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2014年4月

2014年4月30日 (水)

旧柏原町(かいばらちょう 現丹波市)(織田家の旧柏原藩)を散策(6) - 柏原藩陣屋跡(2)と太鼓櫓に寄り道、駅へ

 

  4月上旬の桜旅行の最後の記事となります。

  江戸時代、織田家が治めた旧柏原藩(きゅうかいばらはん)の旧柏原町散策では桜を主とした旅行にはならず、したがって、彦根城、篠山城の桜の記事を先にしました。

とは言え、旧柏原町も桜は満開で柏原町の桜として紹介したい思いもありましたが、私が訪ねた歴史的名所には桜は少なく、それゆえに桜を主とした記事にはできず、街並み散策の記事として最後に上げることとなりました。

最後の記事は旧柏原藩陣屋跡の内部と、最初に訪れるつもりであった太鼓櫓に関して。

その後、柏原駅に戻って待ち時間が40分ぐらいあったでしょうか、その間、柏原駅の桜を観賞しつつ、さらに電車を写して後、次の篠山市へ向かいました。

 

  陣屋の玄関に当たる部分を中心にして旧陣屋全体の4分の一ほどが現存しています。

  ただし、明治になってから一部を小学校として使用したことでガラス窓に改変された部分があります。

  小学校自身もかなり歴史的に古く、江戸時代の陣屋跡と明治の小学校跡を共存させて保存されているのも特徴です。

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  照明と音声案内はセンサーで管理されています。

  道路を挟んで向かい側にある歴史民俗資料館で監視、管理が行われているのでしょう。

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  玄関から上がります。

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  説明の要は無いと思います。

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  長屋門前から碑や像が集められたポケットパーク。

  遠くに山の先端から八幡神社の三重塔の先が見えます。

  この道路が広小路、左折すると大手通り。

  大手通りを西に戻ります。

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  やぐら通り。

  大手通りはみなと銀行に突き当り、その北側の東西の通りはやぐら通りと名付けられています。

  西に向かい左折。

  すぐに太鼓櫓があります。

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  その前に道路右手に銅像。

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  太鼓櫓と大歳神社(おおとしじんじゃ)。

  大歳神社(大年神社とも)は年神(としがみ)を祀る(まつる)神社のこと。

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  太鼓櫓の隣の大歳神社。

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  柏原駅(かいばらえき)に戻って来ました。

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  柏原駅にて。

  特急「こうのとり14号」城崎温泉発新大阪行き 381系4両編成。

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  柏原駅にて。

  特急「こうのとり9号」新大阪発 城崎温泉行 287系4両編成。

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  撮影 2014/04/08

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2014年4月28日 (月)

旧柏原町(かいばらちょう 現丹波市)(織田家の旧柏原藩)を散策(5) - 柏原藩陣屋跡と柏原歴史民俗資料館(1)

 

  旧柏原町(かいばらちょう)を散策するにあたって事前に少し調べてみましたが、基本的に見所が2か所に集中していることが分かります。

一つ目は八幡神社を中心とした地域で、大ケヤキの「木の根橋」、歴史的木造建築の旧柏原町役場(きゅうかいばらちょうやくば)、織田神社が集中しています。

また観光案内所が八幡神社の前にあり、最初に訪れると何かと便利です。

二つ目は柏原藩陣屋跡と柏原歴史民俗資料館のある地区で、八幡神社からは歩いても数百メートルほどしかありません。

 

  この二つ目の資料館と陣屋跡を拝見する前に後期織田家柏原藩の織田家廟所を訪れました。

そして再び戻ると、まず柏原歴史民俗資料館を見学。

江戸時代の女流俳人であった田ステの名を冠した田ステ女記念館も併設されています

陣屋跡と歴史民俗資料館共通の拝観料は大人200円、中高生100円、小学生50円。

 

  北方向にある織田家廟所から戻って来て、塀越しに柏原陣屋跡を。

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  大手通りから南に曲がると各種の碑が集められたポケットパークがあります。

  順番に2枚ずつ案内板とともに紹介。

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  織田信包(おだのぶかね)は織田信長の弟で前期織田家柏原藩の藩祖です。

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  柏原歴史民俗資料館、田ステ女記念館。

 

  田捨(でんすて)は江戸時代17世紀の女流歌人・俳人。

  6歳の時詠んだ「雪の朝 二の字二の字の 下駄の跡」で有名ですね。

  私などは教科書で習いました。

  初めて柏原を訪れた時にこの俳句を詠んだ作者がこの町の出身であることを知りました。

  内部の写真はありません。

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  柏原藩主織田家旧邸長屋門。

  長屋門にある「おめでとう」とある前で入学祝い?の記念写真を撮る家族がいらっしゃいました。

  陣屋跡旧敷地には昔の藩校の崇廣館もありましたから、それに因(ちな)んでいるのですね。

  背後にある小学校は当初は崇廣館を使用していたとのことで、そして現在も崇広小学校と藩校と同じ名前が冠せられています。

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  現存の陣屋は文化3年(1820年)の再建とあります。

  現存する部分は陣屋全体の四分の一ぐらいで、旧陣屋の南側部分が現存しています。

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  管理は自動化されていて、照明、音声ともにセンサーで制御されています。

  もちろん資料館の方で監視、管理はされていると思うのですが。

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  現存部は赤のところではなくて、その右の緑の部分。

  赤の部分は史跡に指定されて地面に表面表示が施されている部分です。

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  北側の建物の窓がガラスに改変されています。

  どうやら崇廣館とともに小学校に利用されていた模様なので明治以後の改変でしょうね。

  ということは、江戸時代の陣屋の歴史と明治以後の小学校の古い歴史が重なりあって現在に至っている訳ですね。

  どちらにも由緒があり、ガラス窓の建物の方もこのまま小学校の歴史として残して欲しいですね。

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  史跡表面表示部分から長屋門と資料館。

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  私の背中には藩校と同じ名前が付けられている崇広小学校の敷地があります。

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  陣屋跡建物の入り口横からの長屋門。

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  撮影 2014/04/08

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2014年4月26日 (土)

旧柏原町(かいばらちょう 現丹波市)(織田家の旧柏原藩)を散策(4) - 旧柏原尋常中学校(現兵庫県立柏原高等学校)本館から織田家廟所、

 

