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2013年12月

2013年12月27日 (金)

遠江 横須賀城跡を訪れる(2)2013年3月下旬 - 静岡県掛川市

 

 

  3月に訪れた静岡県の横須賀城跡の記事ですが、2回目の記事を放ったらかしにしておいたのを9ヶ月ぶりにアップします。

一回目の遠江 横須賀城跡を訪れる(1)2013年3月下旬 - 静岡県掛川市の記事とあわせてあわせて見て頂ければ幸いです。

 

  戦国時代、武田方の高天神城を攻略すべく築城された徳川方の横須賀城は、家康の命により大須賀康高がこの任に当たりました。

この大須賀康高率いる家臣団が後に横須賀党と呼ばれ、江戸時代には紀州藩付きの家臣団として紀州藩付家老安藤氏の与力の身分で紀州に赴きます。

のち身分上の問題で安藤家との確執から浪人となるも、長保寺の住職らの斡旋で再仕官が叶い、江戸時代末期に松阪市に今も残る松阪城の御城番屋敷に移り、その屋敷は現在でも健在で、住宅として利用されています。

 

  横須賀城に話を戻しますと、大須賀康高の死後、養子の榊原康政長男が大須賀忠政として大須賀家を継いで横須賀城の城主となります。

1590年、徳川家康が関東移封となり大須賀家も関東に移封され、変わりに渡瀬繁詮(わたらせ しげあき)が城主となるも、秀次事件で(渡瀬繁詮は豊臣秀次の家老)連座して改易(1595年)。

この後には渡瀬繁詮(わたらせ しげあき)の家老であった有馬豊氏が家臣団、領地ともども引継ぎ城主となります(豊氏の姉が渡瀬繁詮の正室であった。渡瀬繁詮には嫡子がいたが相続を許されなかった)。

この有馬氏は摂津有馬氏、もしくは赤松有馬氏とも呼ばれ、キリシタン大名であった肥前有馬氏とは区別されています。

大坂の陣の後の1620年、有馬豊氏は筑後一国32万5千石の大名田中忠政の病没による改易で、福知山藩8万石から一挙に久留米藩21万石の大大名となります。

そして明治まで久留米の地を治めました。

 

  ちなみに何度も書きますが、競馬の有馬記念はこの久留米藩有馬氏の子孫の15代当主有馬頼寧(ありまよりやす)氏が日本中央競馬会第2代理事長時代にファン投票によるレースとして創始され、のち頼寧氏の死後に「有馬記念」と呼称されるようになりました。

 

  さて、再び横須賀城に話を戻しますと、1600年、有馬氏が転封されると再び大須賀忠政が城主となりここに横須賀藩6万石が成立。

そして子の忠次と大須賀家が2代続き、徳川頼宣(紀州藩祖、家康の第十男)、松平氏2代、井上氏2代、本多氏1代、最後に西尾氏が1713年から藩主となり8代続き明治を迎えました。

 

  西の丸から玉石垣。

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  同じく西の丸から。

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  本丸内に入ります。

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  この辺りが天守台跡。

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  横須賀城縄張り。

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  本丸内から北の丸と松尾山。

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  同じく北の丸と松尾山。

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  本丸の南側の石垣。

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  石段を上がって左側が西の丸、右側が本丸。

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  上が西の丸。

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  現存する三日月堀の方に下ります。

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  三日月堀。

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  一旦道路に出て、東側に位置する三の丸跡へ。

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  何も無い状態で、空き地のようなたたずまい。

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  南の道路から三の丸跡への入り口。

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  城跡の南側の県道41号線。

  さらに海岸近くを国道150号線が通っています。

  宝永年間まではこの辺りまでが海で、湊があり、それが横須賀城の価値でもありましたが、大地震により海岸が隆起し湊の機能は失われました。

  宝永地震は宝永4年(1707年)の大地震で、その49日後に富士山の宝永大噴火が起きました。

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  城跡のすぐ西の西田町バス停から袋井駅まで戻ります。

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  バスが東のほうから接近。

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  袋井駅前。

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  袋井駅にて。

  静岡行き普通211系3両編成。

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  撮影 2013/03/26

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2013年12月24日 (火)

急行「飯田線 秘境駅号」で行く飯田線秘境駅 2013年11月(7) - 飯田市内を1時間散策後高速バスで名古屋へ帰る

 

  急行「飯田線秘境駅号」での旅は飯田が終着です。

この後、飯田発名古屋行きの高速バスで帰る予定でしたが、1時間遅らせて次の高速バスで向かうことにし、飯田の町を1時間足らずで散策。

飯田は城下町なのですが、お城跡へはさすがに時間が無くて、仲ノ町あたりを散策して駅前に帰ってきました。

飯田駅前~名古屋名鉄バスセンター間の高速バスは毎時1本の15往復が運行されています。

一応予約制ですが、飯田駅前では直前でも切符を購入することができました。

飯田~名古屋間は2350円。

 

  飯田駅改札。

  飯田の町を散策後の写真。

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  飯田駅駅舎。

  赤はりんごのイメージなんでしょうね。

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  駅前から右手に行くと高速バス乗り場とチケット売り場があります。

  駅方向を振り返って。

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  駅前通りを真っ直ぐ東方向へ行くとりんごの並木通りがありました。

  並木道は南がりんご並木、北が桜並木のようです。

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  飯田の表通り。駅方向を振り向いているのでしょうか?

