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2014年1月26日 (日)

現存天守12城(3) - 国宝 彦根城(滋賀県彦根市)

 

  慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いの後、徳川家康の家臣である井伊直政は戦功として高崎12万石から18万石に加増され石田三成の居城であった佐和山城に入城します。

しかし、井伊直政は関ヶ原の戦いでの傷が元で死去(慶長7年(1602年))。

そして、嫡男直継の代に佐和山城に替わる彦根城の築城を開始し(慶長8年(1603年))、慶長11年(1606年)に完成します。

しかし直継は病弱で大坂の陣には弟の直孝を参陣させることとなり、これを理由に上野安中藩に3万石を分地という形で移封。

替わりに大坂の陣での活躍を認められた直孝が慶長20年(1615年)15万石で家督を継ぎ、第2代藩主となります(直継は彦根藩主としては認められなかった)。

以後、井伊家は16代にわたり(再封された藩主が二人存するために14代とも)明治まで移封もなく彦根藩藩主を務めます。

井伊家は譜代大名の筆頭格として大老を輩出し、幕末には日米修好通商条約の締結、安政の大獄を敢行し、その結果桜田門外の変で暗殺された大老井伊直弼(いい なおすけ)がいます。

 

  いつもの余湖くんのお城のページからの引用図。

Hikonezu

 

  彦根駅から見える彦根城天守閣。

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  駅前にある藩祖井伊直政の像。

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  駅前通を彦根城へ向かう途中、通りの左側にある石屋さんの石造り「ひこにゃん」。

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  二の丸佐和口多聞櫓と天守閣。

  訪れたのは桜の季節。

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  表門。

  かって表御殿が存した場所に彦根城博物館があります。

 

  彦根城&玄宮園入場券600円(小、中学生200円)、玄宮園のみは200円(小、中学生100円)、彦根城博物館500円(小、中学生250円)。

  彦根城(玄宮園含む)&彦根城博物館セット券1000円(小、中学生350円)。

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  この日は表門からではなく、南に迂回して大手門から入りました。

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  この坂を登ります。

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  表門から石段を登っても、大手門から登っても、天秤櫓に架かる橋の下で合流します。

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  天秤櫓と橋。

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  国宝 彦根城天守閣。

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  搦め手の黒門の出入り口。

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  玄宮園からの天守閣。

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  同じく玄宮園から。

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  撮影 2010/04/08

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コメント

>井伊家は譜代大名の筆頭格として大老を輩出し、幕末には日米修好通商条約の締結、安政の大獄を敢行し、その結果桜田門外の変で暗殺された大老井伊直弼(いい なおすけ)がいます。
遠江・井伊谷の井伊一族。南北朝争乱の頃の「変節」もそうやけど、戦国後期の酒井や榊原、本多氏等を飛び越しての徳川譜代筆頭格。さらに幕末も、攘夷家から最も恨まれてたはずの直弼が死んで何年もたたないうちに薩長の先兵となり、維新後も生き残る。

「機を見るに敏」ということは、短期的にはうまくいってもその後たいへんな目にあったりして、なかなかうまくいかない場合も多く難しい感じがあります。
でも井伊家の出処進退(その結果も含めて)は、「善悪」や「当否」を超えて、面白い。ひとつの「日本人」論ができそうで、とても興味あります。

幕末でいえば、徳川親藩・譜代の出処進退とその背景をまとめた論文や本がいまいちこれといったのが見当たらない。ddolさん、紹介してほしい^^

さておき、彦根はお気に入りの町の一つなんや。それに、彦根城の展示物を見ると、さすが井伊家やなと思います。

投稿: tera | 2014年2月17日 (月) 06時08分

でも井伊家の出処進退(その結果も含めて)は、「善悪」や「当否」を超えて、面白い。ひとつの「日本人」論ができそうで、とても興味あります。
>確かに面白いですね。
直弼個人が憎まれても井伊家は残った訳ですが、戦国の時代、特に関ヶ原の戦いでの諸武将の出処進退とその家の存続は、家康側の扱いが親兄弟を別々に考慮したというのも面白いです。

真田家、九鬼家、蜂須賀家等、成り行きもありますが、それぞれが知恵を絞っていますね。

これは幕末になっても変ってなかったのかなあと感じますが、どうでしょうか?
teraさんの仰っていることとは若干のずれがありますが、ついそんな事を思い出しました。


さておき、彦根はお気に入りの町の一つなんや。それに、彦根城の展示物を見ると、さすが井伊家やなと思います。
>彦根は岐阜から近いこともあって、中学生頃から訪れていて、私も好きな町です。
御殿跡に造られた博物館は見ごたえがありますね。
特に夏には冷房がきいていて、最後に寄るのがベストです^^

投稿: mino | 2014年2月17日 (月) 13時00分

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