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2016年4月 2日 (土)

近場の桜 大垣城と船町川湊(奥の細道むすびの地)2016年3月末日(2) - 船町川湊(奥の細道むすびの地)の桜(岐阜県大垣市)

 

  大垣城を訪れて後、近世、近代を通じて大垣と桑名とを結ぶ輸送経路として賑わった水門川の船町川湊を訪れました。

松尾芭蕉による紀行文「おくのほそ道」には武蔵を出発し東北、北陸を巡り美濃大垣を出発するまでが書かれています。

これを取り上げ、特に芭蕉が水門川を桑名に向けて旅立ったことから船町川湊にスポットを当て、大垣を「奥の細道むすびの地」としました。

この船町川湊を中心に水門川一帯には約100本の桜が植えられ大垣市の桜の名所の一つとなっています。

 

  大垣市役所前を通り過ぎます。

  大垣市役所は大垣城の南西方向にあります。

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  やがて水門川。

  日差しが少なくなってきました。

  これを南に歩いて行きます。

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  ここから水路がクランク状(枡形状)になっています。

  変化がついているのでちょっとした見所にしてあります。

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  滝が作られていたり、橋が架かっています。

  また東屋風の休憩場所もあります。

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  遊覧船が船町まで運行されています。

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  南側に行き北を振り返った所。

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  南に向かう途中にある道標。

  水門川の東側の道路は旧美濃路。

  美濃路は中山道の垂井と東海道の宮を結ぶ脇往還。

  美濃路は垂井宿から大垣宿、墨俣宿、起宿、萩原宿、稲葉宿、清洲宿、名古屋宿を経て宮宿まで。

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  美濃路大垣宿散策マップ。

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  船町川湊あたりにやって来ました。

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  遊覧船はここまで。

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  住吉灯台。

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  住吉神社。

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  住吉神社横から。

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  大通りの橋を渡り西側へ。

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  奥の細道むすびの地のモニュメント。

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  さらに南にある常夜燈。

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  撮影 2016/03/31

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コメント

さすがに水運の町大垣ですね。見所がいろいろありそうです。minoさんの写真のアングルもいいです。
昔、電車でしか移動することがなかった頃は気がつかなかったのですが、自転車を乗り回していると大阪が「水の都」だと呼ばれる所以が実感できます。水運を考えるととても便利なのでしょうが、陸を行くのには大変不便で、常に橋の位置を意識しなければなりません。大垣も随分川を埋め立てたようですね。

油銭耕三「大垣の城遷城下町施設の配形態に関する考察」(『地域施設計画研究 : 地域施設計画研究シンポジウム』(日本建築学会建築計画委員会地域施設計画小委員会編)第17回(1999年))
nirr.lib.niigata-u.ac.jp/bitstream/10623/37967/1/2012_1_niit1_29.pdf
が大垣城下の施設や町の配置を詳細に明らかにしています。

水田恒樹「大垣の近世運河と近代運河に関する研究」(『日本建築学会計画系論文集』(日本建築学会編) 第78巻(2013年))
www.jstage.jst.go.jp/article/aija/78/686/78_941/_pdf
近世に、各川が自然災害や土砂の堆積などによって役割が変わっていく様子、各湊の利害対立を描いています。近代になり、水運拡大のための大垣運河計画が起こったが工場排水問題で凍結され、結果的に工場排水処理を目的とした運河建設であったと展開しています。

両論文とも古地図などの図版が掲載されていて、昔の大垣を偲ぶことができます。

まったく何の脈絡もありませんが、今日、新宿駅南口バスタが営業を開始しました。新宿南口は15年ほどずっと工事をしていて、一時は自転車での通過が困難なため代々木に迂回しなければなりませんでした。それがようやく工事終了とのことで感無量です。藤井寺からも新宿直行バスが出ているので将来利用することがあるかも知れません。
ちなみ、新宿駅南口は甲州街道をはさんで北が新宿区、南が渋谷区になります。

投稿: ddol | 2016年4月 4日 (月) 20時10分

資料はざっと読ませて貰いました。
大垣城は水に囲まれたお城だったんですね。水門川と船町川の変遷や美濃路の詳細が図でよく理解できました。文章はもう一度読み直してみます。
まだ、朽木の論文の後半が残っています。こちらも面白いです。

大垣市は「10万石」、「水都」がキーワードの町です。「水都タクシー」とか「十万石まつり」とか使用されます。

大垣市は岐阜県下一の工業都市で、豊富な地下水が多くの工場を呼び込みました。豊富な地下水も「水都」と呼ばれるもう一つの理由です。
さすがに現在では地盤沈下の元凶の地下水を汲み上げることは差し控えられているようですが。