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  少し北寄りに道をとります。

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  仲ノ町あたり。

  下伊那教育会館の前にある武家屋敷黒須家の門。

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  下伊那教育会館。

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  手前、短いですが武家屋敷の土塀。

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  下伊那教育会館の反対側の古い民家。

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  左に下伊那教育会館、右に民家。

  これで引き返します。

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  左手が駅前。背中にりんご並木、向こうが桜並木。

  道路中央に建っているのが人形時計塔です。

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  右側、名古屋の名鉄バスセンター行き高速バス。車両は信南交通のバス。

  実際に乗車したのは同じ信南交通の1時間後のバス。

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  撮影 2013/11/24

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2013年12月20日 (金)

急行「飯田線 秘境駅号」で行く飯田線秘境駅 2013年11月(6) - 田本駅、金野駅、千代駅から終着駅飯田へ

 

  いよいよ秘境駅の旅も最終局面へ。

平岡駅での大休止を終えて、再び飯田方面に向かい、最初の秘境駅である為栗駅(してぐり えき)に到着。

その後、為栗駅と田本駅との中間駅の温田駅(ぬくたえき)で下りの急行「飯田線秘境駅号」と列車交換がありました。

そして、以後は短い停車時間を繰り返しながら田本駅、金野駅(きんのえき)、千代駅の三秘境駅を経て天竜峡駅に到着し、秘境駅の旅は実質的に終わりました。

千代駅が最後の秘境駅で、天竜峡駅で4分の停車後、終着駅の飯田へ向かいました。

天竜峡駅から飯田駅までは約15分。

 

  温田駅(ぬくたえき)にて。

  下りの急行「飯田線秘境駅号」と列車交換。

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  秘境駅の田本駅に到着。停車時間は15分。

  田本駅は前後部がトンネルで後ろのトンネルの上から電車を眺める、というのが唯一の趣向です。

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  ただ、上から写真を撮るという趣向のみで、人数の関係から交代をしながら。

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  見下ろしたトンネルの上の通路。

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  373系の運転席。

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  田本駅を離れます。

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  10分少々走って金野駅(きんのえき)に到着。

  金野駅では5分の停車時間。

  金野駅の時刻表。

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  駅の上にせり出すように大岩。

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  最後の千代駅。

  千代駅も5分の短い停車時間。

  5分では線路下に下りるのが精一杯。

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  天竜峡駅では多くの乗客が降車しました。

  やがて、飯田に近付くにつれて人家が多くなってきます。

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  飯田駅到着は15時28分。

  豊橋発が9時50分でしたから約5時間半の電車旅でした。

  このあと、飯田の町を1時間ほど散策し、高速バスで名古屋へ向かいました。

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撮影 2013/11/24

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2013年12月17日 (火)

急行「飯田線 秘境駅号」で行く飯田線秘境駅 2013年11月(5) - 為栗駅(してぐり えき 長野県天龍村)

 

  50分ほどの休憩を平岡駅でとり、再び出発。

平岡駅を13時50分に出発、8分で次の秘境駅である為栗駅(してぐりえき)に到着します。

目の前には平岡ダムでできたダム湖が広がっています。

点在していた昔の為栗の集落はダム湖に水没したそうで、こうした例を見れば、飯田線に秘境駅が多いのは佐久間ダムと平岡ダムの両ダム湖による集落の水没が一因と言えそうです。

元来は需要があるからこそ駅が作られた訳で、ダム湖による集落の水没が、駅のみを残して秘境駅という形で残ったと言えそうです。

 

  平岡駅を13時50分に出発。

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  平岡ダムのダム湖を左手に望みながら。

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  為栗駅(してぐりえき)に到着。

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  駅から対岸に渡るつり橋が南側にあります。

  向こう側に県道1号線があるということです。

  子供を中心につり橋まで行く元気な人々もいました。

  停車時間が15分なので、私は諦めました。

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  天竜川の上流方向。

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  15分後に出発。

  温田駅(ぬくた えき)手前のつり橋。

  長野県泰阜村(やすおかむら)に入っています。

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  温田駅では下り豊橋行きの急行「飯田線秘境駅号」との列車交換が行なわれます。

  向かい側から同じ373系の急行「飯田線秘境駅号」がやって来ました。

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  撮影 2013/11/24

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2013年12月16日 (月)

