« (フェリーを利用して)下関(山口県下関市)を散策(10) - 赤間神宮(あかまじんぐう)(2)平家一門の墓、芳一堂、安徳天皇陵 | トップページ | (フェリーを利用して)下関(山口県下関市)を散策(12) - 亀山八幡宮、旧英国領事館、旧秋田商会ビル、下関南部町(なべちょう)郵便局から門司港へ戻る »

2014年8月10日 (日)

(フェリーを利用して)下関(山口県下関市)を散策(11) - 春帆楼(しゅんぱんろう)と日清講和記念館、本陣伊藤邸跡

 

  私の住んでいる岐阜市では台風11号の影響のピークは過ぎたようです(17時現在)。
それでも強い風雨がまだときおり吹いたり降ったりしています。
皆さんの地域はどうでしょうか?

 

  さて、更新が滞ってしまいましたが、下関の散策の続き。

御祭神が安徳天皇である赤間神宮の西隣には日清戦争講和記念館とその清国との講和条約の締結会場である春帆楼があります。

春帆楼はふぐ料理の公許第1号店であることでも有名で、現在も割烹旅館として営業されています。

春帆楼の建物自身は1945年の空襲で失なわれています。

そして敷地内には日清講和記念館があります。

 

  春帆楼は工事中でその素顔を見ることはできませんでした。

Dsc03612

 

  門内に入り右手にある日清講和記念館。

  昭和12年(1937年)6月に下関条約の歴史的意義を後世に伝えるために開館しました。

 

  拝観は無料。

Dsc03615

 

  春帆楼と記念館の間には日本側の全権大使を務めた伊藤博文と陸奥宗光の胸像があります。

Dsc03618

 

  資料等の他に中央には当時の会議室が再現されています。

Dsc03620

Dsc03622

Dsc03624

 

  外に出て門外から右手に向かう道は李鴻章道と名付けられています。

  当時の清国側の宿舎である引接寺(いんじょうじ)との間を往復した清国側全権大使の李鴻章にちなんでいます。

Dsc03626

 

  再び下におり、見上げたところ。

Dsc03627

 

  一帯は本陣伊藤邸跡。

  説明板にあるように伊藤家は鎌倉時代から続く下関屈指の名家。

Dsc03628

Dsc03629

Dsc03630

 

  信号二つ目が唐戸の交差点で左手は唐戸市場。

Dsc03632

 

  唐戸市場の前には亀山八幡宮がありますが、その手前にある床居発祥之地碑。

Dsc03634

 

  亀山八幡宮に上ってみます。

Dsc03637

  撮影 2014/07/26

|

« (フェリーを利用して)下関(山口県下関市)を散策(10) - 赤間神宮(あかまじんぐう)(2)平家一門の墓、芳一堂、安徳天皇陵 | トップページ | (フェリーを利用して)下関(山口県下関市)を散策(12) - 亀山八幡宮、旧英国領事館、旧秋田商会ビル、下関南部町(なべちょう)郵便局から門司港へ戻る »

中国地方」カテゴリの記事

観光地」カテゴリの記事

歴史」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: (フェリーを利用して)下関(山口県下関市)を散策(11) - 春帆楼(しゅんぱんろう)と日清講和記念館、本陣伊藤邸跡:

» ケノーベルからリンクのご案内(2014/08/11 08:46) [ケノーベル エージェント]
岐阜市エージェント:貴殿の記事ダイジェストをGoogle Earth(TM)とGoogle Map(TM)のエージェントに掲載いたしました。訪問をお待ちしています。 [続きを読む]

受信: 2014年8月11日 (月) 08時46分

« (フェリーを利用して)下関(山口県下関市)を散策(10) - 赤間神宮(あかまじんぐう)(2)平家一門の墓、芳一堂、安徳天皇陵 | トップページ | (フェリーを利用して)下関(山口県下関市)を散策(12) - 亀山八幡宮、旧英国領事館、旧秋田商会ビル、下関南部町(なべちょう)郵便局から門司港へ戻る »