思い出しましたが、東京でも昔、70年代ぐらいでしたか、地下水の汲み上げの地盤沈下が社会問題となりました。

バスタ
>これで新宿が東京のターミナルになる資格を得ましたね。
何年か前、東京行きと言いながら浜松町で降ろされた記憶があります。
でも、もう夜行バスは余程のことが無い限り乗らないかも知れません。ほとんど寝ることができず、あくる日は一日中ボンヤリとしていました。

新宿駅南口は甲州街道をはさんで北が新宿区、南が渋谷区になります。
>地名あるあるですね。清州駅は稲沢市にある、みたいな。

投稿: mino | 2016年4月 5日 (火) 21時24分

大垣市は「10万石」、「水都」がキーワードの町です。「水都タクシー」とか「十万石まつり」とか使用されます。>
大垣市は岐阜県下一の工業都市で、豊富な地下水が多くの工場を呼び込みました。豊富な地下水も「水都」と呼ばれるもう一つの理由です。>
大垣市のパンフレット(www.city.ogaki.lg.jp/cmsfiles/contents/0000009/9716/021gennkyou.pdf)を見ると概略がつかめました。岐阜一の工業都市だとは知りませんでした。
戸田宇鉄は膳所、尼崎を経て大垣と移っているので水はお手の物だったのでしょうね。

思い出しましたが、東京でも昔、70年代ぐらいでしたか、地下水の汲み上げの地盤沈下が社会問題となりました。>
オクラホマ州では、シェールガスなどの採掘の際に水を注入することにより地震が多発しているとして問題になっています。地下は複雑でまだまだ謎が多いです。以前から問題になっていた横浜市都筑区などもその一例です。

何年か前、東京行きと言いながら浜松町で降ろされた記憶があります。>
気になって藤井寺発を調べたら東雲(しののめ)というとんでもない所で降ろされることがわかりました。やはり東京はバスの発着場が極端に不足しているのですね。
今回新宿に完成したのはいいのですが、分散していた乗り場を集中させたので、今後は渋滞や人の混雑が問題になるのではないかと思います。
大阪駅でも昨年、タクシー乗り場を一つに集約させる計画が持ち上がり、非常に不便になるという話が話題になっていました。

投稿: ddol | 2016年4月 8日 (金) 19時10分

戸田氏鉄は膳所、尼崎を経て大垣と移っているので水はお手の物だったのでしょうね。
>なるほど。そういえばそういうお城ばかりですね。
尼崎と言えば、天守閣を再建するという記事を少し前に見ました。
朝日新聞の記事 www.asahi.com/articles/ASHCT455SHCTPIHB00H.html

尼崎は一度訪れたいと考えていて、その下調べをしていたらこのニュースが入ってきました。
コンクリートでの再建となるようですが、完成が2018年ということでその時を楽しみにしています。

東雲(しののめ)
>地図で検索しましたが確かに大変なところですね。
東京音痴な私には一瞬どのあたりか分からず、地図を大きくしてみてやっと分かりました。

今後、新宿での渋滞や人の混雑が問題になるのは、痛し痒しですね。

投稿: mino | 2016年4月 9日 (土) 22時15分

尼崎と言えば、天守閣を再建するという記事を少し前に見ました。>
尼崎城跡には何度か行ったことがあります。周りを城壁で囲った図書館が横にあり、雰囲気をかもしだしています。阪神尼崎は北側が再開発され、南側がさびれつつあるので、再建されれば活性化するかもしれません。尼崎城のように個人や団体が資金を提供する場合はいいのですが、東京五輪便乗の再建・復元計画は違いますね。
ミドリ電化は尼崎が創業の地だったんですね。大阪にはこうした中小規模の家電チェーンがたくさんありましたが、次々に合併・廃業でなくなってしまいました。藤井寺も30年前には5、6軒あったと記憶していますが、現在は1軒だけです。また、ちょっと出かけた所にあるダイエーも看板が変わってしまいましたし、シャープも本社ビルの看板が変わってしまいます。大阪はだんだん寂しくなります。

投稿: ddol | 2016年4月10日 (日) 20時22分

大阪はだんだん寂しくなります
>そうですね。大阪の看板企業は総じて良くなさそうです。

新しい企業が根付かないとか、創業するなら東京、みたいな事もあるのでしょうか。
京都はユニークな企業がいくつもありますが、大阪ではそんな話は余り聞きません。

尼崎はお城が出来てから行ってみます。他にも面白そうなコンテンツがありそうです。

投稿: mino | 2016年4月11日 (月) 16時14分

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