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2013年8月

2013年8月30日 (金)

仙台駅にて 2013年7月 - 山形へ向かう途中

 

  名古屋港から太平洋フェリーで仙台港に入り、連絡バスで仙石線中野栄駅前下車。

中野栄駅で「北海道&東日本パス」10000円を購入して当駅から仙台駅に到着したところ。

この後、仙山線で山形へ向かい、この日は山形で一泊しました。

 

  手前から東北本線岩沼行き普通719系。

  向こう側が常磐線浜吉田行き普通719系。

  その向こう仙台空港鉄道のSAT721系電車(E721系と同型)。

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  485系、快速「あいづライナー」(郡山~会津若松(喜多方))として使用されています。

  所属車両基地は仙台。回送されてきたところ、回送するところ?

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  仙山線のE721系の到着。

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  撮影 2013/07/18

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2013年8月29日 (木)

山形市内観光から その後(9) - 諏訪高島城(長野県諏訪市)(3) 上諏訪駅で最後の寄り道

 

  一度は武田家に滅ぼされた諏訪氏は1601年に徳川家臣の譜代大名として先祖代々の地である諏訪に2万7千石で返り咲き、以後、明治まで高島城を藩庁として諏訪の地を治めました。

1970年には天守、櫓、門、塀が復元されて現在見る高島城があります。

ちなみに、高島城を築城したのは日根野高吉で、日根野氏は1601年に下野国壬生藩へ移封されています。

 

  今回の旅行は、名古屋港からのフェリーで仙台港へ、仙台到着のその日のうちに山形に入り、翌日から二日間で山形市内を観光しました。

そして山形観光二日目には一挙に米沢から米坂線を利用して新潟へ抜け、新潟からは夜行の「ムーンライトえちご」であくる日早朝に新宿へ。

早朝、新宿から大月へ到り、大月で富士急電車を利用して河口湖へ寄り道。

その後、最後の寄り道を上諏訪駅下車で高島城を訪れて、この旅行の最後としました。

 

  塩尻で「北海道&東日本パス」から「青春18きっぷ」に切り替えてあとはひたすら岐阜まで帰りました。

 

  旅行日の最後、高島城では天候が怪しくなりました。

  左の木々は桜で、桜の季節に訪れるのも良さそうですね。

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  本丸城内の諏訪護国神社。

  1900年に建てられました。

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  移築されている三之丸御殿裏門。

  こちらの外に駐車場があり、車で高島城を訪れる人はこちらから入城できます。

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  外から。

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  下からの天守台石垣。

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  天守入り口あたりの石垣。

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  駐車場と天守。

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  帰りはこちらから駅へ向かい、上諏訪駅裏口へ到りました。

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  撮影 2013/07/21

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2013年8月28日 (水)

山形市内観光から その後(8) - 諏訪高島城(長野県諏訪市)(2) 上諏訪駅で最後の寄り道

 

  諏訪氏は代々、諏訪大社の大祝(おおほうり)を務めてきた一族である(wikiより)。

 

  戦国時代、諏訪頼重の代に諏訪は武田晴信(信玄)に侵攻され、頼重は敗れて自害、諏訪は武田家の直轄地とされ、このとき頼重の弟である頼高、満隣(頼重の叔父)の子頼忠は臣従し諏訪大祝(おおほうり 神社の宮司にあたる)となる。

また、頼重の娘諏訪御料人は信玄の側室となり、四男の武田勝頼を生んだのは有名なお話で、諏訪御料人のその数奇な運命を取り上げた小説、映画等も多く、ご存知の方も多かろうと思います。

その後、武田家は勝頼の代に織田信長による甲斐、信濃侵攻で滅亡(1582年)、同じ年に信長が本能寺の変で横死すると、諏訪頼忠(頼重の従兄弟にあたる)は諏訪で自立して侵攻してきた家康と戦うも敗れ、和睦の形で臣従し諏訪郡を安堵。

そして、小田原の役で後北条氏が滅びた1590年、諏訪頼忠は家康の関東移封に従い関東へ(この時は豊臣政権下で諏訪頼忠は徳川家臣)、そして諏訪には日根野高吉が移封、高吉は7年の歳月をかけて高島の地に築城、これが諏訪高島城で、現在私たちが見る高島城です。

関ヶ原の戦い(1600年)のあと、1601年に日根野氏は下野国壬生藩に転封、替わりに諏訪頼水(すわ よりみず 諏訪頼忠の長男)が2万7千石の譜代大名として返り咲き、以後、明治まで諏訪氏は先祖代々の地を治めることとなります。

