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2017年1月

2017年1月31日 (火)

冬の京都 妙心寺から仁和寺へ(6) - 嵐電天神川駅経由で京都駅に戻る

 

  京都の観光では、移動はなるべくバスを利用しないようにプランを立てています。

バスでの移動は座ることができなかった場合、鉄道のそれと比較すると負担が大きいという理由からです。

また、多少の距離なら歩いてしまいます。

バスの利用が必須ならば少し遠回りでも幹線に乗らないことです。

今回も帰りは嵐電御室仁和寺駅からいったん帷子ノ辻駅(かたびらのつじ えき)に西進し、本線に乗り換え、今度は東進し嵐電天神川駅で地下鉄に乗り換える方法を取りました。

 

  中門の北側の屋根に残雪。

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  よく見ると二王門にも。

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  御室仁和寺駅へ。

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  帷子ノ辻駅に到着。

  四条大宮行きに乗り換えます。

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  留置車。

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  嵐電天神川駅にて。

  地下鉄東西線に乗り換えます。

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  撮影 2017/01/22

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2017年1月29日 (日)

冬の京都 妙心寺から仁和寺へ(5) - 仁和寺境内を散策

 

  御室桜が見頃の時期には中門の手前に拝観受付が臨時に設けられ有料となります。

それに対して本坊は常に有料となっています。また霊宝館は季節限定で開館しています。

仁和寺ホームページ

 

  御室桜満開の頃。

  二王門と中門の間に拝観受付が設けられます。

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  満開時の御室桜。

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                                                                    以上2枚撮影 2015/04/09

 

  中門。

  寛永18年~(1641~1645年)建立で重要文化財。

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  中門を入って左側に御室桜がります。

  御室桜は背が低い桜です。

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  御室桜の広がる北側には観音堂。

  中門と同じく寛永18年(1641年)~1645年建立で重要文化財。

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  御室桜と観音堂が左側にあるのに対して右側には重文の五重塔があります。

  寛永20年11月21日 - 寛永21年12月3日(1644年建立)。

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  そして正面には国宝の金堂。

  「慶長年間造営の御所 内裏紫宸殿を寛永年間(1624〜43)に移築したものです。現存する最古の紫宸殿であり、・・・・・国宝に指定されています」(仁和寺ホームページより)。

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  江戸時代初期の建築です。

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  鐘楼。

  1644年建立で重文。

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  撮影 2017/01/22

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2017年1月27日 (金)

冬の京都 妙心寺から仁和寺へ(4) - 仁和寺 (世界遺産 「古都京都の文化財」)二王門、中門

 

  嵐電の妙心寺駅からひと駅で御室仁和寺駅です。

さらに駅から仁和寺の二王門までは200m足らず。

二王門前から東北に延びる道がきぬかけの路です。

仁和寺、竜安寺、等持院から金閣寺が沿道にあります。

きぬかけの路のみ歩くだけなら30分ぐらい。

 

  二王門までは200m足らず。

  駅から真正面にあります。

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  振り返って御室仁和寺駅。

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  二王門は1641~1645年の建築で重要文化財。

  きぬかけの路は右に向かいます。

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  二王門を入ると左手に本坊の拝観受付があります。

  普段は拝観はここ一か所ですが、御室桜のシーズンには中門手前にもう一つ拝観受付ができます。

  この日は拝観しませんでした。

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  境内図。

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  本坊の勅使門。

  登録有形文化財。

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  奥に行くと中門があります。

  1641~1645年建立で重文。

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  中門を入って左側に御室桜があります。背の低い桜です。

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  2015年4月9日の御室桜。

  大変な人出でした。

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  撮影 2017/01/22

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2017年1月26日 (木)

冬の京都 妙心寺から仁和寺へ(3) - 嵐電北野線で御室仁和寺駅へ

 

 

  妙心寺北門から西に少し行くと嵐電の妙心寺駅があります。

ここから本線との分岐駅である帷子ノ辻駅(かたびらのつじえき)行きでひと駅、御室仁和寺駅へ。

 

  妙心寺駅。

  帷子ノ辻方向行きホーム。

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  踏み切りを挟んで反対側に北野白梅町行きホームがあります。

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  ここから妙心寺を訪れるのも一つの手。

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  隣の御室仁和寺駅に到着。

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  御室駅(おむろえき)から2007年に御室仁和寺駅と改称されました。

