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2014年2月20日 (木)

現存天守12城(12) - 国宝姫路城(兵庫県姫路市) ユネスコ世界遺産でもある。

 

  現存天守12城の最後は国宝姫路城。

姫路城はユネスコの世界遺産でもあります。

国宝(大小天守と渡櫓等8棟)、国の重要文化財(櫓・渡櫓27棟、門15棟、塀32棟)。

 

  ご存知のように現在姫路城は大天守保存修理事業の最中です。

工事の完了は平成26年度一杯ということだそうです。

ということは普通の言い方をすれば平成27年(2015年)3月末に完了ということ。

したがって今年から来年(2015年)の3月までは天守への登閣は不可となります。

ただ、素屋根の撤去は計画表を見る限り今年(2014年)1月から始まっているので、外観は工事完了前に以外に早く姿を現す可能性がありますね。

今週の姫路城(写真つき)へのリンク

 

  姫路城は戦国時代には黒田氏、後に羽柴氏(豊臣秀吉)が城代として山陽路の拠点とし、山陽路の要の城でありました。

1600年の関ヶ原の戦いの後、姫路城には池田輝政が52万石で入城し、ここに姫路藩が成立します。

そして城郭の大拡張が行なわれ、現在ある姫路城は池田輝政の手によるものです。

 

  その後池田家3代の後、元和3年(1617年)忠勝系の宗家である本多忠政が15万石で入部、本多家3代の後1639年(寛永16年)から親藩の松平(奥平)家が15万石で2代、慶安元年(1648年)からは松平(越前)家が15万石で2代、以後本多家(忠勝系宗家)2代、榊原家4代、松平(越前)家2代。

そして寛延2年(1749年)に雅楽頭酒井家(うたのかみさかいけ)の酒井忠恭(さかい ただずみ)が15万石で入り、以後10代で明治となります。

雅楽頭酒井家(うたのかみさかいけ)は、酒井忠次で有名な左衛門尉酒井家(さえもんのじょうさかいけ)とは別系統で幕府初期の老中、大老であった酒井忠世が有名です。

 

  さて、今回の姫路城の写真は、私の兄に許可を得た兄からの借り物であることをお断りしておきます。

私自身は姫路城へは2度訪れており、最初は数十年前、2回目が90年代。

最初の写真はモノクロの10枚ぐらい、2度目は母の付き添いで城外に待機し、父のみが登城して私の写真は外からの数枚のみで、いずれも掲載に耐えうるものではありませんでした。

そろそろ姫路城へと思案していた矢先に工事が始まってしまい、現在に至るまで納得のいく私の姫路城の写真は無く、今回の措置となりました。

 

  駅前道路からの天守。

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  入り口となる菱の門。

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  西の丸から。

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  天守の下、備前丸。

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  天守から手前に三国堀、菱の門、向こうが西の丸。

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  三の丸広場と駅前通り。

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                                           撮影 2008/04/06

 

  2013年9月8日私の撮影で、駅前から素屋根で覆われた大天守。

Dsc01228

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