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2014年11月26日 (水)

晩秋の会津若松(福島県)を訪れる 2014年11月(9) - 飯盛山(白虎隊自刃の地)

 

  白虎隊は会津戦争(1868年)で会津藩が組織した少年による部隊で、16才から17才で構成されていました。

白虎隊は全部で343名からなり、飯盛山で自刃したのは戸ノ口原の戦いに投入された二番隊のうちの20人。

飯盛山まで落ち延びた20人は会津若松城を望み、その様子から落城したと誤認し自刃したとされています(生き残った飯沼の資料では城は焼け落ちていないことを知りつつ自刃したという。会津若松城はそれ以後1か月ほど持ちこたえています。)。

そして自刃した20人の内ただ一人蘇生し、維新後を1931年まで生きた飯沼貞吉が晩年になって飯盛山での白虎隊の出来事を明らかにし、白虎隊の悲劇的な結末が世の中に知られるようになり、それ が現在まで語り継がれています。

 

  飯盛山登り口。

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  石段の横には有料エスカレーターが設置されていました。

  大人250円。

  私はもちろん石段を登りました。

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  中間地点。

  エスカレーターの中間地点からは150円。

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  登りきると広場に。

  左手に白虎隊十九士の墓、右手に下りた場所が自刃の地。

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  右手に下りた場所が白虎隊自刃の地。

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  ここから会津若松城が望めます。

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  ポールの向こう側に鶴ヶ城(会津若松城)が見えます。

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  広場の左手に白虎隊十九士の墓があります。

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  白虎隊十九士の墓。

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  少し石段を下りた場所から右手に「さざえ堂」へ。

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  さざえ堂。

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  「さざえ堂は1706年に建てられたといわれる高さ16.5m、回廊の付いた六角三層の仏堂です。正面から螺旋状に右回りで上り、頂上の太鼓橋を越えると左回りの下りスロープになっていて背面出口に通じます。このような構造は木造建築として非常に珍しく、世界唯一の貴重な建物です。」

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  さざえ堂内部。2003年の写真。

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  さざえ堂から下に下ります。

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  山の中腹にもかかわらず豊富な水量の水路。

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  下まで下りると駐車場があるという事で途中から石段に戻ります。

 

  この後バス停から駅に戻り会津若松での観光は終りとしました。

  時間的な制約から多くの見どころを行き損ねましたが、十分に会津若山の秋を堪能しました。

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  会津若松駅に戻ってきました。

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  会津若松駅にて。

  郡山行き普通電車719系4両編成。

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  撮影 2014/11/08

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