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2016年2月

2016年2月29日 (月)

北からの岐阜城(岐阜県岐阜市) - 長良川の北より

 

  長良川の北、長良地区からの岐阜城。

私の住んでいる岐阜城の南側からとは趣が大分異なります。

時間は午後4時頃。

同じ様に北からの岐阜城の記事【雨模様の岐阜城  岐阜市おぶさ護国之寺(ごこくしじ)にて】の記事はこちら。

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  撮影 2016/02/29

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2016年2月28日 (日)

(続々)岐阜市内(岐阜県岐阜市)を散策2016年2月(6) - 古い町並みの川原町(かわらまち)

 

  岐阜公園の外、長良橋通りを長良橋南詰まで歩いて来ました。

ここで橋の西側に下ります。

このあたりが古い町並みの川原町です。

 

  川原町についての解説を案内板から。

 

 

  川原町(湊町、玉井町、元浜町)の由来

 

  斎藤道三・織田信長のころ(十六世紀中頃)から、このあたりは中川原(なかがわら 明治初期には富茂登村(ふもと))と呼ばれ、 市場が開かれ、商業の拠点として繁栄していたようです。

道三は城下町をつくるにあたり、ここからの上にかけての場所に川湊(かわみなと)を設け、長良川の上流域で豊富に産する美濃紙・木材・茶などや当時のブランド品であった関の刃物を、ここを中継地にして全国各地に売りさばいたとも考えることができます。

江戸時代になると、尾張藩がここを治め、長良川役所が置かれました。

ここを下る荷船から船役銀(ふなやくぎん 通行税)を徴収しました。

荷の種類は竹皮・酒・灰・炭・紙・木・茶・米など多様でした。

それらを取り扱う紙問屋・材木問屋などが軒を連ねていました。

いまでも当時の商家を偲ばせる格子造りが残っています。

軒屋根に設けられています屋根神様は町内を火災から守る秋葉様です。

珍しいところでは、明治の頃の占い銀行の建物もあります。

また、道三の子斎藤義龍が建立した禅宗寺院の伝燈護国寺跡には、庚申堂が建てられています。

昔の面影がただようこの地域の散策は、鵜飼情緒をさらに高めてくれます。  

 

                                                                                      川原町まちづくり会

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  岐阜公園を過ぎ北に向かいます。

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  長良橋南詰の東側。

  北を望んだところ。

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  信号を西側に渡ります。

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  西側にはポケットパークがあります。

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  鵜飼観覧船乗り場。

  現在はシーズンオフで遊覧船のみ。

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  橋から下に降りました。

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  左手に行くと古い町並みの川原町。

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  振り返って。

  左が創業万延元年(1860年)の十八楼。

  旅館業(宿泊・宴会・婚礼・法要・会議・パーティー)を営みます(ホームページより)。

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  少し空間があると岐阜城が見えます。

  十八楼の駐車場。

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  路地。

  公園に下りていきます。

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  大正ロマンを感じさせる、中がイタリアンレストランのラ・ルーナピエーナ。

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  戻って来て、十八楼前から長良橋の方。

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  岐阜市鵜飼観覧船事務所。

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  長良橋の上からの岐阜城。

  これで今回の岐阜市の散策は終わり。

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  撮影 2016/02/18

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2016年2月26日 (金)

(続々)岐阜市内(岐阜県岐阜市)を散策2016年2月(5) - 正法寺の大仏(岐阜大仏)と岐阜公園付近からの岐阜城

 

  伊奈波神社から御鮨街道(おすしかいどう)を歩いて本町の長良橋通りに出てきました。

ここから東に歩いて行くと斎藤道三以後斎藤氏三代の菩提寺である常在寺があり、道路を挟んで反対側には松尾芭蕉が1か月ほど滞在したという妙照寺があります。

ここで左(北)に折れます。

その左手にあるのが岐阜大仏で知られる正法寺です。

 

  今度は上が南、左が東、下が北、右が西の地図。

  現在地から下に(北)方向を変えます。

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  柱が少々華奢(きゃしゃ)な大仏殿。

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  黄檗宗の寺院で萬福寺の末寺。

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  大仏殿。

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  本尊の釈迦如来。

  岐阜大仏です。

  乾漆仏で昔から「籠(かご)大仏」とも呼ばれています。

  完成は1832年(天保3年)で38年を要しました。

 