  裁判所の交差点近くでボランティアの菊○さんとお会いし、織田家廟所を案内して頂くことになりました。

お礼状も出さずでしたので、この場を借りてお礼を申し上げます。

 

  さて裁判所の東の道の先には(写真右手)兵庫県立柏原(かいばら)高校があります。

学校の外郭を沿うように北に向かっていくことになるのですが、その前に神戸地方裁判所柏原(かいばら)支部と道路を挟んで現在工事中の旧氷上郡町村組合立高等小学校の建物があります。

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  説明板にもあるように明治41年(1908年)から昭和23年(1948年)までは柏原高等女学校として使用されていました。

  俳人の細見綾子の出身校で彼女の句碑が当所にあります。

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  細見綾子 「雉子鳴けり 少年の朝 少女の朝」。

  説明板の後ろ、菊○さんに教えて頂いてわかるような場所でした。

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  表札は「大手会館」とありますが、最近まで校舎を大手会館として利用していた名残でしょう。

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  兵庫県立柏原高校入り口横から八幡神社の三重塔の先端が見えます。

  兵庫県立柏原高等学校(ひょうごけんりつ かいばらこうとうがっこう)は1897年(明治30年)4月26日創立で兵庫県下4番目の創立という古い歴史を持つ高校です。

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  旧柏原尋常中学校(現兵庫県立柏原高等学校)本館。

  平日であったので中には入らず。

  「近代建築Watch」→こちらのホームページに詳しい写真があります。

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  この旧柏原尋常中学校本館前の道を東へ。

  案内板がありますので、道順はわかり易いと思われます。

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  左のように「織田家廟所↑」の案内板があります。

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  そして左に入ります。

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  後期柏原藩の織田家(信雄流)廟所です。

  初代信休から第9代目までの織田信民までの墓所。

  第10代目の織田信親(おだ のぶちか)氏のお墓はありません。

 

  ちなみに前期柏原藩織田家(信包流)の菩提寺は柏原駅から南方向1.2Km~1.5Kmに位置する成徳寺(じょうとくじ)。

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  石段を登り左側。

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  右側。

  右端が織田鶴姫のお墓。

  鶴姫は「肥後(熊本県)宇土(うと)藩の細川信敬(のぶたか)と結婚するが死別し(コトバンクより引用)」柏原へ帰り死去。

  鶴姫は第6代目信古(のぶもと)の娘で鶴姫の死去で織田信長の血統が絶えたそうです。

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  後期柏原藩織田家の廟所を後にします。

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  廟所前でボランティアの菊○さんとお別れ。

  ありがとうございました。

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  旧柏原尋常中学校(現兵庫県立柏原高等学校)本館に戻って来ました。

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  柏原藩(かいばらはん)陣屋跡へ。

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  撮影 2014/04/08

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2014年4月25日 (金)

旧柏原町(かいばらちょう 現丹波市)(織田家の旧柏原藩)を散策(3) - 大ケヤキの「木の根橋」、旧柏原町役場、織田神社、建勲神社

 

 

  旧織田家柏原藩の柏原町を散策の2回目。

 

  八幡神社から下りると目の前には大ケヤキの「木の根橋」や木造の旧柏原町(かいばらちょう)役場、織田神社という見所が八幡神社と共に集中しています。

したがって、八幡神社鳥居前には観光案内所があり、丹波市観光協会のホームページには柏原観光案内所について「丹波市の特産品(黒豆・小豆・黒豆うどん・せんべい・小物・竹炭・本・お茶など)がそろっています。観光パンフレットもどうぞ!」と書かれています。

私もここで地図やパンフレットを頂きました。

 

  八幡神社から下りてくると少しゆったりとした空間が広がります。

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  大ケヤキと手前が観光案内所。

  観光案内所の向こう側に旧柏原町役場、右手に鳥居が見えるのが織田神社。

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  これで八幡神社を離れます。

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  赤い橋を東に渡り振り返って。

  「木の根橋」というのは大ケヤキの根が川をまたいで、橋のような状態になっているのを形容したもの。

  前回の2002年に訪れた時は支柱が無かったのですが。

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  大ケヤキの西向かいにあるのが織田神社。

  前期柏原藩織田家の3代目である織田信勝が祭神。

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  織田神社鳥居下から大ケヤキと旧柏原町役場。

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  昭和10年(1935年)に建てられた旧柏原町役場(現丹波市柏原支所)。

  内部を覗いて見ると良かったですね。

  現役の建物なので遠慮してしまいました。

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  旧役場前から南へ行き「みなと銀行」前を左折します。

  この道路が大手通りです。

  正面に柏原藩の陣屋がありました。

  現在の陣屋跡には表御門の長屋門と表御殿の一部のみが残っています。

  旧陣屋は背後の小学校や隣の幼稚園、北隣の公的建物までがその範囲でした。

 

  その前に建勲神社を参拝。

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  大手通りを陣屋跡に向かって左側に建勲神社があります。

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  ついでに後ろを振り返って。

  「みなと銀行」の建物が正面に見えます。

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  建勲神社の社殿。

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  京都の建勲神社は有名ですが、

  天童藩は柏原藩と同じく信雄流の織田家が治めた地です(天童藩立藩は天保元年(1830年)と遅い)。

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  大手通りの北から南を。

  大手通りは東西。

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  ポケットパークの「大手通り公園」。

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  西を振り返って。

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  陣屋跡前の交差点から大手通りを振り返って。

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  裁判所と大手通りを挟んで反対側に碑などが集められています。

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  同じく西側にある柏原歴史民俗資料館。

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  その真向かいにある柏原藩主織田家旧邸長屋門。

  ここで地元のボランティアガイドさんの菊○○之さんとお会いし、織田家廟所を案内して頂くことに。

  謝礼のハガキ一枚も出せませんでしたが、この場を借りてお礼申し上げます。

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  撮影 2014/04/08

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2014年4月24日 (木)

旧柏原町(かいばらちょう 現丹波市)(織田家の旧柏原藩)を散策(2) - 八幡神社と三重塔

 

