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2014年8月24日 (日)

【塔】 (五重塔、三重塔、多宝塔他)を巡る(11)2010年11月 - 真禅院(岐阜県垂井町)の三重塔

 

  真禅院(しんぜんいん)は、もと南宮大社の神宮寺(神仏集合思想にもとづき神社に建てられた寺院(真禅院ホームページから引用))で、明治の神仏分離令で現在地に移り朝倉山真禅院と号しました。

南宮大社は関ヶ原の戦い(慶長5年9月15日(1600年10月21日))の際に戦火で焼失。

したがって、当時、南宮大社の神宮寺であった真禅院の建築物は17世紀以降に建立されたもの。

そのうち本地堂(寛永19年(1642年)建立)、梵鐘(奈良時代から平安時代前期の制作と推定)、三重塔(寛永19年(1642年)建立)が重要文化財に指定されています。

 

  この日は垂井町(たるいちょう)の南宮大社、真禅院、中山道と美濃路の追分、美濃路の松並木などを巡り一日をかけて町の中南部を散策しました。

 

  垂井町の北部地域には竹中重治(しげはる 半兵衛)の居城跡であった菩提山城跡と麓の竹中陣屋等があります。

半兵衛の子である竹中重門(しげかど)は関ヶ原の戦いでは家康の東軍に与し(くみし)、戦後に所領を6000石で安堵されています。

重門は菩提山城を廃し麓に竹中陣屋を設けこれを政庁とし、以後竹中家は幕府旗本(交替寄合席)として明治まで続きます。

 

  南宮大社の北側の側門から北に出て東西の道路を西(左)に歩いて行き、県立不破高校の敷地を左右に見てさらに西へ行き、その突き当りが下の石段。

  道路はここで右手に大きく曲がります。

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  道路が北に方向を転じる場所に駐車場(当時は空き地と言ってよい場所だった)があります。

  この時期には観光バスがやって来ますが、その駐車場から。

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  本地堂。

  寛永19年(1642年)建立の重文。

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  境内は高台にあり、その北の部分に三重塔が建っています。

  三重塔は寛永19年(1642年)建立の重文。

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  古い梵鐘。

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  三重塔の下、北側の門から道路に下ります。

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  撮影 2010/11/17

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