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2013年10月

2013年10月30日 (水)

豊臣秀吉誕生の地 中村公園(名古屋市中村区)を訪れる(4) - 名鉄岐阜駅にて

 

  10月上旬の日曜日、豊臣秀吉誕生の地である名古屋市中村区にある中村公園を訪れ、名古屋駅で少し道草を食い、名鉄岐阜駅へ帰ってきたところ。

 

  名鉄名古屋駅から乗車してきた特急の2200系6輌編成。

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  2階にある名古屋本線ホームから階段を下りて各務原線(かかみがはらせん)ホーム5、6番線へ。

  新那加から急行の犬山行き。

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  撮影 2013/10/06

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2013年10月29日 (火)

豊臣秀吉誕生の地 中村公園(名古屋市中村区)を訪れる(3) - 名古屋駅にて、そして名鉄岐阜駅へ帰る

 

  去る10月の初めに豊臣秀吉誕生の地である名古屋市中村区の中村公園を訪れ、その帰りの名古屋駅。

当日は日曜日で、JR名古屋駅のコンコースは人で溢れていました。

 

  名古屋駅コンコースの東側正面のテラスへのエスカレーター。

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  名物ビルであった「大名古屋ビルヂング」は解体されて跡形もありませんでした。

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  ありし日の「大名古屋ビルヂング」。

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  駅前のロータリーと駅前通の「桜通」。

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  12階から駅前ロータリーと桜通、解体された「ビルヂング」跡。

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  15階の南端から。画質が悪いですが。

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  「あおなみ線」の到着。

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  名鉄名古屋駅に向かうべく、これから地下に入る名鉄電車。

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  新幹線到着と名鉄電車。

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  帰り、名鉄一宮駅を出発。

  JR快速も少し遅れて尾張一宮駅を出発。

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  もう追いつけないだろうな、と思っていたらいきなり横に現れてジリジリ追い抜いていきます。

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  木曽川駅(JR)と新木曽川駅(名鉄)が近くなりJR快速は遠ざかります。

  乗車の名鉄特急は新木曽川駅停車。

  JR快速は木曽川駅通過で、岐阜へは当然JR快速が先着します。

  岐阜~名古屋間に限れば、JRが速く、運賃も名鉄540円、JR450円でJRが安い。

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  名鉄岐阜駅に到着の2200系と普通須ヶ口行き3150系2輌編成の出発。

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  撮影 2013/10/06

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2013年10月24日 (木)

名鉄 河和線 河和駅(こうわ えき)にて - 愛知県知多郡美浜町

 

  名鉄河和線(こうわせん)は常滑線太田川駅から分岐して河和駅までの路線。

途中、富貴(ふき)駅から知多新線が分岐しています。

この日の目的地である知多新線の野間を訪れて後、知多新線終着駅である内海駅に寄り道、のち再び富貴駅まで戻り、河和駅にやって来ました。

河和駅に降り立つのはは数十年ぶりで、河和駅からのバスで内海の海水浴場へ行く途中の下車以来です。

もう当時の駅の状況を全く覚えていないので、初めて訪れたような感覚しかありません。

 

  河和駅にて。4線あります。

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  改札を出て右手にはバス乗り場があります。

  師崎港や内海等へのバス路線や河和港までの無料連絡バスもあります。

  河和港までは徒歩で7分ほど。

  河和港からは日間賀島(ひまかじま)-篠島(しのじま)-伊良湖へ名鉄海上観光船の高速船が発着しています(所要時間50分、篠島発着8往復、篠島経由伊良湖発着3往復)。

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  右のバスは廃止された知多乗合バスの代替路線である南知多町営バス「海っ子バス」。

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  バス乗り場に面した喫茶店で少しくつろいで、特急を待ちました。

  名古屋行きの特急「パノラマスーパー」でそろそろ出発。

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  この日は「まる乗り 1DAYフリーきっぷ」3000円を利用しての旅でしたので、帰りは特別車を利用しました。

  このフリーきっぷでの特別車利用は10時~16時の間だけ可。

  座席指定券を兼ねるミューチケットは不要である代わりに座席が無い場合には利用が不可能になります。

  先頭車の普通階部分。

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  先頭車の展望室部分。

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  間に乗車通路があります。

  名古屋方面へは最後尾車両となります。

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  知多半島は低い丘陵が続きます。

  大きな河川が少なく、長い間水不足に苦しめられた地域で、戦後の1961年の愛知用水の完成以後は木曽川からの恩恵を大いに享受しています。

  また、離島である日間賀島や篠島、佐久島へも海底導水管で水が供給されるようになりました。

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  さて、このまま帰ってしまうにはまだ日も高く、神宮前駅で下車しました。