 

  いつもの「余湖くんのお城のページ」からの引用図。リンク先。

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  1970年に天守、櫓、門、塀が本丸跡に復元されました。

  二の丸、三の丸は現在は宅地化しています。

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  諏訪高島城の天守は分類上復興天守という位置づけです。

  古写真はあるそうですが、現在の天守とは若干異なるという事です。

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  天守閣からの諏訪湖の眺め。

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  本丸内部。

  公園化されています。

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  撮影 2013/07/21

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2013年8月23日 (金)

山形市内観光から その後(7) - 諏訪高島城(長野県諏訪市)(1) 上諏訪駅で最後の寄り道

 

  小淵沢駅始発の松本行きで塩尻へ向かう途中、最後の寄り道として上諏訪駅で途中下車、諏訪高島城を訪れました。

高島城へは以前にも訪れたことはあるのですが、久し振りに、と思い立ち下車しました。

 

  いつもの「余湖くんのお城のページ」からの引用図。リンク先はこちら。

Takasimajyo

 

  そして、GoogleMAPからの地図をリンクしてみました。

  駅前から諏訪1丁目の交差点を右へ折れました。

  黄色の道路ではなく駅からみてもう一つ手前の道路をお城に向かいました。

  +を押して拡大して見て下さい。


大きな地図で見る

 

  上諏訪駅構内にて。

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  表の東側へ出て、南方向に歩いて振り返ったところ。

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  すぐに踏み切りを渡ります。

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  渡り終えてすぐに遮断機が下り、EF64機関車が単機で駆け抜けていきました。

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  夏祭りの準備でしょうか、大きな提灯が並んでいます。

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  横道の商店街。

  帰りは向こう側からこちらを見ながら通り過ぎました。

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  高島城縄手の碑。

 

  高島城を築いた日根野氏は代々美濃斎藤家の家臣で、高吉の父弘就(ひろなり)は最後まで斎藤龍興に従い、織田信長に抵抗して稲葉山城落城後は浪人。

後、弘就(ひろなり)以下一族は今川氏真(うじざね)に仕えるも今川氏が滅び再び浪人。

以後、浅井長政に仕え、後、長島一向一揆に参加、長島が落ちた後、近江に住し、やっとその後に信長に降り、1575年の越前一向一揆では織田方として越前に攻め込んでいます。

実は、こんな風に見て来たように書いていますが、日根野家って一体稲葉山城落城後はどうしていたんだろうと、かなり前から気になっていた武将でした。

しかし、今回のこの碑で久し振りに日根野氏の名前を発見して、改めてWikiを参照にしている次第です。

 

  日根野高吉は秀吉の小田原攻めで功があり、諏訪高島に3万8千石(諸説あり)を拝領。

高島城を7年かけて築城しています。

日根野氏は高吉の子の吉明(下野壬生1万2000石)の代で嗣子無く、大名としての日根野氏は断絶(1656年)。

しかしながら、一族は旗本として存続したということです。(Wikiから参照)

  大阪の人は分かると思いますが和泉の日根(野)が発祥といいます。

美濃本田(ほんでん)城が本拠と言われていますが、現在の瑞穂市で樽見鉄道美江寺駅の東南東2kmぐらい、糸貫川畔の西側に城跡があります。

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  この広い通りは右に折れて細くなります。

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  さらに左に折れ、 一本目の小さな川を渡る頃にある説明板。

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  信州・諏訪の味噌蔵・丸高蔵。

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  振り返って。

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  諏訪高島城天守。

  コンクリートですが、天守があるか無いかでは雲泥の差。

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  撮影 2013/07/21

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2013年8月22日 (木)

山形市内観光から その後(6) - 「小淵沢駅(こぶちざわ えき) 山梨県北杜市」にて

 

  朝早くに新潟からの夜行電車「ムーンライトえちご」で新宿に着き、高尾、大月と乗り継ぎ、今回仙台から利用した「北海道&東日本パス」10000円が富士急電車にも有効であることから河口湖へ寄り道をして、さらに大月に戻り西へ。

大月から甲府へ向かい、甲府駅乗車の電車が小淵沢行きで、小淵沢でしばしの電車待ち。

小淵沢からは小諸までの小海線が分岐しています。

高原を走る鉄道として知られている小海線は、私も2007年の8月に小諸から小淵沢に抜けたことがあります。

 

