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2013年6月30日 (日)

笠松 奈良津堤からの名鉄電車 2013 - 笠松駅から帰る 岐阜県笠松町

 

  梅雨の晴れ間の土曜日、この日の午後の半日だけ見事に晴れて、笠松の奈良津堤を散歩してみました。

そんなに長い滞在ではありませんでしたが、気持ちの良い午後の散歩となりました。

 

  踏切りを線路の東側に渡ります。

  須ヶ口発名鉄岐阜行き普通6500系。

Dsc09718

 

  東側には笠松競馬場があります。

Dsc09720

 

  踏み切りの東側から。

  名鉄岐阜発豊橋行き快速特急パノラマスーパー1000系。

  線路沿いを北に向かい、堤を下りて駅へ。

Dsc09721

 

  笠松駅西口。

  東の名古屋本線、西の竹鼻線に挟まれた形の西口駅前広場。

Dsc09725

 

  1番線の竹鼻線 新羽島行き普通3150系。

Dsc09728

 

  名鉄岐阜発 中部国際空港行き 特急1700系の到着。

Dsc09730

 

  笠松駅到着の 須ヶ口発 名鉄岐阜行き普通 3100系2輌編成。

Dsc09736

 

  終着駅名鉄岐阜駅の一つ手前の加納駅で下車。

Dsc09741

 

  加納駅横の岐阜東通りの踏み切り。

Dsc09742

  撮影 2013/06/22

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コメント

笠松は御鮨街道の湊なので「長良川うかいミュージアム」から笠松ということでしょうか。

美濃郡代が置かれた交通の要衝と同時に治水の中心地でもあったそうで、こんな論文がありました。
秋山晶則「旗本交代寄合高木家の治水役儀をめぐって -笠松役所との関係を中心に-」(『名古屋大学博物館報告』第16巻 (2001年))
ir.nul.nagoya-u.ac.jp/jspui/bitstream/2237/3229/1/KJ00000051490.pdf
話が細かすぎてちゃんと理解できなかったのですが、治水に大功あった地元領主高木家と幕府側の郡代との確執を描いています。

知野泰明・大熊孝「木曽三川宝暦治水史料にみる「見試し」施工に関する研究」(『土木史研究』22号 (2002年))
dspace.lib.niigata-u.ac.jp/dspace/bitstream/10191/6178/1/5_0013.pdf
は宝暦治水の状況を具体的に明らかにしてくれていて、必死に試行錯誤している様子が興味深いです。

最後にまた日経の記事で、「大江戸線、冷房強いのになぜ暑い 鉄道各社の温度(www.nikkei.com/article/DGXNASFK2602Q_X20C13A6000000/)」が、昔の記憶を呼び起こしてくれて面白かったです。

投稿: ddol | 2013年7月 3日 (水) 20時59分

ddolさん
秋山晶則「旗本交代寄合高木家の治水役儀をめぐって -笠松役所との関係を中心に-」(『名古屋大学博物館報告』第16巻 (2001年))
 >とても面白かったです。
旧上石津町(現在は大垣市の飛び地)に高木家、それも交代寄り合いの旗本が居たことはまったく知りませんでした。

しかも、美濃郡代と共に木曽三川の河川政策に関わっていたという、とても勉強になりました。
最終的には高木家の木曽三川への関わりが縮減されて、それに至る美濃郡代との綱引きがよく判りました。

途中、読んでいたら、美濃郡代の某が郡上一揆に関係して処分されていることが記述されていて、一体美濃郡代がどのように関係あるのかと、脱線して郡上一揆関連を調べていて、何時間も寝ずにPCと向き合うことになりました。
どちらも土地勘のある話なので、いろいろ調べ物ができて大変勉強になりました。

木曽三川の改修工事は明治のデ・レーケの改修でほぼ完結するんですが(1900年)、この改修工事による立ち退きで私のご先祖様が営んでいた酒造業が廃業に追い込まれました。
私の曾(ひい)お爺さんにあたります。

投稿: mino | 2013年7月 4日 (木) 06時25分

木曽三川の改修工事は明治のデ・レーケの改修でほぼ完結するんですが(1900年)、この改修工事による立ち退きで私のご先祖様が営んでいた酒造業が廃業に追い込まれました。>
「公」のために犠牲が強いられるのはいつの時代でも同じですね。でも酒造業とは。minoさんはお酒が強いのですか。

秋山論文がお役に立ったのは幸いです。秋山さんは「高木家文書」の整理を行った方のようで、こんな論文も公開されています。

秋山晶則「木曽三川流域治水史再考」(『名古屋大学附属図書館研究年報』 1巻 (2002年))
ir.nul.nagoya-u.ac.jp/jspui/bitstream/2237/6081/3/annals_01_50-59.pdf
秋山晶則「木曽三川流域治水史をめぐる諸問題 -治水の歴史と歴史意識」(『岐阜聖徳学園大学紀要 教育学部編』52巻 (2013年))
www.shotoku.ac.jp/data/facilities/library/publication/education-kyoiku52_09.pdf

両論文とも「御囲堤」と「宝暦治水」を扱っていて、前者は通説に疑問を呈し、後者はそれに対する回答となっています。
ちなみに後者の註にあるurlは「国土交通省木曽川下流河川事務所」以外はリンク切れです。

高木家に関しては

名古屋大学附属図書館・附属図書館研究開発室「旗本高木家主従の近世と近代 -高木家文書と小寺家文書」
www.nul.nagoya-u.ac.jp/event/poster/zuroku_200905.pdf
旗本西高木家陣屋跡
www.city.ogaki.lg.jp/0000012704.html

前者はまだ読んでいませんが、一応紹介しておきます。

こういう「地域密着型」の論文となると、基礎知識がないとつらいです。自治体史でも読めればいいのですが、近年は自治体史も時代遅れになりつつあるようなので、最新の論文でないとだめなようです。今はネットで多少は検索できるのが救いです。

投稿: ddol | 2013年7月 5日 (金) 19時41分

お酒が強いのですか。<それが、全然飲めません。
体質的にアルコールを受け付けません。
父も下戸です。しかし、兄は結構飲めます。
ちなみに、私どもの祖父は養子なので、酒造業を営んでいた曾お爺さんと私たちとは血縁関係がありません。
曾祖母が祖父の叔母にあたると聞いています。我が家での最も古い人物写真として残っているのが曾祖母です。

秋山さんの論文、ありがとうございます。まだ読んでいませんが、前回にも書いたとおり自らの地域の土地勘のある話でかなり面白く、興味深いです。

こういう「地域密着型」の論文となると、基礎知識がないとつらいです。
>たしかに、他の地域の人にはわかり辛いでしょうね。
私どもも東京や関東の話になるとなかなかわかり辛いです。
まず、基本的に地理的位置関係が理解できていないのが致命的ですね。
ですから、戦国時代の武将のお城などはその位置関係が理解できず、どこをどのように争っていたのかがもう一つピンとこないので、その辺りがなかなか理解し難しいです。

秋山晶則さんは現在は岐阜の聖徳学園大学の教授なんですね。

投稿: mino | 2013年7月 6日 (土) 20時52分

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