  織田家が治めた旧柏原藩(きゅう かいばらはん)の街並みを散策の第2回目。

前回は柏原駅から北に向かい八幡神社の裏手にある五社稲荷神社を参拝して後、八幡神社の前までやって来ました。

その八幡神社には三重塔があり、前回2002年にはまさにその三重塔が目的で訪れたのでした。

2002年には1時間半ぐらいの駆け足で歩いた思い出がありますが、今回は単なる途中下車のつもりが、思いもかけず結構な時間を費やしてしまいました。

福知山駅出発がちょうど9時の普通電車で柏原駅には9時36分に到着し、柏原駅を離れたのは13時40分。

柏原滞在時間は4時間でした。

これが多少の誤算といえば誤算でした。

 

  さて、柏原藩は前回の記事で書いたように、初代藩主は織田信長の弟の織田信包(おだのぶかね)で、三代続き三代目の信勝に子が無く信包流の柏原藩主家は断絶(1650年)。

以後は幕府領で、元禄8年(1695年)大和国の宇陀松山藩から信長三男の信雄(のぶかつ)の子孫である織田信休(おだ のぶやす)が移封され、ここに柏原藩が復活します。

以後、明治まで10代続き、信雄流の織田家が柏原を治めました。

 

  八幡神社鳥居。

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  八幡神社社殿の拝殿と本殿。

  天正13年(1585年)の再建で国の重要文化財に指定されています。

  主祭神は誉田別命(応神天皇)、姫三柱之命、息長足姫命(神功皇后)。

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  三重塔は文化10年(1813年)の再建によるもの。

  仏教伽藍の一要素である塔が神社に存在するのは、神仏分離令により現在全国に18か所のみということです。

  私の頭にとっさに浮かぶ限りでは厳島神社の五重塔、羽黒山の五重塔、岐阜の近くでは知立神社(ちりゅうじんじゃ 愛知県)の多宝塔、興正寺の五重塔(名古屋市)などがそうですね。

  何れも記事にした場所です。

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  本殿の後姿を丸々上から拝見できるのは余り知りません。

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  三重塔は県の指定文化財。

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  反対側を回って。

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  狛犬と鳥居。

  狛犬については上の写真の説明板を参考にして下さい。

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  最近は木造の鳥居が少ないのですが、鳥居はできれば木造が良いですね。

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  鳥居前から石段を下ります。

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  五社稲荷神社へは下の門から行けます。

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  大ケヤキのある木の根橋。

  左の屋根が観光案内所。地図、パンフレット等が揃っています。

  木の根橋の手前右手に織田神社。

  木の根橋の向こう側左に木造の旧柏原町役場(現丹波市役所柏原支所)があります。

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  撮影 2014/04/08

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2014年4月22日 (火)

旧柏原町(かいばらちょう 現丹波市)(織田家の旧柏原藩)を散策(1) - 柏原駅前から五社稲荷神社、八幡神社へ

 

  2014年桜旅行の一環として訪れた旧柏原町(きゅう かいばらちょう 現丹波市柏原町)。

 

  柏原は17世紀の幕府領時代の45年間を除いて織田家の治める柏原藩の政庁が置かれた地でした。

慶長3年(1598年)織田信長の弟である織田信包(おだ のぶかね)が伊勢国から3万5000石で柏原に移封され、柏原藩の始めとなります。

信包は関ヶ原の戦いでは西軍に属するも改易はされず、以降豊臣秀頼に仕え、慶長19年(1614年)大阪冬の陣直前に死去。

柏原藩は三男の信則(のぶのり)が継ぎ、さらに三代目の信勝は藩政を軌道に乗せるも嗣子無く死去(1650年)、ここに信包流の柏原織田家は断絶し廃藩となります。

幕藩領となった柏原の地に柏原藩が復活したのは元禄8年(1695年)のこと。

織田信長次男の信雄(のぶかつ)の五男である織田高長に始まる高長系織田家の織田信休(おだ のぶやす)が大和国宇陀松山藩(うだまつやまはん)から柏原に移封され、ここに2万石で柏原藩が復活し、以降10代、明治まで至ります。

 

  この日の主たる目的地は篠山市の篠山城でしたが、2002年以来の柏原を散策してみようと途中下車しました。

ただ、誤算は柏原での滞在が長くなり篠山城での時間が短くなってしまったこと。

 

  福知山線柏原駅(かいばらえき)にて下車。

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  柏原駅。

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  駅前の信号を渡って細い路地へ。

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  柏原のMAPが路地の入口右手にありました。

  最初に太鼓櫓へと考えていました。

  しかし、太鼓櫓所在地は路地のもう一本右手の道路でしたが真っ直ぐ北へ歩いてしまいました(左斜め上が北)。

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  路地から柏原駅駅舎。

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  結果的に太鼓櫓にたどり着けず東西の道路に出てしまいました。

  東にこんもりとした山が見えますが、ここに八幡神社があります。

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  「田捨女誕生地」の石碑。

  田ステは江戸時代(17世紀)の女流歌人・俳人。

  「雪の朝 二の字二の字の 下駄の跡」で有名。

 

  上の写真の道路左側、手前から三、四軒目のお店の前にありました(googleストリートビューで確認)。

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  山裾に至る前にある西楽寺。

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  振り返って右へ行きます。

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  西楽寺の向こう側には観光案内所があります。

  左手に八幡神社への登り口。

  観光案内所から右には「木の根橋」や木造建築の旧柏原町役場(現丹波市柏原支所)、織田神社があります。

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  北へ歩いて行きます。

  すぐに「神輿お旅所」。

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  公園のはちまん広場へ。

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  右手に鳥居。

  稲荷宮社大明神(五社稲荷神社)の鳥居です。

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  階段を登って稲荷宮社大明神(五社稲荷神社)の社殿。

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  社殿。

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  社殿前から振り返って。

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  さらに上に登ります。

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  こちらが麓(ふもと)からの八幡神社の石段。

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  八幡神社の前に。

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  撮影 2014/04/08

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2014年4月20日 (日)

桜旅行2014年 彦根城(彦根市)と丹波地方を訪れる(9) - 篠山城(兵庫県篠山市)の桜(3)帰途へ

            

  篠山城の桜の最後。

 

  旧丹波国は分割され、現在では福知山市や綾部市などが京都府、篠山市や丹波市は兵庫県に属します。

今回訪れたのはそのうち丹波市の旧柏原町(かいばら)と篠山市の兵庫県側でした。

時系列で言えば柏原を先に訪れ、篠山城は最後の訪問地でした。

ただ、桜の季節も終わりに近づき、その訪問地を前後にして記事を書いた方が時宜にかなっていると判断し、篠山城の桜の記事を先にしました。

 

