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2014年6月29日 (日)

「シャトルきっぷ」(JR東海)で京都 平安神宮を訪れる(2) - 大鳥居と京都市美術館

 

  京都はどこを歩いていてもワクワクします。

名も無い(私が知らないだけですが)神社仏閣にもそれぞれの由緒があり、さらにそれらの神社仏閣の由緒が私自身の知っている歴史になんらかの関係が必ず認められる、そんなところが京都の神社仏閣の奥深いところです。

もちろん有名な神社仏閣は言うまでもありません。

 

  さて、平安神宮は平安遷都1100年を記念して明治28年(1895年)に創建された比較的新しい神社です(平安遷都は794年)。

ご祭神は平安遷都を実行された桓武天皇、そして皇紀2600年にあたる昭和15年には平安京での有終(平安神宮のHPの表現)の天皇となられた孝明天皇も祀られご祭神となっています(平安神宮ホームページ参照)。

 

  三条通から神宮道を北に向かいます。

  朱が鮮やかな大鳥居。

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  琵琶湖疎水の鴨東運河(おうとううんが)を赤い橋で渡ります。

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  右手に京都市美術館。

  左手には京都国立近代美術館と京都府立図書館があります。

  京都で未拝観、未入館の場所は美術館関係、宮内庁管轄下の庭園等を始めとしてまだまだ多く残っており、なかなか京都の奥深さにはついて行けません。

Dsc03045_2

 

  京都市美術館は1933年(昭和8年)の開館。

  平成26(2014)年度の海外展は「バルテュス展」7月5日(土)~9月7日(日)と「ボストン美術館展 華麗なるジャポニズム展」9月30日(火)~11月30日(日)の2本だそうです。

  後者は現在、東京の世田谷美術館で開催中というニュースをTVで見ました。

  この日は特別展の端境期(はざかいき)に当たっていたみたいです。

  平日という事もあり人影は疎らでした。

Dsc03046

 

  分かりやすい付近の地図。

  左が北です。

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  東西の通りは二条通。

Dsc03057

 

  交差点の左手角(北西)にある平安神宮由緒の説明板。

  ほぼ読めないと思いますが御祭神が桓武天皇、孝明天皇とあります。

  また時代祭が十月二十二日との記述が見えます。

Dsc03058

 

  応天門(おうてんもん)の前にやってきました。

  神苑以外は出入り自由です。

Dsc03061

  撮影 2014/06/26

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コメント

名も無い(私が知らないだけですが)神社仏閣にもそれぞれの由緒があり、さらにそれらの神社仏閣の由緒が私自身の知っている歴史になんらかの関係が必ず認められる、そんなところが京都の神社仏閣の奥深いところです。>
京都ほどではありませんが、大阪もなかなかなものです。散歩がてらにうろついていると日本最古の善光寺に出くわしました。長野の元祖だそうで藤井寺もあなどれません。
東京も江戸の内側だと古い史跡があるのですが、私が住んでいたような田舎の寺社は、火事や地震で江戸から移転させられものが多いです。また、そういう経緯のため一か所にかたまっていることが多く、特異な景観になっています。

京都市美術館>
中学・高校と豊中に住んでいたので、ここは何度も見物しました。当時のままで懐かしいです。この美術館は庭が広くて、記憶違いかも知れませんが、弁当を食べたように思います。
そういえば、南河内に移ってからは、大阪まで出るのがおっくうで京都には行かなくなりました。今回大阪に戻ってからも、難波には何度も行きましたが、大阪は乗り換えるだけで、まだぶらついたことはありません。一度行かなきゃと思っているのですが、おっくうで・・・。

ジャポニスム展は世田谷美術館ですか。世田谷の端、砧公園内にあるのですが、バスでしか行けないので最後まで行くことはありませんでした。東京は車を前提とした場所が多いのが残念です。ちなみに砧にはかつて円谷プロがあり、近くの祖師谷商店街は「ウルトラマン商店街」として、ウルトラマンの人形が飾ってあったりします。

投稿: ddol | 2014年6月30日 (月) 21時27分

ddolさん、日本津々浦々に由緒のある神社仏閣や文化財があり、実に奥深いですよね。
でも、全部には触れることもできず、もどかしいと言えばもどかしい^^;

