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2015年1月22日 (木)

新年旅行 2015年1月(11) - 高松、坂出付近の雨中旅行(4) - 香川県立ミュージアムから石清尾八幡宮(いわせおはちまんぐう)

 

  五色台にある瀬戸内海歴史民俗資料館から高松市の中心部に入り昼食。

その後、香川県立ミュージアムでの日本伝統工芸展を鑑賞。

3時間近くかけてゆっくり鑑賞し、外に出るとあれだけ激しく降っていた雨も上がり薄暮となっていました。

 

  高松市には香川県漆芸研究所があり、全国的にも石川県立輪島漆芸技術研修所と共に稀有な文化的貢献がなされていますが、その研究所の前を通り、丹下健三の設計という香川県庁の前を過ぎ、さらに大通りに出て西に折れると残念なことになっている中野天満宮を横に見て石清尾八幡宮(いわせおはちまんぐう)に到着。

石清尾八幡宮(いわせおはちまんぐう)は高松市の氏神で新年には初詣の参拝客で賑わうそうです。

旧社格は県社でした。

祭神は足仲彦命(仲哀天皇)、誉田別命(応神天皇)、息長帯姫命(神功皇后)。

立派な神社です。

本殿と上拝殿は1986年の火災で焼失しましたが1989年に復旧。

石清尾八幡宮(いわせおはちまんぐう)ホームページ。

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  随神門。

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  随神門から下拝殿。

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  下拝殿。

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  灯篭は歴代松平家藩主による寄進とか。

Dsc07641

 

  随神門を振り返って。

Dsc07642

 

  下拝殿。

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  上に上拝殿と本殿があります。

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  境内北側にある絵馬堂。

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Dsc07655

 

  岩瀬尾八幡宮を後にして大雨に遭うという波乱に満ちた一日は終わりました。

  友人の車で再び丸亀まで送っていただき翌日は岐阜までユルユルと帰ります。

  途中久しぶりに明石城を訪れました。

Dsc07656

  撮影 2015/01/06

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コメント

瀬戸内海歴史民俗資料館についてですが、重要有形民俗文化財が2つありました。

瀬戸内海及び周辺地域の漁撈用具(1977年6月14日指定 生産、生業)
瀬戸内海の船図及び船大工用具(1993年4月15日指定 生産、生業)

加えてつい先日の1月16日(金)、文化審議会の答申で「西日本の背負運搬具コレクション」(310点)が国の重要有形民俗文化財に指定されることになりました。

うん、めでたい。

石清尾八幡宮についてですが、平安時代からの古社ですが、前に出てきた京兆家の祖細川頼之ネタを。

元将軍執事の細川清氏が、佐々木道誉の讒言から追われて南朝に下り、本拠地の阿波から讃岐に移ります。それに対して従弟の細川頼之が阿波守護となり、追討の命を受けて1362年五色台の白峰で戦い、清氏を討って阿波讃岐をまとめ、執事(管領)となります。

 1364年、頼之は讃岐・土佐の守護を兼ね四国管領に任じられます。四国統一のため、河野氏当主であった通朝とその父通盛を討ち、子の通堯は伊予から逃亡し、南朝に降ります。(以後通直)
 この時凱旋した頼之が4月3日に石清尾八幡宮に戦勝を感謝して祭りをおこなった右馬守市が今でも続いています。(現在は市立祭、5月2・3日日固定)

 1379年、細川頼之が康暦の政変で失脚すると、河野通直は伊予守護に任ぜられて北朝に寝返り、頼之討伐を命じられますが、讃岐に進軍中返り討ちに遭い討死します。
 子の河野通義は頼之と和睦し、以後伊予守護は河野氏の世襲となります。頼之も後に赦免され、弟の頼元が管領に、出家していた頼之はその後見として京に戻ります。この頼之、頼元の直系が細川京兆家となります。この段階で細川家は阿波・讃岐・土佐・丹波の守護となります。

投稿: tera2 | 2015年1月23日 (金) 20時51分

瀬戸内海歴史民俗資料館についてですが、重要有形民俗文化財が2つありました。

瀬戸内海及び周辺地域の漁撈用具(1977年6月14日指定 生産、生業)
瀬戸内海の船図及び船大工用具(1993年4月15日指定 生産、生業)
>後者については気付いていましたが前者は見落としていました。

「西日本の背負運搬具コレクション」
>こういうコレクションもあるのですね。
瀬戸内歴史民俗資料館は私の知っている限りでは稀有な資料館だと私は感じたのですが、末永く運営できれば良いですね。

細川家は四国で勢力を拡大し根拠地にしていく様が面白いです。
実を言うと室町時代の各家の推移というのが良くわからない。戦国時代の各家の興亡というのは割と知っている方ですが、中世になるとよほど意識的に調べないと分からない。
断片的にしか調べられないところが難しいです。

投稿: mino | 2015年1月24日 (土) 22時00分

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