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2014年2月26日 (水)

史実には無い模擬天守(2) - 館山城(千葉県館山市)

 

  今回の「史実には無い模擬天守」で取り上げたのは千葉県館山市の館山城です。

館山城が前回の尾道城模擬天守と決定的に異なるのは、館山城は過去に実在し、なおかつ天守も存在したであろうお城であったという事実です。

 

  館山城は1580年(天正8年)頃に里見義頼が築城。

慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いにおいて義頼の子の里見義康は東軍に組し、従来の館山城を拠点とした安房一国の9万2000石に加え、常陸国鹿島郡の3万石と合わせて12万2000石の大名となり館山藩が成立。

しかし義康の後を継いだ里見忠義の時代の慶長19年(1614年)、大久保長安事件に連座して改易。

このとき館山藩は廃藩となり館山城は破却処分となり、館山藩の領地は細分化されてしまいます。

その後、天明元年(1781年)田沼意次とともに権勢を振るった旗本稲葉正明が安房・上総国内で3000石の加増を受け従来からの7000石と合わせて1万石の大名に列せられ、ここに館山藩が新たに立藩されます。

稲葉氏による館山藩の政治は陣屋で行なわれ、館山城は里見家の時代に廃城となって以後、再び復活することはありませんでした。

稲葉氏は5代に渡り陣屋時代の館山藩を治め、明治に至りました。

里見時代には天守が存在したということですが、現在の天守は1982年(昭和57年)に犬山城を模して建築された模擬天守で、館山市立博物館分館(八犬伝博物館)として利用されています。

 

  前日の大垣発の深夜快速の「ムーンライトながら」で東京に朝早く到着。

  東京駅で総武線に乗り換え、君津行き快速で木更津へ(現在でも同じ時刻の快速がある)。

  さらに館山まで1時間ほど。

  館山駅からはバスで15分ぐらいだったでしょうか、徒歩旅行者にとってはバスは欠かせません。

 

  下から見上げた城山の館山城。

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  まだ、開館時間前で散歩や山登りの人々が多数。

Img171

 

  対岸は三浦半島でしょうか。

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  城山からは富士山が見えます。

  地元の人の話では、今日は良くないという事でした。

Img181

  撮影 2000/01/18

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コメント

館山は25年ほど前に一度行ったことがあります。普通の食堂で昼食をとりましたが、魚料理が本当においしかったです。漁港のある町では魚を食べるべきですね。
日本史の専門家と一緒に行ったのですが、館山城の話などもまったくしてくれなかったので、お城や里見氏の話は今回初めて知りました。
帰りは渋谷で飲む予定でしたが、当時は直通がなかったか本数が少なかったので、帰路に4時間以上要し、疲れ果ててそのまま解散となりました。そのせいか2度目はありませんでした。まだ20代の頃の話です。

投稿: ddol | 2014年2月28日 (金) 20時18分

漁港のある町では魚を食べるべきですね。
>これは本当ですね。別に専門店に行く必要は無いですね^^

当時は直通がなかったか本数が少なかったので
>多分ですが、館山から千葉までが(正確には木更津まででしょうか)不便ですね。
千葉でもけっこう待たされたことがあります。

房総半島でももう少し南の方の太原から大多喜へ行ってみたいと思っているのですが、なかなか叶いません^^;

里見氏
>私は関東には疎くて、武将やお城の位置に関しては全く分かりません。


投稿: mino | 2014年3月 1日 (土) 00時58分

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