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2014年8月

2014年8月29日 (金)

【塔】 (五重塔、三重塔、多宝塔他)を巡る(14) - 日吉神社の三重塔(岐阜県安八郡神戸町(ごうどちょう))

 

  神戸町(ごうどちょう)は岐阜県大垣市の北に隣接する人口2万人足らずの小さな町です。

養老鉄道(旧近鉄)の駅が町内に3駅存在し、そのうちの広神戸駅(ひろごうどえき)が神戸町(ごうどちょう)役場、日吉神社の最寄りの駅となり、この一帯が町の中心地と言ってよいでしょう。

 

  養老鉄道大垣駅。

  養老鉄道は近鉄の完全子会社。

  頭端式ホーム1面2線、つまり2線ともに行き止まり駅。

  右側1番線は養老、桑名方面行き。左側2番線は揖斐方面行き。

  大垣駅を境にして養老、桑名方面と揖斐方面は別運行で直通運転はありません。

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  揖斐方面への電車で所要約10分、広神戸駅(ひろごうどえき)に到着。

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  駅舎の前の道路を東へ。

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  南北の広い道路に出ます。

  反対側の北方向が日吉神社への参道となります。

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  この水たまりは何だろうとず~っと疑問に思っていましたが、神戸山王祭(5月3日、4日)の写真を見て納得しました。

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  戦前の社格は懸社でした。

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  日吉神社の三重塔。

  説明板によると「現存の塔は永正年間斎藤利綱が再建し 約七十年の後天正十三年(1585)稲葉一鉄が修造したものである」とあります。

  国の重要文化財に指定されています。

  大変落ち着いた、雰囲気のある三重塔です。

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  境内の様子。

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  「神社の本殿には十一面観音が安置され、この仏塔には大日如来を祀ってある(岐阜県文化財図録 神戸町より)。」そうで、

  神仏混淆が現在でも行われている一例です。

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  日吉神社本殿。

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  脇には摂社、末社等。

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  道路沿いに古い家屋発見。

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  広神戸駅(ひろごうどえき)に戻ります。

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  大垣行きが到着。

  電車は各駅停車のみ。

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  撮影 2009/05/09

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2014年8月28日 (木)

【塔】 (五重塔、三重塔、多宝塔他)を巡る(13)2011年夏と秋 - 高山市 国分寺の三重塔(岐阜県高山市)

 

  高山市は古くから飛騨の中心であり江戸時代には飛騨郡代が置かれ飛騨地方を統括、現代でも飛騨の政治、商業、観光の中心地として栄えています。

古代には飛騨国分寺が聖武天皇による国分寺建立の詔(741年(天平13年))により757年(天平勝宝9年)頃に建立されたとされています。

その後幾度も戦火等で消失し、現在の建物は室町時代以後の建築によるものです。

本堂は室町時代中期、三重塔は1820年(文政3年)の再建とされています。

 

  2011年には夏と秋の2回高山市を訪れました。そのうちの数枚ずつの写真を上げました。

 

  国分寺は駅から北東の方向の国分寺通りに面してあります。

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  三重塔は再建されてから200年足らず。

  まだ国としての指定はありません。

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  以上撮影 2011/07/05

 

  以下撮影 2011/11/08

 

  秋の高山駅。

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  秋の国分寺では大イチョウが有名ですが、大イチョウが色づくのは比較的遅い模様。

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  本堂は室町中期の再建で国指定の重要文化財。

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  大イチョウの色づきはもう少し。

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  秋には表門から鐘楼門までの脇に菊が並んでいました。

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  表門の脇にある庚申堂と石製の「「願掛けなでさるぼぼ」。

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  高山駅。

  南の陸橋から。

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2014年8月26日 (火)

【塔】 (五重塔、三重塔、多宝塔他)を巡る(12) - 岐阜公園の三重塔(岐阜市)

 

  岐阜公園の三重塔は大正天皇即位の記念事業として岐阜市が建設したもので、いわば一種のモニュメントと言ってもよい三重塔です。

完成は1916年(大正5年)で、新しい三重塔といってもかれこれ完成してから百年経っています。

当然、私が生まれた時には存在したわけで、岐阜公園を訪れるといつもその赤い三重塔が目に入り、公園の一つのアクセントとなっています。

 