  堂内はフラッシュ使用の撮影は禁止。

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  さらに北に向かいます。大仏殿を振り返って。

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  すぐに交差点があり、右奥、石段を登るとアジサイ寺の禅林寺があります。

  百曲登山道の登り口でもあります。

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  岐阜公園歴史博物館前バス停(名鉄岐阜、JR岐阜行き方面乗り場)。振り返って。

  反対行きは公園入口交差点の北西にあります。

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  岐阜公園内へ。

  歴史博物館は外装工事中。

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  公園内の噴水前から岐阜城を見上げて。

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  金華山の登山道概略地図。

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  岐阜公園から外に出て長良橋通りをさらに北に歩いて行きます。

  岐阜公園総合案内所の有料駐車場入口からの岐阜城。

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  岐阜公園総合案内所の北の交差点から岐阜城。

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  撮影 2016/02/18

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2016年2月24日 (水)

(続々)岐阜市内(岐阜県岐阜市)を散策2016年2月(4) - 伊奈波神社から御鮨街道を本町へ

 

  伊奈波神社の参道を長良橋通りに戻る途中の交差する二本手前の道が御鮨街道。

これを右(北)に歩いてくと本町に出ます。

ここで方向を変えた長良橋通りと再び合流します。

江戸時代の岐阜町は尾張藩領で、このあたりに尾張藩の奉行所などがありました。

すでに岐阜城は廃城となり、岐阜町は江戸時代を通じて城下町ではなく商人町として栄えました。

 

  参道を西に戻ります。

  途中で右へ。

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  生麩、生ゆばの老舗「麩兵(ふひょう)」。

  天保七年(1836年)創業とか。

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  赤レンガ館の石原美術。

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  何と読むのかなと思っていた麩兵(ふひょう)。

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  売物件なのか、貸物件なのか、蔵など古い物件をあちこちで見かけます。

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  ドーナッツ屋さんの空穂屋(うつぼや)。

  この後に訪れた河原町でも思いましたが、高山のように入口は開けっ広げの方が入りやすいのではと、お節介ながら思いました。

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  こちらも貸店舗となっている町屋。

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  南の方に見える岐阜駅付近のビル。

  岐阜市には高層ビルはこの2本しかありません。

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  本町の長良橋通りに出ました。

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  岐阜バスの連接バス(清流ライナー)。

  路面電車がのこっていてらなあと。

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  長良橋通りは伊奈波通りを過ぎると東西に方向を変えます。

  上が北の地図。

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  伊奈波神社、御鮨街道(おすしかいどう)、現在地の関係。

  上が北です。

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  ここから上り、下り道路が別々となり一方通行となります。

  北に向かうと材木町を経て再び東に方向を変え岐阜公園へ。

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  本町三丁目方向(西)を振り返ると遠くに伊吹山が望めます。

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  さらに東に歩いていくと常在寺があります。

  常在寺は斎藤道三以後斎藤氏三代の菩提寺。

  所蔵の絹本著色斎藤道三像、斎藤義龍像は重要文化財。

  本寺での拝観ではそのレプリカを見ることができます。

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  本堂。

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  拝観料大人150円、小人100円。

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  インターホンで拝観できます。

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  撮影 2016/02/18

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2016年2月22日 (月)

(続々)岐阜市内(岐阜県岐阜市)を散策2016年2月(3) - 伊奈波神社(いなばじんじゃ)

 

  金(こがね)神社を後にして、バスで旧電車通りである長良橋通りを北上、伊奈波通りバス停で下車します。

バスの市内運賃は大人210円。

 

  通りから東に参道が延びています。

  参道の両側の木々は枝垂桜(しだれざくら)。

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  2013年4月1日の参道の枝垂桜。

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  参道を奥に行きます。

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  上が東、左が北、右が南、下が西の地図。

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  左手に安楽寺。

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  参道左側にある岐阜・伊奈波 善光寺安乗院。

 

  織田信長が武田家を滅ぼした1582年、善光寺の本尊は信長によって岐阜の伊奈波神社近くに移されました。

  信長亡き後、本尊は転々としましたが秀吉の時代の1598年に信濃に戻りました。

  そんな経緯があり、かつて善光寺如来が祀られていた地に伊奈波善光寺堂を建立したのが織田信長の孫である織田秀信(当時の岐阜城主)です(岐阜善光寺ホームページ等を参照)。