  小淵沢駅にて。

  115系電車はJR東・西でまだまだ元気ですね。

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  「高原列車の旅」とのキャッチフレーズ。

  たしかに夏の高原列車の旅は爽快ですよね。

  しなの鉄道(旧信越本線)の軽井沢~小諸間の夏のあの車窓の爽やかさも捨てがたいです。

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  キハ110形2輌編成。

  JR東日本での一般型気動車。

  キハ100形や101形、111形、112形等派生形が多く、
  私ども西の住人、
  特に東日本を知らないものにとって見分けは困難で・・・。

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  松本発新宿行き特急「スーパーあずさ18号」の通過。

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  新宿発松本行き特急「スーパーあずさ15号」停車中の連結部。

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  小海線の気動車は4番線。

  私のいるホームが1、2番線。

  小淵沢駅始発の電車は5番線から。

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  跨線橋を渡り4、5番線へ。

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  小淵沢14時09分始発の松本行きが入線。

  再び西へ(正確には線路は北西に伸びている)。

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  撮影 2013/07/21

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2013年8月20日 (火)

山形市内観光から その後(5) - 甲府駅にて

 

  大月駅では富士急電車が「北海道&東日本パス」で利用できるということで、3時間余を割いて河口湖まで寄り道をしてみました。

その後、大月駅まで戻りさらに西へ向かいました。

その途中の甲府駅にて。

 

  高尾発甲府行き、甲府駅に12時39分に到着。

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  身延線ホームでJR東海の特急車両を見かけたので、そちらへ。

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  残念ながら特急「(ワイドビュー)ふじかわ8号」は出発したばかり。

  12時49分発富士行きの普通313系が待機していました。

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  乗り継ぎの次の電車は13時01分の小淵沢行き。

  待っている間に新宿発9時02分小淵沢終着11時59分の快速「ホリデー快速ビューやまなし号 」215系が回送されてきました。

  帰りは小淵沢発16時17分の新宿行き。甲府駅構内で待機でしょうか?

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  撮影 2013/07/21

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2013年8月19日 (月)

山形市内観光から その後(4) - 大月(山梨県大月市)から富士急で河口湖へ(3)河口湖駅から大月駅へ

 

  富士山の世界遺産化のせいでもないのでしょうが、外国人も見かけた河口湖まで寄り道をして、大月駅まで戻りました。

大月駅から富士急で河口湖駅、駅から徒歩で河口湖湖畔、そして河口湖駅へ戻るまでに約3時間、意外に時間を要してしまいました。

この日のうちに岐阜まで帰らなければならないので、多少の未消化さを残して河口湖駅を後にして大月駅に戻りました。

 

  背後に富士山を望む富士急河口湖駅。

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  駅前に静態保存されているモ1号電車。

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  駅構内に入るとJRからの乗り入れ電車も見かける河口湖駅。

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  E233系も乗り入れています。

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  新宿から乗り入れている「ホリデー快速」。

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  遊園地のある「ふじきゅうハイランド」駅。

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  富士山駅にて。

  この駅ではスイッチバックとなります。

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  大月駅に戻ってきました。

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  大月駅からさらに西へ向かいます。

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  撮影 2013/07/21

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2013年8月18日 (日)

山形市内観光から その後(3) - 大月(山梨県大月市)から富士急で河口湖へ(2)河口湖にて

 

  山梨県大月市の大月駅から河口湖まで富士急行線でチョッと寄り道をしてみました。

当日のうちに岐阜まで帰る予定ながら、途中、河口湖と上諏訪の高島城に寄り道をして塩尻駅まで行き、塩尻から岐阜までは「青春18きっぷ」に切り替えて、旅行の締めくくりとしました。

何度も書きますが、名古屋港から仙台港までを太平洋フェリー、そして仙台から山形、米沢、新潟、新宿、大月、河口湖、上諏訪を経て塩尻までは「北海道&東日本パス」10000円を利用しました。

 

  河口湖駅と背後に見える富士山。

  駅前にバス停があり、多くの観光客はバスで出発して行きました。

  私はと言えば、そんなに時間も無いし、無計画に大月駅で突然思い立った河口湖行きであったので、歩いて河口湖湖畔まで行ければと思い、徒歩で出発。

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  河口湖の図。

  富士山は図の下の方に見えます。

  湖の右のくびれた部分に橋が架かっていますが、その右のほうの湖畔を北側まで歩いたのがこの日の河口湖でのすべてでした。

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  富士山とは反対側へ駅前から歩いて行きます。

  富士山の見える方が南です。

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  駅から河口湖へは下りの道になります。

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  湖畔に到着。

  距離的に大したことは無いのですが、ここからでは富士山が見えません。

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  湖岸の東側を北へ向かいます。

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  橋の架かっている方が西にあたります。

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  う~む!河口湖って一級河川なんですね。

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  神社を見ると写したくなる癖です。

  水天宮・三魂交通神社。

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  河口湖東の湖畔から。

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  振り向いて、やっと富士山が・・・。

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  湖畔の北側までなんとか歩いてきました。

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  富士山全体を見るにはもう少し西の方へ行かなくてはなりませんが、ここから引き返しました。