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  仁和寺の二王門が見えます。

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  撮影 2017/01/22

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2017年1月25日 (水)

冬の京都 妙心寺から仁和寺へ(2) - 妙心寺を散策がてら通り抜ける(2)嵐電妙心寺駅まで

 

 

  南門(南総門)から境内を通り抜けて北門(北総門)へ向かいます。

方丈、庫裏の玄関から法堂(はっとう)との渡り廊下を西側へくぐり、そこから北へ。

北門から出て左に行くと嵐電の北野線妙心寺駅があります。

帷子ノ辻(かたびらのつじ)駅方面に一駅の御室仁和寺駅(おむろにんなじえき)へ向かいます。

 

  妙心寺の広大な境内。

  塔頭が40以上。

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  塔頭の一つ退蔵院。

  枯山水庭園が有名。

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  浴室。

  明暦2年(1656年)の建立で重文。

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  経蔵。

  寛文13年(1673年)の建立で重文。

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  玄関。

  拝観受付があります。

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  法堂(はっとう)への渡り廊下をくぐり振り返って。

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  これで北に向かいます。

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  北へ。

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  横道にそれると塔頭が並んでいます。

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  北門(北総門)が見えてきました。

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  北門(北総門)は慶長15年(1610年)の建立で重文。

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  少し西に行くと嵐電の妙心寺駅があります。

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  撮影 2017/01/22

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2017年1月23日 (月)

冬の京都 妙心寺から仁和寺へ(1) - 妙心寺を散策がてら通り抜ける(1)禅宗建築の伽藍配置

 

 

  久し振りに京都に出てみました。

「きぬかけの路」を歩きたいと仁和寺まで行ってみましたが、寒さと雨模様になってきたこともあり、特に雨により少々心が折れ、仁和寺から引き返してしまいました。

 

  仁和寺へはJR花園駅から妙心寺を散策がてら南から北に通り抜け、嵐電の妙心寺駅から御室仁和寺駅を経て仁和寺門前へ。

仁和寺を散策してのち、帰りは御室仁和寺駅から帷子ノ辻駅(かたびらのつじえき)乗り換え、さらに嵐電天神川駅で地下鉄に乗り換え京都駅に戻りました。

 

  JRの花園駅で下車。

  妙心寺へ向かい、妙心寺の南総門から北総門に通り抜けます。

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  妙心寺南総門。

  慶長15年(1610年)の建立で重文。

  拝観はせずただ散策しながら北へ抜けました。

 

  妙心寺(みょうしんじ)は臨済宗妙心寺派大本山の寺院。

  臨済宗寺院5000ヶ寺のうち妙心寺派は3500を占めるそうです。

  妙心寺の塔頭は40以上あり、たいそう大きい。

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  勅使門。外から。

  慶長15年(1610年)の建築で重文。

  ここから北に向かい三門、仏殿、法堂(はっとう)、方丈が一直線に並んでいます。

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  三門。

  慶長4年(1599年)建立で重文。

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  仏殿。

  文政10年(1827年)の建立で重文。

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  法堂(はっとう)。

  明暦2年(1656年)の建立で重文。

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  後ろが大方丈。

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  方丈、庫裏への玄関。

  拝観はここが受付。

  玄関は承応3年(1654年)の建立でやはり重文。

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  撮影 2017/01/22

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2017年1月22日 (日)

思いでの旅(1)1992年9月 - 東北旅行(5) 大曲駅にて

 

 

  なぜこの時間に大曲駅にいたのかが思い出せません。

時計は10時過ぎを指し示していますが、角館を離れてからの写真と思われます。

しかし、それですとと秋田側に引き返したことになりますが、なぜこの時間に大曲駅にいるかは謎です。

ただ、ひとつ覚えているのは帰りの盛岡までは特急「たざわ」を利用したことです。

帰りの特急「たざわ」は角館、田沢湖駅で立ち客がでるほどの満員となりました。大曲で乗車したのは正解だったかも知れません。

 

  大曲駅にて。

  キハ58。

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  キハ53?