急行「飯田線 秘境駅号」で行く飯田線秘境駅 2013年11月(4) - 平岡駅(長野県天龍村)にて46分の大休止

 

  長野県の最も南部に位置する天龍村は総人口約1500人の小さな村です。

その天龍村の役場所在地の平岡駅で46分の大休止。

その平岡駅駅舎は「ふれあいステーション龍泉閣」と一体となっています。

「ふれあいステーション龍泉閣」は温泉と宿泊の施設で、売店、物産販売、食堂等が入っており、言ってみればこの施設を利用して食事タイムの大休止というところです。

 

  平岡駅到着は13時04分で、乗客は全員一度列車から降車。

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  平岡駅前の道路。

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  「ふれあいステーション龍泉閣」と駅前。

  豊橋駅で予め購入した駅弁を閣内で食べ終え、外を散策。

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  佐久間ダムによる佐久間湖の尻尾が見えます。

  このすぐ上流には平岡ダムがあり、再び人工の湖が上流に形成されています。

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  駅前から坂を下ると「天龍村文化センターなんでも館」があります。

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  文化センターの前辺りにある村天然記念物の「観音様の大かや」。

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  「天龍村文化センターなんでも館」を坂の上から。

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  「ふれあいステーション龍泉閣」の平岡駅入り口。

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  平岡駅構内

  手前は豊橋発上諏訪行き普通313系2輌編成。

  豊橋から3時間をかけてここまでやって来た電車です。

  平岡駅から上諏訪駅まで約4時間。したがって豊橋~上諏訪間の所要時間は約7時間。

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  上諏訪行き普通が先に出発。

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  急行「飯田線秘境駅号」の出発は13時50分。

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  次の秘境駅の為栗駅(してぐり えき)に到着。

  15分停車。

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  撮影 2013/11/24

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2013年12月14日 (土)

急行「飯田線 秘境駅号」で行く飯田線秘境駅 2013年11月(3) - 小和田駅(こわだ えき 浜松市天竜区)と中井侍駅(なかいさむらい えき 長野県天龍村)

 

  観光列車での飯田線秘境駅の旅、最初の駅は秘境駅としてはカウントされていませんが大嵐駅(おおぞれ えき)でした。

そして、次は小和田駅(こわだえき)と中井侍駅(なかいさむらいえき)。

小和田駅は本当に秘境駅と呼べる駅ですが、中井侍駅は駅の上に民家があり、さらに坂を行くと集落もあるという事です。

といってもどちらも秘境駅の雰囲気は充分でした。

小和田駅では20分停車、中井侍駅は10分停車。

小和田駅は大嵐駅と共に浜松市天竜区に属しますが、中井侍駅は長野県天龍村にあります。

 

  小和田駅に到着。

  駅は天竜川を下に望む高台にあります。

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  小和田駅は三県境界駅。

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  小和田駅では古びた木造駅舎がいっそう秘境の雰囲気を醸し出しています。

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  小和田駅駅舎。

  黄色い服を着ている人がスタッフさん。

  手に電車の出発時刻が書かれたボードを持ち、お客さんが乗り遅れないようにとの配慮がなされています。

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  現在の皇太子妃の旧姓が小和田(おわだ)さんであったことから、話題になった駅として知られてます。

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  小和田駅から。

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  そして、次の中井侍駅にて。

  民家横の坂の上から。

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  そんなに行き場も無い駅なので、10分停車で十分です。

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  とにかくトンネルとトンネルの間に駅がある感じ。

 

  次はこの辺りでは人口の集中している平岡駅。

  ここで46分の休憩があり、一度全乗客は電車を降りなければなりません

  どちらかと言うと昼食タイムです。

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  撮影 2013/11/24

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2013年12月13日 (金)

急行「飯田線 秘境駅号」で行く飯田線秘境駅 2013年11月(2) - 大嵐駅(おおぞれ えき 浜松市天竜区水窪町)にて

 

 

  中部天竜駅から佐久間駅を過ぎると天竜川から東へ支流の水窪川(みさくぼがわ)へ抜け、そして水窪駅からは再びトンネルを抜けて天竜川へ戻ります。

この時のトンネルが飯田線で最も長く、5063mあるそうです。

そして、トンネルを抜けると大嵐駅(おおぞれ えき)。

難読駅名のひとつですね。

秘境駅ではありませんが、佐久間ダムにより人工的に形成された佐久間湖とつり橋のある風景が良く、17分間の停車時間が設定されています。

停車駅ではスタッフさんが出発時刻が書き込まれたボードを持ち、乗り遅れの無いように配慮がなされています。

バスとは異なり電車ですので、時刻が来れば発車してしまいます。

大きな地図で見る

 

