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2015年3月

2015年3月31日 (火)

近場の桜 (岐阜市)2015年(1) - 岐阜公園と長良川堤の桜 岐阜公園

 

  明日からは天気が崩れるとの情報を得て近場の桜を見に出かけました。

岐阜市内の桜であれば岐阜公園と長良川堤の桜。

桜はほぼ満開でした。

天気の具合から今日を逃せば今季は見逃しそうで、特に岐阜美濃地区、愛知県などは開花も早く、今日が良い状態の花見の最後とばかりに出かけました。

 

  岐阜市歴史博物館と噴水。

  「岐阜公園歴史博物館前」バス停下車ですとここから公園内に入るのが普通。

  駅方面への「岐阜公園歴史博物館前」バス停バスは博物館前にあります。

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  噴水の前あたりから見える岐阜城。

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  奥に板垣退助の銅像があります。

  現在のものは1955年に再建されたもの。

  ここから公園内を順に北に歩いて行きます。

  石段は信長居館跡の上に出ます。

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  すぐに織田信長居館跡。

  冠木門(かぶきもん)は模擬門です。

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  やはり右手にロープウェイ乗り場があります。

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  三重塔は工事中。

  宗教的な三重塔ではなく大正天皇御大典を記念して1916年(大正5年)に建立されたもの。

  登録有形文化財の朱色の三重塔は公園内で一つのアクセントとなっています。

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  公園横の道路にある枝垂桜。

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  県道287号線を跨いだ歩道橋から。

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  歩道橋から先ほどの枝垂桜。

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  同じく岐阜公園総合案内所と駐車場。

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  公園の北側の中国式庭園へ向かいます。

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  撮影 2015/03/31

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京都散策(桜はつぼみ)3月26日(5) - 二条城を散策(3)本丸から内堀の外を唐門まで戻る

 

 

  二条城の散策も本丸外の西から南を歩いて元の二の丸御殿の入り口である唐門に戻り終わりとしました。

天守台の内堀を挟んで南側にある梅林も七分咲きで余りパッとせず、いつも裏切られる元離宮二条城の梅林。

二条城のホームページのうち城内マップ。

 

  いつもの「余湖くんのお城のページ」からの引用図。

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  旧桂宮邸を明治時代に本丸内に移築した本丸御殿、その玄関。

  したがって本来は徳川家の二条城とは関係の無い建築物です。

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  本丸の西側に出ます。

  こうして見ると本丸全体が少し高みにある事が分かります。

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  西北土蔵(重文)。

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  本丸出口を振り返って。

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  本丸西南隅にある天守台。

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  橋のたもとのトイレの横、その南側に残っている旧二条城の石垣。

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  梅林から天守台。

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  同じく天守台。

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  梅は紅梅も白梅もありますが全体に咲いている部分が少なくもう一つでした。

  七分咲きと言うことです。

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  南中仕切門(重文)。

  南中仕切門をくぐり桃山門の横を過ぎ行くと二の丸の外南側に至ります。

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  その途中にある南門。

  この外は外堀です。

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  唐門に戻ってきました。

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  京都タワー。

  地下鉄東西線二条城前駅から烏丸御池駅で烏丸線に乗り換え京都駅へ。

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  京都駅駅舎内。

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  撮影 2015/03/26

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2015年3月30日 (月)

京都散策(桜はつぼみ)3月26日(4) - 二条城を散策(2)本丸 天守跡と本丸御殿など

 

  現在の二条城は慶長8年(1603年)に落成した江戸時代の築城によるものです。

それ以前にも信長などの二条城が存在しました。

それらの旧二条城時代の遺構としては本丸外の西に残る石垣跡があります。

二条城はもともと徳川家康が京に滞在中の宿所として築城されました。

その後は歴代将軍が京に滞在するおりに利用するべく宿所としての役割を担っていましたが実際に利用されたのは江戸初期(寛永11年(1634年)に三代将軍家光の入洛以後幕末まで絶える)と幕末の一時代のみでした。

 

  いつもの「余湖くんのお城のページ」からの引用図。

  二条城ホームページの城内マップ。

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  本丸櫓門(重文)から本丸内に入ります。

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  その前から右手方向(北)にある鳴子門。

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  左手方向(南)にあるのは桃山門(重文)。

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  本丸内から本丸櫓門を振り返って。

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  本丸御殿のうち御常御殿(重文)。

  本丸御殿は旧桂宮邸を明治時代に現在の場所に移築したもので二条城とは本来関係のない建築物。

  本丸御殿全体が重文に指定されていますが耐震性に問題ありとして2007年以来公開されていません。

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  左手に本丸庭園を見てその奥に天守台があります。

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  天守台から内堀北の方。

  天守台は本丸の西南隅に位置します。

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  下に見える西南土蔵(重文)。

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  橋の向こうに見えるのが西北土蔵(重文)。

  内堀に架かる橋の外側にはトイレ、休憩場、自動販売機などがあります(無人)。

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  内堀の東方向。

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  本丸御殿の御常御殿と御書院の建物。

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  本丸御殿玄関。

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  撮影 2015/03/26

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2015年3月29日 (日)