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  キハ40。

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  盛岡行き特急「たざわ」。

  盛岡からは東北新幹線を利用して一旦拠点としていた郡山の親戚の家まで帰りました。

  けっこう贅沢な旅をしています。

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  最近の大曲駅。2015年8月29日撮影。

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  撮影 1992/09/06

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2017年1月21日 (土)

思いでの旅(1)1992年9月 - 東北旅行(4)角館の武家屋敷

 

  前日は角館の民宿で一泊。

駅からタクシーを利用しなければならないほど暗くなってからの角館入りでした。

さすがに酒田からは遠い。

特急を利用できるワイド周遊券での旅でしたが、どこで特急を利用したかはもう記憶の彼方。

角館については2015年に訪れており、詳しくは下のリンクで。

夏の終わりに角館、松前を訪れる 2015年(3) - 武家屋敷通りの角館(かくのだて)を散策(1)西宮家から武家屋敷通りへ

夏の終わりに角館、松前を訪れる 2015年(4) - 武家屋敷通りの角館(かくのだて)を散策(2)小田野家屋敷と河原田家屋敷

夏の終わりに角館、松前を訪れる 2015年(5) - 武家屋敷通りの角館(かくのだて)を散策(3) 岩橋家と角館樺細工伝承館 

夏の終わりに角館、松前を訪れる 2015年(6) - 武家屋敷通りの角館(かくのだて)を散策(4) 「角館歴史村・青柳家」

夏の終わりに角館、松前を訪れる 2015年(7) - 武家屋敷通りの角館(かくのだて)を散策(5)石黒家

夏の終わりに角館、松前を訪れる 2015年(8) - 武家屋敷通りの角館(かくのだて)を散策(6)天寧寺の芦名家墓所

 

  民宿は観光スポットのある桧木内川(ひのきないがわ)の東では無く、西の河岸にありました。

  当時の民宿の相場は食事つきで平均6000円から6500円。

  夕食はどこもボリュームがあり、他のお客と一緒に食事をするところが民宿の特徴でした。

 

  朝早く北に向かって堤防を歩いて行きます。

  赤い橋を渡って町中に入りました。

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  武家屋敷通り。

  まだ朝早くで人通りがありません。

  当然、拝観はできませんでした。

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  岩橋家は門が閉じられています。

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  角館町伝承館。

  もう一度桜の時節に訪れてみたいですね。

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  撮影 1992/09/06

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2017年1月19日 (木)

思いでの旅(1)1992年9月 - 東北旅行(3)酒田市 本間家旧本邸、山居(さんきょ)倉庫

 

  鶴岡から酒田へ移動。羽黒山から少し駆け足旅行になりました。

 

  酒田市と言えば米どころ庄内平野とかっての大地主であった本間家。

江戸時代から戦後の農地解放まで日本最大の地主として知られていました。

その本間家の旧本邸などが残っており拝観できます。

当時の豪農の一端が垣間見えます。

拝観料大人700円、中高生300円、小学生200円、本間美術館との共通入館券1400円(以上2017年1月現在)。

 

  薬医門。

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  長屋門。

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  本間家旧本邸。

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  邸内内部。

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  山居倉庫(さんきょそうこ)は明治26年(1893年)に建設された米穀倉庫。

  現在は酒田市観光物産館「酒田夢の倶楽」、庄内米歴史資料館が併設されています。

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  倉庫の裏のケヤキ並木。

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  写真家の土門拳記念館を最後に訪れました。

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  当時の酒田駅。

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  EF81と50系客車。

  その日の内に角館へ移動。角館で一泊。

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  撮影 1992/09/05

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2017年1月17日 (火)

思いでの旅(1)1992年9月 - 東北旅行(2)致道博物館(鶴岡市)、羽黒山五重塔

 

  鶴岡市の致道博物館は鶴岡城に隣接していますが、興味深いことに鶴岡城の写真は一枚もありません。

これは今のようにインターネット環境が無く、資料不足で観光していたことから鶴岡城の存在を見逃していたものと思われます。

致道博物館も必ずしも微に入り細に渡り見学するという態度が見受けられない杜撰(ずさん)な訪れ方をしています。

 

  さて、最初にまず善宝寺を訪れ、再びバスで鶴岡市内に戻ってきました。

致道館博物館はそこそこにして、羽黒山へバスで向かい、宿坊で一泊。

あくる朝、随身門から国宝五重塔にかけて写真に収めると再び随身門へ戻り、門前にあるバス停からバスで羽黒山に登りました。健脚な人は歩いて上り下りするようです。

 