  秘境駅とは言えない理由は、駅まで車で来ることができることが挙げられます。

  駅前の駐車場には車が数台駐車中。

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  大嵐駅駅舎。

  秘境駅とは到底言えないのですが、自販機も無く、民家も辺りに見ることができません。

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  つり橋まではすぐ。

  大嵐駅は静岡県浜松市天竜区に属しますが、対岸は愛知県北設楽郡豊根村富山地区。

  大嵐駅は富山地区の最寄の駅という訳です。

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  天竜川下流方向。

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  上流方向。

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  余り長居もできず戻ってきました。

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  特急用車両373系3両編成の急行「飯田線 秘境駅号」。

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  前も後ろもトンネル。

  こちらは前のほうのトンネル。

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  電車後方のトンネル方向。

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  電車後方から。

  次は秘境駅の小和田駅(こわだ えき)。

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  撮影 2013/11/24

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2013年12月11日 (水)

急行「飯田線 秘境駅号」で行く飯田線秘境駅 2013年11月(1) - 豊橋駅から新城駅、大嵐(おおぞれ)駅まで

 

  もう2週間以上前になる11月下旬、JR東海の観光列車である急行「飯田線秘境駅号」の旅を楽しんできました。

京都嵯峨野の紅葉狩り散策の一週間ぐらい前の旅行でしたが、紅葉は季節ものということで、嵯峨野散策の記事をを先にして、鉄道旅という性格上から急行「飯田線秘境駅号」の旅は後回しにしても良いだろうということで、こういう順番となりました。

 

  ちなみに、急行「飯田線秘境駅号」という今回のJR東海の企画は11月24日でいったん終了となっています。

「飯田線秘境駅号」は豊橋発飯田行きと逆の飯田発豊橋行きの1往復が運行されましたが、私たち(一人旅ではなかった)は豊橋発9時50分飯田着15時28分の下り電車を利用。

そして、帰りは飯田駅前発名鉄バスセンター行きの高速バスで名古屋へ帰るという旅程をとりました。

  土日祝日に利用できる「青空フリーパス」2500円を乗車券として使用。

それに急行券と座席指定券は必須で、予め購入しておきました。

急行券は豊橋~飯田間乗車距離129.3Kmで950円、座席指定券が510円で合計1460円。

また、岐阜~飯田間の運賃は4310円で、「青空ブリーパス」2500円の片道のみの利用でしたが十分にお得。

飯田駅前~名鉄バスセンター間の高速バスは2350円でした。

 

JR名古屋駅から岐阜駅までは再び「青空フリーパス」を利用して帰ってきました。

 

  豊橋駅1、2番線が飯田線ホーム。

  1番線に待機中の豊川行き普通313系2輌編成。

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  3番線が名鉄名古屋本線ホーム。

  快速特急 新鵜沼行き2200系待機中。

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  豊橋駅1番線313系豊川行き、2番線213系回送電車。

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  3番線に到着の名鉄特急「パノラマスーパー」1000系と1番線へ入線待ちの臨時急行「飯田線秘境駅号」373系。

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  名鉄特急「パノラマスーパー」1000系到着。

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  1番線から豊川行き普通が出発。

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  豊川行き普通の出発を待って373系が1番線に入線。

  373系は飯田線では特急「ワイドビュー伊那路」にも使用されている特急用車両。

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  1番線の急行「飯田線秘境駅号」373系3両編成。

  出発は9時50分。

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  最初の停車駅は新城駅(しんしろ えき 愛知県新城市)。

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  新城駅では豊橋発10時08分の特急「ワイドビュー伊那路1号」の追い抜き待ち。

  豊橋方面への回送電車313系、新城駅にて。

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  新城駅での停車時間は19分。

  駅舎側のホームへ移動、伊那松島5時01分発の普通豊橋行き213系が到着。

  この時点で10時半頃、はるばると5時間半かけてここまでやって来た電車です。

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  やがて特急「ワイドビュー伊那路1号」飯田行きが到着、すぐに出発して行きました。

  車両は「秘境駅号」と同じ373系。

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  長篠の合戦で有名な長篠城跡を一瞬に。

  要所要所でアナウンスがあったり徐行運転があったりで観光列車ならではのサービスでした。

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  本長篠駅から少し先の湯谷温泉~ 三河槙原間の宇連川(うれがわ)。

  川底の岩盤が板を敷いたように見えることから板敷川とも呼ばれているそうです。
  (車内で頂いた「みどころマップ」を参照)

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  この辺りでは川は右手、こちらは山側の紅葉。

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  中部天竜駅にて。

  今は閉園した佐久間レールパークの名残。

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  城西~向市場間のS字鉄橋。

  車両の前後に行きたかったのですが、人が多く、無理という事で中途半端な写真になりました。

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  やがて水窪(みさくぼ)辺り。

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  最初の秘境駅は大嵐駅(おおぞれ えき)。

  実は秘境駅にはカウントされていませんが、周囲を見渡しても民家は全く見当たりません。

  停車時間は17分。つり橋があり、そこまで散策してみました。

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  撮影 2013/11/24

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2013年12月 9日 (月)