  名鉄神宮前駅駅前にて。

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  撮影 2013/10/13

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2013年10月22日 (火)

名鉄 知多新線 野間駅と内海駅 2013年10月 - 野間駅(愛知県美浜町)、内海駅(愛知県南知多町)

 

  野間駅から「名鉄のハイキング」のハイカーに紛れ込み野間大坊を訪れて、その後、野間大坊からはハイカーと別れて野間駅に戻りました。

そして知多新線終着駅の内海駅(うつみえき)へ。

内海は昔から名古屋地区最大の海水浴場があることで有名な場所。

しかし、この私の情報は数十年前のものなので、現在の内海海水浴場の位置付けはどうなっているのかと、少し調べましたが、それでも、「東海随一の海水浴のメッカ」と言う言葉も見られるので、やはり名古屋地区にとっては老舗とも言うべき海水浴場ではあるようです。

 

  野間駅に戻ってきました。

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  野間駅前のコミュニティバスのりば。

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  犬山線新鵜沼行き急行の到着。

  名古屋の先から犬山線に入ります。

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  3500系 ECB Car。

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  野間駅から。

  サイクリングをしている人々が多いですね。

  ハイキングにサイクリング、皆さんそれぞれの趣味を満喫していらっしゃるようです。

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  内海行き特急「パノラマスーパー」が到着。

  知多新線内は優等列車もすべて各駅停車。

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  内海駅にて。2面4線の高架駅。

  知多新線は昼間帯は1時間に3本の運行。特急、急行、普通各1本が運行されています。

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  行き止まり方向はやや東向き。

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  北側の駅前広場にバス停があり、数人以上の人がバス待ち。

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  駅前広場の北には県道があり、途中から左折南下して内海の町へ向かいます。

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  内海経由 師崎港行きのバス。

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  こちらが海の方向。

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  特急「パノラマスーパー」が去ったあと、やって来た急行3300系4両編成。

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  左側の金山行き普通3500系で出発。

  河和線(こうわせん)合流駅の富貴(ふき)駅まで行きます。

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  撮影 2013/10/13

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2013年10月21日 (月)

知多半島 「野間大坊(のまだいぼう)」を訪れ「名鉄のハイキング」に巻き込まれる(5) - 野間駅から「名鉄のハイキング」のハイカーと共にする(4) - 野間大坊本堂と源義朝公御廟

 

  知多半島の美浜町にある野間大坊は正式には鶴林山無量寿院大御堂寺(かくりんざん むりょうじゅいん おおみどうじ)といいます。

野間は源義朝が平治の乱(1160年)で敗れて都から落ち延びる途中、身を寄せた家人に裏切られ殺された地であり、義朝のお墓が野間大坊の境内にあります。

義朝は家人の長田忠致とその子・景致のもとに身を寄せたものの、裏切られ、身に刀を帯びない入浴中に襲われたことから、「我れに木太刀の一本なりともあれば」と叫んだという伝承から、野間大坊の義朝のお墓には供養として木刀を供えるようになったということです。

源義朝は鎌倉幕府を開いた源頼朝や幼名牛若丸で有名な源義経のお父さんですね。

頼朝と義経は異母兄弟。

この日、野間大坊を訪れた最大の目的は源義朝の御廟と織田信長の三男の信孝のお墓を詣でることでした。

 

  下の図は野間大坊のホームページから拝借したもので、無断で転載しておりますので、もし問題があれば削除なりをいたします。

 

  境内の内、左が本殿で御祈祷などが行なわれます。

  右手が本堂で、その右手奥に源義朝御廟があります。

  この本堂と本殿(客殿とも)の関係は、「知多四国八十八箇所霊場の札所としては本堂が「大御堂寺」(50番札所)、客殿(本殿)が「野間大坊」(51番札所)とされている」そうです。