  これが現在の岐阜善光寺です。

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  善光寺を横に坂道を行きます。

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  岐阜善光寺、横から。

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  西方向を振り返って。

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  伊奈波神社の主祭神は五十瓊敷入彦命(いにしきいりひこのみこと)。

  妃の淳熨斗媛命(ぬのしひめのみこと)は金(こがね)神社の主祭神で、二人の間の子の市隼雄命(いちはやおのみこと)は橿森神社の主祭神であることは前にも述べました(したがって4月の岐阜祭は三社共同例祭)。

 

  伊奈波神社は美濃国三宮で、旧社格は国幣小社でした。

  ちなみに美濃国一宮は垂井町にある南宮大社で旧社格は国幣大社。

  美濃国二宮はやはり垂井町にある伊富岐神社(いぶきじんじゃ)で旧社格は県社でした。

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  左手にコンクリート造りの参集殿があります。

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  神橋。

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  楼門を見上げて。

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  神門。

  ここで参拝します。

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  拝殿、幣殿、本殿。

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  神門横から楼門を見下ろして。

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  神門。

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  長良橋通りの一本手前の道を右(北)にとり本町へ向かいます。

  本町からは岐阜城が望めます。

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  撮影 2016/02/18

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2016年2月20日 (土)

(続々)岐阜市内(岐阜県岐阜市)を散策2016年2月(2) - 柳ケ瀬を通り抜け金(こがね)神社へ

 

  橿森神社から西に歩いていくとすぐに美園町の通りとの交差点です。

この通りが御鮨街道(おすしかいどう または岐阜街道)と呼ばれる街道です。

江戸時代に岐阜町を治めていた尾張藩が長良川で取れた鮎をなれずしにし、この街道を通じて将軍に献上したことからこのように呼ばれます。

岐阜街道とは岐阜町と、加納藩の城下町であり中山道の宿場町でもある加納宿を経て笠松、黒田、一宮から美濃路と合流する四ッ家追分までを言います(街道については余り詳しくないのでご容赦を)。

他人様のHPですが「東海道の脇往還 岐阜街道 (御鮨街道)を歩く」が詳しく、かつ面白いです。参照してください。

  経路は無視して位置関係。

  南に岐阜駅があります。

 

  西へ延びる大通りをさらに西へ行くと旧電車通りの長良橋通り。

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  長良橋通りを南(左)に折れると柳ケ瀬商店街のアーケード前に至ります。

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  現在はすっかり寂れてしまいました。

  様々な活性策を施していますがなかなか実を結びません。

 

  現在、人出は名鉄岐阜駅付近にながれてしまいました。

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  商店街には多くの横道が含まれます。

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  昔は映画館が何軒もあり、デパートや商店、飲食店と並び多くの人が集まりました。

 

  その賑わいは今では完全に名鉄岐阜駅界隈に奪われてしまいました。

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  南に向かいます。

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  やはり旧電車道であった徹明通りに出ると正面に「じゅうろくてつめいギャラリー」。

  「昭和12年に岐阜貯蓄銀行本店として建造された鉄筋コンクリート4階建ての建物で昭和18年に十六銀行徹明支店となりました。

  平成10年に岐阜市の「都市景観重要建築物」に指定され、十六銀行が創立130周年を記念して、平成19年に(旧徹明支店を)改装してオープンした地域開放型のギャラリー」(十六銀行のホームページより抜粋、改編)です。

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  南に渡り東の方向には旧美濃町線の始終着駅のあった徹明町。

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  西に歩いていくとすぐに劇場通りのアーケード。

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  その前が金(こがね)公園です。

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  そして金(こがね)神社。

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  金神社のホームページでは渟熨斗姫命(ぬのしひめのみこと)を主祭神としています。

  渟熨斗姫命は景行天皇の第六皇女で伊奈波神社の主祭神五十瓊敷入彦命(いにしきいりひこのみこと)の妃。

  子が橿森神社の主祭神である市隼雄命(いちはやおのみこと)であることは前回述べました。

  詳しくは「金神社由緒」で。

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  公園内には美濃町線や揖斐線、岐阜市内線などで活躍したモ510形電車が保存展示されています。

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  次の伊奈波神社に向かうべく、バス停のある長良橋通りへ向かいます。

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  撮影 2016/02/18

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2016年2月19日 (金)

(続々)岐阜市内(岐阜県岐阜市)を散策2016年2月(1) - 橿森神社(かしもりじんじゃ)

