« 2015年1月 | トップページ | 2015年3月 »

2015年2月

2015年2月27日 (金)

【塔】 (五重塔、三重塔、多宝塔他)を巡る(35)2003年10月 - 高山寺(こうざんじ 和歌山県田辺市)の多宝塔

 

  和歌山県田辺市の高山寺(こうざんじ)は真言宗御室派寺院。地元では弘法さんと呼ばれているそうです。

紀伊田辺へは紀勢線で和歌山から特急で約1時間15分、普通電車では御坊駅で乗り継ぐと2時間ほど。

田辺市は紀州藩付家老安藤氏の城下町として発展。田辺城の遺構としては一部の石垣と水門跡のみで、その水門跡を訪ねたのがこの旅行の趣旨でした。

当然高山寺も訪れることになりましたが写真が少なくいったい何を写しに行ったのかと思うほど。

現在でしたらもう少し詳しく写したのにと残念な気持ちでいっぱいです。

 

  下の地図には「高山寺」と「田辺城水門跡」が記載されています。

 

  いつもの「余湖くんのお城のページ」からの引用図。

  こうしてみると城ではあるのですが陣屋に近い。

Tanabewtyo

 

  現存遺構の水門跡。

  道路を挟んで会津川に通じています。

Img281

 

  高山寺の多宝塔。文化13年(1816年)の建築。

  高山寺案内図。(境内図)

Img273

Img276

Img277

Pa160008

 

  デジタルカメラとフィルムカメラの両方を利用の旅行でした。

Pa160006

  撮影 2003/10/16

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2015年2月26日 (木)

【塔】 (五重塔、三重塔、多宝塔他)を巡る(34)2012年4月 - 根来寺(ねごろでら 和歌山県岩出市)の大塔

 

  根来寺(ねごろでら)は新義真言宗総本山の寺院。

和歌山県の岩出市にあり徒歩旅行者のアクセスはバス。

JR和歌山線岩出駅、JR阪和線紀伊駅、JR阪和線和泉砂川駅、南海本線楢井駅がアクセスポイントです。

JR紀伊駅からは「粉河駅前行き」もしくは「近畿大学行き」で「根来」バス停下車徒歩20分。

このコースは「根来」バス停から根来の町並みを抜けて歩くので結構な風情を楽しむことができます。

南海本線楢井駅からJR阪和線和泉砂川駅を経るバスは「根来寺」バス停下車すぐと「岩出図書館」バス停下車10分。

「根来寺」バス停は基本的に寄り道なので寄らないバスの場合は「岩出図書館」バス停で下車します。

「岩出図書館」バス停から門前まで10分の距離ですが途中の大門や大門池など見どころもあるので足が強い人は歩くのが良いかも知れません。

特に桜の時期は歩いてみましょう。

和歌山バス那賀 岩出楢井線主要停留所時刻表。

和歌山バス時刻表検索および運賃検索。

運賃(2015年2月26日現在)

楢井駅前~岩出図書館(根来寺) 大人500円
砂川駅前~岩出図書館(根来寺)  大人460円

紀伊駅前~根来          大人350円
岩出駅前~根来          大人260円

 

  岩出図書館バス停付近の根来寺入口。

Dsc05246

Dsc05219

 

  根来の町並みを南に10分ほど歩くと県道7号線にある「根来」バス停へ。

Dsc05245

 

  大門。嘉永3年(1850年)再建。

Dsc05191

 

  途中の参道。桜の時期はできれば歩きたい。

  朝早くなので人通りは少なめ。

Dsc05231

Dsc05197

Dsc05200

Dsc05201

 

  大塔のある拝観区域はまだ閉まっており門の柵越しに撮影。

  バスの都合で開門前に引き返しました。

Dsc05203

Dsc05215

 

  以下は前回に訪れた2002年4月4日の写真。

 

  大塔。国宝です.

