などなど・・・

韓国では王と王妃の人形がネット販売されていて、その写真を見ると王が左、王妃が右になっています。
ttp://acecafe.co.kr/acegreen/mall/ace.php?mode=sub&catedb=8/50&sort=3

もうなんだかわかりません。

どっちが正しいのでしょうね?>
どうなんでしょうね?>
半島でも同じようで、それぞれ制度や語彙が入って来た時代が違っていたと考えるしかないのではないのでしょうか。

投稿: ddol | 2013年5月19日 (日) 12時08分

天皇と皇后が並び立つ場面では、天皇は左(向かって右)が当たり前と思ってたんやけど、韓国の歴史ドラマでも、国王は右に立ってる感じが^^;>
『源氏物語絵巻』もそうですね。
ttp://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/002/615/95/N000/000/001/genjiemaki-asagao.jpg
ttp://www.bunka.pref.mie.lg.jp/saiku/attach/20_Picture/01_Picture/03_Detail/0000/0000431001_s.jpg

半島は朝鮮時代しか確認できなかったのですが、おっしゃる通りでした。
ttp://app.yonhapnews.co.kr/YNA/Basic/Gallery/YIBW_showPhotoNews_New.aspx?contents_id=PYH20100620038500013

ただこんな写真があります。
ttp://www.memoryprints.com/image/142985/coronation-portrait-of-king-george-v-and-queen-mary
ttp://www.npg.org.uk/collections/search/portraitLarge/mw16729/King-George-VI-Princess-Margaret-Queen-Elizabeth-II-Queen-Elizabeth-the-Queen-Mother
ttp://commons.wikimedia.org/wiki/File:Detail_of_the_1743_portrait_of_the_Family_of_Philip_V_of_Spain,_(Fernando_Prince_ofAsturias,_King_Felipe,_Infante_Luis_Antonio,_Queen_Elisabeth,_Infante_Felipe_and_Princess_Louise_Élisabeth)_L_M_van_Loo.jpg
などなど・・・

韓国では王と王妃の人形がネット販売されていて、その写真を見ると王が左、王妃が右になっています。
ttp://acecafe.co.kr/acegreen/mall/ace.php?mode=sub&catedb=8/50&sort=3

もうなんだかわかりません。

どっちが正しいのでしょうね?>
どうなんでしょうね?>
半島でも同じようで、それぞれ制度や語彙が入って来た時代が違っていたと考えるしかないのではないのでしょうか。

投稿: ddol | 2013年5月19日 (日) 12時08分

ということは、時系列的にそれぞれの国での違いを検証するしかないですね。

ddolさん、またスパム扱いになっていました。申し訳ありませんでした。
どうやらアクセス解析のメンテナンスの実施が原因のようです。

投稿: mino | 2013年5月19日 (日) 13時34分

スパム扱い>
拾い上げてもらえると思っていました。

左右のどちらが優位かの起原については、どうやら二説あるようです。

「男雛と女雛(内裏雛)の左右の配置」
ttp://www.nikkei.com/article/DGXDZO51250830R00C13A2W05001/
これは天体起原説です。

もう一つは陰陽説です。
「男雛と女雛(内裏雛)の左右の配置」
ttp://www.tenhodo.co.jp/archives/sayuu.html

いずれにせよ、本場中国でも時代によって違っているようです。

様々な「最後の審判」の絵を集めてくれているサイトがあり、それを見ると例外なくイエスから見て右が天国、左が地獄となっています。
ttp://blogs.yahoo.co.jp/haguregumo_39/7989169.html

ちなみに、朝鮮語では「右(側)」は「オルンチョク」が普通なのですが、「パルンチョク」という表現も使用します。ここで「チョク」は「〜側」という意味で、「パルン」は「正しい」という動詞の連体形です。複合語のためか韓国の辞書にもその語源が出ていないので、何か深い意味があるのかどうかは不明です。今度は逆に、「オルタ」というやはり「正しい」という意味の動詞の連体形「オルン(先のオルンとは綴りが違う)」+「チョク」という用法も生まれているそうです。

川原寺>
「バーチャル飛鳥京: 複合現実感技術による遺跡の復元」(ttp://ktx.jp/paper/dca07kakuta.pdf)が川原寺の復元CGを掲載してくれています。

また、「石舞台古墳 解説書(明日香村)」(ttp://www.asukamura.jp/youtube/ishibutai.pdf)は古墳に関する様々な解説をしてくれていて、手元に置いておくと便利です。