京都 今年最後の紅葉? 2013年11月末日(7) - 常寂光寺から竹林の道を経て帰る

 

  この日最後に訪れた常寂光寺(じょうじゃっこうじ)の門前から南へ向かうと小倉池、御髪神社(みかみじんじゃ)、トロッコ嵐山駅があり、さらに南へ向かうと大河内山荘、そして山荘から東へ伸びる竹林の道があります。

竹林の道を東へ向かうと天龍寺北門から野宮神社(ののみやじんじゃ)の南側に至り、ここから南に方角を変え、最終的に渡月橋から北に伸びるメインストリートに戻ります。

帰り際には一段と人出が凄いことになっていました。

 

  小倉池。

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  小倉池の南側から回りこんで向こう側にある御髪神社(みかみじんじゃ)。

  「美髪成就のパワースポット・御髪神社」ということで日本で唯一の髪の神社だそうです。

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  小倉池の南側から。

  そんなに大きな池ではありません。

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  池の南側の対角にはトロッコ嵐山駅があります。

  お店もあるので休憩場所としては最適。

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  さらに南へ向かいます。

  下はJR嵯峨野線(山陰線)とトロッコの嵯峨野観光線のトンネル。

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  木々が茂って欝蒼としています。

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  大河内山荘前から東へ伸びる竹林の道。

  人出が凄いです。

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  大河内山荘入り口。

  料金は大人、大学生、高校生1000円、中学生、小人500円。

  今回も入らずじまいに終わりました。

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  少し人の流れが少なくなってきました。

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  竹林の道をさらに東へ行くと天龍寺北門を経て野宮神社(ののみやじんじゃ)へ。

  参拝客が列をなす込みよう。

  右手、北に向かうと踏み切りを渡り、元の落柿舎(らくししゃ)や常寂光寺に至ります。

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  渡月橋からのメインストリートに戻ってきました。

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  JR嵯峨嵐山駅とトロッコ嵯峨駅。

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  京都駅で一旦改札を外に出ました。

  京都タワー。

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  この日はJR東海の「シャトルきっぷ」を利用しての旅で、帰りも米原までは新幹線。

  「シャトルきっぷ」は東海道本線 穂積駅~醒ヶ井間出発、米原から京都(新大阪)まで新幹線という往復きっぷです。

  穂積、大垣発京都までの往復は4480円(新大阪までは6060円)2日間有効。

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  撮影 2013/11/30

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2013年12月 7日 (土)

京都 今年最後の紅葉? 2013年11月末日(6) - 嵯峨野 常寂光寺(じょうじゃっこうじ)の紅葉

  この日、最後に訪れたのは常寂光寺(じょうじゃっこうじ)。

紅葉真っ盛りの季節に当寺を訪れるのは初めてです。

前回は12月になってからの落葉後の寒々とした境内を散策しましたが、今回はとにかく人出が半端ではありませんでした。

常寂光寺は何時の季節も人気のあるお寺ですが、特に紅葉の季節が最も人気がありますね。

紅葉真っ盛りと書きましたが、実際はすでに落葉が始まっており、紅や黄の絨毯を見るような境内でした。

 

  二尊院、常寂光寺の紅葉でお腹(おなか)一杯となった紅葉狩り旅行の嵯峨野散策は、この後、小倉池、トロッコ嵐山駅、大河内山荘、竹林の道、野宮(ののみや)神社を経て、出発地点であるJRの嵯峨嵐山駅に戻り、京都駅経由で岐阜への帰途につきました。

 

  常寂光寺山門前。

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  境内に入ると仁王門から石段を本堂に向けて登ります。

  常寂光寺拝観は大人400円、小学生200円。

 

  仁王門は『南北朝時代の貞和年間に本圀寺の南門として建立、元和2年(1616年)に現在地に移築』されたもの。

  ちなみに常寂光寺は日蓮宗のお寺。

  本圀寺(ほんごくじ)も日蓮宗で、常寂光寺の旧大本山であったお寺です。

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  石段を本堂へ。

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  本堂へ。

  本堂は『桃山城の客殿を慶長年間に移築した』もの。

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  鐘楼の下から。

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  さらに本堂から石段を登り多宝塔へ向かいます。

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  石段では写真を撮る人で渋滞状態に。

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  多宝塔。

  元和6年(1620年)建立、重文指定。

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  多宝塔、上から。

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  遠望できる街並みから山の中腹にあることが分かります。

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  嵯峨野の眺望。

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  帰りは仁王門の斜め上から下りてきて、出口は山門入り口の北側。

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  出口。

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  北側から山門の前に戻ります。

  左手が落柿舎のある東。

  山門の前を通り過ぎてさらに南へ向かいます。

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  南への道を辿ります。

  しばらくすると小倉池が見えてきます。

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  撮影 2013/11/30

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2013年12月 6日 (金)

