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2016年7月27日 (水)

(続)京都 伏見の一部を散策(4) - 寺田屋(1)薩摩藩志士粛清事件と坂本龍馬襲撃事件

 

  寺田屋事件は(1)薩摩藩志士粛清事件(文久2年(1862年))、(2)坂本龍馬襲撃事件(慶応2年(1866年))の二つの事件を指します。

前者は薩摩藩内の尊皇派志士が島津久光の命令で粛清された事件。

後者は伏見奉行による坂本龍馬襲撃事件。

後者の方が一般受けがよく、私も坂本龍馬の方を念頭に訪れました。

 

  ちなみに坂本龍馬が暗殺されたのは近江屋事件(慶応3年11月15日(1867年12月10日))で寺田屋事件の翌年京都河原町の近江屋で中岡慎太郎らとともに暗殺されました。

 

  やはりというか、龍馬がメインの町造りがされています。

  寺田屋の東の南北の通りが竜馬通りと名付けられていました。

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  竜馬通り商店街。

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  手前が寺田屋。

  寺田屋は鳥羽・伏見の戦いの兵火で焼失しており現在の寺田屋は再建されたものというのが公式の見解となっています。

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  とは言え、以前のその雰囲気は伝わってきますね。

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  東側には様々なモニュメントや碑などが揃う「公園」となっています。

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  夏には特に休憩できる場所があるのは助かります。

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  寺田屋の女将お登勢は神となってしまいました。

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  坂本龍馬の碑。

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  維新時代の井戸。

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  寺田屋騒動記念碑。

  この後、家屋を拝観しました。

Dsc05997

  撮影 2016/07/21

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