  致道博物館。

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  旧鶴岡警察署庁舎(重要文化財)と拝観入口。     

  博物館拝観料は一般 700円、学生380円、小中学生280円(2017年1月現在)。

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  旧渋谷家住宅(重要文化財)。

  文政5年(1822年)の建築。

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  旧西田川郡役所(重要文化財)。

  明治14年(1881年)の建築。

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  羽黒山へは致道博物館の近くのバス停から乗車した記憶があります。

  あくる朝8時ごろ。

  出羽三山神社の大きな碑を見ながら随身門へ。

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  随身門。

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  国宝五重塔。

  文中年間(約600年前)の再建と見られている。

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  山上にバスで登り、三神合祭殿(さんじんごうさいでん)へ。

  文政元年(1818)の建築。

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  鶴岡駅にバスで戻ると列車で酒田へ向かいました。

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  撮影 1992/09/04、05

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2017年1月15日 (日)

思いでの旅(1)1992年9月 - 東北旅行(1)善宝寺(山形県鶴岡市) 五重塔と善宝寺駅跡

 

  最近の体調不良が祟って余り長距離の外出がままならず、記事も頻繁に上げることができません。

そこで、主にフィルム時代の写真を材料に90年代の鉄道旅を綴ってみようと思います。

長い文は書かないつもりです。

 

  コンパクトカメラを父から譲り受けたことが切っ掛けで始まった鉄道旅。

もともと中学生の時代からカメラをいじっていましたが、高校に上がるとそんな趣味は忘れてしまったかのように無関心となりました。

それから20年以上、再びカメラを手にして旅行を始めることになります。

その最初が1991年の東北旅行でした。

 

  今日アップした善宝寺と善宝寺駅はその翌年の第2回東北旅行の際に訪れた場所です。

福島県郡山市の身内の家を拠点として鶴岡市に向かい、まず訪れたのがこの善宝寺でした。

目的は五重塔です。

ただ、曇り時々雨の生憎の天候で良い写真は撮れなくて残念でした。

使用した切符は「東北ワイド周遊券(今は廃止され無い)」。

 

  行程は郡山から福島まで東北新幹線、福島から山形まで山形新幹線、山形からは特急「こまくさ」で新庄へ。

新庄からは陸羽西線普通で余目まで、そして余目から鶴岡へ。

ちなみに新幹線は「東北ワイド周遊券」の適用外だったはず。随分贅沢をしています。

その後、鶴岡から酒田、秋田を過ぎて角館で2泊目。角館からは長距離ながらその日のうちに郡山へ帰りました。

 

  鶴岡では羽黒山や致道博物館も訪れました。

 

  善宝寺は曹洞宗の寺院。

  鶴岡駅よりバス(庄内交通 善寳寺経由湯野浜温泉行き)で30分ほど。

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  善宝寺の五重塔は明治16年(1883年)の建立。

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  庄内交通湯野浜線の廃駅である善宝寺駅。

  庄内交通湯野浜線は昭和50年(1975年)に廃線となりました。

  保存されているモハ3形。

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  善宝寺鉄道記念館だった建物。

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  撮影 1992/09/04

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2017年1月13日 (金)

【天守閣】現存12天守(12)2008年4月 - 世界遺産かつ国宝姫路城(兵庫県姫路市)

 

  現存天守12城の最後は国宝姫路城。

姫路城はユネスコの世界遺産でもあります。

国宝は大小天守と渡櫓等8棟、国の重要文化財は櫓・渡櫓27棟、門15棟、塀32棟。

 

  ご存知のように姫路城は大天守保存修理事業が終了したばかりです。

写真はその前の写真で白い姫路城ではありません。


  姫路城は戦国時代には黒田氏、後に羽柴氏(豊臣秀吉)が城代として山陽路の拠点とし、山陽路の要の城でありました。

1600年の関ヶ原の戦いの後、姫路城には池田輝政が52万石で入城し、ここに姫路藩が成立します。

そして城郭の大拡張が行なわれ、現在ある姫路城は池田輝政の手によるものです。

 

  その後池田家3代の後、元和3年(1617年)忠勝系の宗家である本多忠政が15万石で入部、本多家3代の後1639年(寛永16年)から親藩の松平(奥平)家が15万石で2代、慶安元年(1648年)からは松平(越前)家が15万石で2代、以後本多家(忠勝系宗家)2代、榊原家4代、松平(越前)家2代。