私も大阪市南部に住んでいた頃は京都へ行くのはおっくうでした。
もっぱら奈良を散策していましたが、京都を頻繁に訪れるようになったのは皮肉にも岐阜に戻ってからです。

東京は車を前提とした場所が多いのが残念です。
>美術館とか博物館というのはなぜか公共交通の便の悪い場所にありますね。
岐阜などでは図書館(県立)すら普通に行けない場所にあって、後付けでバス路線ができたりと酷いものでした。
岐阜の場合はお役所仕事の見本ですが、民間の美術館などでもかなり不便なところにあります。
土地の問題があるのかも知れませんね。

投稿: mino | 2014年7月 1日 (火) 17時37分

>京都市美術館>
>海外展は「バルテュス展」・・・と「ボストン美術館展 華麗なるジャポニズム展」

ddolさんのコメントを見て思ったんやけど、京都市美術館はなじみ深いのに、平安神宮はなぜか印象が薄くて。「バルテュス展」も「ボストン展」もいってみたいと思う反面、平安神宮はちらっとみるかも、という感じ^^;南禅寺界隈なら、5月末にも歩いたんやけど。
でも、平安神宮は四つ目の方相氏が出てくる追儺をやってくれるので、捨てがたい。

>南河内に移ってからは、大阪まで出るのがおっくうで京都には行かなくなりました。
>>私も大阪市南部に住んでいた頃は京都へ行くのはおっくうでした。

うんうん、同感です。地理的には奈良の方が行きやすく、奈良には面白いところがいっぱいあるし。また京都は、寺社も料理屋も土産屋も馬鹿高い料金を請求しよるというイメージがあり、「経済学者」(^^;)としては、お薦めできません。

それでも行きたと思ってしまうところが、京都の魅力なんやけどね。

それと今回京都に行ってびっくりしたのは、車で行きやすくなってること。
これまでは名神の京都南で降りて大渋滞を我慢しながら東寺からのルートか、京都東~山科~蹴上のなんか遠回りやなあの入京ルートしかなかったんやけど、第二京阪が十条まで伸びていて、簡単に京都に入れました。まあ、日曜祭日にいくとびっくりの駐車料金を請求されるんやけどね^^;

投稿: tera | 2014年7月 5日 (土) 05時57分

方相氏(ほうそうし)、
>こんなんあるんですね。全然知りませんでした^^;。
確かに平安神宮は歴史的ワクワク感が無くて、それであまり入ろうとは思いませんね。
でも、一回くらいはというつもりで行ってみました^^;

寺社も料理屋も土産屋も馬鹿高い料金を請求しよるというイメージがあり、「経済学者」(^^;)としては、お薦めできません。
>う~ん!一般人でもそう思てます^^
ですから京都では拝観料の必要な場所は2カ所ぐらい、酷いときにはただ散策するだけという観光をしています。


それと今回京都に行ってびっくりしたのは、車で行きやすくなってること。
>そうなんですか?
車乗らないので分かりませんが、蹴上付近の道路(三条通になるのかな?)は山科方面との交通量が多そうですね。

投稿: mino | 2014年7月 6日 (日) 00時15分

まだ画面に残っている間に方相氏について。

方相氏は謎に満ちた存在で、その起源などは不明です。初めて文献に登場したのが戦国時代の『周礼』で、熊の皮をかぶり、黄金四つ目、赤い服に黒いズボン、戈をとり楯を掲げると描写されています。疫鬼を追い遣ることと、葬儀で棺を先導して墓穴で疫鬼を駆逐することが役目でした。
方相氏は6世紀末までには日本に伝わります。日本では熊の皮をかぶることはなく、葬儀よりも疫鬼を追い遣る儺が主要な役目で、葬送に関する記録は9世紀中頃を最後に姿を消します。
大儺(たいな)の記事は8世紀初が初出で、9世紀には方相氏が先導して群臣が後について弓矢で射て疫鬼を追うという記録が現われます。ところが、方相氏は10世紀後半には疫鬼側の存在と見なされ、11世紀には疫鬼として追われることになります。
この理由としては、方相氏が恐ろしい出で立ちをしていたためだとか、儀式を先導していたため疫鬼と混同されたせいだとかいうこともありますが、8~9世紀に死穢を忌む意識が強くなり、葬儀を主導していた方相氏をも忌む対象と見なされたという説が妥当だと思います。9世紀後半に意識の変化があり、同時に「大儺」という用語が「追儺」という和製漢語に取って代わられます。
変化は方相氏だけにとどまらず、10世紀後半には天皇の直接観覧がなくなって群臣の参加も減少し、11世紀には貴族が私宅で追儺を行うようになります。また、疫鬼追放は内裏の四門を通って宮城十二門へ出て、そこで京識に引き渡されるという手続きであったのが、ただ方相氏を追うという形になり、境界から追い払うという意義が消えてしまいます。すなわち、内裏->宮城->京(->日本)という追放の領域・方向性が消滅するとともに、国家儀礼であった追儺が私的なものになってしまいました。国家的意味合いを失った追儺は民間に浸透し、寺社の修正会などになって行きます。
その一つ。平安神宮のHP(www.heianjingu.or.jp/02/0201.html)は時代考証によって平安朝当時の姿を綿密に再現されていると書かれています。実際にこの形で行われたかどうかは不明ですが、少なくとも中国などの大儺はこんな感じだったようです。


