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2016年3月22日 (火)

近江高島(滋賀県高島市 大溝藩2万石の城下町)を散策2016年3月(6) - 圓光禅寺(分部家墓所)と瑞雪禅院(近藤重蔵墓所) 帰途につく

 

 

  近江高島の散策の最後は山の手にある大溝藩藩主家の分部家墓所と北方探検で有名な近藤重蔵の墓所を訪れました。

しかし、ここにきて大きな、そして残念な誤算が発生。

まさかの分部家墓所の圓光寺が閉まっていたのです。

大変残念な結果でしたが、これは現実として受け入れなければなりませんでした。

これはいつも閉めているのでしょうか?

 

  こうして山の手を最後に近江高島の散策を終わり。

帰りも湖西線を近江塩津へ向かい、近江塩津からは北陸線で米原、その後大垣を経由して岐阜に戻りました。

調べてみて、まだまだ高島市関連で訪れる場所は多いと感じたので、また訪れたいと思います。

 

  圓光寺本堂と下にある歓喜園。

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  分部家は伊勢の出身。

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  坂道を少々登ります。

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  途中にある高松大明神宮。

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  閉まってます。

  右隣にある車が通れる通用門も閉まっていました。

  通用門からすぐ右手に墓所が見えるのですが、仕方がありません。

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  境内。

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  右手に見える分部家墓所。

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  仕方なく瑞雪院にある近藤重蔵の墓所に向かいます。

  圓光寺を振り返って。

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  近藤重蔵は江戸生まれの幕臣で蝦夷地、北方の探検家として間宮林蔵、最上徳内などとともに有名。

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  瑞雪院は圓光寺の塔頭という関係。

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  近藤重蔵詩碑。

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  墓参道をさらに登ります。

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  左手にあります。

  近藤重蔵翁顕彰会のパンフレットが置かれていました。

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  近藤重蔵は、文政9年(1826年)「長男が三田の屋敷地を巡る争いで町民7人を殺害し八丈島へ流罪となる事件を起こし」、これに連座、改易。

  大溝藩に預けられることになり、文政12年(1829年)に死去。

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  歓喜園に下りてきました。

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  隣の大善寺。

  もう一歩足を延ばせば日吉神社。

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  近江高島駅に戻りました。

  敦賀行き新快速。

  途中の近江今津駅で後ろ8両が切り離されるため前4両に乗車。

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  撮影 2016/03/12

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