« 夏の終わりに角館、松前を訪れる 2015年(3) - 武家屋敷通りの角館(かくのだて)を散策(1)西宮家から武家屋敷通りへ | トップページ | 夏の終わりに角館、松前を訪れる 2015年(5) - 武家屋敷通りの角館(かくのだて)を散策(3) 岩橋家と角館樺細工伝承館  »

2015年9月 5日 (土)

夏の終わりに角館、松前を訪れる 2015年(4) - 武家屋敷通りの角館(かくのだて)を散策(2)小田野家屋敷と河原田家屋敷

 

  さて、角館のように町並みが観光主体となる場所では、訪れるのには春と秋がもっとも良い時期と言えるでしょう。

特に角館の桜はかなり素晴らしいと聞いています。

また紅葉もかなり見受けられるので秋も良さそうです。

角館マップ PDFファイル。

 

  横町あたりの交差点から北が有名な武家屋敷通りです。

Dsc00373_2

 

  古木、巨木が多い。

Dsc00375

 

  仙北市役所角館庁舎。

  通りの左手(西側)にあります。

Dsc00376

 

  夏は鬱蒼とした緑ですが春は桜、秋は紅葉と素晴らしそうです。

Dsc00377

Dsc00378

 

  まず右手に(東側)小田野家屋敷。

Dsc00379

 

  「秋田蘭画」で有名な小田野直武が出た家系。

  小田野直武は「解体新書」の画を描いたたことでも有名です。

Dsc00382

 

  現在に残るのは分家の屋敷で明治33年の大火後の建築によるもの。

Dsc00384

Dsc00387

Dsc00388

Dsc00390

 

  隣の河原田家に移動します。

Dsc00391

 

  河原田家は会津の芦名氏譜代家臣で主家と共に角館に移ってきました。

  会津芦名氏の最後の当主蘆名義広は佐竹義重の次男で久保田藩初代藩主の佐竹義宣の弟にあたり、常陸から秋田久保田藩への移封に付き従い角館を与えられ、以後芦名氏は三代にわたり当地を治めました。

  そして芦名氏が断絶すると角館には佐竹北家(さたけほっけ)の佐竹義隣(さたけ よしちか)が入り(1656年(明暦2年))、明治まで11代続き角館を治めました。

Dsc00393

 

  河原田家は本家100石、分家50石の家柄。

  芦名氏断絶後は佐竹北家の組下となりました。

  河原田家の現在の建物は明治中期に建てられたもの。

Dsc00395

Dsc00402

  撮影 2015/08/29

|

« 夏の終わりに角館、松前を訪れる 2015年(3) - 武家屋敷通りの角館(かくのだて)を散策(1)西宮家から武家屋敷通りへ | トップページ | 夏の終わりに角館、松前を訪れる 2015年(5) - 武家屋敷通りの角館(かくのだて)を散策(3) 岩橋家と角館樺細工伝承館  »

東北地方」カテゴリの記事

町並み、街道、宿場町、道」カテゴリの記事

歴史的建築物」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 夏の終わりに角館、松前を訪れる 2015年(4) - 武家屋敷通りの角館(かくのだて)を散策(2)小田野家屋敷と河原田家屋敷:

« 夏の終わりに角館、松前を訪れる 2015年(3) - 武家屋敷通りの角館(かくのだて)を散策(1)西宮家から武家屋敷通りへ | トップページ | 夏の終わりに角館、松前を訪れる 2015年(5) - 武家屋敷通りの角館(かくのだて)を散策(3) 岩橋家と角館樺細工伝承館  »