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2013年9月 5日 (木)

天守閣の無い天守台 (2) - 江戸城

 

  天守閣の無い天守台の内でもとびきり巨大であったのが江戸城の天守台でした。

現在、江戸城は皇居もしくは宮城と呼ばれていますが、御所や宮殿の敷地は吹上庭園と旧西の丸にあり、旧本丸、二の丸、三の丸は皇居東御苑として開放され、見学が可能です。

私も2002年に見学をしてきました。

入り口で番号札を渡され、帰りはそれを返す仕組みで、場所が場所であるだけに厳重な出入りの管理がされていました。

しかし、中では全くの自由で、帰りは北から出たような記憶があります。

江戸城本丸の天守は家康の改築以後1607年、1623年、1638年と三度築かれていますが1657年の焼失後は天守台のみ築かれるも天守は築かれず、以後は富士見櫓を実質の天守として、現在に残る天守台の上に天守が築かれることはありませんでした。

 

  江戸城の天守台。

  この上に五重の天守を再建しようとしていたのですね。

  しかも、焼失前の石垣より高さが縮小されているそうです。

Img259

 

  人との比較でその大きさが分かります。

Img260

Img249

Img251

 

  城内には番所も現存しています。

  百人番所。

Hyaku

20021218

 

  同心番所。

Dousin

Img248

  撮影 2002/12/18

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コメント

江戸城の天守台もいずれ登場しますが本当に巨大でした。>
なるほど。こういうことだったのですね。
秋葉に勤めていた頃、前の日比谷通りはしょっちゅう通っていたのですが、「いつでも見学できるや」と思っているうちにその機会を逸してしまいました。日常の風景だと「今敢えて・・・」という気になり、きっかけを逃してしまいます。生活空間の中にあるものであれば、「時間があるからちょっと寄ってみよう」ということにもなるのですが・・・。
大阪城は気候がよくなったら行ってみようと思っています。NHK横にある歴史博物館も魅力ですね。数日かけて見物する必要がありそうです。

東京では目立った史跡というのはあまりなかったのですが、藤井寺は数えきれない程多く、中にはこんな可愛いものがあります。
盾塚古墳
blogs.yahoo.co.jp/mo_om1110/19884573.html
赤面山古墳
ameblo.jp/sombrebrero/entry-11387030226.html

投稿: ddol | 2013年9月 6日 (金) 19時24分

江戸城の拡張を地図に合わせて概略してくれている資料があります。
東京地質調査業協会「江戸城のなりたち、その地形・地質との関係」
www.tokyo-geo.or.jp/tech-note-pdf/No3_1.pdf
www.tokyo-geo.or.jp/tech-note-pdf/No3_2.pdf
地理感があると「なるほど」ということになるのですが、ボーリング屋の視点なのでそれだけでも面白いかと思います。私は神田川の流路付け替えをはじめて知りました。
ちなみになぜか神田近辺はボーリング屋が多いです。

投稿: ddol | 2013年9月 7日 (土) 18時07分

天守台や石垣は、戦闘防備ではなく新しい時代の「権威の表象」みたいなもんやからね。
関東ではなあ^^;

投稿: tera | 2013年9月 8日 (日) 05時04分

いま流れたニュース。オリンピック、東京決定。
おいらは、オリンピックとか国単位で争うものにはまったく興味がないのでTVもほとんど見ないんやけど、今回は嬉しいです。東京決定にポジションを傾けてすぎてて^^;

投稿: tera | 2013年9月 8日 (日) 05時40分

申し訳ないです。
現在、旅行中でコメントが思うように書き込めません。慣れないタブレットで、イライラしながら打っています。

投稿: mino | 2013年9月 9日 (月) 00時20分

minoさん、また旅行してるんや。今度はどこやろ。うらやましいです^^

投稿: tera | 2013年9月 9日 (月) 05時24分

ddolさん
「いつでも見学できるや」と思っているうちに
>これは誰しも経験があるのではと思います。
大阪在住時代には以外に京都へは行ってなくて、岐阜へ帰ってから頻繁に通うようになりました。
そして岐阜城へは数十年登っていないです^^;

