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2013年12月27日 (金)

遠江 横須賀城跡を訪れる(2)2013年3月下旬 - 静岡県掛川市

 

 

  3月に訪れた静岡県の横須賀城跡の記事ですが、2回目の記事を放ったらかしにしておいたのを9ヶ月ぶりにアップします。

一回目の遠江 横須賀城跡を訪れる(1)2013年3月下旬 - 静岡県掛川市の記事とあわせてあわせて見て頂ければ幸いです。

 

  戦国時代、武田方の高天神城を攻略すべく築城された徳川方の横須賀城は、家康の命により大須賀康高がこの任に当たりました。

この大須賀康高率いる家臣団が後に横須賀党と呼ばれ、江戸時代には紀州藩付きの家臣団として紀州藩付家老安藤氏の与力の身分で紀州に赴きます。

のち身分上の問題で安藤家との確執から浪人となるも、長保寺の住職らの斡旋で再仕官が叶い、江戸時代末期に松阪市に今も残る松阪城の御城番屋敷に移り、その屋敷は現在でも健在で、住宅として利用されています。

 

  横須賀城に話を戻しますと、大須賀康高の死後、養子の榊原康政長男が大須賀忠政として大須賀家を継いで横須賀城の城主となります。

1590年、徳川家康が関東移封となり大須賀家も関東に移封され、変わりに渡瀬繁詮(わたらせ しげあき)が城主となるも、秀次事件で(渡瀬繁詮は豊臣秀次の家老)連座して改易(1595年)。

この後には渡瀬繁詮(わたらせ しげあき)の家老であった有馬豊氏が家臣団、領地ともども引継ぎ城主となります(豊氏の姉が渡瀬繁詮の正室であった。渡瀬繁詮には嫡子がいたが相続を許されなかった)。

この有馬氏は摂津有馬氏、もしくは赤松有馬氏とも呼ばれ、キリシタン大名であった肥前有馬氏とは区別されています。

大坂の陣の後の1620年、有馬豊氏は筑後一国32万5千石の大名田中忠政の病没による改易で、福知山藩8万石から一挙に久留米藩21万石の大大名となります。

そして明治まで久留米の地を治めました。

 

  ちなみに何度も書きますが、競馬の有馬記念はこの久留米藩有馬氏の子孫の15代当主有馬頼寧(ありまよりやす)氏が日本中央競馬会第2代理事長時代にファン投票によるレースとして創始され、のち頼寧氏の死後に「有馬記念」と呼称されるようになりました。

 

  さて、再び横須賀城に話を戻しますと、1600年、有馬氏が転封されると再び大須賀忠政が城主となりここに横須賀藩6万石が成立。

そして子の忠次と大須賀家が2代続き、徳川頼宣(紀州藩祖、家康の第十男)、松平氏2代、井上氏2代、本多氏1代、最後に西尾氏が1713年から藩主となり8代続き明治を迎えました。

 

  西の丸から玉石垣。

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  同じく西の丸から。

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  本丸内に入ります。

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  この辺りが天守台跡。

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  横須賀城縄張り。

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  本丸内から北の丸と松尾山。

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  同じく北の丸と松尾山。

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  本丸の南側の石垣。

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  石段を上がって左側が西の丸、右側が本丸。

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  上が西の丸。

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  現存する三日月堀の方に下ります。

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  三日月堀。

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  一旦道路に出て、東側に位置する三の丸跡へ。

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  何も無い状態で、空き地のようなたたずまい。

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  南の道路から三の丸跡への入り口。

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  城跡の南側の県道41号線。

  さらに海岸近くを国道150号線が通っています。

  宝永年間まではこの辺りまでが海で、湊があり、それが横須賀城の価値でもありましたが、大地震により海岸が隆起し湊の機能は失われました。

  宝永地震は宝永4年(1707年)の大地震で、その49日後に富士山の宝永大噴火が起きました。

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  城跡のすぐ西の西田町バス停から袋井駅まで戻ります。

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  バスが東のほうから接近。

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  袋井駅前。

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  袋井駅にて。

  静岡行き普通211系3両編成。

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  撮影 2013/03/26

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