京都散策(桜はつぼみ)3月26日(3) - 二条城を散策(1)二の丸御殿と二の丸庭園

 

  南禅寺を散策の後再び地下鉄蹴上駅(けあげえき)に戻り西に向かって乗車。

地下鉄東西線の終点は天神川で地上に上がると嵐電の嵐電天神川駅があります。

これを利用すると太秦から嵐山へ至り、途中の帷子ノ辻駅(かたびらのつじえき)乗り換えで北野白梅町へ向かうと北野天満宮に至ります。

嵐山や嵯峨野は次の機会ということで今回は途中の二条城前駅で下車し、久しぶりに二条城を訪れました。

 

  いつもの「余湖くんのお城のページ」からの引用図。

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  地下鉄出入口を地上に出ると東南隅櫓があります。

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  その向こうに東大手門が、と思ったら工事中。

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  2010年3月撮影の東大手門。

  東南隅櫓、西南隅櫓などと共に重要文化財に指定されています。

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  門を入ると番所。現存遺構。

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  二の丸御殿への入り口の唐門。

  国宝かなと思ったら重文でした。

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  国宝の二の丸御殿。

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  車寄から入ります。

  二条城の拝観料は大人600円。

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  唐門内側から。

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  撮影禁止で内部の写真はありません。

  京都は外国人の観光客がどこも多いですね。

 

  御殿の西側にある二の丸庭園へ。

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  二の丸御殿の西側に沿って北に歩きさらに西にある本丸へ。

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  本丸櫓門から本丸に入ります。

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  撮影 2015/03/26

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2015年3月28日 (土)

京都散策(桜はつぼみ)3月26日(2) - 南禅寺を散策

 

 

  南禅寺は臨済宗南禅寺派大本山の寺院。

応仁の乱で全山焼失し再建が進んだのは江戸時代になってから。

家康の側近として活躍した金地院崇伝が入寺してからでした。

金地院は崇伝が住したことで知られる塔頭です。

 

  金地院手前からインクラインのトンネルを振り返って。

  この写真のみ2009年の10月末のもの。

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  金地院内にある東照宮の門。

  拝観時に東照宮も同時に拝観できます。

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  金地院入口。

  庭園だけではなく絵画等の国宝他の文化財を多数保持している塔頭です。

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  南禅寺の参道に抜けて振り返ったところ。

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  駐車場わきに南禅寺の中門があります。

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  中門の左、駐車場に面してある勅使門。

  寛永18年(1641年)、御所の日ノ御門を移築したものという(Wikiより)

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  中門から中に入ります。

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  三門。

  寛永5年(1628年)の建築で重文。

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  法堂。

  明治時代に焼失し現在の建物は明治42年(1909年)の再建。

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  境内を流れる水路閣。

  琵琶湖疎水の一部。

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  上に登ってみると現在も水量豊富に流れていました。

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  国宝方丈。

  慶長16年(1611)御所の建物の下賜を受けて再建されたもの(南禅寺ホームページより)。

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  鹿ケ谷通にある北門を振り返って。

  北方向に行くと永観堂があります。

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  北門北の龍渕閣、方丈に通じる小路から鹿ケ谷通を。

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  撮影 2015/03/26

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2015年3月27日 (金)

京都散策(桜はつぼみ)3月26日(1) - 蹴上(けあげ)のインクライン(傾斜鉄道)

 

  京都駅の一つ手前の山科駅で京阪大津線の電車に乗り換え、地下鉄乗り入れ後に蹴上駅(けあげえき)で下車。

蹴上駅は南禅寺や金地院、永観堂への最寄りの駅となります。

その南禅寺への途中にあるインクラインをまず訪れました。

南禅寺界隈を前回訪れたのは2009年の秋で、紅葉がまだまったく色づいておらずガッカリしたのを思い出しました。

今回は桜が中途半端な時期でしたがさくらのつぼみはピンク色に膨らんでおり一斉の開花はもうすぐでしょう。

 

  三条通りが南北に方向を変えるあたりの東側にあるインクライン。

  これを東にくぐると金地院、南禅寺へ通じています。

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  トンネル越しに見える地下鉄蹴上駅(けあげえき)の西側の出入り口。

  向こうの出口に出ると大変です。

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  近代化産業遺産に指定されているインクライン。

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  桜満開であればという思いです。

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  上流側のインクライン。

  こうして舟を乗せて運びます。

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  上流の奥。

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  琵琶湖疎水は琵琶湖の湖水を京都に運び主に水道用水に使用されましたが、水力発電、灌漑、工業用水にも利用されました。

  また疎水を水運として利用し、蹴上や伏見のように落差のある場所にはインクラインが設置されました。

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  田辺朔郎像。

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  田辺朔郎(たなべさくろう)は土木工学者で琵琶湖疎水を建設し、のちに日本で初めての水力発電所である蹴上発電所を建設。

  その碑。

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  撮影 2015/03/26

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2015年3月26日 (木)