  文明12年(1480年)ごろ~天文16年(1547年)ごろに竣工。

Img929

 

  大伝法堂。文政10年(1827年)再建。

Img938

Img932

  最後の三枚を除き 撮影 2012/04/08

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年2月24日 (火)

【塔】 (五重塔、三重塔、多宝塔他)を巡る(33)2013年年9月 - 酒見寺(さがみじ、さがみでら 兵庫県加西市)の多宝塔

 

  酒見寺(さがみじ、さがみでら)は高野山真言宗のお寺。

兵庫県加西市にあり最寄りの駅は北条鉄道北条町駅(ほうじょうまちえき)です。

山陽本線加古川駅から加古川線で粟生駅(あおえき)に向かい、当駅で北条鉄道に乗り換え終点の北条町駅(ほうじょうまちえき)下車後徒歩約10分で門前に至ります。

酒見寺の隣には住吉神社、神社から北に向かうと五百羅漢(北条石仏)の羅漢寺があります。

北条の町は酒見寺、住吉神社の古くからの門前町、江戸時代には交通の要衝として栄え、小さいながらも文化の香りがする町です。

酒見寺の多宝塔は寛文2年(1662年)の再建で重要文化財に指定されています。

 

  北条町駅(ほうじょうまちえき)にて。

Dsc01275_2

 

  北条町駅。向かいの「アスティアかさい」の前から。

  駅前は県道23号線。

  駅から左に歩いて(北西方向)すぐの交差点を右へ。

  左手の角に銀行がありそこを左手に町並みに入ります。

  これで道なりに行くと酒見寺、住吉神社の前に至ります。

Dsc01280_2

 

  避難地図。

  北条町駅は地図とは異なり主要地方道三木・山崎線の手前にあります。

Dsc01285_2

 

  古い町並みを西方向へ。

Dsc01294_2

Dsc01371

 

  右手にいきなり楼門。文政8年(1825年)再建。

Dsc01366

 

  本堂(根本堂)。元禄2年(1689年)再建

Dsc01298

 

  本堂に向かい右手に多宝塔があります。

  寛文2年(1662年)再建。

  重要文化財に指定されています。

Dsc01300

 

  地蔵堂。

Dsc01301

Dsc01306

 

  引聲堂(いんぜいどう)。阿弥陀堂もしくは安産堂とも。

  「播州酒見念佛の道場」と案内板にあります。

Dsc01307

 

  本堂(根本堂)。元禄2年(1689年)再建。

Dsc01313

Dsc01315

Dsc01317

 

  鐘楼。寛文4年(1664年)再建。

Dsc01319

 

  住吉神社への石橋から。

  住吉神社の西から北に向かうと五百羅漢の羅漢寺があります。

Dsc01322

  撮影 2013/09/08

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年2月20日 (金)

【塔】 (五重塔、三重塔、多宝塔他)を巡る(32)1998年3月 - 長保寺(ちょうほうじ 和歌山県海南市)の多宝塔

 

  長保寺(ちょうほうじ)は和歌山県海南市の南部にある天台宗の寺院。

多宝塔を含む三棟の建築物が国宝に指定されています。また紀州歴代藩主の墓所があることでも有名なお寺です。

もう十数年前になる1998年の3月に訪れました。

最寄りの駅は下津駅(しもつ えき)で長保寺は歩いて30分足らずの距離の場所にあります(駐車場あり)。

山沿いにミカンの栽培が行われており、道路沿いの手の届くところにもミカンの木があったりミカンの無料販売所などが設置されていて30分近くも歩いたとは思わせないような飽きない道のりでした。

下調べもろくにできずに訪れたため現地に着いて紀州藩主歴代の墓所であることや多宝塔以外にも国宝の建物があることに驚いたことを覚えています。

国宝の多宝塔がある情報のみを頼りに訪れたのですが当時の情報に関する状況を鑑みれば仕方がないことでした。

徒歩、車以外ではタクシーのみ。

長保寺ホームページ。

 

  下津駅にて。1998年10月の写真。

  和歌山駅から紀勢線御坊方面に普通で25分ほど。

Img403

 

  大門。

Img049

 

  大門。

  南北朝時代の嘉慶2年(1388年)の建築で国宝。

Img047

 

  本堂と多宝塔。

Img051

 