  「野間大坊のホームページ」です。

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  すぐ右手には鐘楼。

  梵鐘は建長2年(1250年)、鎌倉幕府5代将軍藤原頼嗣が寄進(重要文化財)。

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  平 康頼(たいら の やすより)の供養塔。

  平 康頼は主人の平保盛が尾張国司に任ぜられると目代(代理)として尾張に派遣され、

  当地の源義朝の墓が誰にも顧みられる事無く荒れるに任されていたのを見て、

  墓を修理し堂を建て、水田三十町歩を寄進するなど、寺を整備した人物。

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  本堂。宝暦4年(1754年)建立。

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  源義朝公御廟。

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  御廟内、右手に織田信長三男の信孝の墓。

  信孝は信長の死後は柴田勝家と接近し、秀吉と対立。

  天正11年(1583年)、賤ヶ岳の戦いでは居城の岐阜城で挙兵し柴田側に組するも敗れ、秀吉に降伏。

  その後、信孝は野間の大御堂寺(野間大坊)に送られ自害させられました。

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  義朝の家臣・鎌田政清夫妻の供養塔。

  義朝に随行して同じく当地で殺された。

  信孝の墓の反対側にあります。

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  本堂とその右手奥が源義朝公御廟。

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  本堂の前にある大門。

  頼朝創建の伝承があるそうです。

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  大門と奥に本堂。

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  血の池。

  源義朝の首を洗った池とされ、国に変事が起こると、池の水が赤くなるといわれている。

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  血の池。

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  血の池のすぐ東は最初の十字路です。

  左手に駐車場があり、「名鉄のハイキング」のスタート地点でした。

  真っ直ぐ行き右手の丘陵に登ると磔の松。

  十字路を右手へ行くと密蔵院があります。

  ここからは「名鉄のハイキング」のハイカーとは別れて、もと来た道を野間駅へ戻ります。

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  野間駅からは知多新線の終着駅である内海へと向かいました。

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  撮影 2013/10/13

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2013年10月19日 (土)

知多半島 「野間大坊(のまだいぼう)」を訪れ「名鉄のハイキング」に巻き込まれる(4) - 野間駅から「名鉄のハイキング」のハイカーと共にする(3)野間大坊本殿

 

  「名鉄のハイキング」のハイカーとともに歩いて、南の安養院から野間大坊(大御堂寺 おおみどうじ)に入ります。

下の地図のように左に野間大坊本殿、右に大御堂寺本堂とあります。

野間大坊は正式には鶴林山無量寿院大御堂寺(かくりんざん むりょうじゅいん おおみどうじ)といいます。

下の地図は野間大坊のホームページから拝借して転載しておりますので、もし不都合であれば削除いたします。

 

  本殿と本堂との間あたり、南から境内に入ります。

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  奥が本殿。

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  お砂踏みを奥へ行く途中、右手にある悠紀殿。

  「昭和天皇の即位の礼の時に京都御所内に建てられた建物の一部を当山に御下賜され、昭和4年10月1日に移築されたもの(野間大坊ホームページより)」。

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  本殿。

  『伏見桃山城』の一部を寛永年間(1624~43)に移築したもの(野間大坊HPより)。

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  東にある本堂と源義朝公御廟へ。

  源義朝のお墓とともに織田信孝のお墓もあります。

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  撮影 2013/10/13

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2013年10月17日 (木)

知多半島 「野間大坊(のまだいぼう)」を訪れ「名鉄のハイキング」に巻き込まれる(3) - 野間駅から「名鉄のハイキング」のハイカーと共にする(2) 密蔵院、安養院から野間大坊へ

 

  さて、「名鉄のハイキング」が催されているとは露知らず、多くのハイカーと一緒に名鉄知多新線 野間駅で下車。

いっそのこと催しに巻き込まれてしまおうと、大勢のハイカーの後ろについて、野間大坊駐車場のスタート受付地点から地図をスタッフさんに頂いて出発しました。

こういった催しの利点は、ハイキングコースに一般的には知られていない文化財や旧跡が盛り込まれていることで、普通の観光客では知りえない、もしくは失念してしまう場所に導いてくれます。

ということで、地図を確認して、コースの前半から野間大坊までのコースを参加者と共に歩いてみました。

野間大坊からは、参加者のハイカーとは離れ、元来た道を野間駅に帰り、私自身の旅行に立ち返りました。

 

  「磔の松」から丘陵の道を行き、密蔵院の本堂の屋根の見える場所に出ました。

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  階段を下りると境内。

  本堂。

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  本堂、弘法堂、山門は平成10年の新築とあります。

  安養院と同じく大御堂寺(野間大坊)の一院でした。

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  最後に入り口の山門から外へ。

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  あと約3Kmの案内。ゴール地点まで3Kmという事でしょうね。