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  再び湖畔東側を南へ戻ります。

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  「カチカチ山ロープウェイ」。

  山の上から富士山の眺望を見ようという事ですね。

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  江戸時代の湖の増水と山一つ隔てた地域の旱魃(かんばつ)を解決しようと、治水と水利を兼ねて山を掘り抜いた河口湖掘抜。

  初工1690年、失敗と不完全工事が続き、涌水に成功したのは百七十余年後の1863年。

  そういう河口湖町の指定文化財。

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  史料館があったようですが、現在は閉鎖されています。

  開いていたら「私は」絶対入ったと思います。

  値段設定が500円とありましたが、これでは普通の人には敬遠されますね。

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  再び富士急河口湖駅に戻ってきました。

  突然の寄り道はこれ位にして大月駅まで帰りました。

  大月駅からここまで3時間ほどの寄り道でした。

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  撮影 2013/07/21

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2013年8月15日 (木)

山形市内観光から その後(2) - 大月(山梨県大月市)から富士急で河口湖へ(1)

 

  名古屋港から太平洋フェリーで夕方に出発して、あくる日の夕方仙台港に到着、そのまま仙台駅から仙山線で山形市に入り、2泊二日で山形市内を観光、一日目は山形城を中心に、二日目は山寺の「立石寺(りっしゃくじ)」を訪れました。

二日目の午後には山形市を離れ米沢から米坂線経由で新潟へ。

そして、新潟からは久し振りの夜行となった「ムーンライトえちご」で新宿へ早朝に到着。

新宿から高尾、大月と乗り継いで大月から富士急で河口湖へ寄り道をしてみました。

 

  ちなみに今回仙台から利用したきっぷは「北海道&東日本パス」10000円。

有効期間は自ら指定した日付けから連続した7日間です。

実際には5日間の利用で、帰宅後に計算してみると15000円ぐらいの距離を利用していましたので、「とくとくきっぷ」としては充分役目を果たしてくれました。

ルールはほぼ青春18きっぷと同じですが、青春18きっぷと異なるのは盛岡~青森間の旧在来線の第三セクターや富士急が利用できるという点です。

また、函館~新青森間の特急に自由席特急券購入で乗車できるのも(「北海道&東日本パス」が乗車券として有効ということ)「青春18きっぷ」とは異なるところ。

特急券無しで特急に乗車できる区間は「青春18きっぷ」と同一です。

ただし、上記の三セク、富士急等とJR東日本線&JR北海道線のみに利用可能な「とくとくきっぷ」である事は言うまでもありません。

 

そういうことで、さっそく富士急を利用して河口湖まで寄り道をしてみることにしました。

 

  新宿駅にて。

  回送となった「ムーンライトえちご」485系。

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  高尾駅にて。

  大月行き E233系普通の到着。

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  大月駅にて。

  大月には何回も来ていますが、富士急は初めての乗車。

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  6000系(元JR東日本205系)だそうです。

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  「フジサン特急」が留置線にいました。

  「フジサン特急」は2000形(元JR東日本165系)。

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  出発時刻にはほぼ満員となりました。

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  途中、富士山が見えるポイントで車掌さんがアナウンスしてくれます。

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  河口湖駅に到着。

  「富士山」駅でスイッチバックをして次が富士急ハイランド、次が終点の河口湖駅です。

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  河口湖駅の位置は、南に富士山、北に河口湖という、その間に入りこむ形。

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  撮影 2013/07/21

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2013年8月12日 (月)

山形市内観光から その後(1) - 山形から米坂線経由で新潟へ

 

  ほぼ二日間にわたる山形市観光最後の訪問地である山寺「立石寺(りっしゃくじ)」から山形駅に戻り、この後、米沢方面に向かい、米沢から米坂線を利用して新潟へ抜けました。

山形駅では駅構内の電気系統の故障とやらで、米沢行き普通が一本運休となるなど、ダイヤが乱れて少々慌てました。

しかし、1時間後にはこれも数分遅れの普通電車で米沢に向かうことができました。

米沢では坂町行きの連絡列車が数分遅れにもかかわらず待機、無事に坂町へ向けて出発。

坂町では新潟行き列車までの50分ほどの待ち合わせで食事を済ませ、新潟に到着した頃にはネオンの輝く時刻となっていました。

 