  本堂。

  鎌倉時代の延慶4年(1311年)の建築で国宝。

Img060

 

  多宝塔は南北朝時代の正平12年(1357年)の建築で国宝。

Img061

 

  手前から多宝塔、本堂、護摩堂。

  拝観料は大人300円、小学生以下無料。

Img066

Img070

Img062

  撮影 1998/03/06

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年2月19日 (木)

【塔】 (五重塔、三重塔、多宝塔他)を巡る(31)2000年4月 - 霊山寺(りょうぜんじ 徳島県鳴門市)の多宝塔

 

 

  前回の宝福寺の記事で述べた同じ2000年春の旅行で訪れた霊山寺(りょうぜんじ)の多宝塔。

霊山寺は四国八十八箇所霊場の第一番札所でお遍路さんはここから霊場巡りを始めるのが普通です。

前年(1999年)の2月にも霊山寺を訪れましたが折り悪く多宝塔が工事中で翌年に再訪したのが2000年の春でした。

鉄道での最寄りの駅は高徳線の板東駅。

駅から霊山寺までは徒歩で10分ほどです。

 

  高徳線 板東駅にて。

  旅行二日目で徳島の瑞巌寺を訪れて後に霊山寺にやって来ました。

Img349

Img355

Img357

 

  山門(仁王門)。1999年2月16日撮影。

Img587

 

  内側から山門(仁王門)。同じく1999年2月16日撮影。

Img590

 

  本堂。

Img376

 

  大師堂。1999年2月16日撮影。

Img589

 

  多宝塔。

  応永年間(1394年 - 1428年)の建築。

Img370

Img374

 

  板東駅。1999年2月16日撮影。

Img593

  撮影 2000/04/06

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年2月18日 (水)

【塔】 (五重塔、三重塔、多宝塔他)を巡る(30)2000年4月 - 宝福寺(岡山県総社市)の三重塔

 

  2000年の春、桜の咲くころの4月上旬に四国徳島、中国吉備地方を訪れた旅行の際に宝福寺に立ち寄りました。

当時は大阪市在住でしたので和歌山港からの深夜便フェリー(南海フェリー)で徳島に早朝に着くと徳島、鳴門、板東の霊山寺(りょうぜんじ)等を徳島一泊を挟んで二日間で回り岡山へ。

岡山一泊のあと吉備地方をレンタサイクルで巡り最後に訪れたのが宝福寺でした。

レンタサイクルでの出発点はJR吉備線の備前一宮駅で終着は総社駅でした。

しかし宝福寺が近くにあることは事前に調査済みでしたので最後の総社市内でコースから外れ、総社駅から北に20分ほど走って宝福寺に寄り道をしました。

その後取って返し総社駅近くのレンタサイクル店で乗り捨て。

大変開放感あふれる旅として思い出に残っています。

 

  山門。

  総社駅から伯備線に沿う形で北上しレンタサイクルで15分から20分ぐらいで門前に着きます。

  位置は伯備線の西側になります。

Img451

 

  仏殿。

  臨済宗東福寺派の寺院で禅寺の雰囲気が伝わってきます。

  享保20年(1735年)の再建。

  室町時代に雪舟が少年時代に修行したお寺で「雪舟の鼠(ねずみ)」のエピソードでも有名です。

Img449

Img458

 

  三重塔。

  南北朝時代(1336–1392)の建築で国指定の重要文化財。

Img431

Img434

 

  2000年当時の総社駅。

  車両は井原鉄道(いばらてつどう)の気動車。

  井原鉄道は前年(1999年)1月に開業したばかりでした。

Img465

 

  同じく総社駅吉備線ホームのキハ40。

Img466

  撮影 2000/04/07

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年2月17日 (火)

【塔】 (五重塔、三重塔、多宝塔他)を巡る(29)2012年8月 - 長禅寺(山梨県甲府市)の三重塔、五重塔

 

  長禅寺(ちょうぜんじ)は山梨県甲府市にある臨済宗系の寺院で甲府五山のひとつ。

開基は武田信玄の実母で武田信虎の正室である大井夫人。夫人の菩提寺です。

 