盾塚古墳、赤面山古墳<え~っ!な古墳ですね^^。
すっごい身近な古墳・・・。道路の下は少々悲しいかな^^・

東京地質調査業協会「江戸城のなりたち、その地形・地質との関係」<まだ、ざ~っと流して見ただけですが面白いですね。
ボーリング屋ですか、なるほどね。

teraさん、
東京オリンピックは二度目ですが、前回は我が家に白黒TVが入った年です^^;
前回は国威発揚が前面に出ましたが、今回は2002年のワールドカップのように楽しいオリンピックとなるといいですね^^。
でも、七年後か^^;

投稿: mino | 2013年9月10日 (火) 17時39分

そして岐阜城へは数十年登っていないです^^;>
やっぱりそんなもんなんですね。私も東京タワーや都庁舎には行きませんでした。心残りは完成後の東京駅を外から見たことがないことです。

盾塚古墳(跡)>
写真には写っていませんが、普段は子供が遊んでいます。でもまだ棺が眠っているそうです。

ボーリング屋>
昔ちょっとボーリング屋にいたことがあり、末尾の標準貫入試験(N値)は懐かしいです。一般建築物ではN値が30になるまで掘り進め、その深度が杭の深さということになります。ガソリンスタンドは無条件に30メートル以上、N値50だったと記憶しています。さすがに頑丈に作るのだと思いました。

天守台や石垣は、戦闘防備ではなく新しい時代の「権威の表象」みたいなもんやからね。>
関東ではなあ^^;>
これは関東以外ではしばらく実用的だったということでしょうか。
現代でいうと高層ビルが「権威の象徴」になると思います。大阪でも高層ビル化が進められていますが、東京と違って高圧的な感じを受けません。こういうことと関係があるのでしょうか。

投稿: ddol | 2013年9月11日 (水) 19時30分

minoさん
>前回は国威発揚が前面に出なぜましたが、今回は2002年のワールドカップのように楽しいオリンピックとなるといいですね^^。

東京オリンピック。小学校にあがる前のことで、「東洋の魔女」と自衛隊の飛行機が五輪の煙を出して東京の空を飛んでたのをテレビで見た記憶しか^^;
それと、アベベと円谷幸吉や。両者とも哀しい物語になることを知るのは、それから何年もたってのことです。円谷選手のことは、深夜放送で聴いたピンク・ピクルスの歌でね。
http://www.youtube.com/watch?v=SfWGs_jx4HA

でもこれは、minoさんの音楽ブログの話題やなあ^^;

国威発揚が前面に出てたことも知らなんだわ。うんうん、楽しいオリンピックになってほしいですね。

ddolさん
>これは関東以外ではしばらく実用的だったということでしょうか。

これも言葉足らずでごめんなさい。
お城の話はほとんど知識がなくて、minoさんの写真を見て、ああそうなんやと。

中世後期、石垣の上に構造物をつくれる技術は、もっぱら寺社建築に関わった集団が持ってたとの話。もう一つは、信長の小牧城の石垣。防備以上に「権威の象徴」的な側面が強いのではないかという話。両方とも何かで読んだ記憶があったかなの感想です^^;

>現代でいうと高層ビルが「権威の象徴」になると思います。大阪でも高層ビル化が進められていますが、東京と違って高圧的な感じを受けません。こういうことと関係があるのでしょうか。

うんうん、同感や。大阪は「御堂筋規制」が機能してて、それなりのいい街路景観ができてた思うんやけど、「維新」はそれを潰そうということやから、お手並み拝見です。

東京の「権威の象徴」といえば、丹下健三。若いころは嫌いやったけど、さすがやなあと思ったり。

投稿: tera | 2013年9月13日 (金) 06時18分

ddol さん

昔ちょっとボーリング屋にいたことがあり<それは意外な。そういえば今の ddolさんのこと何も知らない^^;