  ゴール地点から帰りの最寄の駅である知多奥田駅までは1Kmと地図にはあります。

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  安養院門前。かっては野間大坊(大御堂寺)の一院でした。

  来て初めて知りましたが、織田信長三男の織田信孝自刃のお寺。

  Wikiでは大御堂寺で自害させられたとありますが、その内の安養院で自刃したと解釈してよいのでしょう。

  それから、Wiki(織田信孝の項)では信孝の墓は安養院にあると記されていますが、信孝の墓は野間大坊(大御堂寺)にある源義朝の墓の横にあります。

 

  鉄道各社のハイキングでは、こういう発見があって、それが面白いんですよね。

  現在はインターネットで事前に調べることもできますが、どうしても細かいところまでは調べ切ることもできない場合もありますし。

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  本堂。

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  安養院からすぐ北にある私自身の今日の目的地である野間大坊(大御堂寺)の敷地に入ります。

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  撮影 2013/10/13

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2013年10月16日 (水)

知多半島 「野間大坊(のまだいぼう)」を訪れ「名鉄のハイキング」に巻き込まれる(2) - 野間駅から「名鉄のハイキング」のハイカーと共にする(1) 磔の松から密蔵院

 

 

  さて、記事タイトルが大変長くなってしまいましたが、要するに「名鉄のハイキング」が催されていることを知らず、同じ駅で同じ目的場所(この場合 野間大坊)に、私がたまたま乗り合わせて来てしまったという事情です。

しかし、こういった鉄道各社が催している「ハイキング」は、普通の旅行者が知らない旧跡などをハイキングコースに盛り込んでいますから、大変便利ではあるのです。

 

  今回の「名鉄のハイキング」は目玉が「野間大坊(のまだいぼう)」で、それに当地で最後を遂げた源義朝(源頼朝の父で義朝は平治の乱(1160年)で敗れて当地に敗走してきた)関連の旧跡や近くのお寺等を組み合わせたコースが設定されていました。

歩く距離は6Kmぐらいの難易度が最も低いコース設定だったようです。

 

  野間大坊までは他のハイカーと共に歩きましたが、野間大坊からは元来た道を引き返し、野間駅から内海駅へと向かいました。

 

  河和線(こうわせん)から知多新線が分岐する富貴(ふき)駅にて。

  知多新線内海行き急行で野間駅へ向かいました。

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  知多半島西側に横断して伊勢湾。

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  野間駅に到着。

  一つ前の知多奥田駅がハイキングの帰りの駅で、そこで初めて「名鉄ハイキング」に巻き込まれたことに気づきました。

  日曜日とは言え、ハイキング姿の客が多いなあ、とは思いましたが。

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  乗車してきた急行は終点の内海駅へ。

  知多新線は1時間に3本の運行で、内わけは特急1本、急行1本、普通1本。

  知多新線内はすべて各駅停車となります。

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  無人駅ですが駅員さんも動員されて案内。

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  右側の道路ではなくてあぜ道を歩いて行きます。

  チョッと感心しました。

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  野間大坊のある集落の中へ。

  行く先々に「名鉄のハイキング」の案内があります。

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  野間大坊駐車場のスタッフさん。

  ここがスタート受付地点です。

  地図だけちゃっかり頂きました。

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  すぐ先の十字路の右が野間大坊ですが、左へ道をとります。

  向こうにお寺の屋根が見えますが、左手から丘陵をつたってお寺に下りるコースです。

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  丘陵の左手方向。

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  ここから丘陵に登ります。

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  これが「磔の松」。

  ハイキングを共にしなければ気づかず、野間大坊だけを見て帰ったと思います。

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  「磔の松」

 

  「天下を統一した源頼朝は建久元年上洛の途中野間に立ち寄り

  父義朝を殺した長田忠致景致父子を捕え

  この松にて磔(棒つきの刑)に処したと伝えられている

  以来当松は墓標の代わりとなっている」

        と記されています。

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  丘陵の道を行きます。

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  下に密蔵院の屋根が見えて、ここから階段で下ります。

  スタート受付地点から密蔵院までは600m。

  野間駅からスタート受付地点まで900mだそうです。

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  階段を下りると境内の中に下ります。

  これは一旦外へ出て、正面入り口の門。

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  撮影 2013/10/13

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2013年10月15日 (火)