 

  三度(みたび)岐阜市内を散策してみました。

前回、前々回と重複する部分もあります。

今回は、まず橿森神社を出発地として柳ケ瀬商店街を通り抜け金(こがね)神社を徒歩で訪れ、さらにバスで伊奈波神社へ。

伊奈波神社からは再び徒歩で本町から岐阜公園を過ぎ、長良橋から古い町並みの川原町を訪れました。

 

  橿森神社(かしもりじんじゃ)は、岐阜城天守閣を頂く金華山から尾根伝いにある上加納山(水道山)の南西麓にあります。

主祭神は市隼雄命(いちはやおのみこと)。

市内にある伊奈波(いなば)神社には市隼雄命の父である五十瓊敷入彦命(いにしきいりひこのみこと)が、同じく市内の金(こがね)神社には母の淳熨斗媛命(ぬのしひめのみこと)が祭られていることから、この三社は親子の神社とみなされています。

したがって、毎年4月の岐阜祭りは伊奈波神社、金神社、橿森神社の(共同)例祭となっています。

 

  上加納山の尾根の南西麓に粕森公園(かしもりこうえん 字が異なるが公園はこう書く)が整備されています。

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  地図上ではこんな位置。

  上が東、左が北、右が南、下が西。

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  御薗(みその)の榎(えのき)。

  織田信長が推し進めた楽市楽座と縁があり、「この榎は、楽市場(上加納村御薗)に市神としてあったもの」だそうです。

  現在の榎は三代目とか。

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  下の地図は現在の美園町の町割り。

  信長時代の御薗(みその)とのはっきりとした位置関係はわかりませんが、このあたりにあったのでしょう。

 

  「明治初年の道路改修工事に際して現在の場所に移植された」とあります。

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  鳥居の前横にあるたぶの木。

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  また境内には京都の建勲(たけいさお)神社から明治時代に勧請した岐阜信長神社(建勲神社)があります。

  建勲(たけいさお)神社は「けんくんじんじゃ」とも呼びます。

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  橿森神社の社殿は石段の上、右側にあります。

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  素朴な社殿。

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  末社の稲荷社、秋葉社、琴平社があります。

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  駒の爪岩。

  「大昔神人が駒にのってこの地にくだり、この岩に爪あとを残したといういわれからこの名が出ている」(案内板より)。

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  社殿前から。

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  建勲神社の横にある打出の小槌。

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  西に向かいます。

  振り返って。

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  撮影 2016/02/18

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2016年2月17日 (水)

【塔】 (五重塔、三重塔、多宝塔他)を巡る(76) - 高野山(和歌山県伊都郡高野町) 金剛三昧院(こんごうさんまいいん)の国宝多宝塔

 

  金剛三昧院(こんごうさんまいいん)は高野山真言宗別格本山。

下の図のように高野山のメインストリートから南に入り歩いて5分ほどの距離にあります。

境内のみが拝観でき、一人300円。

「金剛三昧院多宝塔」、「金剛三昧院経蔵」、「金剛三昧院四所明神社本殿」、「金剛三昧院客殿及び台所」などがユネスコ世界遺産【紀伊山地の霊場と参詣道】の構成資産の一部となっています。

このうち国宝に指定されている多宝塔は貞応2(1223)年の建立。

 

  上が南の案内図。

  左手に行くと奥の院、右手に行くと壇上伽藍(だんじょうがらん)。

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  金剛峯寺あたりのメインストリート。

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  金剛峯寺から東に向けて歩いていくと右手に入る案内があります。

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  あまり人が訪れることもなくひっそりとしています。

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  門前。

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  山門。

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  左手に多宝塔。

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  奥が本堂。

  右手が重要文化財の客殿及び台所。

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  多宝塔としては石山寺の多宝塔に次ぎ二番目に古い建築。

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  本殿。

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  多少曇りがちになったのが残念。

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  撮影 2015/11/06

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2016年2月15日 (月)

【塔】 (五重塔、三重塔、多宝塔他)を巡る(75) - 高野山(和歌山県伊都郡高野町) 壇上伽藍の東塔

 