  バス停を降り、岐阜市歴史博物館の建物から公園に入るとこの噴水があります。

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  駐車場も備わっている岐阜公園総合案内所前から。

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  上2枚 撮影 2012/08/04

 

  織田信長居館跡への模擬冠木門(かぶきもん)。

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  居館跡から三重塔とロープウェイ。

  ロープウェイは大人(12歳・中学生以上)往復1080円(片道620円)。

  小人(4歳以上12歳未満)往復540円(片道280円)。

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  上2枚 撮影 2013/04/01

 

ロープウェイ乗り場

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  上2枚 撮影 2010/03/31

 

  秋のロープウェイ乗り場

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  上 撮影 2008/11/26

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2014年8月24日 (日)

【塔】 (五重塔、三重塔、多宝塔他)を巡る(11)2010年11月 - 真禅院(岐阜県垂井町)の三重塔

 

  真禅院(しんぜんいん)は、もと南宮大社の神宮寺(神仏集合思想にもとづき神社に建てられた寺院(真禅院ホームページから引用))で、明治の神仏分離令で現在地に移り朝倉山真禅院と号しました。

南宮大社は関ヶ原の戦い(慶長5年9月15日(1600年10月21日))の際に戦火で焼失。

したがって、当時、南宮大社の神宮寺であった真禅院の建築物は17世紀以降に建立されたもの。

そのうち本地堂(寛永19年(1642年)建立)、梵鐘(奈良時代から平安時代前期の制作と推定)、三重塔(寛永19年(1642年)建立)が重要文化財に指定されています。

 

  この日は垂井町(たるいちょう)の南宮大社、真禅院、中山道と美濃路の追分、美濃路の松並木などを巡り一日をかけて町の中南部を散策しました。

 

  垂井町の北部地域には竹中重治(しげはる 半兵衛)の居城跡であった菩提山城跡と麓の竹中陣屋等があります。

半兵衛の子である竹中重門(しげかど)は関ヶ原の戦いでは家康の東軍に与し(くみし)、戦後に所領を6000石で安堵されています。

重門は菩提山城を廃し麓に竹中陣屋を設けこれを政庁とし、以後竹中家は幕府旗本(交替寄合席)として明治まで続きます。

 

  南宮大社の北側の側門から北に出て東西の道路を西(左)に歩いて行き、県立不破高校の敷地を左右に見てさらに西へ行き、その突き当りが下の石段。

  道路はここで右手に大きく曲がります。

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  道路が北に方向を転じる場所に駐車場(当時は空き地と言ってよい場所だった)があります。

  この時期には観光バスがやって来ますが、その駐車場から。

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  本地堂。

  寛永19年(1642年)建立の重文。

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  境内は高台にあり、その北の部分に三重塔が建っています。

  三重塔は寛永19年(1642年)建立の重文。

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  古い梵鐘。

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  三重塔の下、北側の門から道路に下ります。

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  撮影 2010/11/17

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2014年8月23日 (土)

【塔】 (五重塔、三重塔、多宝塔他)を巡る(10)2009年10月 - 大樹寺(だいじゅじ/だいじゅうじ 愛知県岡崎市)の多宝塔

 

  岡崎市の大樹寺(だいじゅじ)は松平宗家の菩提寺で歴代当主(初代親氏から第八代広忠と第九代徳川家康)の墓があります。

しかし、今回は大樹寺のいわれや将軍家との関わりではなく、大樹寺には重要文化財の多宝塔があることについてのお話です。

訪れたのは2009年の10月。

渥美半島の城下町である三河田原を訪れたのちに名鉄岡崎公園駅から環状鉄道中岡崎駅乗り換え(一度外に出る)愛知環状鉄道大門駅下車で、そこから徒歩で訪れました。

 

  愛知環状鉄道大門駅(だいもんえき)。

  愛知環状鉄道は南は岡崎駅、北は高蔵寺駅を結ぶ第三セクターの鉄道。

  名鉄岡崎公園駅と愛知環状鉄道中岡崎駅が指呼の距離にあり乗り換えが可能。

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  愛知環状鉄道2000系。

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  大門駅で下車したものの道に迷い、多宝塔が見えた時にはホッとしました。

  多宝塔は天文4年(1535年)建立で重要文化財に指定されています。

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  大樹寺は道路の北側にあり西から来ると最初に多宝塔を見上げることになります。