  甲府城の天守台から甲府の町並みを睥睨しているとふと五重塔らしき建築物を見つけ、急きょ訪れることにしました。

甲府城跡の東端から北に歩いて踏み切りを渡り右手に線路に沿って行くと長禅寺前に至ります。

建築物は昭和20年の空襲で焼失し現在のものはその後再建されたということです。

 

  JRの踏み切りを北に渡ります。

  JR東海 身延線特急「(ワイドビュー)ふじかわ」373系。

Dsc01336

 

  左手に五重塔が見えるようになるとすぐに門前に。

Dsc01342

Dsc01345

 

  こちらが山門。

  工事中で右手に迂回。

Dsc01346

 

  縦に長く大きい梵鐘と真新しい鐘楼。

Dsc01350

 

  三重塔。昭和53年(1978年)建立。

Dsc01351

 

  後ろに五重塔が見えます。

Dsc01354

Dsc01355

 

  大井夫人霊廟。

Dsc01357

 

  大井夫人の墓所へ。

Dsc01360

 

  大井夫人墓所。

Dsc01362

Dsc01363

 

  五重塔。

  皆さんのブログでは建立年が1988年、1989年、1990年と別れており長禅寺のホームページも見つからず、wikiやその他の参考資料からも特定できませんでした。

Dsc01368

 

  本堂。

Dsc01373

Dsc01375

 

  途中で見える五重塔。

Dsc01377

  撮影 2012/08/23

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年2月15日 (日)

【塔】 (五重塔、三重塔、多宝塔他)を巡る(28)2008年4月 - 摠見寺(そうけんじ)の三重塔(安土城址内 滋賀県近江八幡市安土町)

 

 

  摠見寺(そうけんじ)の三重塔は安土城址の城郭内にあります。

御存じのように安土城は織田信長が1576年(天正4年)に築城し本拠としました。

本能寺の変(1582年6月21日(天正10年6月2日))後に焼失し1585年(天正13年)に廃城。

現在は城としては石垣などの遺構のみが残っています。

摠見寺(そうけんじ)も信長によって城郭内に建立され、三重塔、二王門、金剛力士立像などが残り重要文化財に指定されています。

 

  桜の見頃の4月に訪れました。

  安土山全景。

P4090022

 

  下の2枚は2010年7月の写真。

Pict0048

 

  東海道線を挟んで安土山と反対側にある観音寺城跡のある繖(きぬがさ)山。

  観音寺城は六角氏の本拠地で永禄11年(1568年)織田信長の上洛軍に攻められ開城、六角家は滅びました。

Pict0047

 

  安土城大手道。入山料大人500円、小人100円。

  2006年より総見寺が徴収するようになりました。安土山は摠見寺(そうけんじ)の敷地で私有地。

  初めて訪れた1999年には百々橋(どどばし)口から登り大手道を下りましたが、現在は出入口は大手道のみ。

  百々橋口からは迂回道で大手道の入り口に戻らなければなりません。

P4090035

P4090040

 

  天守跡の礎石。

P4090049

 

  織田信長公本廟。

P4090052

 

  西の湖。

P4090056_3

 

  百々橋口に下りる途中にある摠見寺(そうけんじ)三重塔。

  創建時に甲賀長寿寺より移築された享徳3年(1454年)建立の三重塔。

P4090057

P4090062

 

  さらに下ると二王門があります。

  元亀2年(1571年)建立。

P4090063

P4090064

 

  金剛力士立像は室町時代の作で三重塔、二王門と並び重要文化財に指定されています。

P4090067

 

  百々橋(どどばし)口。

  ここから向かって右手に迂回道があり大手道の出入り口に戻ります。

P4090076

  撮影 2008/04/09

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年2月13日 (金)

九鬼氏の波切(なきり)城址と大王﨑灯台を訪ねる(6) - 近鉄 賢島駅(かしこじまえき)にて

 