知多半島 「野間大坊(のまだいぼう)」を訪れ「名鉄のハイキング」に巻き込まれる(1) - 名鉄 富貴駅(ふきえき 愛知県知多郡武豊町)にて

 

  三連休の中日の日曜日、天気も良く、名鉄電車で知多半島にある野間大坊(のまだいぼう 愛知県知多郡美浜町)へ行ってきました。

名鉄岐阜駅の時点では野間大坊をまず訪れて、以後は気ままに考えようと、8時31分の中部国際空港行き特急で出発。

野間大坊は源頼朝の父である源義朝の最期の地である野間にあり、義朝の墓があることで知られています。

名鉄知多新線野間駅から徒歩で8分ほどの場所です。

  野間は半島の西側にありますが、知多新線は半島東側の河和線の富貴(ふき)駅から分岐して半島を斜めに再び西に向かい、半島西の終着の内海駅(うつみえき)に到ります。

野間駅はその内海駅の一つ手前の駅です。

したがって、名古屋方面からは半島西にある太田川駅から分岐する河和線で半島を斜めに縦断して東の半田市、武豊町に到り、富貴駅からは再び知多新線で西に向かうという回りくどい経路をとります。

 

  太田川駅で下車。

  後続の内海行き特急を待つ数分の間に外に出てみました。

  太田川駅は名鉄では珍しい三階建て駅。

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  名鉄名古屋発 内海(うつみ)行き特急「パノラマスーパー」1000系+1200系の到着。

  太田川駅にて。

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  途中、高架工事中の河和線(こうわせん)青山駅。

  上り電車のみがすでに高架駅ホームを利用中。

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  このままの内海行き特急で野間へ行けますが、敢えて分岐駅の富貴(ふき)駅で途中下車。

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  内海行きは右の知多新線へ分岐。知多半島の西側の内海へ。

  左は河和線(こうわせん)。

  昔から河和線は幹線路線で、終点の河和駅は知多半島観光の拠点駅です。

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  富貴(ふき)駅駅舎は昔ながらの木造駅舎。

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  河和行き普通の到着。

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  右が河和行き普通。左が名古屋の金山行き普通。

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  河和行き、しばらく停車。

  この先の河和口~河和間が単線のため、河和発の電車が複線区間に入るのを待っているものと見られます。

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  河和行き普通が出発。

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  河和発名古屋行きの「パノラマスーパ」1000系+1200系の接近。

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  富貴(ふき)駅停車のパノラマスーパ名古屋行き後部。

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  内海(うつみ)行き急行が到着。野間へ向かいます。

  知多新線内では特急、急行ともに各駅停車となります。

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  撮影 2013/10/13

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2013年10月12日 (土)

豊臣秀吉誕生の地 中村公園(名古屋市中村区)を訪れる(2) - 豊国神社と豊臣秀吉誕生の地

 

  豊臣秀吉の生誕の地とされる旧愛知郡中村郷は現在の名古屋市中村区に該当します。

その秀吉生誕の地と推定される中村公園には豊国神社(とよくにじんじゃ)と秀吉誕生の地の碑があります。

また公園の東に隣接する妙行寺(みょうぎょうじ)は加藤清正の生誕地であり、名古屋城築城の折に余材を持って自らの生誕地に再建したと伝わっています(名古屋市HPより)。

今回は残念ながら時間が無く、公園の西よりにある中村公園文化プラザ内の秀吉清正記念館(無料)を見学して帰ってきました。

 

  「中村の大鳥居」のある中村公園前交差点から北に500mほど参道を行くと三叉路の突き当たりに豊国神社があります。

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  参道を振り返り「中村の大鳥居」を遠くに。

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  太鼓橋の向こうに社殿が見えます。

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  社殿の正面からの写真は前回の記事にあります。

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  社殿の東側に「豊公誕生之地」の碑とモニュメントがあります。

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  神社入り口の鳥居。

  神社の西に向かいます。

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  神社の西には池のある公園。

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  池の北側にある中村公園記念館。

  加藤清正没後300年を記念して県が明治43年に建築したもの。

  明治期の公共木造建造物として貴重であるということで、市の認定地域建造物資産に指定されています。

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  そして八幡社。

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  かなり素朴なたたずまいです。

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  橋を渡り中村公園文化プラザへ。

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  中村公園文化プラザ。

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  一階は中村図書館。

  二階に秀吉清正記念館があります(無料)。

  三階が中村文化小劇場。

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  市営地下鉄東山線中村公園駅にて。

  名駅に戻ります。

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  撮影 2013/10/06

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2013年10月10日 (木)