teraさん

ピンク・ピクルスの歌 <悲しい歌やね。

当時のスポーツは国家国民の威信を背負っていたから、今のサッカーなどの国を背負うというのとは少し意味が異なる。


「権威の象徴」という意味では、そこに権力が付随していると高圧的な感じを受けるのでしょうね。

投稿: mino | 2013年9月13日 (金) 17時31分

ピンク・ピクルス>
かろうじて記憶にありますが、実況から始まっていたとは知りませんでした。シモンズと同時代のようですね。

中世後期、石垣の上に構造物をつくれる技術は、もっぱら寺社建築に関わった集団が持ってたとの話。>
なるほど。少し探るとこんな論文がありました。
福原成雄「穴太衆石積みの歴史と技法」(『藝術(大阪芸術大学紀要)』18 (1988年))
www.osaka-geidai.ac.jp/geidai/laboratory/kiyou/pdf/kiyou18/kiyou18_22.pdf
山野祥子「京都・三条大橋橋脚の築造と『馬淵石工』」(『立命館地理学』16 (2004年))
www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/lt/geo/assoc/journal/16133141yamano.pdf
穴太衆は今も続いているんですね。
日本建設業連合会「石積み職人-粟田純司-」
nikkenren.com/publication/ACe/ce/ace1302/pdf/ACe1302_28-31.pdf
nikkenren.com/publication/ACe/ce/ace1303/pdf/ACe1303_34-37.pdf

信長の小牧城の石垣。防備以上に「権威の象徴」的な側面が強いのではないかという話。>
安土観光協会が「『安土城・摠見寺』再建コンペ」を行い(azch.exblog.jp/9110709/)、そこで優秀賞を獲得した論文が公開されています。はじめの方で「権威の象徴」を論じています。
岡垣頼和・浅川滋男「仏を超えた信長 -安土城摠見寺本堂の復元-」(『鳥取環境大学紀要』Vol.8 (2010年))
www.kankyo-u.ac.jp/f/845/1089.pdf
秀吉に関してはいくつか読んだことがありますが、信長も「超越」を志向していたのですね。
有料版なので見ることができませんでしたが、少し前に日経が「新・信長論、相次ぐ 目指したのは『東アジアの王』か」という文章を掲載していました。信長にせよ秀吉にせよ、昔の読み物とは随分イメージが変わりました。

「御堂筋規制」>
大阪にこういった意識があったのですね。東京国立市の「国立規制」は、現「維新」によって踏みつぶされてしまったので、御堂筋も期待できないでしょう。
御堂筋は梅田と天王寺を結ぶ道路だとずっと勘違いしていて、今回大阪に来て思い出しました。天王寺から上六の通りは谷町筋なので少し考えればわかることでした。

投稿: ddol | 2013年9月14日 (土) 17時12分

ddolさん
いつもながら論文のリンク、ありがとです^^
穴太衆は今も続いているんやなあ。びっくりです。
おいらは、歴史小説の風向きが変わると、大学の図書館で学術誌の「今年の業績」なんかをチェックしてるだけなんや^^;
でも、まともな歴史小説家は、きちんと学会の動向や成果をみて、ストーリーを組み立てはるからね。

古代~近世は、鉱物資源に関わった集団とそれにともなう「土建」技術の進化(水も含めて)。
国内需要はもとより、最も重要な輸出品(「黄金の国ジパング」ね)であったので、時の権力者に重宝されながらも、身分が低いため忘れられた人々。
少しずつ研究成果が出てきて、面白いです。

>信長も「超越」を志向していたのですね。
10年ほど前に信長と天皇家の関係が、歴史学で流行ったんや。小説の世界もエポックメイキングやったわ。
でも、少し流れが変るかなという感じがしてます。

投稿: tera | 2013年9月15日 (日) 06時11分

ddolさん、いつも資料ありがとう御座います。
まだ全然読んでませんが、昨今、どこのお城でも修理、再建等が行なわれていて、石垣の積みなおしなどの需要で地元の工事関係者が研修を受けたりしています。

穴太衆<穴太の位置から叡山や日吉大社とは密接な関係があったのかもですね。
日吉大社の参道あたり、今でも多くの石垣が目に付きます。


取り敢えず、面白そうでじっくり読んでみます^^。

信長も「超越」を志向していたのですね。<読んでませんが、何を意味するのかは大体わかります。秀吉も、というのは知りませんでした。

投稿: mino | 2013年9月15日 (日) 06時19分

teraさん、時間がかぶった^^;

10年ほど前に信長と天皇家の関係が、歴史学で流行ったんや。
<足利義満も「超越」を志向していた論がありましたね。

投稿: mino | 2013年9月15日 (日) 06時23分

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