大垣駅にて2015年3月 - 京都への途次

 

  前回に続いて京都を散策。

その京都への途次、大垣駅での乗り継ぎ待ちの30分ほど。

寒の戻りで朝晩は冷えましたが日中は汗ばむ陽気でした。

桜はどこもつぼみが膨らみ色づきつつありますがまだまだ。

一方梅はもう終わり、もしくは遅咲きが多少と言うところで、どちらにしてもどっち付かずの旅行となりました。

 

  大垣駅駅舎の窓から見える伊吹山。

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  L特急「しらさぎ2号」681・683系名古屋行き。

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  L特急「しらさぎ1号」681・683系金沢行き。

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  同じく大垣駅駅舎窓から伊吹山と「しらさぎ1号」。

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  撮影 2015/03/26

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2015年3月23日 (月)

岐阜駅にて2015年3月 - 京都からの帰り

 

 

  京都付近の事故の為に大津市内で足止めを食い目的地の大阪城行きを諦め京都、大津市内を放浪し帰ってきた岐阜駅。

最近では長時間にわたる駅撮りは歓迎されない雰囲気を感じるので早めに切り上げましたが、それでも高山線のキハ75形を確認できただけでも収穫でした。

 

  5番線浜松行き普通の出発待ち。

  昼間帯の普通電車は岐阜始発で名鉄特急の客を奪おうという戦略。

  この戦略は奏功し座って名古屋へ行きたい人はJR普通を利用する人もいます。

  名鉄特急の岐阜~名古屋間は所要28分、運賃550円。JR普通の岐阜~名古屋間所要27分、470円。

  ちなみにJRの快速、新快速系の所要時間はほぼ20分。ただし岐阜からも名古屋からも座れない場合がある。

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  1番線から見える名鉄岐阜駅。4線あります。

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  1番線を通過の貨物列車。

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  折り返し美濃太田行きとなるキハ75形。

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  5番線 岡崎行き普通311系の出発待ち。

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  撮影 2015/03/17

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2015年3月21日 (土)

岐阜駅にて2015年3月 - 高山線キハ75形

 

  3月のダイヤ改正に伴って高山線にやってきたキハ75形。

すでに以前からキハ25形の姿は見かけていましたがこの日の京都からの帰りにキハ75形を初めて見かけました。

 

  東海道線の上り1番線ホームからの岐阜城。

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  しばらくしてキハ75形が到着しました。
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  武豊線電化に伴う車両配置ですが一時は高山線にはキハ75形は来ないとも聞いていましたが。

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  撮影 2015/03/17

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2015年3月20日 (金)

18きっぷで放浪(3) - 山陰線花園駅で下車 妙心寺へ

 

  大阪城を訪れる途中で事故に遭遇し大津市内で足止めを食い、一転して大阪城を訪れるのはあきらめ放浪の旅となりました。

最後にやってきたのは京都駅山陰線ホーム。

嵯峨嵐山方面に向かい途中の花園駅で下車。

花園駅のすぐ北にある妙心寺を訪れ境内の主な部分のみを散策して帰ってきました。

 

  妙心寺は臨済宗妙心寺派大本山の寺院で境内には多くの塔頭がひしめき合っている広大なお寺です。

花園駅からは数分で南総門に至ります。

拝観の中心部分である勅使門、三門、仏堂、法堂、方丈が南北に直線的に並んでいます。

妙心寺には2012年の3月に訪れたことがあり、その際に特別拝観も含めてすべて拝観したので今回は堂内拝観は省略しました。

北に歩いて行くと北総門がありその先に嵐電北野線の妙心寺駅があります。今回はこれも省略。

 

  亀岡行き普通で出発。

  嵯峨野線(山陰線)はかなり以前に複線化が終わり、奈良線に比べれば格段に便利となりました。

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  花園駅にて。

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  駅前の広い道路を東に歩いて行くと北に湾曲し総門の前に。

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  南総門の左側にある勅使門。

  慶長15年(1610年)建立。重文。

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  南総門。

  慶長15年(1610年)の建立。重文。

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  大変広大な境内です。

  妙心寺ホームページの山内図。

 

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  こちらの方が判りやすいでしょうか。

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  勅使門を内側から。

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  三門(山門)。慶長4年(1599年)建立。重文。

  特別拝観で登ることができます。

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  手前仏殿、向こう法堂(はっとう)。

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  拝観対象の浴室。

  明暦2年(1656年)の建立。重文。

  三門の東側にあります。

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  経蔵。

  寛文13年(1673年)の建立。重文。

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  退蔵院は山内塔頭の一つ。

  「妙心寺の塔頭は48箇院に及び、うち山内塔頭38箇院、境外塔頭は石庭で著名な龍安寺を含め10箇院を数える。(Wikiより抜粋)」。

  龍安寺は妙心寺の塔頭の一つなんですね。

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  三門の北側から。

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  仏殿。

  文政10年(1827年)の建立。重文。

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  法堂(はっとう)。

  明暦2年(1656年)の建立。重文。

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  法堂(はっとう)北側から。

  回廊を通じて方丈とつながっています。

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  方丈玄関。

  全体の拝観受付はこちらで。

  入ると右手に庭園があります。

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  北総門と嵐電北野線妙心寺駅。2013年3月撮影。

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  京都駅に戻ってきました。

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  岐阜へ帰ります。

  冠雪した伊吹山。

  近江長岡~柏原間車内から。

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  撮影 2015/03/17

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2015年3月18日 (水)