  篠山城の桜の最後は本丸搦手門から下に坂を下り、西の石垣下に備わっている広めの犬走りを北に戻り、本丸大手に至った後、そのまま帰途につき二階町バス停から神姫バスで篠山口駅に向かいました。

 

  本丸内側から本丸搦手門。

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  外から本丸搦手門。

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  右下に内堀が見えますが、この辺りは現在も復元事業が続いています。

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  本丸石垣南側を西へ下りる坂道。

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  坂道から本丸搦手門を振り返って。

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  下に降り切って石垣西側の犬走りの北を望んで。

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  南を振り返って。

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  本丸大手近くに戻ってきました。

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  北へ歩いて二階町バス停。

  篠山口駅との間にはほぼ1時間に2本が運行されています。

  篠山口駅~二階町は所要15分ほど。運賃は大人290円(4月以降の新運賃)。

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  お城以外にも見所が多くあり、また食にも注目。

  ボタン鍋、焼き栗、黒豆等丹波の自然の恵み溢れる時に訪れるも良しです。

  10月の味覚フェア(正確ではない)はお薦めです。

  篠山市観光情報はこちら。

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  西日を正面に受けて篠山口駅行きバスがやって来ました。

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  撮影 2014/04/08

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2014年4月19日 (土)

桜旅行2014年 彦根城(彦根市)と丹波地方を訪れる(8) - 篠山城(兵庫県篠山市)の桜(2)本丸にて

 

  篠山城を訪れたのは今回で3回目。

調べてみると最初が1998年、2回目が2009年でした。

篠山口駅での乗り換え待ちは多数回あります。

 

  そろそろ、桜の季節は岐阜県の飛騨地方や信州、東北に移り、私の住んでいる東海地方では桜はもうほぼ終わりという感覚です。

したがって、桜の話題である篠山城の記事を時系列から言えば先の柏原(かいばら)を後回しにして書いています。

 

  さて、篠山城ですが、本丸のさらに一段高い部分を殿守丸と呼ばれていますが、その殿守丸には青山神社が鎮座しています。

青山神社の祭神は旧藩主青山家の遠祖青山忠俊、青山家中興の藩主青山忠裕。

篠山藩は1608年に立藩され松井松平家の松平康重(まつだいら やすしげ)が藩主となり、以後松井松平家が1代、藤井松平家2代、形原松平家5代の後、1748年に青山忠朝が丹波亀山藩から5万石で入封し、青山家6代で明治に至ります。

青山家中興の藩主青山忠裕はその4代目で主要役職歴任のうえ老中まで務め、篠山藩は6万石に加増されています。

 

  いつもの「余湖くんのお城のページ」からの引用図。

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  本丸内へ入ります。

  拝観料が必要なのは大書院のみです。

  本丸自体は開放されています。

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  内から振り返って。

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  一度大きく曲がります。

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  大書院の玄関が見えますが、大書院には2009年に拝見しているので今回はパス。

  入場料は大人400円、高校・大学生200円、小・中学生100円です。

  篠山市4文化施設をまわれる 4館共通入館券は大人600円 / 大・高校生300円 / 中・小学生150円。

  篠山市4文化施設とは篠山城大書院・青山歴史村・武家屋敷安間家史料館・歴史美術館の四か所。

  「篠山城大書院のホームページ」

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  大書院横から回り込み本丸へ。

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  西側の内堀。

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  大書院裏側から。

  2000年の再建から10年以上経ち少し風格が出てきました。

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  南の土塁とその外に南馬出しの土塁が見えます。

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  本丸搦手門(ほんまるからめてもん)。

  この日は開放されていました。

  帰りはこの門から下に下り、本丸西側石垣下の犬走りを北に戻りました。

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  本丸東側の一段高い殿守丸。

  天守台と青山神社があります。

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  青山神社。

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  天守台。

  天守閣は築かれませんでした。

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  天守台から波多野氏の居城であった八上城跡(やかみ)の高城山(たかしろやま)。

  丹波攻略に当たった明智光秀が落城させましたが、光秀は苦戦しました。

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  本丸に下りて本丸搦手門から外に出ます。

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  撮影 2014/04/08

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2014年4月16日 (水)

桜旅行2014年 彦根城(彦根市)と丹波地方を訪れる(7) - 篠山城(兵庫県篠山市)の桜(1)

 

  元来訪れる予定の無かった彦根城は、さすがに半日かけなければ見て回れないお城で(普通に観光するのであれば90分というのが地元観光協会の推定時間)、彦根の町も含めればさらに時間を要します。

彦根駅から福知山へ向かったのはすでに午後の3時(15時)、京都駅乗換で福知山駅到着が18時過ぎでした。

あくる日は福知山城を訪れることも考えましたが、目的地の篠山城の前に久しぶりに柏原(かいばら)の町を歩きたくて、福知山城はあきらめました。

ただ、誤算は柏原の散策に時間をかけ過ぎて、篠山口駅到着が14時過ぎとなり、さらに駅での写真を撮るのに時間をとり過ぎ、バスが出てしまい30分のロスを作ってしまったことでした。

 

  本篠山方面行きバスは電車の到着に合わせて出発します。

駅の西口から篠山営業所行きの神姫バスはほぼ1時間に2本が運行されています。

篠山城や観光の中心である地域の最寄りのバス停は「二階町」バス停で、篠山口駅からの所要時間は10数分から20数分(バスの経路によって異なるようです)、運賃は290円(4月の改定後の運賃)。

 

  篠山口駅西口。

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  「二階町」バス停から南へ向かい振り返ったところ。

  バス路線は東西(左右)の道路。

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  南に向かい右側、西側に観光案内所があります。

  レンタサイクルもあります。

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  東側角にある大正ロマン館。

  大正11年に建築され翌年から平成4年まで篠山町役場として使用されました。

  現在は交流の場として利用されています。一度は覗いてみると良いです。

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  篠山には篠山城を中心として多くの歴史的建築物や街並みが存在します。

  今回で篠山は3回目だと記憶していますが、現在でも全部を回りきれていません。

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  いつもの「余湖くんのお城のページ」からの引用図。

Sasayamatnb

 

