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2014年4月24日 (木)

旧柏原町(かいばらちょう 現丹波市)(織田家の旧柏原藩)を散策(2) - 八幡神社と三重塔

 

  織田家が治めた旧柏原藩(きゅう かいばらはん)の街並みを散策の第2回目。

前回は柏原駅から北に向かい八幡神社の裏手にある五社稲荷神社を参拝して後、八幡神社の前までやって来ました。

その八幡神社には三重塔があり、前回2002年にはまさにその三重塔が目的で訪れたのでした。

2002年には1時間半ぐらいの駆け足で歩いた思い出がありますが、今回は単なる途中下車のつもりが、思いもかけず結構な時間を費やしてしまいました。

福知山駅出発がちょうど9時の普通電車で柏原駅には9時36分に到着し、柏原駅を離れたのは13時40分。

柏原滞在時間は4時間でした。

これが多少の誤算といえば誤算でした。

 

  さて、柏原藩は前回の記事で書いたように、初代藩主は織田信長の弟の織田信包(おだのぶかね)で、三代続き三代目の信勝に子が無く信包流の柏原藩主家は断絶(1650年)。

以後は幕府領で、元禄8年(1695年)大和国の宇陀松山藩から信長三男の信雄(のぶかつ)の子孫である織田信休(おだ のぶやす)が移封され、ここに柏原藩が復活します。

以後、明治まで10代続き、信雄流の織田家が柏原を治めました。

 

  八幡神社鳥居。

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  八幡神社社殿の拝殿と本殿。

  天正13年(1585年)の再建で国の重要文化財に指定されています。

  主祭神は誉田別命(応神天皇)、姫三柱之命、息長足姫命(神功皇后)。

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  三重塔は文化10年(1813年)の再建によるもの。

  仏教伽藍の一要素である塔が神社に存在するのは、神仏分離令により現在全国に18か所のみということです。

  私の頭にとっさに浮かぶ限りでは厳島神社の五重塔、羽黒山の五重塔、岐阜の近くでは知立神社(ちりゅうじんじゃ 愛知県)の多宝塔、興正寺の五重塔(名古屋市)などがそうですね。

  何れも記事にした場所です。

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  本殿の後姿を丸々上から拝見できるのは余り知りません。

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  三重塔は県の指定文化財。

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  反対側を回って。

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  狛犬と鳥居。

  狛犬については上の写真の説明板を参考にして下さい。

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  最近は木造の鳥居が少ないのですが、鳥居はできれば木造が良いですね。

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  鳥居前から石段を下ります。

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  五社稲荷神社へは下の門から行けます。

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  大ケヤキのある木の根橋。

  左の屋根が観光案内所。地図、パンフレット等が揃っています。

  木の根橋の手前右手に織田神社。

  木の根橋の向こう側左に木造の旧柏原町役場(現丹波市役所柏原支所)があります。

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  撮影 2014/04/08

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