18きっぷで放浪(2) - 京阪電車、JR奈良線と放浪

 

  事故に遭遇して大阪城行きを諦めて始まった放浪旅。

京阪大津線の浜大津から京都地下鉄三条京阪駅に向かい京阪電車三条駅から再び大阪へ行こうと企むも早くも七条駅で心が折れて下車。

久しぶりに京阪特急に乗ってみたい誘惑に駆られて乗ってはみたものの大阪は遠いとの気持ちが出て心が折れました。

とにかくこの日は調子が悪い。

後続の準急電車で東福寺駅で下車、JRに乗り換え。

今度はJR「みやこ路快速」で奈良方面へ行ってみようと企むも満員で座れず再び心が折れ六地蔵駅で下車、引き返すことに。

う~む、調子が悪い。

という事でJRの奈良線から京都駅山陰線ホームまで来たところ。

 

  少し修正した写真。七条駅にて。京阪特急8000系電車。

  京阪特急は無料特急としては内装が豪華。

  座席も無料にしては重厚で無料特急では好きな特急です。

  わずか数分しか乗れませんでしたが久しぶりの京阪特急でした。

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  後続の準急電車で東福寺駅へ。

  一旦外に出てJRの東福寺駅に入場。利用している切符は「ICOCA」カードと青春18きっぷ。

  東福寺駅にて、京都行き普通 まだまだ元気な103系電車の到着。

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  東福寺駅にて。

  奈良行き「みやこ路」快速221系電車。

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  京都駅にて。

  六地蔵駅から引き返して京都駅に到着し、次は山陰線で嵐山、嵯峨野方面に行こうと企てる。

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  山陰線特急「きのさき7号」城崎温泉行287系電車。

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  撮影 2015/03/17

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2015年3月17日 (火)

18きっぷで放浪(1) - 浜大津駅(滋賀県大津市)にて

 

  青春18きっぷを利用して大阪方面に向かう途中事故に遭遇して大津市内で足止め。

このため大阪城を訪れる予定はキャンセルして乗り鉄旅行に変更を余儀なくされました。

石山駅から京阪石山駅で京阪電車に乗り換え浜大津へ。

京都市内の地下鉄三条京阪駅へ向かうべく浜大津駅での電車待ちの間の写真。

以後、放浪旅行となりました。

 

  石山坂本線の石山寺行きが去っていきます。

  600形「中二病」ラッピング電車

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  京都市営地下鉄乗り入れの800系電車が到着。

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  石山坂本線の近江神宮前行き600形の到着。

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  京阪特急色の600形石山寺行き。

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  800系電車は浜大津駅を出発するとしばらく道路との併用軌道を行きます。

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  山科駅近くの専用軌道にて。

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  撮影 2015/03/17

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2015年3月16日 (月)

【塔】 (五重塔、三重塔、多宝塔他)を巡る(40)2004年8月 - 大法寺(だいほうじ 長野県小県郡青木村)の国宝三重塔

 

  大法寺は長野県青木村にあります。

青木村はは上田市の西にあたり上田駅から千曲バス青木線で「当郷」(とうごう)バス停下車、大法寺はそこから歩いて15分。

バス運賃は上田駅~当郷間580円(2015年3月現在)。

バス時刻表。

千曲バスのホームページ。

 

  2004年の夏の旅行で小諸から上田市の「信州の鎌倉」と命名された塩田平の古寺を巡った際に立ち寄りました。

大阪在住時代でしたので大阪から大垣に向かい大垣から「ムーンライトながら」であくる朝東京に到着。

高崎線で高崎、そして信越本線で横川に向かいJRバスで碓氷峠を越え横川から軽井沢へ。

しなの鉄道で小諸へ向かい一日目は小諸観光。

二日目に「信州の鎌倉」と呼ばれる上田市の塩田平を巡り最終日の三日目に青木村の大法寺を訪れました。

細かい旅程は忘れましたが最終日は天気がすぐれず、大法寺を訪れるのは諦めて上田から篠ノ井駅に至り後は松本行きに乗車するばかりでした。

しかし徐々に天気が好転し、ここでかなり迷いました。

もしこの機を逃せば二度と訪れることがない可能性がある、そう考えて意を決すると上田に引き返しバスに飛び乗りました。

バスが1時間に1本あるのが救いで、上田駅出発のバスで当郷(とうごう)バス停まで30分足らず。

バス停から大法寺まで陽が照つけるなか田園地帯を歩いて大法寺に着いたのはお昼頃でした。

ただ残念なのはもう少し多くの写真を撮っておくべきでした。


 