  山形駅にて。

  山形新幹線E3系。

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  電車の遅れは新幹線にも及びました。

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  庄内地方では豪雨と言うニュースの時期でしたが置賜(おいたま、おきたま)地方は好天気でした。

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  米沢駅にて。

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  坂町行き普通。数分の遅れにもかかわらず列車が待機してくれています。

  乗り換え客は三人ほどでした。

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  今泉駅にて。

  山形鉄道フラワー長井線の車両。

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  小国駅での列車交換。

  列車から降りて撮影。

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  車内から、到着した米沢行き普通。

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  小国駅を出発。

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  坂町駅に到着。ほぼ2時間の列車旅。

  この路線は2012年9月以来2度目です。

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  坂町駅駅前通り。

  坂町は村上市に属します。

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  坂町駅駅舎。

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  撮影 2013/07/20

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2013年8月11日 (日)

太平洋フェリーで 山形市内 (山形城、「文翔館」(旧県庁舎及び県会議事堂)、山寺)を中心に観光(13) - 「芭蕉」の句で有名な山寺 「立石寺(りっしゃくじ)」(5)下山、山形駅に戻る

 

  山寺「立石寺」を登るにあたっては上りの場合には仁王門が目安となり、仁王門からは開山堂、五大堂がすぐの距離で、ここから建造物が一挙に多くなり、奥之院まではほぼオマケの登りと思えるようになります。

帰りの下りとなると、反対に仁王門でいよいよ下山と言う気持ちに。

帰りの下りはひたすら下りるのみで、私の場合は上りよりも下りの方が膝に来て、多少きつい思いをしました。

この山寺「立石寺(りっしゃくじ)」が山形市観光の最後の訪問地で、この後、山形を離れ、米沢から米坂線で新潟方面に向かうことになります。

 

  仁王門。

  帰りにもう一度見上げて。

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  ルートから離れた下山道。

  以前は帰りの下りは本坊近くに下りるルートでしたが、現在では入り口の山門に戻るように変更されています。

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  上りの最初の目安である「せみ塚」。

  せみ塚まで20分、さらに10分で仁王門へ、というのが標準的な登山時間。

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  わき道へ下りてみました。

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  こちらの脇道はほとんど人通りがありません。

  前を若者が一人行くのみでした。

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  入り口の山門に戻ってきました。

  右手の家屋から出ます。中は休憩所かつお店となっています。

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  左手が根本中堂からやって来た道。

  右手が本坊。

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  本坊の門の手前にカラーコーンで立ち入り禁止となっていますが、以前はここへ下りてきたのではと思います。

  仁王門付近が工事中であったので、工事関係者の通り道としてこちらを使用しているのかも知れないですね。

  これが臨時的な措置なのかどうかは判りません。

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  本坊前を通ります。

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  下山口。

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  下の道に下りることができます。

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  山寺駅は左と矢印で示されています。

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  橋梁を渡る仙山線の電車。

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  橋の上から改めて山を見上げました。

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  山寺駅前へ。

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  山形行き電車でいったん山形へ。

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  山形駅前。

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  撮影 2013/07/20

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2013年8月10日 (土)

太平洋フェリーで 山形市内 (山形城、「文翔館」(旧県庁舎及び県会議事堂)、山寺)を中心に観光(12) - 「芭蕉」の句で有名な山寺 「立石寺(りっしゃくじ)」(4)奥之院と大仏殿

 

  芭蕉の句で有名な山寺「立石寺(りっしゃくじ)」を登るにあたって、観光客が目指すべき場所は五大堂と奥之院であると、以前の記事で書きましたが、立石寺の最後はその奥之院です。

立石寺は岩山に築かれたお寺なので平らな場所が少なく、奥之院はその中でも比較的広い場所が確保されています。

奥之院は明治5年の再建、その向かって左隣には大仏殿があり、金色の阿弥陀如来像が安置されています。

他には山内に四つの塔頭支院があり、これを性相院、金乗院、中性院、華蔵院といいます。

 

  開山堂横の納経堂と山からの遠望。

  五大堂、開山堂エリアからもう少し上に奥之院エリアがあります。

  その間に四つの山内支院の建物があり、それぞれを参拝することができます。

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  谷の反対側にある胎内堂。

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  記念殿と呼ばれる大正天皇(東宮時代)行啓時に休憩された場所。

