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2015年6月 3日 (水)

淀城跡(京都市伏見区)を訪れる(1) - 高架になっていた淀駅(京阪電車)

 

 

  所用がてら京都市南部の淀城の跡を見てきました。

淀城を藩庁とする淀藩は伏見藩が廃止されたことに伴い元和9年(1623年)に立藩された京都防衛のための藩。

久松松平家1代、永井家2代、石川家3代、戸田松平家2代、大給(おぎゅう)松平家1代と続き、1723年(享保8年)稲葉正知が10万2000石で入りやっと藩主家が定まります。

以後稲葉家12代が明治維新まで淀藩を治めました。

 

  京都駅からJR奈良線で東福寺駅に至り当駅で京阪電車に乗り換え20分少々で淀駅に着きます。

淀には1999年に一度訪れたことがありますが淀駅が立派な高架駅になっていたのにはびっくりしました。

Wikiなどを見るとその1999年から高架化に着手し順次2009年ごろから2013年ごろまでに完成したようですね。

以前の地上駅は下の地図の淀城跡公園の下の京阪本線とあるあたりにあった記憶があります。

淀駅の東側には広大な京都競馬場がありますが競馬ファンにとっては臨時改札口が設けられたりしてずっと利用しやすい駅となったようです。

 

  淀駅にて。

  二面四線の立派な高架駅です。

Dsc09416

 

  西側に駅前広場があります。

  これを高架沿いに南に歩いて行きます。振り返ったところ。

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  いつもの「余湖くんのお城のページ」からの引用図。

  現在残っているのは本丸と内堀の西側と南側。

Yodotyo

 

  これは1999年6月の天守台石垣の写真。

  電車の見える場所が地上時代の旧淀駅。

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  左に旧淀駅時代の自転車置き場の廃墟を見ながらその右手にある與杼(よど)神社。

  拝殿が貴重な文化財でしたが気づかず素通り。

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  奥の本丸内にある稲葉神社。

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  左手には旧淀駅自転車置き場の廃墟。

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  稲葉神社の本殿。

  祭神は稲葉正成(まさなり)公。

  稲葉家への入り婿であった正成の再婚相手が第3代将軍徳川家光の乳母であった春日局(かすがのつぼね)。

  春日局の父は明智光秀の家臣斎藤利三(さいとうとしみつ)で山崎の戦いで敗れ捕縛、刑死。

 

  美濃の武将稲葉良通(一鉄)は斎藤家から織田家、豊臣家と仕え、その子は徳川家に仕えました。

  子の貞道の系統は臼杵藩藩主、庶長子の重道も大名に列せられその養子が正成です。

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  稲葉氏時代の淀城下。

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  少々荒れた感じの本丸跡に足を踏み入れます。

Dsc09319

  撮影 2015/06/02

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