  大法寺三重塔。

  正慶2年(1333年)建立。

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  撮影 2004/08/05

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2015年3月14日 (土)

【塔】 (五重塔、三重塔、多宝塔他)を巡る(39)2007年11月 - 鶴林寺(かくりんじ 兵庫県加古川市)の三重塔

 

 

  兵庫県加古川市の鶴林寺(かくりんじ)は多くの文化財を有する播磨地方の寺院です。

そんなうわさと三重塔の存在に誘われるように訪れたのは11月の晩秋でした。

阪神梅田駅から山陽電鉄を経て姫路まで運行される山陽電車の直通特急での旅。

山陽電車での旅行はこれが初めてでした。

鶴林寺はJRの加古川駅からも山陽電車からもそこそこの距離にあり、徒歩ですとJR加古川駅からは30分、山陽電車の尾上の松駅からだと15分ちょっと

しかし当日は道順を間違えたのか、意外に時間が掛かってしまいました。

そして今考えても残念なのは何故もっとたくさんの写真を撮らなかったのかという事。

デジタルカメラなので一杯撮れば良かったのにと思うのですが、フィルムカメラ時代の感覚が残っていたのかも知れないですね。

 

  阪神梅田駅の直通特急。山陽電車の車両で5000系。

  高砂駅まで乗車しました。

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  高砂駅にて。

  「スルッとKANSAI 3dayチケット」秋版での旅行でした。

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  普通電車の3000系。

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  高砂駅から一つ大阪方に戻った尾上の松(おのえのまつ)駅。

  高砂駅からコミュニティバスがありますが尾上の松駅から歩いたほうが便利でしょう。

  後は車かタクシーと言うところ。

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  大門。

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  大門横から見える三重塔。

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  国宝の本堂。

  室町時代の応永4年(1397年)。

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  同じく国宝の太子堂。

  平安時代の天永3年(1112年)。

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  三重塔は室町時代。

  国の指定はありません。

 

  建造物4棟、絵画5点、彫刻5点、工芸4点が国重文指定を受けています。

  絵画の内一点は2002年に盗難に遭い韓国で発見されているがいまだ返還されていない。

  同じく2002年に韓国人犯行グループによって盗難にあった一点は翌年取戻し5年以上かけて修理された(Wikiより)。

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  撮影 2007/11/30

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2015年3月12日 (木)

【塔】 (五重塔、三重塔、多宝塔他)を巡る(38)2014年4月 - 柏原八幡宮((かいばらはちまんぐう 兵庫県丹波市柏原(かいばら)町)の三重塔

 

  柏原八幡宮(かいばらはちまんぐう)は八幡神社とも呼ばれる旧柏原町(かいばらちょう 現兵庫県丹波市柏原町)にある神社です。

旧柏原町は江戸時代には織田家柏原藩2万石の城下町でした。

織田家の柏原藩には前期と後期があり、前期の藩祖は織田信長の弟である織田信包(のぶかね)で石高は3万6千石。信包を含めて3代続きました。

慶安3年(1650年)から元禄8年(1695年)までは幕府領で1695年大和宇陀松山藩から織田信休(のぶやす)が2万石で入部。以後10代続いて明治維新となりました。

後期柏原藩織田家の廟所(墓所)は町内にあり私も訪れましたがかなり荒れていたのが残念でした。

 

  柏原町は小さな町ですが多くの文化財を見ることができ、2回目に当たる2014年4月の訪問ではかなり隅から隅まで歩いて散策を楽しみました。

八幡神社の三重塔は神仏混淆(しんぶつこんこう)の名残りで神社内に塔がある例は全国で18例のみとか。

 

  ちなみに柏原(かいばら)へは大阪駅から福知山線特急「こうのとり」で約1時間15分ほど。

普通(快速)は大阪駅から「丹波路快速」を利用して篠山口駅乗り継ぎで柏原駅には約1時間35分ほど。

 

  境内への鳥居。

  旧柏原町役場のすぐ近くです。

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  八幡神社前には旧柏原町役場、木の根橋、織田神社などがあり観光案内所もあります。

  もう一つのスポットは柏原藩陣屋跡と柏原藩織田家旧邸長屋門、柏原町歴史民俗資料館(田ステ女記念館)あたり。

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  旧柏原町役場(現丹波市柏原支所)。

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  けやきの「木の根橋」。

  けやきの根が川を跨ぎ橋の様なのでこのような名前が付けられました。

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  石段を登ります。

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  石段の途中から。

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  さらに上に登ります。

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  この時の参拝客は私と「出張中に立ち寄った風」の若い男性サラリーマンと二人。

  石段のきつさに思わず顔を見合わせました。

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  鳥居、社殿、後ろに三重塔。

  本殿、拝殿一体で重要文化財。安土桃山時代(天正13年(1585年))の建築。

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  三重塔は江戸時代後期(1813年)の建築。

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  狛犬、社殿、三重塔。

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  撮影 2014/04/08

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2015年3月11日 (水)