  現在まで保存されている。

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  先ほどより高みに上がりました。

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  最後の長い石段。

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  奥之院に到達しました。

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  右側が奥之院。

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  左側に大仏殿。

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  奥之院下を右手に行くと三重小塔と華蔵院があります。

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  三重小塔。

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  なるほど、中に三重小塔がありました。

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  以後は山を下ります。

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  山形、最上、庄内の領内に足跡を残している最上義光(もがみ よしあき)。

  90年代に羽黒山を訪れましたが、国宝五重塔を最上義光が修理した旨の札があったのを思い出しました。

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  義光公霊屋。

  中性院の前にあります。

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  中性院。

  四つの山内支院の内最大。

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  中性院は新庄藩戸沢家と所縁があります。

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  再び仁王門に戻ってきました。

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  撮影 2013/07/20

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2013年8月 7日 (水)

太平洋フェリーで 山形市内 (山形城、「文翔館」(旧県庁舎及び県会議事堂)、山寺)を中心に観光(11) - 「芭蕉」の句で有名な山寺 「立石寺(りっしゃくじ)」(3) 五大堂からの眺望  

 

  山寺の立石寺(りっしゃくじ)で、麓から目指す場所としては奥之院と五大堂が数えられます。

奥之院はいわゆる奥之院といわれる妙法堂と横に隣接する大仏殿が同じ敷地に並んでいるのもので、私たちが目指す奥之院という意味では、必ずしも区別をしていませんでしたので、着いてから正確な意味を知りました。

そして、もう一つの五大堂は、その眺望で知られる岩の上に造られたお堂です。

山寺は岩山に作られているお寺ですので、現在では観光客が行くことができない場所もあり、そんな所にもお堂があったりします。

 

  仁王門からさらに登ると背後に開山堂が見えてきます。

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  久し振りの平坦な道でホッとします。

  開山堂は立石寺を開いた慈覚大師のお堂。

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  開山堂。

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  開山堂の左側の岩の上にある納経堂。

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  右手に行くと五大堂があります。

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  山寺随一の展望台。

  とはいえ、お堂ですから五大明王が祀られています。

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  仙山線の山寺駅。

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  日差しはありますが、雲行きは余りよくありませんでした。

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  橋梁を渡る仙山線電車。

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  電車は山寺駅に入ります。

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  山形からの電車も少し遅れて入ってきました。

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  仙台行きが橋梁を渡って。

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  ここから奥之院を目指します。

  仁王門あたりに後100段ぐらいとあったような記憶がありますが、ここまで来たらもう勢いです。

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  撮影 2013/07/20

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2013年8月 6日 (火)

太平洋フェリーで 山形市内 (山形城、「文翔館」(旧県庁舎及び県会議事堂)、山寺)を中心に観光(10) - 「芭蕉」の句で有名な山寺 「立石寺(りっしゃくじ)」(2)山門から仁王門まで

 

   山形市の観光最後の訪問地は「山寺」と通称される「立石寺(りっしゃくじ)」です。

松尾芭蕉の「奥の細道」のなかで詠まれた句、「閑さや岩にしみ入る蝉の声(しずけさや いわにしみいる せみのこえ)」で有名なお寺です。

登山口から本堂である根本中堂、日枝神社、宝物館等を順に巡って山門まで来ましたが、ここからが山寺の本番です。

拝観料は大人(高校生以上)300円、中学生200円、小学生以上100円。

大きな荷物などはコインロッカー(山寺駅  小(24時間300円) ・・・ 32個  中(24時間400円) ・・・ 22個  大(24時間500円) ・・・ 12個 )や門前のお店でも預かってくれます。

私は全部の荷物を背負って登りました(後で考えれば馬鹿なことを。。)。

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  奥之院まで約800段の石段があると言われています。

  しかし、実際に登ってみると、仁王門まで登り終えると後はおまけのような感覚で登ることができます。

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  最初は石畳で始まります。

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  しかし、すぐに石段となります。

  最初の目標は「せみ塚」でしょうか。せみ塚までは20分ぐらい。

  せみ塚から仁王門まで約10分ぐらいです。

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  最初に「姥堂」。

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  東北では、まだアジサイが旬でした。

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  平安初期の磨崖仏。

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  そして、「せみ塚」。

  「芭蕉の句をしたためた短冊をこの地に埋めて、石の塚をたてたもの」と書かれています。

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  弥陀洞(みだぼら)。

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  ここを過ぎれば、もう上に仁王門が見えてきます。

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  ここまで登ればしめたもの。

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  奥之院とともに観光客が目指すもう一つの五大堂がすぐ右上に見えます。