豊臣秀吉誕生の地 中村公園(名古屋市中村区)を訪れる(1) - 豊国神社(とよくにじんじゃ)と大鳥居

 

  豊臣秀吉は現在の愛知県名古屋市中村区に該当する愛知郡中村郷に生まれました。

中村区はJR名古屋駅の西裏にあたり、区内には秀吉にちなんだ千成(せんなり)、太閤(たいこう)、本陣(ほんじん)、日吉(ひよし)などの地名や地区名、そしてその地区名からと思われる名古屋市立千成小学校、名古屋市立豊臣小学校、名古屋市立日吉小学校等があります。

秀吉が生まれたと推定される地は中村公園として整備され、その一角に豊国神社(とよくにじんじゃ)が鎮座しています。

創建は明治18年(1885年)。

東隣の妙行寺は加藤清正の生地であり、豊臣政権下の大名である小出秀政(こいでひでまさ)の宅跡や木下長嘯子(ちょうしょうし 木下勝俊)宅跡も公園内にあります。

ちなみに小出氏は江戸幕藩体制下でも大名として家名を残し、明治まで大名として存続しました。

小出氏は世間的には地味な存在で、余りご存じでない方もいらっしゃると思いますが、秀吉にとって類縁でもある小出氏は信頼の置ける数少ない大名でした。

但馬地方の出石城(いずし 現兵庫県豊岡市)の城主を100年ほど小出氏が務めたために、出石では有名です。

 

  それから、豊国神社の読み方は場所によって異なり、京都や名古屋中村、金沢、墨俣(大垣市)等の豊国神社は「とよくにじんじゃ」、長浜、福岡、大阪等では「ほうこくじんじゃ」と呼称されています。

 

  名古屋駅から市営地下鉄東山線の高畑(たかばた)行きで所要7分の中村公園駅で下車。

  名古屋~中村公園間の運賃は230円です。

  出口を少し間違えて交差点の南にあるバスターミナルの中村公園バス停に出てしまいました。

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  バス停出入り口から中村公園前交差点。南から北を見ています。

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  中村公園前交差点は五叉路。

  真っ直ぐ北に向かう道路が参道となっています。

  大鳥居は豊国神社の一の鳥居で、中村(当時は中という村でした)の名古屋市への併合記念として1929年(昭和4年)に建てられました。

  「中村の大鳥居」と呼ばれています。

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  「市併合記念舊中村村民」とあります。

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  参道から南の中村公園前交差点を振り返って。

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  参道。

  豊国神社は突き当たりにあります。

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  再び振り返って。

  参道の歩道が幅広く取られています。

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  神社の鳥居が見えてきました。

  中村公園前交差点から約500mの距離です。

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  鳥居の前は三叉路の交差点となっています。

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  鳥居下から社殿。

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  明治の創建といっても、すでに創建から120年以上。

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  撮影 2013/10/06

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2013年10月 7日 (月)

2013年9月の旅行 - 琴電高松築港駅あたり(うどん県高松市)

 

  片原町駅からは一駅で終点の高松築港駅です。

その高松築港駅の様子。

 

  片原町駅から乗車の琴平線車両。

  琴平線車両の基本塗装は黄色、長尾線が緑、瓦町駅始終着の志度線は赤。

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  改札を出て玉藻公園(高松城跡)に向かいました。

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  高松築港駅出入り口は南北の大通りである中央通りに面しています。

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  城内本丸と二の丸をつなぐ鞘橋からの高松築港駅。

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  旧東の丸艮櫓(うしとらやぐら)と琴電。

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  撮影 2013/09/06

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2013年10月 6日 (日)

2013年9月の旅行 - 琴電「片原町(かたはらまち)」駅付近(うどん県高松市)

 

  琴電片原町駅は高松築港駅の次の駅。

さらに次の駅が琴電3路線すべてが乗り入れている瓦町駅(かわらまち えき)です。

朝早くジャンボフェリーで高松東港に到着、体調があまりすぐれなかったこともあり、インターネットカフェで4時間ぐらい仮眠を取り、アーケード街をブラブラしていたら片原町駅近くに出ました。