  鵜方駅からバスで大王崎灯台との間を往復してのち志摩線の終着駅である賢島駅(かしこじまえき)に向かいました。

スペイン村に行きたいとかリゾート地としての賢島を見たいということでは一切無く、ただただすぐ近くに終着駅があるのにこれを見逃す手はないという一点に尽きます。

そして駅上の喫茶店で海の方を眺めながらしばらくボンヤリと時間を過ごし、頃合いを見計らって名古屋行きの特急に乗り込みました。

名古屋には17時前に到着。

 

  賢島駅改札。

  プラットホーム5線満杯の状態。

Dsc07004

 

  一番手前の5番線のみホームの長さが2両分。

Dsc06987

 

  鵜方駅から乗車してきた普通電車は折り返し伊勢中川行きに。

  右は特急「しまかぜ」50000系。

Dsc06990

 

  さらにその右には特急「しまかぜ」50000系と到着したばかりの伊勢志摩ライナー23000系。

Dsc06994

 

  到着したばかりの伊勢志摩ライナーの右にも名古屋行き特急伊勢志摩ライナー23000系。

  この特急で名古屋まで乗車。

Dsc06996

Dsc07007

Dsc07012

 

  鳥羽あたりでしょうか?

  天気は上々でした。まだ帰るのは勿体無いくらい。

Dsc07018

 

  近鉄名古屋駅にて。

  賢島発14時40分、近鉄名古屋駅到着16時44分でした。

Dsc07024

  撮影 2014/12/29

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年2月11日 (水)

九鬼氏の波切(なきり)城址と大王﨑灯台を訪ねる(5) - 近鉄 鵜方駅(うがたえき 三重県志摩市)にて

 

  鵜方駅(うがたえき)は三重県の志摩市にある駅。

志摩市の市役所は鵜方にあり、近鉄のリゾート地である賢島(かしこじま)も志摩市に属します。

志摩市内へのバスは鵜方駅が便利で、大王崎灯台へも鵜方駅からのバスで向かいました。

英虞湾をを抱くように市域があり、半島の西の端の御座港と賢島港が高速船で結ばれているので鵜方駅~大王崎灯台~御座港~賢島港と一日かけて一周するのも一興です。

賢島の志摩スペイン村パルケエスパーニャなどと組み合わせると面白い旅行プランが立てられるでしょう。

もちろん鳥羽との組み合わせも良いですね。

 

  鵜方駅駅舎は橋上駅舎。

Dsc06792

 

  賢島発伊勢中川行き普通の到着。

Dsc06982

Dsc06985

  撮影 2014/12/29

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年2月10日 (火)

九鬼氏の波切(なきり)城址と大王﨑灯台を訪ねる(4) - 波切城址からバス停へ戻る

 

  仙遊寺から大王崎灯台、八幡さん公園こと波切九鬼氏城址を巡り「小さく一周」して元のバス停に戻ってきました。

その間1時間と少々。

波切神社など大きく一周するコースもありますが、バスで近鉄の鵜方駅まで戻ることにし大王崎灯台バス停に戻りました。

観光客は私の予想よりは多く意外でしたが、ほとんどの人が車で訪れた人ばかり。

私のようにバスで訪れた人は見かけませんでした。

鵜方駅~大王崎灯台バス停間は大人470円でした。

三重交通ホームページ。

 

  波切城址。八幡神社が鎮座しています。

Dsc06939

 

  土塁や石垣の石が遺構のように残っています。

  遺構なのかは判りません。

Dsc06943

 

  ここから下ります。

Dsc06947

 

  振り返って。

Dsc06949

 

  さらにお土産屋さんを眺めながらくだります。

Dsc06950

 

  これも振り返って。

Dsc06951

 

  西側の海辺に出ました。

Dsc06952

Dsc06955

 

  宝門の浜(ほものはま)と言います。

Dsc06953

 

  かなり浸食されています。

Dsc06956

 

  「小さく一周した」という意味が分かる案内図。

Dsc06959

Dsc06961

 

  雄大な海はこれが最後。

Dsc06964

 

  仙遊寺と波切港の最奥部を挟んである大王崎灯台バス停に戻ってきました。

Dsc06968

 