  外堀の桜。上の図の大手馬出と大手門との間の通路にあたる場所からの写真。

  大手馬出(おおてうまだし)は現在は残っていません。

 

  この内側の広場が有料駐車場。上の図の二の丸と書かれたあたり。

  駐車料金は200円。普段は無料のはずです。

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  外堀西方向。

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  駐車場。左の建物はトイレ。

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  篠山伝統的建造物群保存地区。

  お城跡の西側あたりを以前おとずれた際に少々歩きましたが南の方へは全く行っていない。

  東側もですが。

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  本丸石垣の北西部分。石垣の西側を南へ歩いて行きます。

 

  今回は桜が主たる目的なので、お城や歴史の話についてはなるべく割愛します。

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  本丸石垣の下には比較的広い犬走り (いぬばしり)があり、そこに桜が多く植えてあります。

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  本丸の搦手門への坂道。

  ここでお堀が途切れているので入ることができると踏んでいましたが、工事中で囲いがありました。

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  仕方がないので南の土塁の間を抜けて南馬出しへ。

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  土塁の外側にはお堀。

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  お堀の東方向を望んで。

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  ここもまだ訪れたことがない。

  南馬出しの道路に面した西端にこの案内板がありました。

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  南馬出しの内側。外側にも回り込めばよかったです。

  このお城では東馬出しが特に有名な遺構。

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  再び土塁の間を内側に戻ります。

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  こちらの駐車場は関係者用と思われます。

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  本丸搦手門付近の桜。

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  こちらから犬走りと搦手門へ入れないことが分かりましたから、再び同じ道を戻ります。

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  初めて篠山城を訪れた際の1998年の写真。

  本丸搦手門への坂。

  お堀がこの後に手前まで復元されている様子がわかります(現在も工事中)。

                                                                                        撮影 1998/04/10

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  正面から本丸へ入ることに。

  拝観料が必要なのは篠山城大書院のみで、本丸自体は無料です。

  犬走りへはここの案内板横を右手に入り込みます。

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  撮影 2014/04/08

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2014年4月15日 (火)

桜旅行2014年 彦根城(彦根市)と丹波地方を訪れる(6) - 彦根城の桜(6) 玄宮園(げんきゅうえん)

 

 

  彦根城の桜を満喫したあと、最後に大名庭園である玄宮園(げんきゅうえん)を回り彦根駅に戻ります。

この日の内に京都を経て宿が取ってある福知山へ向かわなければなりません。

福知山市は旧丹波国のうち京都府に属しますが、今回訪れるのは旧丹波国のうちの兵庫県に属する丹波市柏原(かいばら 旧柏原町)と篠山市の二つの城下町です。

 

  彦根城の搦手門である黒門跡から外に出ます。

  内堀を挟んで向こう側に玄宮園があります。

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  内堀の外に向かって左側。

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  内堀の外に向かって右側。

  こちらへ向かうと、もと来た道の佐和口多聞櫓から彦根駅へ。

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  黒門口を振り返って。

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  大名庭園である玄宮園の黒門跡寄りに槻御殿(けやきごてん)があります。

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  後に第12代藩主の井伊直亮が楽々の間を増築して以来「槻御殿」は楽々園という名の方が有名となったとあります。

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  まっすぐ行くと玄宮園に入っていきます。

  屋根が道の左に見えますが、ここが拝観受付。

  その前に左手にある楽々園が現在では無料で外観のみ拝観できるので行ってみます。

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  御殿の玄関。

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  現在は工事中。

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  横から庭に入ることができます。

  玄宮園からは入れないので注意。

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  現在は外からのみの拝観が無料で可能。

  工事が完成すれば玄宮園と一体で拝観という形になるのでしょう。

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  玄宮園に入っていきます。

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  玄宮園に入ってすぐ左手に楽々園が見えますが、こちらからは入ることはできません。

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  玄宮園。

  桜は期待しない方が良いです。

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  玄宮園からの彦根城天守閣。

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  玄宮園を後にして、内堀沿いを東へ向かい黒門の出入り口を見たところ。

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  5月のゴールデンウイーク過ぎまで開催されている「ご城下にぎわい市」。

  この辺りは普段は井伊直弼の銅像があるくらいで人影の少ない公園です。

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  護国神社前の外堀跡まで戻ってきました。

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  護国神社。

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  護国神社前から彦根駅駅前通りのお城通り。

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  撮影 2014/04/07

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2014年4月14日 (月)

桜旅行2014年 彦根城(彦根市)と丹波地方を訪れる(5) - 彦根城の桜(5)西ノ丸と西ノ丸三重櫓、下って黒門口から外へ

 

 

  本丸の天守閣の下を西に抜けると右手に搦手(からめて お城の裏口にあたる)の出入り口である黒門へ下りる道があります。

そして、さらにその西には西ノ丸があり、西ノ丸の端から下りる道もあり、私はこちらへ向かいました。

西ノ丸の端にはやはり重要文化財の西ノ丸三重櫓が現存しています。

もちろん他の櫓とともにこの時期には無料開放されています。

西ノ丸の桜も真っ盛りで、ベンチでくつろぐ観光客が多く見受けられました。

 

  いつもの「余湖くんのお城のページ」からの引用図。

Hikonezu

 

  西ノ丸からの天守と搦手口からの登り道。

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  ここから下りる観光客が多い。

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  西の丸の桜。

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  こちらにも登城道があります。

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  西ノ丸の北西隅には西ノ丸三重櫓があり西側の防御を担っています。

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  西ノ丸三重櫓の内側。

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  出入り口が右端に設けられています。

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  その右下。

  大堀切に架かる橋から出郭(でぐるわ)へ。

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  西ノ丸三重櫓の内部。

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  西ノ丸三重櫓の階上から。

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  西ノ丸から出郭へ。

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  佐和山城跡が見えます。

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  佐和山城跡の向こうに見える伊吹山。

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  出郭(でぐるわ)への橋。

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  大堀切(おおほりきり)。

  山の尾根に深い切込みを入れ堀切としています。

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  こちらが出郭(でぐるわ)。広くはありません。

  「馬出し」の機能を持った郭と書かれていました。

  あくる日に訪れた丹波篠山城にはこの馬出しが完全な遺構として残っています。

 