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  琴平線の一宮行き。

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  アーケード街の横から片原町駅。

  マーケットの自転車置き場があり、雑然とした感じ。

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  長尾線の電車。

  瓦町駅から琴平線と長尾線が分岐します。

  また屋島方面の志度線は瓦町が始終着駅です。

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  高松築港行き、やって来たのは琴平線の電車。

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  撮影 2013/09/06

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2013年10月 5日 (土)

2013年9月の旅行 - 福知山線谷川駅(加古川線始終着駅)から福知山駅

 

  加古川線を西脇市駅からさらに北上して福知山線との合流駅である谷川駅(たにかわ えき)に到着。

ここで福知山行き普通を待ちます。

  前回も書きましたが、加古川線西脇市~谷川間は1日9往復のみの運行しかありません。

したがって、福知山線から加古川線乗り換えの場合、下手をすると2時間近くの待ち合わせの可能性があるので、時刻表で正確に運行時間を把握しておくべきです。

では、加古川線から福知山線への乗り換えは順調に行くかといえば、これがまた接続が大変悪く、福知山線普通電車の運行は1時間に1本あるにもかかわらず、この日は40分待ち。

いずれにしても接続の悪さは不変でした。

 

  谷川駅到着の125系電車。

  谷川着14時10分。折り返し谷川発西脇市行き15時13分。

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  谷川駅前。商店は見たところ一切ありません。

  タクシーが3台ばかり。

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  新大阪発福知山行き特急「こうのとり11号」287系の通過。

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  福知山行き普通223系2輌編成が到着。

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  福知山駅に到着。

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  福知山駅北口。こちらが表。

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  駅前通り。

  交差点の右方向(東)に市役所等の官庁街、さらにその先に福知山城があります。

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  北近畿タンゴ鉄道の車両がわずかに見えます。

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  撮影 2013/09/08

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2013年10月 2日 (水)

2013年9月の旅行 - 加古川線西脇市駅(兵庫県西脇市)の125系

 

  加西市の中心をなす北条町(ほうじょうちょう)を散策の後、北条鉄道で粟生駅へ戻り、さらに粟生駅(あおえき 兵庫県小野市)で北条鉄道からJR加古川線谷川行きに乗り換え西脇市駅へ至りました。

西脇市駅では以外にも11分の停車時間。

カメラを持ってホームに出てみました。

やがて、他のお客さんも2、3人ほどが車外に出て写真を撮り始めました。

その数分間の間の西脇市駅。

この先、西脇市~谷川間は1日運行数が往復ともに9本というかなりの過疎路線となります。

一度加古川線の旅のために福知山線経由で谷川から加古川線に入ったことがありますが、これで酷い目にあいました。

福知山線は1時間に必ず1本の運行が約束されていますから、加古川線から福知山線乗り換え待ち時間は最大で1時間ですが、逆の場合は2時間近くの待ち合わせとなる可能性があるのです。

ここは、事前の下調べが必要でした。

 

  粟生駅から乗車してきた谷川行き125系電車。

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  向こう側のホームには西脇市駅始発の加古川行き125系電車。

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  西脇市駅構内。

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  他のお客さんもパラパラと。

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  撮影 2013/09/08

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2013年10月 1日 (火)

2013年9月の旅行 - 北条鉄道 北条町駅(ほうじょうまちえき 兵庫県加西市)から粟生駅(あおえき 兵庫県小野市)へ

 

  北条町(ほうじょうちょう 兵庫県加西市)の散策から北条鉄道北条町(ほうじょうまち)駅に戻り、JR加古川線との連絡駅である粟生駅(あおえき)まで引き返します。

粟生駅からは加古川線に乗り換え、北上して福知山線との連絡駅である谷川駅に向かいました。

 

  女性運転士さんが操る「フラワ2000-2」号が到着しました。

  折り返し粟生行きになりますが、折り返しも他の女性運転士さんが運転。

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  手前の列車が「フラワ2000-1」号です。

  3号まであるようです。

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  以下、いずれも北条町駅にて。

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  乗車中に気づいた「鈴虫」の容器。

  この列車は「すず虫列車」と銘打たれています。

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  粟生駅に到着。

  加古川行きの103系電車2輌編成後ろ。

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  北条鉄道ホーム。

  JRと北条鉄道の間は自由に移動できます。

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  神戸電鉄粟生線車両。

  小野市、三木市、神戸市から有馬温泉、三田(福知山線連絡)等へ通じています。

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  谷川行き125系電車が単行で到着。

  谷川へ向かいます。

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  撮影 2013/09/08

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