  あれっと凝視したのがこの洋館風建物。

  前面はお店ですがれっきとした洋館。

  旧山田銀行波切支店(坂中家洋館)だそうです。

  明治27年(1894年)の建築とか。

Dsc06970

 

  波切港の東側にある波切神社の鳥居。

  こちらへ行くと大きく一周することになります。

Dsc06974

Dsc06976

Dsc06979

 

  反対方向の御座港行きバスがやってきました。

  このバスに乗ると御座港で賢島行き高速船に30分ぐらいで連絡するはず。

  ただしここから御座港まで40分ほどかかりますが。

Dsc06980

  撮影 2014/12/29

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年2月 8日 (日)

九鬼氏の波切(なきり)城址と大王﨑灯台を訪ねる(3) - 波切九鬼氏の波切城址(なきりじょうし)

 

  大王﨑灯台から西方向に見える「八幡さん公園」こと波切城址は海に突き出た台地状の地形で大変特異に見えます。

今回、波切を訪れた印象では地元、特に仙遊寺を中心とした人々にとって戦国大名の九鬼氏、なかんずく九鬼嘉隆は出自不詳の人物であり、波切九鬼氏との関係は不明であるとする(もう少し強く言えば関係のない人物という)考えが垣間見えました。

 

  大王﨑灯台から「八幡さん公園」こと波切城址。

Dsc06890

 

  大王﨑灯台は登録有形文化財に登録されています。

Dsc06897

 

  波切(なきり)あたりが強調されている案内図。

Dsc06898

 

  実際の地図。

  鵜方駅からのバスは大王崎から西に御座(ござ)まで向かい、英虞湾に面した北側の御座港が終点。

  路線バスは地図の黄色い志摩バイパスでは無く半島の南側に沿った生活道路を走ります。

  また終着の御座港と近鉄志摩線終着駅の賢島駅すぐ近くの賢島港とは高速船で結ばれています。

 

  灯台から西に下るとお土産屋さんのお店が並んでいます。

  真珠の宝飾品や海産物が主な商品でした。

  この日は観光客もそこそこの数でした。

Dsc06900

Dsc06901

 

  商店街を抜けて振り返ったところ。

Dsc06902

 

  その先に波切城址の八幡さん公園が見えます。

Dsc06903

Dsc06904

 

  波切九鬼城址の碑。

Dsc06905

 

  土塁や石垣の石とも見られるものが残っています。

  遺構なのかどうかは判りません。

Dsc06908

Dsc06910

 

  城址とされる全体。

  海に向かって緩やかに傾斜しています。

Dsc06939

 

  八幡神社。

  八幡神社が鎮座しているので八幡さん公園というようです。

Dsc06911

 

  波切城址(八幡さん公園)から大王﨑灯台。

Dsc06921

 

  画家のモニュメントと大王﨑灯台。

Dsc06926

 

  八幡さん公園から西の方向。

Dsc06930

 

  先ほど大王﨑灯台からやって来た道。

  この手前を左へ下り、バス停に向かいます。

Dsc06946

  撮影 2014/12/29

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2015年2月 7日 (土)

九鬼氏の波切(なきり)城址と大王﨑灯台を訪ねる(2) - 大王﨑灯台にて

 

  仙遊寺から南に坂道を登ると太平洋に面した高台に出ます。

右手には大王﨑灯台。

右手の石段を登り灯台に向かいます。

 

  大王﨑灯台は「日本の灯台50選」に選ばれています。

  たいそう雄大な眺めです。

Dsc06843

 

  灯台と反対側。

Dsc06845

 

  崖下には今にも浸食されそうな砂浜があります。

Dsc06846

 

  須場の浜といいます。

Dsc06847

 

  石段を右手に登っていきます。

Dsc06849

Dsc06850

 

  大王崎灯台ミュージアムは大人200円。小学生以下は無料です。

  灯台見学もこれに含まれます。

Dsc06852

 

  ミュージアムは灯台の仕組みや歴史がメイン。

Dsc06853

Dsc06867

Dsc06872

Dsc06874

 