  ここから建築物が多くなります。お店もあります。

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  左から納経堂、開山堂、五大堂。

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  撮影 2013/07/20

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2013年8月 5日 (月)

太平洋フェリーで 山形市内 (山形城、「文翔館」(旧県庁舎及び県会議事堂)、山寺)を中心に観光(9) - 「芭蕉」の句で有名な山寺 「立石寺(りっしゃくじ)」(1)     

 

  山形市観光の二日目は、山寺と通称される「立石寺 りっしゃくじ」を訪れました。

山形駅から仙山線で五つ目の「山寺」駅が最寄り駅ですが、山寺駅、立石寺ともに山形市に属します。

「立石寺」を私たちに有名たらしめているのは、なんと言っても松尾芭蕉による紀行文である「奥の細道」で詠まれている「閑さや 巖にしみ入る 蝉の声」の句でありましょう。

しかし、松尾芭蕉がこの寺を訪れたのは、当時から山寺が訪れるべき有名な場所であり、当時から有名であった松島や象潟(きさかた)のような景勝地、義経の故事にまつわる平泉等、現在でも私たちが同じ目的意識で訪れている、俗な言葉で言えば観光地を、芭蕉も関心を持って訪れていたとも言えます。

ただ、私たちと異なるのは、彼は俳諧文学としての紀行文である「奥の細道」を残し、私たちはブログにただ駄文を書き散らすのみ、ということに尽きます。

 

  山寺駅にて。

  仙台発山形行きのE721系電車。

  山寺駅で山形発と仙台発の電車が交換します。

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  山寺駅前からの山寺。

  左の一番高い所では無く、その右手から少し窪んでいる所あたりへ登ります。

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  山寺駅駅舎。

  展望台もしつらえてあります。

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  駅前から下にくだり、行き止まりを右手へ。

  さらに今度は左手に行くと赤い橋があります。

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  その赤い橋。

  突き当たり右へ行くと登山口です。

  旅館や土産物屋、食事どころなどが並んでいます。

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  方向的には東に(右に)仙山線の橋梁が見えます。

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  駅を出てすぐには、この案内が「この先7分」でした。

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  下から仰いで見ますと五大堂が認められます。

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  途中、日枝神社への登り口がありますが、

  登山口から登らないと根本中堂を見逃す恐れがあります。

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  こちらが登山口。

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  階段を登りきると立石寺本堂(りっしゃくじほんどう  根本中堂)があります。

  「山寺は正しくは宝珠山立石寺といい、貞観2年(860年)清和天皇の勅願によって慈覚大師が開いた、天台宗のお山」(山寺観光協会のパンフ(ホームページ内)より)。

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  根本中堂は延文元年(1356)初代山形城主 斯波兼頼の再建によるもので、

  現在は重要文化財に指定されています。

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  すぐ向こうに日枝神社の鳥居があります。

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  芭蕉句碑の向こう側には清和天皇の御宝塔。

  根本中堂から西へ順に山門まで行きます。

  山門から拝観料が必要となります。

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  先ほど下から見上げた日枝神社。

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  先ほどの下の道。

  上の道を西へ戻るように山門に向かいます。

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  こけし塚と御神輿殿。

  社宝である玉神輿と鳳凰神輿二基が納められています。

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  日枝神社の境内から西へ出ると宝物館があります。

  宝物館は大人200円。時間がありましたので拝見しました。

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  宝物館の前、道の反対側には芭蕉と門弟の曾良の像。

  向こう側が芭蕉。

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  像と像の間に有名な「閑さや 巖にしみ入る 蝉の声」の句碑。

  同じような碑や案内がたくさんあるような・・・。

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  宝物館の隣の念仏堂と鐘楼。

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  そして山門。

  奥之院までは800段以上の階段だそうです。

  それでも最初の想定よりは・・・と言う感じでした。

  被写体が多いので、そちらに気を取られていました。

  しんどいことはしんどいのですが、下りの方が膝に来ました。

 

  拝観料は一人300円。

  全体で1時間半以上は必要です(何しろ途中で休憩を何回も取ってしまうので、それも一因です)。

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  撮影 2013/07/20

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2013年8月 2日 (金)

太平洋フェリーで 山形市内 (山形城、「文翔館」(旧県庁舎及び県会議事堂)、山寺)を中心に観光(8) - 「茂吉記念館前駅」にて(山形県上山市 かみのやまし)

 