  「馬出」とはWikiを引用すると

  『虎口の前面に配置される小曲輪。単純に敵の虎口への侵入を困難にする目的の他に、一種の射撃陣地として虎口の防御を有利にする。
  そのほか、小部隊の駐屯施設として城内からの出撃にも用いられる。
  土塁を築いただけの曲輪とは言いがたい小さなものから、名古屋城・篠山城・広島城のように巨大なものまで存在する。
  大きく分けて半円形のものを「丸馬出」、方形のものを「角馬出」と呼ぶ。』

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  さて、出郭から下ります。

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  西ノ丸三重櫓を振り返りつつ坂を下ります。

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  下りると内堀のすぐ内側。

  この辺りでは堀に面した外側は石垣、内側は土塁という作りとなっています。

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  右手が黒門。

  左手は大手門とありますがお城の周囲を半周ぐらいすることになります。

  一番上の引用図で確かめてください。

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  ご夫婦のみが左手へ向かわれました。

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  黒門の内側にあるトイレの建物が見えます。

  拝観受付がある表門、大手門と共に三か所の拝観出入口の一つです。

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  黒門口。

  外に出て玄宮園へ向かいます。

  「彦根城」の拝観はこれで終わりです。

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  撮影 2014/04/07

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2014年4月12日 (土)

桜旅行2014年 彦根城(彦根市)と丹波地方を訪れる(4) - 彦根城の桜(4) 本丸の桜と天守閣

 

  今年の桜旅行は彦根と丹波地方の柏原(かいばら)、丹波篠山という妙な位置関係になりましたが、最初の想定では小浜市を訪れて、その勢いで小浜線、舞鶴線、山陰線と乗り継ぎ宿泊先の福知山へ向かうという経路で、何の問題も無い自然な流れのルートでした。

しかし、ちょっとした寝坊で小浜線の乗車予定電車の時刻には不都合となり、急遽米原から南へ向かい、さらに彦根での衝動的な途中下車が妙な旅行ルートに見える結果となってしまいました。

第4回目はいよいよ天守閣のある本丸へ。

彦根城の天守、附櫓と多聞櫓が一体で国宝に指定されています。

 

  いつもの「余湖くんのお城のページ」からの引用図。

Hikonezu

 

  太鼓門を抜けると本丸。

  本丸内からの太鼓門。

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  すぐ左に天守が見えますが、太鼓門の真っ直ぐ前の着見台(つきみだい)へ直行。

  本来は二重二階の着見櫓があり、琵琶湖や城下の往来を監視する場所であったそうです。

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  天秤櫓から太鼓門に至る登り道から見えた桜はこの桜だったんですね。

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  着見台(つきみだい)から西の丸。

  本丸と西の丸の間に登城道がありますが、これが搦め手(裏門にあたる)の黒門への道。

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  もう少し遠くまでを見ると内堀、琵琶湖等が見えます。

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  東側は先ほどの表門や佐和口。

  下に彦根城博物館。

  さらにこちらは彦根駅方向で、写真の左上隅の縦長の白っぽく見えるのが駅前通りです。

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  もう少し左に振ると石田三成の居城であった佐和山城跡の全体が見渡せます。

  関が原の戦い(1600年)の本戦で西軍が敗れると、佐和山城は東軍の攻撃で落城しました。

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  ふと天守閣入り口を見ると行列がいつの間にかできています。

  今日はやり過ごすことにしました。

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  着見台からの天守閣。

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  天守閣の前の桜。

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  南へ回り込んでいきます。

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  天守閣の下を西へ抜けて西の丸からの天守閣。

  この間に搦め手道があります。半数以上の観光客はここを下ります。

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  西の丸から搦め手口への道を見下ろして。

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  撮影 2014/04/07

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2014年4月11日 (金)

桜旅行2014年 彦根城(彦根市)と丹波地方を訪れる(3) - 彦根城の桜(3)天秤櫓から天守閣まで

 

  観光客が彦根城へ登る通常のルートである表門から直線的に石段を登りきると、天秤櫓に架かる廊下橋の下に至ります。

そしてぐるりと回り、鐘の丸からの廊下橋を渡り、天秤櫓を抜けると最後の登り道となります。

最後の登り道を行くと太鼓門が最後の門で、その向こうが天守のある本丸です。

 

  拝観入り口からの直線的な石段を登りきると天秤櫓に架かる廊下橋の下に至ります。

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  一方、大手口からの登城道はこの桜の下で合流します。

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  天秤櫓を振りかえって。さらに上へ登ります。

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  上に登り廊下橋の前へ。

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  登り坂の途中から天秤櫓。

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  廊下橋の前に来ました。

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  橋の前には鐘の丸と呼ばれる一角があります。

  彦根城の郭(くるわ 曲輪)の一つ。

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  櫓台の跡と思われる石垣も残っています。

  お弁当を開いている人々が多数。

  なるべく人々が写りこまないように撮影しているので人が少ないように見えますが、そんな事はありません。

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  櫓台跡。

  木の影にお弁当を開いている子供さん連れの家族がいますが写りこまないように・・・。

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  廊下橋の上から天秤櫓に向かって左手。

  右下の道が大手からの登城道。

  琵琶湖もわずかに見えます。

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  同じく廊下橋上から右手。

  見えている山が石田三成の居城であった佐和山城跡。

  関が原の戦い(1600年)の本戦直後に東軍の攻撃で落城し、戦後、井伊直政が佐和山城に入城し彦根城の築城に取り掛かります。

  しかし直政は関が原の戦いの際に受けた戦傷がもとで死去(1602年(慶長7年))。

  実際の築城開始(1603年)は子の直継の時。

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  表門からの登城坂。

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  天秤櫓をくぐると最後の登り道。

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  最後の登り道途中から天秤櫓の内側。

  一連の櫓はほぼ重文指定を受けている建築物ですが、この時期には内部が無料で公開されています。

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  天秤櫓の内部。

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  天秤櫓から廊下橋と向こう側が鐘の丸。

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  最後の登り。

  白壁の太鼓門を抜けると天守閣のある本丸です。

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  太鼓門と続櫓の下にある時報鐘 (じほうしょう)。

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  太鼓門と続櫓(つづきやぐら)。

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  太鼓門内側から。

  天守が見えます。

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  太鼓門及び続櫓の内側。

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  国宝 彦根城天守閣。

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  撮影 2014/04/07

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2014年4月10日 (木)