  灯台の螺旋階段を上ります。

Dsc06876

 

  だいぶ登ったと思ったら中間地点の案内。

  考え方によって人それぞれだと思いますが、私はまだ中間地点かとガッカリしました。

Dsc06877

 

  波切港(なきりこう)と赤い屋根の仙遊寺。

  仙遊寺には波切九鬼氏(なきり くきし)五代の五輪塔があります。

Dsc06881

Dsc06882

 

  強風に吹き飛ばされそうになりながら雄大な太平洋を望みます。

Dsc06883

 

  西方向に見える波切城址。

  八幡さん公園と名付けられています。

  先端方向になだらかに傾斜しています。

Dsc06884

  撮影2014/12/29

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年2月 6日 (金)

九鬼氏の波切(なきり)城址と大王﨑灯台を訪ねる(1) - 仙遊寺(波切九鬼氏5代の五輪塔)

 

  去年(2014年)の暮れも押し迫った12月29日に三重県志摩半島にある波切(なきり)九鬼氏の波切城址と波切九鬼氏5代の五輪塔のある仙遊寺を訪れました。

すぐ近くには大王﨑灯台がありそちらも合わせて訪れました。

 

  近鉄名古屋駅を特急で8時過ぎに出発、最寄りのバスが出ている鵜方駅(うがたえき)に10時過ぎに到着。

40分ほどの待ち合わせで御座行きのバスに乗車し19分で大王崎灯台バス停に到着し下車。

バス停は波切港の横にあり、右手から漁港の最奥部を向こう側に歩いて行くと仙遊寺があります。

そこから南に坂を登ると海が見渡せる防波堤沿いの道に至ります。

 

  鵜方駅(うがたえき)。

  近鉄志摩線の駅。鳥羽からさらに南にあり、終点の賢島まではすぐ。

Dsc06793

 

  駅前には三重交通のバス乗り場があります。

Dsc06797

 

  御座港(ござこう)行きバス。

Dsc06800

 

  大王崎灯台バス停に到着。

  バスは西に方向を変え英虞湾を望む御座港まで40分以上の道のり。

  御座港からは対岸の賢島港への高速船が運行されています。

Dsc06801

 

  波切港は北東に向かって開いています。

Dsc06802

 

  港の最奥部。

  山影から大王崎灯台が覗いています。

Dsc06804

 

  港の最奥部の反対側、東側に仙遊寺があります。

Dsc06807

 

  入って左手に木戸があります。

  お寺の方でしょうか、私に気付いてここを開けて下さいました。

Dsc06826

 

  木戸を入って左側に波切九鬼氏5代の五輪塔があります。

Dsc06808_2

 

  【説明板全文】

16世紀初期、尾鷲市九鬼の城主隆長の弟隆良が、波切郷士の川面道三を頼って波切へやって来て道三の娘婿となり、波切村の主に推戴されました。

そして大王崎灯台の辺りに城を築き、次第に勢力を伸ばしました。

三代目隆次・四代目泰隆は、加茂田城にまで進出しました。

そして嘉隆の時には織田信長・豊臣秀吉に従い志摩を手中に収め、鳥羽城を構築し九鬼水軍として名を広めました。

しかしこの嘉隆、出自不詳。

寛政系譜では、波切九鬼の五代目定隆の子として系図を作ったので世間ではそれを用いておりますが、史実ではありません。

当仙遊寺では隆次が開基であり、五基の五輪塔が安置されています。

その中で隆次と泰隆の塔には法名命日が明記されています。

Dsc06811

Dsc06816

 

  右から定隆(5代)泰隆(4代)隆次(3代)隆基(2代)隆良(初代)。

  この情報は他のブログからの引用で当地では明確に書かれていません。

  ただ、説明板にもあるように隆次と泰隆の五輪塔には法名と命日が刻まれています。

Dsc06822_2

 

  庭の奥から。

Dsc06823

 

  一旦外に出て道を奥へ。

Dsc06829

 

  九鬼氏の家紋七曜。

Dsc06830

Dsc06832

 

  入口右手の祠。

Dsc06835

 