山崎の宝積寺(ほうしゃくじ 京都府乙訓郡大山崎町)を訪ねる(4) - 宝積寺(宝寺)にて(2)

 

  宝積寺(ほうしゃくじ)は宝寺(たからでら)とも呼ばれ、一般的な呼称は宝寺の方が通りがよい。

本尊は十一面観音ですが本堂の隣の小槌宮には大黒天が祀られておりそちらの信仰が厚く一般的には宝寺、または大黒天宝寺と呼ばれています。

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  本堂。慶長11年(1605年)改築。

  本尊である十一面観音立像は重文で、天福元年(1233年)の造立。

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  三重塔。桃山時代の建立で重文。

  当寺には文化財が多い。

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  小槌宮(大黒天神)。

  大黒天、「打出」と「小槌」が祀られている。

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  小槌宮と本堂の間にある九重石塔。

  聖武天皇の供養塔。

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  閻魔堂の裏からの三重塔。

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  閻魔堂。木造閻魔王坐像が重文。

  閻魔堂のみ拝観料が必要で大人400円。向かいの社務所に申し込みます。

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  本堂前近くから。

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  本堂前から仁王門へ。

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  仁王門横から。

  手前の桂川、真ん中の宇治川、一番向こうの木津川が合流して淀川になります。

  山崎の戦い(天正10年(1582年))では天王山は両軍(明智、羽柴軍)の取り合いとなりましたが、山腹にある宝積寺からもその重要性が理解できます。

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  川向うは八幡市と枚方市でしょうか。八幡市の南が枚方市です。

  JR山崎駅は南が大阪府島本町。

  ホーム上に府境(京都府と大阪府)があるそうです(気が付かなかった)。

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  撮影 2015/03/05

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2015年3月 9日 (月)

山崎の宝積寺(ほうしゃくじ 京都府乙訓郡大山崎町)を訪ねる(3) - 宝積寺(宝寺)にて(1)

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  山崎の宝積寺は天王山の山腹にあります。

東山腹には山崎聖天(観音寺)がありますが宝積寺は南山腹に位置します。

山腹にあるがゆえに多少の山登りを経験することになります。

JR山崎駅から線路に沿って京都方面に歩くと踏み切りがありそこを反対側に渡り坂道を登ります。アスファルト舗装の登山道で車の往来もありますが勾配はけっこうあります。

 

  途中大念寺というお寺があり思わず宝積寺かと勘違いするのですが宝積寺はさらに上。

道路が絶えるところに仁王門があり境内へ。境内は平地(ひらち)でやっと一息つきます

天王山へは境内からさらに登ることになります。

 

  山崎聖天(観音寺)の山門下の道路を踏み切りに戻ります。

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  踏み切りへの途中にある「大山崎瓦窯跡(おおやまざきかわらがまあと)。

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  フェンスで囲まれた空き地がその跡のようです。

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  踏み切り。

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  ここを登ります。

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  途中道路が分かれそちらに行くとアサヒビール大山崎山荘美術館があります。

  阪急大山崎駅、JR山崎駅との無料送迎バスがあります。

  アサヒビール大山崎山荘美術館のホームページ。

 

  大念寺への階段。下にもあります。

  道路がかなり急こう配であることがわかります。

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  着きました。

  仁王門が道路に対して直角にあるので見えませんが道路に面しています。

  道路はここで尽きます。

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  仁王門。

  金剛力士像は鎌倉時代の作で重文。

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  境内の奥へ入ります。

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  仁王門を入ると右手に三重塔。

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  本尊は十一面観音ですが小槌宮に大黒天が祀られておりそちらの由縁により宝寺(たからでら)として一般には親しまれています。

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  三重塔は桃山時代の建築で重文。

  う~ん!ここも桜の時期が良さそうですね。

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  本堂。

  上に述べたように本尊は十一面観音。

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  撮影 2015/03/05

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2015年3月 7日 (土)

山崎の宝積寺(ほうしゃくじ 京都府乙訓郡大山崎町)を訪ねる(2) - 山崎聖天(観音寺)にて

 

  宝積寺(ほうしゃくじ)を後回しにして線路沿いを行くと前回の記事で紹介した山崎院跡の碑があり、このあたりから北に向かい線路沿いから離れていきます。

そして宝積寺登り口と同じく天王山登山口があり、その碑とともに山崎聖天の碑のある坂道に至ります。

赤い鳥居の稲荷神社がありその右手の門から急な石段を登ると山崎聖天(観音寺)です。

境内には桜が多かったので桜の季節に訪れればよかったですね。

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  坂道を行くとすぐに稲荷神社があります。

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  扁額には稲荷大明神とあります。

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  山崎聖天への石段の横に出ます。

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  門をくぐり石段を登ります。

  けっこう息が切れました。

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  まだ途中の上から。

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  登りきると正面に本堂があります。

  禁門の変(元治元年(1864年))の際に「巻き込まれ(Wiki表現)」全山焼失。

  現在の本堂は1880年西観音寺の本堂を移築したもの。

  「巻き込まれた」というのは禁門の変で敗れた真木和泉以下17名が敗走し天王山中に陣取り自刃したことを指します。

  宝積寺から少し登ると「十七烈士の墓」があります。

 