桜旅行2014年 彦根城(彦根市)と丹波地方を訪れる(2) - 彦根城の桜(2)二の丸佐和口多聞櫓と開国記念館から表門登城口へ

 

  2014年の二日間の桜旅行は彦根での突然の途中下車から始まりました。

しかし、彦根城の桜を見ることになれば、ほぼ彦根で一日がつぶれる事を意味します。

つまり一日目の目的地は京都府下の丹波の地である福知山に設定してあったので、彦根から京都を経て福知山までの距離を考えれば、ほかの場所を訪れる時間的余裕はありません。

ということで、彦根で電車を降りてしまった以上、腰を落ち着けてゆっくりと廻ることに意を決しました。

まず中堀沿いに北に歩いて、井伊直弼が10代から30代までの間住んだ埋木舎 (うもれぎのや)の門前から中堀の西の端まで行ってみました。

こちらへはあまり来たことが無かったのですが、いつもと異なる風景が見られたことが唯一の成果でした。

そして、再び佐和口多聞櫓の前に戻り、中へ。

 

  埋木舎 (うもれぎのや)の門前あたりから南の方。こちらへ戻ります。

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  埋木舎 (うもれぎのや)を振り返って。

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  前回の記事でも書きましたが、多聞櫓のうち左側が明和8年(1771年)の再建で重文指定、右側は昭和35年(1960年)の再建。

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  多聞櫓の昭和の再建による部分は開国記念館として資料館となっています。

  観覧は無料。

  ただし大部分は撮影禁止です。

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  開国記念館への階段登り口前にある「家老 木俣屋敷跡」の石柱。

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  現在の建物は関係の無い建築物でしょう。

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  入り口。

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  撮影禁止が大部分なので開国記念館での写真はありません。

  なかなか興味深い資料が展示されていました。

  彦根藩は現在の東京の世田谷や栃木県の佐野にも領地があったことに触れられていました。

  また、近江での領地配置図が興味深かったですね。

 

  下に見えるのは重文の馬屋。

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  馬屋。

  重文の馬屋は珍しいですね。

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  馬屋の内側。

  現在残っている部分は一部だそうです。

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  こちらは重文指定の佐和口多聞櫓。

  無料で開放されているので見学します。

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  内側。

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  遠くに天秤櫓、手前に彦根城博物館、さらに手前に馬屋。

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  車椅子のためのスロープが設置されています。

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  内堀の南の方向。

  こちらには大手口があり、こちらからも入れます。

  今回は大手へは行きませんでした。

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  内堀の橋を渡ると表門。

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  内堀沿いの桜。

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  この日は表門から多くの観光客と共に普通に登城しました。

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  拝観受付の前には彦根城博物館があります。

 

  彦根城と玄宮園セットで一般600円(小、中学生200円)。玄宮園のみは一般200円(小、中学生100円)。

  彦根城博物館は一般500円(小、中学生250円)。

  彦根城と博物館のセット券は一般1000円(小、中学生350円)。

  彦根城と博物館のセット券は玄宮園を含むものと思われます(窓口でお聞きください)。

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  拝観受付前から振り返って。

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  入り口、出口。

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  急な石段を登ります。

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  遠くに見える伊吹山。

  美濃側から見る姿とは随分と異なります。

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  撮影 2014/04/07

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2014年4月 9日 (水)

桜旅行2014年 彦根城(彦根市)と丹波地方を訪れる(1) - 彦根城の桜(1)予定外の1日目

 

  二日間でちょうど桜が見頃であろう場所を選んで見て廻った桜旅行。

まだ信州や東北、そしてわが岐阜県でも飛騨地方は桜もこれからという時期ですが、そんなに遠くへ行くこともできない事情もあり、近畿圏でも少し北寄りの場所を目的地にしてJR岐阜駅を出発しました。

寝坊が原因で当初の目的地であった小浜市へは電車の時刻が合わず諦め、米原では逆に南へ向かう羽目に。

米原で電車に乗車した時点では近江八幡の桜の名所である八幡堀が頭をよぎったのですが、彦根で衝動的に下車。

彦根城の桜は十分に見知っているのに、なぜかこの時、急に行って見たいという衝動に駆られたのでした。

 

  彦根駅前でいつも出迎えてくれる井伊直政の像。

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  駅前のお城通りをまっすぐ行きます。

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  途中、右手に彦根市役所。

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  市役所前手前にある石材店の「ひこにゃん」。大通りの左側にあります。

  私個人の彦根での「つぼ」で、必ず見ていきます。

  以前は「いらっしゃいませ・・・」の石柱はありませんでした。

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  お城通りの突き当りが護国神社。

  道路はT字路となっています。

  護国神社へは入らず道路を左手へ行きます。

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  中堀越しに。

  護国神社を抜けるとこの場所に気づくことなくお城へ向かってしまいます、

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  中堀の南側。

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  護国神社。

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  堀端を登城口へ向かって西へ。

  お堀端の松並木は「いろは松」と呼ばれています。

  47本あったことから名付けられたそうですが、現在は34本残っているらしい。

  第3代井伊直孝の時代に植えられたそうです 。

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  右手に井伊大老歌碑。

  以前(この4、5年)は無かったような?

  歌碑はあったものの看板が無かったのでしょう。

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  二の丸佐和口多聞櫓。

  左が明和8年(1771年)の再建で重要文化財に指定。

  内側から無料で拝観できます。

 

  さらに右側は昭和35年(1960年)に再建されたもの。

  資料館(開国記念館)として利用されていて内側から入れます。こちらも無料。

 

  この間を通り中へ行くと内堀と登城口等があります。

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  ここで中堀の堀端を右へ。

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  埋木舎(うもれぎのや)入り口。

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  井伊直弼は父直中の十四男として生まれ、10代から32歳までを埋木舎(うもれぎのや)で過ごした(案内板)。

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  埋木舎(うもれぎのや)を振り返って。

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  中堀北側から埋木舎(うもれぎのや)あたりを。

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  玄宮園(げんきゅうえん)の南側にあたる広場ではこの時期 「ご城下にぎわい市」 が催されています。

  写真の石垣の内側はそのあたり。

  井伊直弼の像がある以外には普段は静かな場所です。

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  もう一段右の石垣内も「市」の場所。

  それに対してお堀の奥の石垣の内側は玄宮園。

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  お堀からの玄宮園との出入り口。

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  時間は前後しますが、最後に入園した玄宮園内からの出入り口。