京都 今年最後の紅葉? 2013年11月末日(5) - 嵯峨野 二尊院から常寂光寺へ

 

 

  JR嵯峨嵐山駅をスタートして、渡月橋から清涼寺(嵯峨釈迦堂)、二尊院と巡って、次は常寂光寺(じょうじゃっこうじ)へと向かいました。

渡月橋から北へ歩いて清涼寺、清涼寺から西へ歩いて二尊院、二尊院からは南へ歩いて常寂光寺という大まかな位置関係です。

 

  二尊院総門前。

  ここから左手へ向かいます。

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  右手に小倉山を望みながら南へ歩いて行きます。

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  その小倉山が右手に見えます。

  二尊院も常寂光寺も小倉山の麓から山腹にかけて建てられています。

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  途中、(南に向かって)左手に松尾芭蕉の高弟の一人である向井去来(むかいきょらい)のお墓があります。

  去来が住んだ落柿舎(らくししゃ)は常寂光寺の手前の畑に面してあり、嵯峨野での見所の一つです。

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  竹垣の中に小さな石のお墓。

  「去来墓」と墨書された板が一枚立っています。

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  嵯峨野の大体の見取り図。

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  左に落柿舎(らくししゃ)、向こう常寂光寺に入っていく道の前、という角に出ます。

  左手に急に一面畑という開かれた空間が拡がります。

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  畑の南側から落柿舎(らくししゃ)。

  今回は寄る事無く、遠くから眺めるに止めました。

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  西側に小倉山。

  右手(北)の方から歩いてきて、少し東へ行き過ぎた状態。

  もう一度向こうへ戻り、山の方向へ入っていきます。

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  突き当たりに常寂光寺の山門があります。

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  常寂光寺山門前。

  門前から左手に道をとると小倉池からトロッコ嵐山駅へ到ります。

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  境内に入りました。

  拝観料は大人400円、小学生200円。

 

  仁王門があり、そこからさらに階段を登ります。

  今日ばかりは一方通行。

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  常寂光寺仁王門。

  仁王門は南北朝時代の貞和年間に本圀寺の南門として建立されたもので、元和2年(1616年)に現在地に移築されたということです。(常寂光寺パンフレット&Wikiより)

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  さらに石段を登り本堂へ。

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  上から振り返って仁王門。

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  撮影 2013/11/30

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2013年12月 4日 (水)

京都 今年最後の紅葉? 2013年11月末日(4) - 嵯峨野 二尊院の紅葉(2)

 

 

  清涼寺西門から西に行くと、小倉山の麓に二尊院があります。

二尊院は同じく小倉山の麓にある常寂光寺の北に位置します。

前回の二尊院の記事では、総門から入り、紅葉の馬場(もみじのばば)、黒門、勅使門、本堂と巡りましたが、今回は境内の右半分の公家の墓や角倉了以の墓など、観光客には全く人気の無い場所の様子です。

何と言っても殆んどがお墓であるので、少し説明板等を見落とすと、そのままやり過ごしてしまい、多くの見所を見逃してしまいました。

 

  黒門。

  この左手、お寺入り口から見て右手の寺域を巡ります。

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  法然上人廟への石段右にある角倉了以(すみのくら りょうい)像。

  像の後ろにあるのは「しあわせの鐘」。

  観光客が列をなし、鐘を突くたびに境内に響き渡ります。

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  石段を登ると、その先に法然上人廟があります。

  拝観の際頂いたパンフの境内地図には湛空上人廟と記されていますが、どちらが正しいのでしょうか?

  調べてみると湛空上人は法然上人のお弟子さんの一人で、二尊院は法然上人が中興し、30年後(応仁の乱で焼失)湛空上人が再興したとされています。

  廟の横の案内板には法然上人廟とあります。

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  少しずつ右手の北へ移動。

  小倉餡発祥之地の碑。

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  築地塀の北にある八社ノ宮。

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  八社ノ宮の前、振り返って築地塀の紅葉。

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  方向案内板があるのにもかかわらず、この四ヶ所のうち辿り着けたのは法然上人廟のみ。

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  問題はこの登り道を登ったことにありました。

  境内の一番北端にある道で、上まで登り切ってしまいます。

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  内側に石造りの廟があるのですが、四条家墓の一つらしく「男爵 四條家之墓」とあるらしい。

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  この右手上にある三帝陵(土御門天皇、後嵯峨天皇、亀山天皇の分骨が祀られている)をまず見逃し、角倉家の墓の前に立ちました。

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  左端から角倉了以の墓。その右が了以の妻の墓。

  その右は息子の角倉素庵と妻(右端)の墓です。

 