  山門。

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  道路を挟んで南側には大樹寺小学校があります。

  本堂-山門-総門(現在は小学校南門)-岡崎城が一直線に並ぶように作られており、

  現在もこの間には高い建物を建てないという不文律があると聞いています。

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  松平八代墓。

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  八代墓と一番手前に徳川家康の墓。

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  内側からは日差しが向かいから。

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  大門駅にて。

  JRの岡崎駅へ向かいます。

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  撮影 2009/10/10

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2014年8月22日 (金)

【塔】 (五重塔、三重塔、多宝塔他)を巡る(9)2009年2月 - 知立神社の多宝塔(愛知県知立市)

 

  知立市(ちりゅう し)には江戸時代、東海道五十三次のうち三十九番目の宿場である、当時の表記では池鯉鮒宿(ちりゅうしゅく、ちりゅうじゅく)がありました。

そして当地には三河国二宮、戦前の社格は県社であった知立神社があります。

 

  知立神社の境内には多宝塔がありますが、これは昔の神仏習合の名残り(なごり)。

現在ある多宝塔は永正六年(1509年)に再建されたもので国の重要文化財に指定されています。

明治時代の神仏分離令の際には(関係者の?)機転で難を逃れたというエピソードが残っています。

最寄りの駅は名鉄知立駅。

駅から知立神社までは徒歩で2km前後(直線では真北に1kmぐらい)、時間にして20分から30分。

車(タクシーも含めて)では5分ほどで行けるでしょう。

 

  駅から西方向(正確には西北西)に歩いて行くと豊田南バイパスに出ます。

  これを右折して北に向けて歩いて行くとバイパスは高架になっていきます。

  これを高架ではなく下の道路の西側(左側)を行くと左手に知立神社があります。

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  知立神社多宝塔に関する説明板。

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  拝殿。

  本殿は天保元年(1830年)上棟(Wikiによる)

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  多宝塔は鳥居を入ってすぐ右側にあります。

  奥から石橋越しに。

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  知立駅は名古屋本線の特急停車駅(全列車停車駅)。

  かつ三河線(豊田市駅方面と碧南駅方面がある)の分岐駅。

  車両はいずれも三河線、6000系。

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  撮影 2009/02/12

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2014年8月21日 (木)

(フェリーを利用して)下関(山口県下関市)を散策(13) - 2014年7月門司港駅にて(1)

 

  下関を散策の後、フェリーで帰るべく門司港側へ戻り、門司駅北口で新門司港フェリー乗り場までの無料送迎バスを待ちます。

その門司駅まで行く途中の門司港駅での様子。

残念ながら門司港レトロの中でもシンボル的な建築物である門司港駅駅舎は工事中で見ることができませんでした。

また、今回は訪れませんでしたが、門司港駅の南隣には旧九州鉄道本社屋を利用した九州鉄道記念館があります。

昔懐かしい車両等の展示や屋内では九州の鉄道関連展示が見られます。

〖門司港駅と九州鉄道記念館 - フェリーと18切符で九州へ(10)〗の記事。

 

  2012年1月9日の門司港駅駅舎。

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  九州の鉄道起点であることを示す0哩(マイル)標が立てられています。

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  2011年1月5日撮影の九州鉄道記念館入口。

  入館料は大人300円、中学生以下(4歳未満は無料)150円。

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  415系電車。

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  左は813系。

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  いずれも813系ですが車両前面の形状が異なります。

  行先表示器部分が大きくなっている一番右側の車両がより新しい。

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  撮影 2014/07/26

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2014年8月18日 (月)

(フェリーを利用して)下関(山口県下関市)を散策(13) - 門司港レトロに立ち寄る

 

  下関側の見どころは城下町長府を含めて多くの場所を歩くことができましたが門司港側を散策することはほぼ叶いませんでした。

それでも最後に少しだけ門司港レトロの西側を歩いてみることにしました。

九州を訪れた際に何らかの形で時間に余裕ができると、特に帰り際に多少の時間的余裕ができると門司港レトロに赴き、特に散策するでもなく、大抵の場合ベンチでボンヤリと風景を眺めています。

夜はライトアップが美しく何度来ても飽きません。

 

  旧大阪商船。

  大正6年(1917年)に建てられた旧大阪商船門司支店を修復した建物です。

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  左から跳ね橋のブルーウィング門司、門司港レトロ展望室のあるビル、旧門司税関。