  本尊は十一面千手観世音菩薩で歓喜天像とともに避難して難を免れました。

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  鐘楼堂。

  釣鐘は桂昌院(第3代将軍徳川家光の側室で第5代将軍綱吉の生母)の奉納。

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  天堂。

  歓喜天(かんぎてん 聖天)を祀っています。

  商人からの信仰を集め「山崎の聖天さん」と呼ばれている由縁(ゆえん)です。

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  光明殿の前から手前の天堂と本堂。

  聖天は天王山東の山腹にあります。

  一方宝積寺は南山腹にあります。

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  光明殿。

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  大灯篭。

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銘板全文

  大灯篭の由来

この灯篭は、元禄十年(一六九七年)当時大坂の豪商であった住友吉左衛門 友信が、住友発祥の地である京都と、大商業都市で当時の住友の拠点であった大坂との中間地点であるこの山崎の地に歓喜天(聖天)信仰と報恩謝徳を願い、また商売繁盛の祈誓のために建立、寄進されたものです。
  この灯篭は高さ三メートル余の壮大なもので、元禄三年(一六九〇年)伊豫の国(現在の愛媛県)で発見された別子銅山の銅で鋳造されており、当時の住友の繁栄ぶりがうかがわれます。
平成七年(一九九五年)の阪神淡路大震災により灯篭の一部が損傷したのを、住友家ならびに住友グループ各社が聞き及び、そのご好意により補修が行われました。   
 
文化財として末永く保存されることを願うものです。

   平成十年(一九九八年)四月吉日

                                                山崎聖天観音寺

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  観音寺の説明板。

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  扁額には歓喜天とあります。

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  社務所と向こうに写経所。

  さらに向こうに下りると山門があります(後で知る)。

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  元来た石段を下りさらに北に向かうと石段の上に山門が見えました。

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  登らない訳にはいきません。

  観音寺の山門でした。こちらが正面入り口なんですね。

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  これを登ると先ほどの境内に至るはずです。

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  山門から石段ではなく車道を下ります。

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  先ほどの石段の下を更に下りると踏み切りからの道路に。

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  山門に通じる鳥居。

  神仏習合の名残りですね。

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  撮影 2015/03/05

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2015年3月 6日 (金)

山崎の宝積寺(ほうしゃくじ 京都府乙訓郡大山崎町)を訪ねる(1) - 観音寺(山崎聖天)へ

 

  山崎の宝積寺(ほうしゃくじ)は別名宝寺(たからでら)と呼ばれています。

地元の人に「宝積寺は どちらの方向ですか?」と尋ねても答えは得られず「宝寺」と言い直すとすぐに教えて頂けます。

宝積寺は秀吉と明智光秀が戦った「山崎の戦い(1582年(天正10年))」で有名な「天王山」の山腹にあります。

初めて訪れたのは2000年代の初めで、山崎への関心は宝積寺の三重塔と「山崎の戦い」の後大阪城築城まで秀吉が根拠地とした宝寺城跡の存在でした。

秀吉と城跡に関する資料や解説が無いかと大山崎歴史資料館を訪れましたが、展示内容は大山崎油座等の中世商業の中心地である大山崎の役割や山崎の戦い、妙喜庵などに重点が置かれ、合戦後の宝寺城と秀吉に関する記述は私の見た限りありませんでした。

もちろん大山崎の油座などの中世経済や交通の要衝としての大山崎に関してはそれはそれで興味深いものでしたが、もう少し宝寺城や秀吉(山崎の戦い以外)に言及があってもと思い資料館を後にした思い出があります。

 

  宝寺(たからでら)のいわれは「聖武天皇が夢で竜神から授けられたという「打出」と「小槌」(打出と小槌は別のもの)を祀ることから「宝寺」(たからでら)の別名がある」(Wiki引用)そうです。

 

  山崎駅前から線路にそって京都方向に歩いて行くと踏み切りがあります。

線路を挟んで反対側の上り坂を登ると宝積寺に至り、境内を経て天王山へ登る登山口があります。

 

  山崎駅に到着したのは9時過ぎ。

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  JR山崎駅。

  近くには阪急電車京都本線の大山崎駅があります。

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  駅前広場に面してある妙喜庵(みょうきあん)。

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  明応年間に(1492~1500)に俳人であり連歌師であった山崎宗鑑が隠居所として建立したと伝えられる(下の案内板より)。