  思わず途中下車してしまった茂吉記念館駅でしたが、訪れるつもりであったのは上山城。

写真は2003年3月の積雪のある時期の上山城で、模擬天守を数枚写したのみで早々に退散しました。

次回は米沢を中心としての旅行の際に、上山もじっくり訪れたいと思っています。

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  茂吉記念館前駅にて。

  山形から乗車してきた電車はかみのやま温泉、米沢方面へ。

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  米沢方面のホームから出て、少し小高い場所に歌人として有名な斎藤茂吉記念館があります。

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  記念館への道から駅のホーム。

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  茂吉記念館までの途中は桜並木が続きます。

  山形への帰り際に、ホームで地元の人に伺ったら、

  記念館ができる前からの桜並木で、記念館ができてからは騒げなくなったと仰っていました。

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  米沢、福島、東京方面への新幹線「つばさ」が通過。

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  坂から下りて、ホームへの入り口あたりからの風景。

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  これも東京行きの「つばさ」。

  私の中の山形新幹線は昔の400系車両でしたが現在ではE3系。

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  駅の南側の踏み切りを反対側のホームへ。

  最初は西側と書きましたが、地図で調べると駅はほぼ南北方向ですね。

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  反対側のホーム内休憩室。

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  米沢方面ホームの上の桜並木。

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  茂吉記念館前駅にて、米沢行き普通の到着。

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  こちらは山形方面への新幹線「つばさ」。

  休憩所の屋内からの写真なので危険はありません。

  運転士に不安を与えるような位置取りで写真を撮るのは止めた方がよいでしょう。

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  山形行きの電車にはまだ時間があり、ひっそりとした茂吉記念館前駅。

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  撮影 2013/07/19

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2013年8月 1日 (木)

太平洋フェリーで 山形市内 (山形城、「文翔館」(旧県庁舎及び県会議事堂)、山寺)を中心に観光(7) - 山形駅と茂吉記念館前駅にて

 

  山形城跡(霞城公園 かじょうこうえん)、「文翔館」(旧県庁舎と県会議事堂)、山形城三の丸土塁跡と順に訪れ、午後3時半頃に山形駅に戻ってきました。

駅前で遅い昼食を取り、その後、山形駅に入り、取り敢えず「かみのやま温泉」の上山城を訪れようと、米沢行きの電車を待ちました。

  新幹線では無い普通電車はほぼ1時間に1本の運行で、その待ち時間を山形駅のホームで過ごしましたが、ダイヤの乱れから米沢行き普通は15分ぐらいの遅れとなり出発。

実は前日の仙台からダイヤの乱れには悩まされ続け、この日だけではなくあくる日も山形駅構内の電気系統の不具合という事で、待っていた米沢行き普通が運休となり、さすがにその時は焦りました。

当時の山形滞在の前後3、4日間は、東北地方は局地的な豪雨に見舞われており、直接間接的にその影響があったのかも知れません。

ただ、滞在中二日間、山形市のみは天候に恵まれ、二日目に訪れた山寺の立石寺もそこそこの良い天候でした。

 

  山形駅前。

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  駅前通り。

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  山形線(奥羽本線福島~新庄間における在来線(普通列車)の愛称)新庄行き701系5500番台。

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  山形新幹線E3系の山形駅到着。

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  行き止まりの1番線に入線。

  新庄方面へ、もしくは新庄方面からの新幹線は上下いずれも手前の2番線を使用。

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  6番線には左沢線(あてらざわせん)のキハ101形気動車が待機。

  この時間、さらに2両を増結して4両編成で出発して行きました。

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  先ほどの新庄行き普通が出発。

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  左沢線 4両に増結して出発。

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  福島、東京方面への新幹線と回送の山形線719系5000番台。

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  米沢方面への普通電車内から。

  日も傾きつつある時刻、景色の美しさに惹かれて途中で下車。

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  乗車してきた普通電車は次の駅の「かみのやま温泉」駅へ。

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  途中下車駅は茂吉記念館前駅。

  駅の上の小高い場所に歌人で有名な斎藤茂吉記念館があります。

  しかし、時間的にはもう夕方5時前でひっそりとしていました。

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  米沢方面のホームを下りて坂を上がると、桜並木があり、その先に記念館があります。

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  山形行き普通719系5000番台の到着。

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  これが旅の雰囲気なんでしょうか。

  このような場所は岐阜県にもいくらでもありそうなのですが、つい景色に惹かれて途中下車してしまいました。

  この駅で1時間ほど無駄に時間を費やしました。

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  撮影 2013/07/19

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