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  旧門司税関。

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  門司港レトロは古風な歴史的建築物のみならずグルメや雑貨のお店が多く、見て回るだけでも楽しい場所。

  夜は大変綺麗です。夏でしたら夕方から夜がお薦め。

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  こちらは旧門司三井倶楽部の建物。

  下の案内板のとおり一階はレストランやイベントホール。

  二階はアインシュタインメモリアルルーム、林芙実子資料室となっています。

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  西側から振り返って。

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  駅側からの旧三井倶楽部。

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  門司港駅を後にして門司駅で名門大洋フェリーの無料送迎バスを待ちます。

  大阪南港行き第2便は門司駅発19時(小倉駅を18時40分)の送迎バス。

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  撮影 2014/07/26

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2014年8月13日 (水)

(フェリーを利用して)下関(山口県下関市)を散策(12) - 亀山八幡宮、旧英国領事館、旧秋田商会ビル、下関南部町(なべちょう)郵便局から門司港へ戻る

 

  赤間神宮から始まり唐戸の交差点へ向かう途中、唐戸市場の前の高台に亀山八幡宮があります。

御祭神は応神天皇・仲哀天皇・神功皇后・仁徳天皇。

亀山八幡宮のホームページによれば「平安時代・貞観元年(859)に宇佐八幡宮から勧請された」そうです。

残念ながらこのあたりから体力的な問題から散策が杜撰(ずさん)となっていき、亀山八幡宮も境内に入りながらも関門海峡を眺めるのみ。

城下町長府で力を使い過ぎたようです。

この後、旧英国領事館、秋田商会、下関南部町(なべちょう)郵便局を眺めてから市役所前まで行ってみましたが引き返し、唐戸桟橋へ戻りました。

このあたりにはまだ見どころがあるのですが、ここまで。

旧英国領事館は門司港から唐戸に着いてすぐに見学しましたが、秋田商会は帰り際に中に入ってみました。

 

  山陽道の石碑が・・。

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  上から国道9号線。

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  亀山八幡宮社殿。

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  亀山八幡宮から。

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  唐戸の交差点の歩道橋から旧英国領事館。

  重文指定されています。

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  内部の一部。

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  右が旧秋田商会ビル。

  左が下関南部町(なべちょう)郵便局。

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  下関南部町(なべちょう)郵便局。

  「明治33年(1900)に建てられた下関に現存する一番古い西洋建築(しものせき観光ホームページより引用)。」

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  旧秋田商会ビル。

  「大正4年(1915)に秋田商会の事務所兼住居として建てられたものです。秋田商会は日清戦争以後の海外進出機運に乗って創設された海運会社で、海外貿易を主な業務にしていました(しものせき観光ホームページより引用)。」

  内部に入って見学しましたが、
  現在は観光情報センターとして開放されているので、門司港から唐戸港を経て下関に入った場合には、まず立ち寄って情報を得るのが良いです。

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  関門汽船で門司港側に渡ります。

  門司港から到着のフェリー。

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  門司港側から関門橋と火の山。

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  門司港レトロのシンボルでもある門司港駅は工事中、残念!。

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  最後に少し門司港レトロを歩いてみました。

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  撮影 2014/07/26

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2014年8月10日 (日)

(フェリーを利用して)下関(山口県下関市)を散策(11) - 春帆楼(しゅんぱんろう)と日清講和記念館、本陣伊藤邸跡

 

  私の住んでいる岐阜市では台風11号の影響のピークは過ぎたようです(17時現在)。
それでも強い風雨がまだときおり吹いたり降ったりしています。
皆さんの地域はどうでしょうか?

 

  さて、更新が滞ってしまいましたが、下関の散策の続き。

御祭神が安徳天皇である赤間神宮の西隣には日清戦争講和記念館とその清国との講和条約の締結会場である春帆楼があります。

春帆楼はふぐ料理の公許第1号店であることでも有名で、現在も割烹旅館として営業されています。

春帆楼の建物自身は1945年の空襲で失なわれています。

そして敷地内には日清講和記念館があります。

 

  春帆楼は工事中でその素顔を見ることはできませんでした。

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  門内に入り右手にある日清講和記念館。

  昭和12年(1937年)6月に下関条約の歴史的意義を後世に伝えるために開館しました。

 