  波切港(なきりこう)を振り返って。

Dsc06836

Dsc06839

 

  南に坂があります。

Dsc06840

 

  太平洋と大王﨑灯台。

Dsc06843

  撮影 2014/12/29

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年2月 5日 (木)

新年旅行 2015年1月(16) - 倉敷駅、岡山駅にて

 

  倉敷の伝統的な街並みを散策してのち四国に向かう途中の倉敷駅と岡山駅にて。

滞在時間が短く数枚の中からの駅撮り。

 

  倉敷駅にて。

  三原行き普通213系電車。

Dsc07355

 

  岡山駅にて。

  快速マリンライナーの到着。

Dsc07357

 

  折り返し高松行きとなります。

  高松方向の先頭車を含む3両はJR四国の5000系。

  先頭車の2階はグリーン席、1階は普通車指定席となっています。

Dsc07359_2

  撮影 2015/01/05

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年2月 3日 (火)

新年旅行 2015年1月(15) - 明石城(兵庫県明石市)(3) - 本丸から二ノ丸、東の丸 明石駅に戻る

 

  新年旅行の様子を書いてきましたが、もう2月に突入しここらで終わりにします。

  四国から帰途の途中で明石城を訪れたわけですが、その明石城の二ノ丸から東ノ丸を回って明石駅に戻るまで。

下の案内板で現在地の赤丸から東へ向かい東ノ丸から公園外に出てお堀沿いを駅へと辿るコースの様子です。

Dsc07803

 

  明石城の主郭部分。

Dsc07807

 

  いつもの「余湖くんのお城のページ」からの引用図。

  曲輪の呼称が案内板と異なりますが城の縄張りなどは参考になります。

Akasityo

 

  本丸内の見晴台から巽櫓(たつみやぐら)。

Dsc07782

 

  本丸の四隅には四基の三重櫓が存在したそうで、現在残っているのが巽櫓と坤櫓(ひつじさるやぐら)。

  そして東北隅にあった艮櫓(うしとらやぐら)の跡。

Dsc07784

Dsc07785

 

  巽櫓。

Dsc07791

 

  巽櫓の下から、二ノ丸に向かいます。

Dsc07783

 

  本丸と二ノ丸の間は細くくびれています。

Dsc07792

 

  くびれた部分から二ノ丸の石垣北側。

Dsc07794

 

  ここから南側の大きな広場に下りる道があります。

  いつもはここから帰ってしまっていましたが、今回はさらに東に向かいました。

Dsc07795

 

  二ノ丸の北側は石垣となっていますがそれを二ノ丸内から。

Dsc07797

 

  同じく。

Dsc07799

 

  本丸の巽櫓を振り返って。

Dsc07808

 

  二ノ丸と東ノ丸の間の石垣。

  このあたりに二ノ丸と東ノ丸との間の門があったのでしょう。

Dsc07810

Dsc07813

Dsc07814

 

  東ノ丸から二ノ丸南側の石垣とくびれの部分から下に降りる通路。

Dsc07816

Dsc07818

 

  こちらから東ノ丸の外へ。

Dsc07825

 

  東ノ丸の虎口。

Dsc07826

 

  本丸下の北側にあった桜堀はここまで延びてきています。

  下に降りると石垣の下を西に戻ることができそうです。

Dsc07827

 

  桜堀の東端。わずかに水面が見えます。

Dsc07828

 

  その東には薬研堀があります。

Dsc07830

 

  もう一回東ノ丸の虎口を振り返って。

Dsc07835

 

  左側が箱堀。西を振り返って。

  この場所はまだ高い位置にあり、階段を利用して下のお堀端まで下ります。

  住宅街がすぐそばまで迫っており、お堀端に下りる階段は生活通路の趣です。

Dsc07842

 

  お堀端までおりてきました。

  本丸南側の大広場への東入り口。

Dsc07855

 

  西へ振ると最初のお堀端です。

  西に向かって明石駅へ戻りました。

Dsc07853

  撮影 2015/01/07

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2015年1月 | トップページ | 2015年3月 »