  2015年11月の初旬に、岐阜から高野山へ日帰り旅行をするという、かなり無謀な旅行を決行しました。

旅行前に様々なシュミレーションをしてみましたが、名古屋から近鉄特急を利用して大阪難波で南海電車に乗り換えるのがベストと判断しこれを採用。

ただし、近鉄名古屋駅を6時前に出発する名阪特急は平日のみの運行です。

失敗したのは南海電車での特急券の取得で、紅葉シーズンのこの時期には二、三日前に予約しておかなければとても無理な話で、したがって、橋本~極楽橋間の普通電車では往復とも立ちっぱなしという運命を甘受しなければなりませんでした。

ちなみに、橋本~極楽橋間の所要時間は40分です。

 

  さて、高野山の壇上伽藍(だんじょうがらん)は諸堂の集まる一山の中心部分です。

高野山の総本堂である金堂を始めとして多くの諸堂が集まり、西塔、根本大塔、東塔などもその中に含まれます。

 

  そのうち東塔は天保14年(1843年)に焼失して以後、長い間再建されることはありませんでしたが、140年後の昭和59年(1984年)にやっと再建されました。

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  東塔前から西の方。

  左端に金堂、その右に大きな根本大塔が見えます。

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  高野山で紅葉が最も美しいと言われる蛇腹の道。

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  蛇腹の道は東塔(壇上伽藍)から金剛峯寺に至る道。

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  蛇腹の道を東に抜けると「六時の鐘」があります。

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  「六時の鐘」は福島正則が父母の追福菩提を祈って、元和4年(1618年)に建立された鐘楼。

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  蛇腹の道を振り返って。

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  さらに東には金剛峯寺の入り口があります。

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  撮影 2015/11/06

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2016年2月13日 (土)

豊岡駅にて(兵庫県豊岡市)2016年1月 - 出石への行き帰り

 

  城下町出石(いずし)へのバスが出ている豊岡駅の様子。

終日、雪の舞う一日でした。豊岡市は兵庫県の日本海側の都市。

 

  豊岡駅前。

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  駅舎から北の城崎温泉、浜坂方面。

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  浜坂行きの普通キハ47系。

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  手前、特急「きのさき1号」城崎温泉行き287系。

  向こう側、城崎温泉発新大阪行き特急「こうのとり12号」289系。

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  普通電車用113系。

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  城崎温泉発新大阪行き特急「こうのとり20号」。

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  撮影 2016/01/22

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2016年2月11日 (木)

豊岡駅にて(兵庫県豊岡市)2016年1月 - 京都丹後鉄道(旧北近畿タンゴ鉄道)豊岡駅

 

  京都丹後鉄道(旧北近畿タンゴ鉄道)には三カ所の始終着駅があります。

東の西舞鶴駅、南の福知山駅、そして西の豊岡駅の三カ所です。

西舞鶴駅や福知山駅は何度も訪れましたが、豊岡駅は今回が初めて。

豊岡駅からは北に向けて出発します。

一般車両は見ることができませんでしたが、旧「タンゴエクスプローラー」のKTR001形車両を見かけました。

 

  改札を入り右手に京都丹後鉄道の乗り換え口があります。

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  外からの入口は柵の外にあります。

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  留置線に旧「タンゴエクスプローラー」車両のKTR001形。

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  同じく駅舎上から。

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  撮影 2016/01/22

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2016年2月 9日 (火)

雪の出石(いずし)城跡と城下町(兵庫県豊岡市出石町)2016年1月(9) - 城下町を散策 永楽館と家老屋敷 豊岡駅に戻る

 

  出石の町の西の端ともいうべき谷山川の畔にある「おりゅう灯籠」を訪れた後、再び田結庄(たいのしょう)通りに戻るとお城のある南に向かいました。

この通りは南で福成寺に突き当たります。

通りをその手前で西に入ると芝居小屋の出石永楽館があります。

永楽館を拝観後、田結庄(たいのしょう)通りを南へ福成寺に突き当り、東に(左)に行くと出石城西門跡の石垣の続きに家老屋敷の長屋門があります。

門内の敷地には家老屋敷、伊藤清永(出石出身の洋画家)記念館と喫茶店があり、そのうちの家老屋敷を拝観して今回の出石の散策を終えました。

 

  谷山川河畔の「おりゅう灯籠」

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  田結庄(たいのしょう)通りに面した出石永楽館。

  奥にある建物が永楽館。

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  中から田結庄(たいのしょう)通りを振り返って。

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  出石永楽館は明治34年に開館した芝居小屋。

  平成20年に蘇りました。大人300円。

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  奈落。

  回り舞台。

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  歌舞伎公演が行われることもあります。

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  去年(2015年(平成27年))11月の永楽館歌舞伎の看板。

