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2016年2月28日 (日)

(続々)岐阜市内(岐阜県岐阜市)を散策2016年2月(6) - 古い町並みの川原町(かわらまち)

 

  岐阜公園の外、長良橋通りを長良橋南詰まで歩いて来ました。

ここで橋の西側に下ります。

このあたりが古い町並みの川原町です。

 

  川原町についての解説を案内板から。

 

 

  川原町(湊町、玉井町、元浜町)の由来

 

  斎藤道三・織田信長のころ(十六世紀中頃)から、このあたりは中川原(なかがわら 明治初期には富茂登村(ふもと))と呼ばれ、 市場が開かれ、商業の拠点として繁栄していたようです。

道三は城下町をつくるにあたり、ここからの上にかけての場所に川湊(かわみなと)を設け、長良川の上流域で豊富に産する美濃紙・木材・茶などや当時のブランド品であった関の刃物を、ここを中継地にして全国各地に売りさばいたとも考えることができます。

江戸時代になると、尾張藩がここを治め、長良川役所が置かれました。

ここを下る荷船から船役銀(ふなやくぎん 通行税)を徴収しました。

荷の種類は竹皮・酒・灰・炭・紙・木・茶・米など多様でした。

それらを取り扱う紙問屋・材木問屋などが軒を連ねていました。

いまでも当時の商家を偲ばせる格子造りが残っています。

軒屋根に設けられています屋根神様は町内を火災から守る秋葉様です。

珍しいところでは、明治の頃の占い銀行の建物もあります。

また、道三の子斎藤義龍が建立した禅宗寺院の伝燈護国寺跡には、庚申堂が建てられています。

昔の面影がただようこの地域の散策は、鵜飼情緒をさらに高めてくれます。  

 

                                                                                      川原町まちづくり会

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  岐阜公園を過ぎ北に向かいます。

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  長良橋南詰の東側。

  北を望んだところ。

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  信号を西側に渡ります。

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  西側にはポケットパークがあります。

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  鵜飼観覧船乗り場。

  現在はシーズンオフで遊覧船のみ。

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  橋から下に降りました。

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  左手に行くと古い町並みの川原町。

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  振り返って。

  左が創業万延元年(1860年)の十八楼。

  旅館業(宿泊・宴会・婚礼・法要・会議・パーティー)を営みます(ホームページより)。

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  少し空間があると岐阜城が見えます。

  十八楼の駐車場。

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  路地。

  公園に下りていきます。

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  大正ロマンを感じさせる、中がイタリアンレストランのラ・ルーナピエーナ。

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  戻って来て、十八楼前から長良橋の方。

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  岐阜市鵜飼観覧船事務所。

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  長良橋の上からの岐阜城。

  これで今回の岐阜市の散策は終わり。

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  撮影 2016/02/18

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