投稿: ddol | 2013年5月19日 (日) 19時04分

なるほど。こうして見ると右左の問題ははかなり時代によっても異なるし、地域によっても異なるということで、確定ができないのですね。

石舞台は絵が満載で分かりやすいです。
現地にも良く似た説明板がありました。

江戸時代は数々の絵図を残していてくれて、江戸時代の出版文化には改めて驚かされますね。

投稿: mino | 2013年5月20日 (月) 19時08分

江戸時代は数々の絵図を残していてくれて、江戸時代の出版文化には改めて驚かされますね。>
同感です。江戸期にはその当時の遺跡の記録も残してくれていて、現在の研究でも大いに活用されていますね。

中世ヨーロッパでは絵は盛んではなく、彫刻になりますね。絵巻物もないのではないでしょうか。ピレンヌテーゼでは、パピルスの輸入が止まり、羊皮紙を使うようになったためだということになるのでしょう。8〜9世紀アイルランドには「ケルズの書(The Book of Kells)」という奇妙な聖書があります(ttp://www.snake.net/people/paul/kells/)。

投稿: ddol | 2013年5月21日 (火) 19時40分

「ケルズの書(The Book of Kells)」>見てみましたが8、9世紀としては保存状態が良いですね。

言い忘れましたが、江戸時代の名所図会というのもかなり貴重で、各地の観光地や寺社、そして当時の風俗が生き生きと描かれているのは見てて飽きません。

投稿: mino | 2013年5月22日 (水) 18時12分

名所図会>
ネットでもいくつか公開してくれているので、今度じっくり見てみます。各地の図絵が作成されたということは、この頃、人の移動が激しかったということなのでしょうか。

ところで牽牛子塚古墳の調査結果が発表されましたね。朝日新聞に「神秘の古墳は大事業 牽牛子塚、石室造りの最先端集団か」(www.asahi.com/national/update/0525/OSK201305250010.html)という記事が出ていました。知らない間に色々成果が出て来ています。

2011年の文章ですが、
今尾文昭「牽牛子塚古墳の発掘成果を考える」(www.teikokushoin.co.jp/journals/bookmarker/pdf/201104/19_msssbl_2011_04_s02.pdf)
が牽牛子塚古墳に関して簡単に説明してくれています。

投稿: ddol | 2013年5月25日 (土) 19時12分

ddolさん
「左と右」の話のいろんな紹介、ありがとね。紹介してくれるリンク付け、いつも楽しみにしてるで^^

>中世ヨーロッパでは絵は盛んではなく、彫刻になりますね。絵巻物もないのではないでしょうか。ピレンヌテーゼでは・・・
絵巻物は知らんなあ。でも、日本の絵巻物のように、一つのシーンで動態を描くというモチーフの絵画は、中世でもあったんやないかな。
ピレンヌテーゼはとても面白いけど、羊皮紙にした別の理由があった記憶も(忘れてしまってね^^;)

mimoさん
確かに、左右の話は複雑やなあ。

>図会
商売と離れて人が動き出すというところが、江戸中期~後期の面白いところやね。
宗教関係が当時の一番のテーマパークなんやけど、それに付随して観光地やら食べ物やら遊郭等が。
じつは、宗教にかこつけて。宗教も大事だったんやけど、後者がメインかもね^^

またまた、飛鳥とは関係ない話しになってしまい、申しわけないです

投稿: tera | 2013年5月26日 (日) 05時46分

でも、日本の絵巻物のように、一つのシーンで動態を描くというモチーフの絵画は、中世でもあったんやないかな。>
まだ本の整理ができていないので典拠はわかりませんが、この辺りに言及した研究はあったと思います。
日本に関しては
加治屋健司「日本の中世及び近世における夢と幽霊の視覚表象」(『広島市立大学芸術学部芸術学研究科紀要』16 (2011年))
harp.lib.hiroshima-u.ac.jp//bitstream/harp/10367/1/art16-3744.pdf
が面白かったです。

ピレンヌテーゼはとても面白いけど、羊皮紙にした別の理由があった記憶も(忘れてしまってね^^;)>
私も同じです。「紙」が植物性から動物性になったせいか、西欧中世では長い巻物はほとんどないようです。'roll'と呼ばれる短めの巻物は、イングランドで証書用として用いられましたが・・・

宗教関係が当時の一番のテーマパークなんやけど、それに付随して観光地やら食べ物やら遊郭等が。>
11〜12世紀西欧も同じですね。民族移動やらその後の混乱が落ち着いて巡礼ブームとなり、各地に観光地ができました。この辺はマルク・ブロック『魔術を執り行う王』で触れられていたように記憶しています。
なんか随分昔のことで、記憶をたぐり寄せながらということで、いつも曖昧で申し訳ありません。

投稿: ddol | 2013年5月26日 (日) 13時44分

ピレンヌテーゼとか懐かしい言葉が・・・というしかありません^^。

ヨーロッパ中世の形成については面白かったですね。

最近はヨーロッパの歴史には疎くて^^;

投稿: mino | 2013年5月26日 (日) 23時41分

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