  拝観は無料。

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  春帆楼と記念館の間には日本側の全権大使を務めた伊藤博文と陸奥宗光の胸像があります。

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  資料等の他に中央には当時の会議室が再現されています。

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  外に出て門外から右手に向かう道は李鴻章道と名付けられています。

  当時の清国側の宿舎である引接寺(いんじょうじ)との間を往復した清国側全権大使の李鴻章にちなんでいます。

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  再び下におり、見上げたところ。

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  一帯は本陣伊藤邸跡。

  説明板にあるように伊藤家は鎌倉時代から続く下関屈指の名家。

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  信号二つ目が唐戸の交差点で左手は唐戸市場。

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  唐戸市場の前には亀山八幡宮がありますが、その手前にある床居発祥之地碑。

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  亀山八幡宮に上ってみます。

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  撮影 2014/07/26

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2014年8月 7日 (木)

(フェリーを利用して)下関(山口県下関市)を散策(10) - 赤間神宮(あかまじんぐう)(2)平家一門の墓、芳一堂、安徳天皇陵

 

  赤間神宮は前身が仏教形式の御影堂であり、安徳天皇を御祭神とする神社という形をとるのは明治以後のことであると前回述べました。

そして境内には阿弥陀寺陵という陵墓があり、明治20(1889)年に安徳天皇陵と定められ、現在に至っています。

 

  外拝殿。

  内側に内拝殿、さらに本殿があります。

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  外拝殿に向かって右側にある鎮守八幡宮。

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  左側に入っていくと水天供養塔。

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  さらに左手に平家一門の墓があります。

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  その前には芳一堂。

  当地は小泉八雲の「怪談」でも取り上げられた「耳なし芳一」の舞台。

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  平家一門の墓。

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  向かって右側に高浜虚子の句碑。

  「七盛の墓包み降る椎の露」。

  平家一門の墓は「七盛塚」とも呼ばれています。

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  水天門を下に一段下ります。

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  安徳天皇陵。

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  赤間神宮を後にして次は隣の春帆楼(しゅんぱんろう)の敷地内にある日清講和記念館へ。

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  巌流島への遊覧船。

  巌流島上陸クルーズは唐戸港から土日祝日、お盆期間に運行され往復800円(こども400円)。

  詳しくは巌流島上陸クルーズで。

 

  他に巌流島へは下関(唐戸港)、門司港から連絡船があり、下関(唐戸港)からの往復は500円。

  門司港からの往復は800円。

  子供料金、お盆などの運行等詳しくは関門汽船のホームページで。

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  撮影 2014/07/26

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2014年8月 5日 (火)

(フェリーを利用して)下関(山口県下関市)を散策(9) - 赤間神宮(あかまじんぐう)(1)主祭神は安徳天皇

 

  赤間神宮は「壇ノ浦の戦いにおいて幼くして亡くなった安徳天皇を祀る。(Wikiより)」。

壇ノ浦の戦いは元暦2年/寿永4年(1185年)。

建久2年(1191年)当地に御影堂が建立され、これは江戸時代まで存続し、明治になり神仏分離令により神社である「天皇社」と改められ、赤間宮となったのが明治8年(1875年)、昭和15年(1940年)に赤間神宮となる(Wiki参照改)。

以前の社殿は空襲により焼失し、現在の社殿は昭和40年(1965年)4月に再建竣工したもの。

小泉八雲の「怪談」でも取り上げられた「耳なし芳一」の舞台でもあります。

 

  「御裳川」(みもすそがわ)バス停から下関駅方向に向かい「赤間神宮前」バス停で下車。

この間所要3分、運賃190円(小児100円)。

下関駅から赤間神宮前までは所要時間9分、運賃230円(小児120円)。

赤間神宮から唐戸までは歩いて行きました。

赤間神宮前バス停と唐戸バス停は隣。

 

  みもすそがわ公園は関門橋の東ですが赤間神宮前では関門橋は左に見えます。

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  下関方面への赤間神宮前バス停の前には日清講和条約(下関条約)の締結会場である春帆楼(しゅんぱんろう)があります。

  門内の右側に見えるのが日清講和記念館。

  無料で見学できます。

  今回の旅行での三カ所目の工事中(門司港駅、功山寺山門に続き)。

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  バス停から見える赤間神宮と遠くに火の山。

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  赤間神宮正面。

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  鳥居の真正面にある錨(いかり)。

  みもすそ川公園で「碇を担いだ平知盛」の像がありました。

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  謡曲のみならず文楽や歌舞伎「義経千本桜」にも平知盛は登場する。