  角倉了以(すみのくらりょうい)は桃山、江戸時代初期の京都の豪商。

  朱印船貿易や富士川の疎通、高瀬川の開削等で活躍、幕府から淀川の河川交通や高瀬川を支配することを特許された(コトバンク他参照)。

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  さらに上には五摂家の一つである鷹司家(たかつかさけ)の墓所。

  古色蒼然とした墓から最近の墓まで並んでいます。

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  鷹司輔煕(たかつかさすけひろ)の墓。幕末の公卿。

  これは一例として読んでみました。

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  法然上人廟の右手にある嵯峨家(旧姓正親町三条家)墓所。

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  法然上人廟。

  左手の山の中に入っていくと藤原定家が百人一首を選定したと言われる「時雨亭跡(しぐれていあと)」があります。

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  帰りは階段を下ります。

  観光客は法然上人廟までは来ます。

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  紅葉の馬場(もみじのばば)を総門へ。

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  総門側から紅葉の馬場。

  人がどんどんと増えてきました。

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  総門の外にある境内図。

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  次は総門に向かって左、南へ向かい、常寂光寺(じょうじゃっこうじ)を訪れます。

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  撮影 2013/11/30

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2013年12月 3日 (火)

京都 今年最後の紅葉? 2013年11月末日(3) - 嵯峨野 二尊院の紅葉(1)

 

 

  渡月橋から真っ直ぐ北に歩いて嵯峨釈迦堂と呼ばれる清涼寺(せいりょうじ)を訪れ、さらに、その西門から西に伸びる道を歩き、小倉山の麓にある二尊院(にそんいん)を訪れました。

本尊に釈迦如来と阿弥陀如来の二尊を祀るため二尊院と言う(二尊院パンフレットより)。

さらにパンフレットによれば『当寺は、明治維新まで天皇名代として勅使参詣があり、御所の仏事を司り、公家方との交流も盛んでした』

『現在も旧摂関家の「二条家」「鷹司家」「三条家」「四条家」香道の創始者である「三条西家」や、「角倉家」など豪家の菩提寺です。』

 

  ちなみに摂関家の中でも藤原氏嫡流の五家を五摂家といい、上記の二尊院を菩提寺とする旧摂関家のうち鷹司家(たかつかさけ)と二条家が五摂家でした。

五摂家は他に「近衛家」、「九条家」、「一条家」があります。

 

  前回の記事の最後の写真。

  清涼寺西門から西へ向かいます。

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  やがて、二尊院総門の北に到ります。

  さらに奥に道を辿ると、北方向に向きを変え、祇王寺、化野念仏寺(あだしのねんぶつじ)へ向かいます。

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  車が集中し、しばし混乱状態となりました。

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  左折すると二尊院の総門前。

  駐車スペースがありますが、この時期は満車状態です。

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  二尊院総門。

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  総門は『豪商角倉了以(すみのくらりょうい)が伏見城の「薬医門」を慶長十八年(1613年)に移築したもの』(二尊院パンフより)。

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  総門を入って右側に拝観受付がありますが、その反対側にある「西行法師庵の跡」の石碑。

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  総門と左に拝観受付。

  拝観料は大人500円。

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  本堂のある寺域までの通路である紅葉の馬場。

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  総門の方を振り返って。

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  短く階段を登り黒門。

  さらに左手に勅使門があります。

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  黒門から本堂前に入ります。

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  本堂。

  この日は本堂の外陣(げじん)を土足のまま一周できるように敷物が敷かれていました。

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  これを見て京都の文化財の豊富さを改めて実感。

  本堂は永正18年(1521年)三条西実隆による再建ですが、重文にも指定されていない。

  二尊がやっと重文指定。

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  黒門を入ると正面にある九頭竜弁財天堂。

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  そしてこちらが勅使門。

  本堂と同じく永正18年(1521年)に三条西実隆によって再建されたもの。

  額は後柏原天皇宸筆「小倉山」の勅額。

  後柏原天皇(ごかしわばらてんのう 在位:明応9年10月25日(1500年11月16日) - 大永6年4月7日(1526年5月18日))。

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  本堂の外陣(げじん)の廊下を一周します。

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  本堂の裏側。

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  正面右には御霊屋(みたまや/おたまや)。

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  本堂から勅使門。

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  御霊屋と向こう側に弁財天堂。

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  本堂には後奈良天皇宸筆「二尊院」の勅額。

  後奈良天皇(ごならてんのう 在位:大永6年4月29日(1526年6月9日)- 弘治3年9月5日(1557年9月27日))。

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  二尊も拝顔して出口から庭へ出ます。

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  内側からの黒門。

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  撮影 2013/11/30

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2013年12月 2日 (月)

京都 今年最後の紅葉? 2013年11月末日(2) - 清涼寺(せいりょうじ 嵯峨釈迦堂)

 