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  福成寺に突き当たります。

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  左を向くと出石城西門跡の石垣とそれに続く土塀と長屋門。

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  長屋門。

  門内の敷地内にある家老屋敷は江戸後期の上級武士の居宅。

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  家老屋敷。

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  家老屋敷入口。

  家老屋敷(大人100円)、明治館(大人100円)、出石資料館(大人300円)の3館共通券は大人400円。

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  左から喫茶店と出石出身の洋画家である伊藤清永記念館。

  伊藤清永記念館は大人500円。

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  家老屋敷内部。

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  外見は平屋に見えますが隠れ二階とも言うべき部屋があります。

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  既出ですが、出石バス停と出石城本丸西隅櫓。

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  豊岡駅前に戻ってきました。時計が3時を指しています。

  あとはひたすら岐阜まで帰りました。

  出石(豊岡)はさすがに遠い。

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  撮影 2016/01/22

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2016年2月 3日 (水)

雪の出石(いずし)城跡と城下町(兵庫県豊岡市出石町)2016年1月(8) - 城下町を散策 酒蔵、明治館からおりゅう灯籠へ

 

  出石資料館から通りを東に行くと本高寺というお寺に突き当たります。

通りは右へ曲がり、その角に赤い土壁つくりの出石酒造酒蔵があります。

さらに、ここから通りを南に向かい、一本東寄りの角にあるのが洋館づくりの明治館。

出石明治館は木造の擬洋風建物で郡役所として明治20年に建てられたものです。

館内では地元の偉人が紹介されています。

 

  明治館から一転、町を横切るように西へ歩いて行くと、川の流れが南北に変わった谷山川の畔に至ります。

その川端には面白い形状のおりゅう灯籠があります。

 

  出石資料館と宵田(よいだ)通りを振り返って。

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  本高寺に突き当たります。

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  本高寺門前から振り返って。

  赤い土壁の出石酒造酒蔵。

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  本高寺本堂と境内。

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  門内から。

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  南に歩いて行くと明治館があります。

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  出石明治館は「旧出石郡役所」。

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  中心部へ戻るように西に歩いて行きます。

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  街並みの中心部に戻ってきました。

  辰鼓楼(しんころう)付近。

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  田結庄(たいのしょう)通り。

  これを横切りさらに西へ。

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  川端に出ました。

  「おりゅう灯籠」。

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  撮影 2016/01/22

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2016年2月 1日 (月)

雪の出石(いずし)城跡と城下町(兵庫県豊岡市出石町)2016年1月(7) - 城下町散策 宵田通りの出石資料館

 

  辰鼓楼(しんころう)付近にはお店が多く、とくに皿そばのお店が多いのが出石の特徴です。

出石に着いてからちょうど1時間ほどたち、お昼には皿そばをと近くのお店に入りました。

皿そばは基本五皿で、あとは追加して楽しみます。美味しかったです。

 

  この後、大手前通りを北に向かい、辰鼓楼から三本目の東西の通りである宵田(よいだ)通りを東へ。

こちらには出石資料館があります。

拝観料は大人300円ですが、家老屋敷、明治館と合わせた三館共通券で400円、これを購入しました。

明治時代の豪商、福富家の旧邸を開放し、土蔵などに資料を展示したのが出石資料館です。

 

  辰鼓楼のある大手前通りは多くのお店が並んでいます。

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  出石の皿そば。

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  辰鼓楼とともに遠くに出石城本丸の西隅櫓が遠望できます。

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  辰鼓楼から北に三本目の東西の道路が宵田(よいだ)通り。

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  東に向けて(辰鼓楼からは右へ)歩いて行くと北側に出石資料館があります。

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  資料館は旧福富邸を使用しています。

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  雑な撮り方になってしまいましたが・・・。

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  贅沢な作りの家です。

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  土蔵の中だけは撮影禁止で写真はありません。

  仙石騒動の資料の展示など資料館一番の見どころとも言えます。

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  台所を抜けて玄関へ。

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  前後しますが部屋の中にあった大時計。

  8時で止まっているようです。

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  出石資料館と宵田(よいだ)通りを振り返って。

  さらに東に向かいます

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  東は突き当りとなり、その角に赤い土壁の酒蔵。

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  撮影 2016/01/22

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