  歌舞伎では碇を担いで入水する知盛が見どころであるそうです。

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  赤間神宮水天門と左にある太鼓楼。

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  水天門越しに社殿の外拝殿。

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  社殿。外拝殿。

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  太鼓楼。

  大きな太鼓が見えます。

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  境内の内からの水天門。

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  撮影 2014/07/26

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2014年8月 4日 (月)

(フェリーを利用して)下関(山口県下関市)を散策(8) - 「みもすそ川(御裳川)」公園にて (長州砲、壇ノ浦古戦場址碑、源義経と平知盛像、関門トンネル人道入り口)

 

  「城下町長府」バス停から約10分の所要で「御裳川」(みもすそがわ)バス停に着き、下車。

運賃は340円(小児170円)。

 

  一帯の「みもすそ川」公園は関門橋とその美しい景色共々様々なレプリカ、像、碑などを添えて、見ても楽しめる公園として整備されています。

「みもすそ川」公園は源平合戦最後の古戦場で平氏が滅亡した壇ノ浦に面しており、対岸には門司城跡を含む門司港側の和布刈公園(めかりこうえん)があります。

 

  その和布刈公園とみもすそ川公園を結ぶ人道トンネルの出入り口が国道9号線の向こう側の山側にあります。

人道トンネルの全長は780mという事で、歩行者は無料、自転車、原付は20円。

下関、門司の両出入口に関門TOPPAの記念スタンプ押し場があり、当所にある関門海峡・浪漫マップに両方のスタンプを押してJR下関駅、JR新下関駅、JR門司港駅にある観光案内所で関門TOPPA!記念証が貰えます。

 

  また、当地は幕末の長州藩の砲台跡でもあり、5門のレプリカの長州砲が備え付けられています。

 

  城下町長府の散策を終えて「御裳川」(みもすそがわ)バス停で下車。

  後ろに見える山は火の山。ロープウェイ乗り場までは5分ぐらいと下のリンク先にあります。

  「火の山ロープウェイ平成26年度(今年の2014年)の運行情報」はこちら。

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  関門橋とレプリカの長州砲。

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  5門の大砲の内真ん中の砲は号砲とともに白い煙が出ます。

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  関門橋と対岸の門司港レトロや和布刈公園。

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  のっぽビルがあるあたりが門司港レトロ。

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  下の説明板の天保製長州砲。

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  関門トンネル人道入り口。

  国道の向こう側にあります。

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  八艘跳びの源義経と錨を担いだ姿の平知盛。

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  八艘跳びの源義経はつとに有名ですが、平知盛の方は余り知られていない。

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  壇ノ浦古戦場址の碑。

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  「御裳川はこの場所で関門海峡に注ぐ小河川だったが、現在の河口は公園と国道の下に隠れている。(wikiそのまま引用)」。

  二位の尼辞世の歌(「今ぞ知る みもすそ川の 御ながれ 波の下にも みやこありとは」(Wikiより))。

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  馬関開港百年記念碑。

  (実質的な)開港は下関戦争後の1864年。

  記念碑は1964年のものですが、今年(2014年)は150周年で記念事業があります。

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  撮影 2014/07/26

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2014年8月 3日 (日)

(フェリーを利用して)下関(山口県下関市)を散策(7) - 城下町長府(5)古江小路(ふるえしょうじ)と菅家長屋門、壇具川(だんぐがわ)沿いの侍屋敷長屋

 

  ギュッと歴史の詰まった功山寺を後にして、長府毛利邸の角を曲がり、元来た切り通しの道を行くとすぐ右手が古江小路(ふるえしょうじ)。

「小路」の読み方は「こうじ」も「しょうじ」も正しくて、当地では「ふるえ しょうじ」であるそうです。

古江小路は石垣の上に土塀を巡らし戦時の防御を意識したいかにも城下町らしい雰囲気を残している町並みです。

この後、古江小路からバス停のある国道9号線に続いている壇具川(だんぐがわ)沿いの街並みへ向かいました。

途中には侍屋敷長屋があり、それを眺めてのちバス停へ向かいます。

国道9号線の交差点近くに喫茶店を見つけ、やっとここで一息つけました。

ゆっくりと食事を取り、アイスコーヒーを飲み、十分な休憩の後外へ。

「城下町長府」バス停から唐戸、下関駅方面へバスで戻り、途中、「みもすそ川」バス停で下車しました。

 

