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2014年7月14日 (月)

南紀への旅1999年(「新宮夜行」の記憶(2000年9月30日をもって廃止))(2) - 大阪市内発大阪市内着切符で伊勢神宮&帰省

 

  新大阪発新宮行き夜行のいわゆる「新宮夜行」は2000年9月30日に廃止されました。

前回も書きましたが、大阪から、特に天王寺駅から和歌山、御坊、紀伊田辺までは通勤の足としての最終電車という側面も持ち合わせており、そのため「新宮夜行」は通勤客で大変混雑する列車でした。

最初こそ天王寺駅から「新宮夜行」を利用しましたが、これはこの混雑ではまず座れないと悟り、以後2回の利用は和歌山駅で乗車するという形をとりました。

夜行列車(電車)の雰囲気となるのは午前1時頃に紀伊田辺駅を出発してから。

電車は165系だったそうですが、当時はそんなに鉄道への思い入れは強くなく、旅行するには鉄道、したがって電車、気動車の写真も撮っておこうぐらいの考え方でした。

ある意味、当時の鉄道への思い入れは中学生時代のそれから退化したともいえる状況でした。

 

  さて、1999年の2回目の「新宮夜行」を利用した旅は、発着駅が同じで一周する通し切符を利用して行われました。

経路は大阪市内~和歌山~新宮~多気~亀山~名古屋~岐阜~米原~京都~大阪市内(多気から伊勢市往復は別途)。

通しきっぷの運賃は10050円という記録が残っています。

このような周回の通し切符を利用したのは高校生時代以来2回目でした。

この年にはすでに青春18きっぷを利用しているので、この通し切符で旅行してみようと考えたのは5月という時期だったからと思われます。

  明けて2日目は新宮からの一番列車で参宮線との分岐駅である多気へ、そして参宮線で伊勢市へ向かい伊勢神宮を訪れました。

その後一路岐阜まで向かい実家に帰省の形で逗留。

そして後に大阪市内へ帰るという旅行でした。

これはもう完全に「乗り鉄」状態の旅行でしたね。

 

  新宮駅にて。

  多気方面への一番列車には1時間ぐらいの待ち時間があったと記憶しています。

Img918

 

  多気駅にて。

  伊勢市へ向かうベく乗り換え待ち。

  キハ58気動車。新宮から乗車してきた列車。折り返し新宮行き。

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  キハ28 松阪行き表示。

Img926

 

   以降5枚は1999年当時の伊勢神宮内宮の様子。

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  撮影 1999/05/20

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