  拝観は予約制で予め申し込みが必要。

  大山崎歴史資料館に「待庵と利休」という形で一コーナーが設けられています。

  茶室と待庵が国宝、書院が重文に指定されている貴重な文化財です。

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  山崎駅付近の地図。これからは桜が見どころです。

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  いつもの「余湖くんのお城のページ」からの引用図。

  これを見ると宝積寺まで登ったのならもう少し頑張って上まで行ったらよかった。

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  駅から線路に沿って京都方面へ。

  JR山崎駅を振り返って。

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  踏み切りを渡ると天王山の登り口。

  宝積寺はこの上にあり宝積寺の中を通りさらに登る事になります。

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  踏み切り。

  渡り終えて京都側からJR山崎駅方向を

  右上に登って行くと宝積寺。境内からさらに登って天王山に行けます。

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  登り口あたりが山崎宗鑑が隠棲した庵の跡(冷泉庵)。

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  句碑には「うつつきて ねぶとに鳴や郭公」。

  「郭公」は「ほととぎす」と読みます。

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  宝積寺は後にし線路沿いを京都方面に歩きます。

  途中に山崎院跡の碑。

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  奈良時代の高僧行基が神亀二年(725年)大山崎に至り淀川に山崎橋を架橋、その後橋を管理し行基の教えを広める道場として天平三年(731年)に山崎院を建立しました(下の案内板より)。

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  やがてこんなところに。

  天王山への別の登り口。

  ここから山崎聖天(観音寺)へ。

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  撮影 2015/03/05

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2015年3月 3日 (火)

【塔】 (五重塔、三重塔、多宝塔他)を巡る(37)2010年11月 - 那谷寺(なたでら 石川県小松市)の三重塔

 

  高野山真言宗別格本山の那谷寺(なたでら)は石川県小松市にあります。

古くは8世紀に始まるという那谷寺は南北朝時代の戦乱で荒廃し、近世になり加賀藩の藩主前田利常により再建されました。

徒歩旅行者の足としては加賀周遊バス「キャンバス」が便利。

ただし周遊バスなので1日券1000円、2日券1200円が必要です。したがって乗り放題。

詳しくは加賀周遊バス キャンバス(キャンバス公式サイト)で。

 

  滋賀県内では晴れていた空模様も福井県に入って本降りとなりました。

福井市内を散策しようと試みましたが雨で思う様にいかなくてある地下の喫茶店にもぐりこむことに。

しばらくして入ってきたお客さんの雨が上がったと言う言葉を聞いてすぐに喫茶店を後にし福井駅に向かいました。

もうお昼近くで時間が少ないことは承知で金沢方面に向かい加賀温泉駅で下車。

上に述べた「キャンバス」で30分ほど乗車し那谷寺に到着。

もう午後3時頃だったかも知れません。

それでも来た甲斐のあった那谷寺の紅葉でした。

 

  福井鉄道福井駅前電停にて。

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  加賀温泉駅で下車。

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  「キャンバス」の山まわりコースに乗車。

  時刻表は上記リンク先の「お知らせ」の日本文をクリックするとPDFファイルで開きます。

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  那谷寺に到着。

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  門内に入って少し参道を歩きます。

  拝観は大人(中学生以上)600円、小学生300円。書院と庭園は特別拝観でプラス200円。

  那谷寺ホームページ。

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  普門閣。

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  金堂華王殿。

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  芭蕉も訪れたという遊仙境。

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  本堂。

  慶長2年(1597年)建立で重文指定。

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  三重塔。

  慶長2年(1597年)建立。

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  護摩堂あたりからの遊仙境。

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  赤い橋ができるまでは下から上ったことをうかがわせる階段があります。

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  帰りの参道は暗くてフラッシュをたきました。

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  撮影 2010/11/23

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2015年3月 1日 (日)

【塔】 (五重塔、三重塔、多宝塔他)を巡る(36)2011年4月 - 石手寺(いしてじ 愛媛県松山市)の三重塔

 

  石手寺(いしてじ)は真言宗豊山派の寺院で四国八十八箇所霊場の第五十一番札所。

道後温泉に近く路面電車の道後温泉駅から歩いても15分から20分ほど。

バスも多く運行されており道後温泉駅前のバス乗り場からも松山駅前からもバスが便利です。

石手寺には松山市を訪れるごとに立ち寄り松山城、湯築城址とともに必ず訪れる場所です。

 

  初めて松山市を訪れたのは1998年で大阪から夜行列車「ムーンライト松山」を利用しての旅行でした。

大阪を0時15分の発車で「青春18きっぷの」効率の良さから「ムーンライト山陽」と共によく利用した夜行列車でした。

ムーンライトシリーズは「ムーンライトながら」や「ムーンライト信州81号」を除き全滅してしまいました(2015年現在)が、大変お世話になった快速夜行列車です。

 

  道後温泉駅にて。

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  道後温泉駅駅舎。

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  駅舎の北側、道後温泉入口の横にあるバス乗り場。

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  石手寺バス停で下車。

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  回廊を抜けて二王門へ。

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  山門の二王門。

  文保2年(1318)の建立で国宝。

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  石手寺三重塔。

  鎌倉末期の建築で重文。

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  本堂。

  本堂も鎌倉末期の建築で重文。

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  二王門を後にして道後温泉駅に戻ります。

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  道後温泉南にある子規記念博物館。

  すぐ南が湯築城址の湯築公園。

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  撮影 2011/04/06

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