以前、飛鳥二面石の所で紹介した
奥西峻介「双面の者」(『日本語・日本文化』(大阪外国語大学留学生日本語教育センター) 37巻(2011年))
ir.library.osaka-u.ac.jp/dspace/bitstream/11094/10034/1/JLC_37_01T.pdf
が一節を方相氏に割いていて、関心があったのでコメントしました。

春成秀爾「節分、方相氏、熊送り」(『歴史書通信』No.170(2007年))
www.hozokan.co.jp/rekikon/pdf/tu170.pdf
四つ目の起源を冠り物と冠る人の四つの目にあるとする説の略説で、表紙に『政事要略』の方相氏と疫鬼の図が掲載されています。

追儺面の写真
福井県鯖江市加多志波(かたしば)神社追儺面
www3.city.sabae.fukui.jp/vod/takara/6/bunkazai/3.html

愛知県岡崎市瀧山寺追儺面
takisanji.net/jihou_tsuinamen.html
鬼祭りの解説
takisanji.net/oni.html

投稿: ddol | 2014年8月 2日 (土) 19時41分

ddolさん、いつも面白い、興味深い資料の提供ありがとうございます。

読んでいて、それで返事遅れて御免なさい。

なるほど、古いものなんですね。 ddol さんに概略をまとめて頂いていたので、参考にしながら読みました。
でも、これだけの事を深く研究している人々がいらっしゃる事には驚きますね。そして、もう一つはそれに耐え得る文化財が日本に残存していることにも驚きます。
私たちが普段は単に見ている文化財ですが、研究者にとっては貴重な資料なんでしょうね。

投稿: mino | 2014年8月 3日 (日) 14時33分

読んでいただいて恐縮です。論文は面倒だと思って図を中心に資料を挙げたので、私のコメントとは余り交差しなかったと思います。
参考までに今回依拠した論文は
三宅和朗「日本古代の大儺儀の変質とその背景」(『史学(三田史学会)』第62巻 (1992年))
koara.lib.keio.ac.jp/xoonips/modules/xoonips/download.php/AN00100104-19921100-0057.pdf?file_id=59472
大日方克己『古代国家と年中行事』(講談社学術文庫、2008年)第五章「大晦日の儺」。私は93年に吉川弘文館から刊行されたものを読みましたが、文庫版も大差ないようです。
昔は儀式は好事家のやる分野だなどと思っていたのですが、研究対象も国内だけでなく対外関係をも包摂するなど、知らない間に随分進展しました。

私たちが普段は単に見ている文化財ですが、研究者にとっては貴重な資料なんでしょうね。>
この辺は研究者と「オタク」の区別がむずかしいですね。

投稿: ddol | 2014年8月 4日 (月) 21時35分

ddolさん、ありがとう。

三宅和朗「日本古代の大儺儀の変質とその背景」(『史学(三田史学会)』第62巻 (1992年))
>読ませて頂きました。面白かったです。

昔は儀式は好事家のやる分野だなどと思っていたのですが、研究対象も国内だけでなく対外関係をも包摂するなど、知らない間に随分進展しました。
>儀式や習慣が変質するのはどの社会でも普遍的に起きうるものですが、こういうところを学問的に明らかにしておくのは大切ですね。

もう、漢文の部分は読めないのが辛い^^;

この辺は研究者と「オタク」の区別がむずかしいですね。
>本当ですね。後世になったら、この部分を研究する研究者が出てきそう^^。
いや、もう居るのかな?

投稿: mino | 2014年8月 5日 (火) 14時50分

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