  渡月橋から真っ直ぐに北へ1.5Kmぐらいでしょうか、メインストリートとも言うべき道路を歩いて行くと、突き当りが清涼寺の仁王門です。

本尊は釈迦如来(国宝)で、本堂は釈迦堂と呼ばれ、清涼寺は別名嵯峨釈迦堂とも呼ばれています。

清涼寺を訪れるのは初めてでは無く、いつの場合も仁王門、本堂、多宝塔を見てそそくさと他の場所に移動してしまうのが通例となっています。

今回も例外ではなく、すぐに仁王門から宝筐院(ほうきょういん)へ向かいました。

清涼寺の紅葉については、ただ残念だったの一言です。

清涼寺の紅葉については、いつも残念な時期ばかり。

 

  仁王門手前の紅葉。

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  鳥居の足元に「愛宕野々宮両御旅所」と刻まれた石碑が立っていました。

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  清涼寺仁王門。

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  仁王門門前から西方向に見える宝筐院(ほうきょういん)。

  大覚寺、大沢池へは反対の右手、東方向へ。

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  仁王門から本堂。

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  本堂(釈迦堂)。

  元禄14年(1701年)の再建。

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  多宝塔。

  最初に清涼寺を訪れたのは多宝塔が目当てでした。

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  嵐山を背景に。

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  境内内側から仁王門を。

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  嵐山、渡月橋方向。

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  小倉山を背景に。

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  仁王門門前から南側の築地塀沿いに西へ。

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  宝筐院(ほうきょういん)の山門。

  撮影のための拝観お断りということで(ただし小型のカメラは可だそうで)、ここから右折。

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  築地塀越しに清涼寺の境内。

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  清涼寺西門。

  こちらにトイレがあります。

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  トイレ横から鐘楼と本堂。

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  清涼寺西門から西に伸びる道を行くと二尊院へ。

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  撮影 2013/11/30

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2013年12月 1日 (日)

京都 今年最後の紅葉? 2013年11月末日(1) - JR嵯峨嵐山駅から清涼寺(嵯峨釈迦堂)まで

 

 

  京都の紅葉もこの週末(11月末日、12月1日)が最後ではないかと、そう思い至って、京都嵯峨野を中心に散策してきました。

人出の多さが予想されたので、米原~京都間を新幹線が利用できる「シャトルきっぷ」を使用。

「シャトルきっぷ」利用設定区間は穂積~醒ヶ井間の各駅で、米原までは在来線、米原~京都間を新幹線利用という往復きっぷです。

発駅~新大阪往復の設定もあります。

岐阜は設定外なので穂積、もしくは大垣までを実費で運賃を支払い、穂積、大垣の窓口できっぷを購入します。

穂積、大垣~京都間の「シャトルきっぷ」の運賃設定は往復4480円。

岐阜~大垣間は片道230円。

電車の運行上、大垣での乗換えが多いので今回も大垣で購入しました。

 

  嵯峨野線(山陰線)嵯峨嵐山駅にて。

  隣接するトロッコ嵯峨駅のトロッコ列車。

  JR京都駅~嵯峨嵐山駅間の運賃は片道230円。

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  トロッコ嵯峨駅駅舎。

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  JR嵯峨嵐山駅駅舎。

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  南に向かうと嵐電の踏み切り。嵐電嵐山駅方向。

  踏み切りには嵐電嵯峨駅があります。

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  踏切りから一度JR嵯峨嵐山駅方向に戻り、他の観光客と共に西へ向かいます。

  南北のメインストリートに出ると、目の前は天龍寺の門前。

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  一旦南の渡月橋へ向かいます。

  天龍寺の入り口、主に車専用。もちろん歩行者も出入りします。

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  やがて、嵐電嵐山駅の前に。

  向かいにある北方向へのバス停。大覚寺へは便利です。

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  嵐電嵐山駅。

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  嵐電四条大宮行き。

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  もう少し南へ、閉鎖された美空ひばり座。

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  そして渡月橋と嵐山。

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  渡月橋北詰の交差点。

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  再び北に向かいます。

  メインストリート北突き当りの清涼寺を目指します。

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  再び嵐電嵐山駅の前を通り過ぎます。

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  この道を左折すると野宮(ののみや)神社へ。

 

  野宮(ののみや)神社から真っ直ぐ北へJRの踏切を渡ると落柿舎、常寂光寺へ。

  野宮(ののみや)神社から西方向の左に折れると天龍寺北門前から竹林の径を経て大河内山荘へ、

  さらに北に右折するとトロッコ嵐山駅、小倉池、そして常寂光寺、落柿舎に到ります。

 

  多くの観光客はここで左折して野宮(ののみや)神社へ向かいます。

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  私はさらに北へ。

  JRの踏み切り前にある京都嵐山オルゴール博物館。

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  道路が細くなっていきます。

  人通りも先ほどよりは少なくなってきました。

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  やがて見えて来た清涼寺の仁王門。

  ここから更に北東方向へ行くと大覚寺と大沢池があります。

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  撮影 2013/11/30

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