  切り通しの道路から右手の古江小路へ。

  左の石垣と茂みは長府毛利邸。

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  古江小路(ふるえしょうじ)。

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  左手に菅家長屋門(かんけ ながやもん)。

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  さらに小路を進みます。

  良い雰囲気です。

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  このあたりから一般の家が表に出てきます。

  このあたりで右へ道を取り壇具川(だんぐがわ)沿いの街並みへ向かいます。

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  桂弥一旧宅を利用したレストラン。

  桂弥一は功山寺境内に市立長府博物館の前身である長府尊攘堂を設立した人。

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  壇具川(だんぐがわ)沿いへ。

  秋の紅葉はよさそうです。

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  振り返って。

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  国道に向かう途中の右側にある長府藩侍屋敷長屋。

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  国道付近から壇具川。

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  向こう側に見えるバス停が唐戸、下関駅方面への「城下町長府」バス停。

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  「みもすそ川」バス停で下車。

  「城下町長府」バス停~「みもすそ川(御裳川)」バス停間は所要11分、運賃340円(小児170円)。

  みもすそ川公園があります。関門海峡に面して景色は抜群。

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  撮影 20014/07/26

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2014年8月 1日 (金)

(フェリーを利用して)下関(山口県下関市)を散策(6) - 城下町長府(4) 功山寺(長府毛利家墓所、高杉晋作挙兵の地、大内義長墓所)と市立長府博物館

 

  長府毛利邸を拝観して後、幕末の高杉晋作挙兵の地である功山寺へ向かいます。

また功山寺は長府毛利家の菩提寺でもあり墓所があります。

幕末のイメージが強い功山寺ですが、戦国時代(室町末期)には尼子氏と共に中国地方を二分して争った大内氏、その最後の周防大内氏の当主である大内義長が毛利氏に追い詰められ当寺の仏殿で自害しています(大内氏の滅亡に関しては天文20年(1551年)大内義隆が陶隆房(晴賢)謀反により自害した時点で実質滅亡している)。

また文化財的には元応2年(1320年)建立の仏殿が国宝に指定されています。

 

  長府毛利邸から「出て右手」に向かうと長府中学校の裏口からの道がありますが、

  そちらではなく道なりに左手に行くと功山寺の門前です。

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  門を入るとすぐ左手に地蔵堂があります。

  地蔵堂とは書いてありませんが・・。

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  ここでガ~ン!!となりました。

  山門が工事中。

  山門は功山寺のイメージの中心にある建物だけに、残念無念。

  ここまですでに門司港駅が工事中でしたが門司港駅は何度も訪れていてそんなにダメージは無かったのですが、功山寺の山門の工事はダメージが・・。

  事前にそんなに詳しく調べてこなかったのが失敗でした。

 

  山門は安永2年(1773年)建立。

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  山門が工事中なので隣接する長府博物館前から迂回して入ります。

  長府博物館は入場料 一般200円、大学生100円、高校生以下無料、70歳以上無料。

 

  和同開珎遺物、毛利家関連、維新資料等を中心として多数の資料が収蔵されています。

  建物は登録有形文化財。

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  功山寺建物配置図。

  実際の案内板は色が薄くて判りづらかったので、ソフトで修正してみました。

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  国宝仏殿。

  仏殿は元応2年(1320年)の建立。

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  仏殿の向かって右隣にある法堂。

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  その反対側にある輪蔵(経蔵)。

  寛政11年(1799年)の建立。

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  すぐそばに「高杉晋作回転義挙像」。

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  仏殿と法堂の間を登ると毛利家墓所があります。

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  中には入ることができませんが木戸に二カ所四角い窓?があり、

  そこから中がうかがえます。

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  長府毛利家墓所。

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  上から。右が仏殿、向こうに工事中の山門。

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  仏殿に向かって左側の登り道を行くと大内義長の墓があります。

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  大内義長主従の宝篋印塔(ほうきょういんとう)であると言われます。

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  功山寺を後にして長府毛利邸前から侍町と呼ばれる古江小路へ引き返します。

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  撮影 2014/07/26

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