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  中堀のもっとも西側。ここで引き返しました。

  この外、右手にはさらに外堀があります。

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  もと来た道を引き返します。

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  撮影 2014/04/07

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2014年4月 6日 (日)

岐阜城 - 2014年3月の一こま

Gihutyo

いつもの余湖くんのお城のページからの引用図。

 

  岐阜城の山上に登るのは何十年ぶり。

写真はほとんど撮らなかったので、岐阜城のほんの一こまでしかない写真しかありません。

 

  岐阜城は斎藤氏や織田信長が本拠として城下を整えましたが、1600年の関が原の戦いの前哨戦として当時の岐阜城主である信長の嫡孫織田秀信の時に落城し、戦後に岐阜城は廃城となりました。

以後、明治時代(1910年(明治43年))に観光用の天守が建てられるまで天守は存在しませんでした。

明治の建築の天守は戦時中の空襲で焼け、現在の天守は1956年(昭和31年)に建てられたものです。

 

  2009年(平成21年)に完成したJR岐阜駅前北口にある黄金の織田信長像。

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  山上へはロープウェイが便利。

  大人(12歳中学生以上)往復1080円、片道620円。

  小人(4歳以上12歳未満)往復540円、片道280円。

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  ロープウェイから長良川。

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  天守閣までは少し登ります。

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  井戸跡といっても貯水施設が正確な表現。

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  残念ながら写真はここまでしかありません。

  天守閣からの眺望は素晴らしいですよ。

  名古屋駅のセントラルタワーや小牧山なども見えます。

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  撮影 2014/03/24

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2014年4月 5日 (土)

近場の花見2014年 - 名鉄新鵜沼駅と高田橋駅(境川堤の桜)

 

  近場の桜の名所である各務原市(かかみがはらし)の「新境川堤の桜」を午後まで楽しみ、時間もまだ早いということで、名鉄各務原線をさらに東へ向かいました。

当初は犬山までと考えましたが、新鵜沼駅までに止め、しばらく時間を潰して岐阜へ帰りました。

 

  新鵜沼駅西口。

  空中歩道を歩いてJRの高山線鵜沼駅改札前へ向かいます。

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  JRの高山線鵜沼駅改札前の空中歩道越しに。

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  名鉄新鵜沼駅1番線で岐阜行きを待ちます。

  手前の赤色が2200系特急車両、青色が2000系空港特急ミュースカイ。

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  先に2番線に犬山行き急行が到着。

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  各務原市から岐阜市に入り高田橋駅で途中下車。

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  こちらは「境川堤の桜(正式にこう呼ぶのかは知りません)」。

  前にも書きましたが、新境川の正式名称は境川放水路。

  こちらの境川の洪水対策のために掘削されたのが境川放水路で、放水路の方が新境川と呼ばれるようになりました。

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  「新境川堤の桜」とは異なり「境川堤の桜」には人の姿がほとんどありませんでした。

  もちろん露店も出ていません。

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  金華山の岐阜城。

  手前に高山線の線路が見えます。

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  岐阜行き普通がやって来て帰途につきました。

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  撮影 2014/03/31

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2014年4月 3日 (木)

近場の花見2014年 - 桜の新境川堤(岐阜県各務原市 かかみがはらし)から(名鉄)新鵜沼駅へ

 

  岐阜県各務原市(かかみがはらし)にある桜の名所の「新境川堤の桜」も十分堪能し、最寄の名鉄の駅である「市民公園前」駅からさらにあても無く東へ向かうことにしました。

 

  新境川に架かる名鉄各務原線(かかみがはらせん)。

  岐阜行き急行 次の新那加駅からは各駅停車。

  名鉄岐阜駅~市民公園前駅間は所要約15分。

  大人300円(4月運賃改定後)。

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  取りあえず川端の喫茶店で食事。

  喫茶店内部からの桜。

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  同じく名鉄岐阜行き普通。

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  名鉄のすぐ北側にはJR東海の高山線。

  特急「ワイドビューひだ11号」富山行き キハ85系。

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  新境川に隣接するようにある名鉄各務原線「市民公園前」駅。

  普通のみの停車なので1時間に2本の運行頻度。

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  「市民公園前」駅から東に見える「各務ヶ原市役所前(かがみがはらしやくしょまえ)」駅の岐阜行きホーム。

  「各務ヶ原市役所前」駅は急行停車駅。

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  名鉄岐阜行き急行の通過。

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  岐阜方面からやってきた犬山行き普通で東へ。

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  新鵜沼駅で下車。空港特急2000系が待機。

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  新鵜沼駅西口。

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  撮影 2014/03/31

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2014年4月 1日 (火)

近場の花見2014年 - 新境川堤(岐阜県各務原市)の桜(2)

 

  地方での桜の名所である新境川堤の桜は、岐阜市の名鉄岐阜駅から各務原線(かかみがはらせん)の普通電車に乗ること15分、各務原市の「市民公園前駅」で下車します。

新境川の正式名称は境川放水路で、西に約3kmの距離にある境川の治水対策の必要から造られ、それがいつしか新境川と呼ばれるようになり、堤防に植えられた桜並木の美しさから桜の名所となりました。

放水路は戦前に造られました。 「この新境川の完成を祝い、大正~昭和初期に活躍した地元(現在の蘇原大島町)出身の歌舞伎役者、市川百十郎(1882-1969)が、1931年(昭和6年)から翌年にかけて、新境川の堤防に約1,200本の吉野桜を植樹した。後に“百十郎桜”と呼ばれるようになった」(wikiから抜粋)。

この桜は戦時中に燃料として伐採されるも、戦後に植樹され現在では1000本余りに回復したそうです。

「百十郎桜は日本さくら名所100選の一つである」(Wikiより)そうです。

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  赤い橋から北側は人通りが少なくなります。

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  上の写真の南の方。

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  再び駅のある南の方向へ東岸を戻ります。

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  対岸の露店。

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  南側にある花見橋。

  ここから再び西岸へ。

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  新境川を渡るJR東海 高山線の岐阜行き普通 キハ11 2両編成。

  すぐ南には名鉄各務原線の鉄橋があります。

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  撮影 2014/03/31

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