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2014年7月30日 (水)

(フェリーを利用して)下関(山口県下関市)を散策(4) - 城下町長府(2)乃木神社から「横枕小路」

 

  長府藩は毛利藩の支藩として6万石で立藩。

初代藩主は毛利秀元。

毛利秀元は毛利元就の四男である穂井田元清(ほいだ もときよ)の子。

江戸時代には長府藩毛利家から宗家の長州藩に二人の藩主を送り出しています。

本拠の櫛崎城(くしざきじょう)は元和の一国一城令(1615年)で廃城となり、長府藩は幕府内では城主格の待遇を受けるも藩庁は以後陣屋となります。

秀元から数えて14代で明治維新となりました。

 

  さて、忌宮(いみのみや)神社から次は北西にある乃木神社に向かいます。

そして乃木神社からすぐ南にある「横枕小路」を西に抜けました。

 

  地図中央に三角風の屋根が二つ見えますが(赤色の現在地の上下)、左下が忌宮神社、右上が乃木神社です。

  乃木神社の真上に屋根瓦風の色をしたのが覚苑寺(かくおんじ)。

  覚苑寺(かくおんじ)は行きそびれましたが、その覚苑寺(かくおんじ)から真っ直ぐ左の方にある同じような屋根型のある場所が功山寺。

  功山寺から乃木神社に向かっての直線上の中間にあるのが長府毛利邸です。

Dsc03340

 

  忌宮(いみのみや)神社の鳥居前に戻り、「乃木さん通り」と名付けられた大通りを左へ。

Dsc03332

 

  乃木神社の鳥居を目指して左手へ入って行きます。

Dsc03334

 

  途中、木々に挟まれた中を奥に歩いて行きます。

Dsc03335

 

  神社は道路の突き当りにあります。

Dsc03337

 

  社殿。

Dsc03348

 

  神社の竣工は大正8年だったたことなどが記されています。

Dsc03349_2

Dsc03345

 

  乃木神社の前の道路を神社に向かって左へ。

  左の塀の内側は忌宮(いみのみや)神社の西端となります。

Dsc03343_2

 

  歩いてすぐ右側に「横枕小路」。

Dsc03352

 

  奥の方。

  方角的には西に当たるのですが、どうしても北と錯覚してしまいます。

Dsc03354

 

  途中、左側が開け、公園がありました。

  どうも工事中のよう。

Dsc03357

 

  そこから振り返って。

  気が付きませんでしたが忌宮神社の鳥居が見えますね。

Dsc03358

 

  もう少し行き再び振り返って。

Dsc03360

 

  これも振り返って。

Dsc03362

 

  最後に振り返って。

Dsc03363

 

  反対側の石柱。

Dsc03365

 

  反対側に出ました。

  ここから左方向へ長府毛利邸に向かいます。

Dsc03366

  撮影 2014/07/26

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