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2015年8月25日 (火)

勝山市(福井県勝山市)を訪れる(7) - 城下町としての勝山市(1)勝山城址の碑、金燈籠

 

  越前一国を治めていた福井藩藩主の松平忠直が改易となると(元和9年(1623年))、勝山藩と越前大野藩が福井藩の支藩として成立し、ここに勝山藩が成立。

しかし、正保元年(1644年)になると藩主家の移動により勝山は福井藩預かり、貞享3年(1686年)に幕府領となりいったん勝山藩は消滅します。

 

  その後、元禄4年(1691年)小笠原貞信が美濃高須藩から2万2000石で勝山に入り再び勝山藩が成立。

以後8代にわたり明治まで小笠原家が勝山藩を治めることとなります。

宝永5年(1708年)には城址に築城許可が下り築城。これが勝山城として現在に伝わる城郭の原型となります。

その後本丸からの出火により一部が消失。文政9年(1826年)の再建を経て明治維新を迎えると城郭は取り壊されました。

天守台が戦後の昭和40年まで残っていましたが現在ある市民会館建設のために取り壊されたそうです。

その市民会館の敷地に勝山城址の碑があります。

 

  勝山市まちなか案内の図。

Dsc00159

 

  市民会館の入り口付近の敷地にある勝山城址の碑。

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  勝山城址の碑。

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  市民会館。

  当日(8月16日)は「DINO-A-LIVE in ふくい勝山2015」の会場となり子供さん連れが多く訪れていました。

  期間は2015年8月1日~24日で終了。

Dsc00199

 

  市民会館と勝山市役所。

  一帯が勝山城本丸跡。

Dsc00202

 

  小笠原氏時代の越前勝山城。

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  市役所や市民会館の面した道路がお堀端通り、これを西に坂を下ると(上の図では下)崖の下通り。

  その崖の下通りに面してあるのが建雷神社でその境内に金燈篭があります。

  有力町人により災難よけの常夜灯として万延元年(1860)に本町通りに建立されたもの。

  昭和の初期に現在地に移されました。

Dsc00178

 

  崖の下通りのさらに西側に位置する本町通り。

Dsc00182

  撮影 2015/08/16

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