そして寛延2年(1749年)に雅楽頭酒井家(うたのかみさかいけ)の酒井忠恭(さかい ただずみ)が15万石で入り、以後10代で明治となります。

雅楽頭酒井家(うたのかみさかいけ)は、酒井忠次で有名な左衛門尉酒井家(さえもんのじょうさかいけ)とは別系統で幕府初期の老中、大老であった酒井忠世の系統です。

 

  さて、今回の姫路城の写真は、私の兄に許可を得た兄からの借り物であることをお断りしておきます。

私自身は姫路城へは2度訪れており、最初は数十年前、2回目が90年代。

最初の写真はモノクロの10枚ぐらい、2度目は母の付き添いで城外に待機し、父のみが登城して私の写真は外からの数枚のみで、いずれも掲載に耐えうるものではありませんでした。

そろそろ姫路城へと思案していた矢先に工事が始まってしまい、現在に至るまで納得のいく私の姫路城の写真は無く、今回の措置となりました。

 

  駅前道路からの天守。

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  入り口となる菱の門。

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  西の丸から。

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  天守の下、備前丸。

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  天守から手前に三国堀、菱の門、向こうが西の丸。

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  三の丸広場と駅前通り。

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                                           撮影 2008/04/06

 

  2013年9月8日私の撮影で、駅前から素屋根で覆われた大天守。

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2017年1月10日 (火)

新年の岐阜城(4)2017年1月 - 岐阜城  山上にて

 

  山上で天守を写すポイントは2か所。

金華山閻魔堂の横とそこから少し登った所。

下の写真はその後者のポイントでの天守です。

 

  ロープウェイ山頂駅から天守までは歩いて7分ほど。新年かつ冬休みという事で多くの家族連れや若者が訪れていました。

 

  今年(2017年)は信長により岐阜と命名されてから450周年。岐阜市中、何処にも幟がはためいています。

 

  いつもの「余湖くんのお城のページ」からの引用図。

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  二番目のポイントからの岐阜城天守閣。

  昭和31年(1956年)の建設。

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  長良川と長良橋。

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  遠くに見えるのが伊吹山。

  手前の橋は金華橋、向こうが忠節橋。

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  天守と資料館を拝観します。

  両館共通で大人200円、小人100円。

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  鉄筋コンクリート造りなどで中はこんなもの。

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  資料館が見えます。

  東にあたります。

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  長良川上流。

  やはり東方向。

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  長良川の北、岐阜市最高峰の山、百々ヶ峰(どどがみね)標高417.9m。

  ちなみに金華山(旧稲葉山)は標高329m。

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  長良川下流西方向。

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  展示物。

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  天守のまえにある金華山御嶽神社。

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  少し下った所にある資料館。

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  2番目のポイントから。

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  帰りはもう一本の道を利用します。

  途中、展望台に至ります。

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  ロープウェー乗り場の地上駅正面。

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  撮影 2017/01/05

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2017年1月 8日 (日)

新年の岐阜城(3)2017年1月 - ロープウェイで山上へ

 

  1600年の関ヶ原の戦いで岐阜城は本戦の前哨戦として戦われ落城。

翌年、岐阜城は廃城となり新たに南の加納に加納城が築城されここに加納藩が立藩されます。

そして岐阜の旧城下町は元和5年(1619)に尾張藩領となり岐阜奉行が統治しました。

人口は5千人ほどで、商工業都市として江戸時代を通じて栄えました。

江戸時代の岐阜町の様子を参照してください。

 

  いつもの「余湖くんのお城のページ」からの引用図。

Gihutyo

 

  長い行列で私の数人前で打ち止め。

  といってもすぐに次の臨時(定時ではないという意味で)のゴンドラで昇ることができました。

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  長良橋と長良川北の岐阜の町並み。

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  乗車してきたゴンドラ。

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  駅舎。

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  駅舎のすぐ目の前にあるリス村。

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  最初から道が分かれます。

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  皆さんと同じようにこちらを選択。

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  最初は平坦な道が続き、馬場跡と言われているのが分かります。

  本当に馬場跡だったかは分かりません。

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  やがて石段になります。

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  堀切。

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  多少コンクリートで改変されています。

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  金華山閻魔堂。

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  閻魔堂の横からの天守。

  昭和31年(1956年)に建設。

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  撮影 2017/01/05

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2017年1月 6日 (金)

新年の岐阜城(2)2017年1月 - 岐阜大仏から名和昆虫博物館、信長居館跡

 

  妙照寺から北に道を取ると岐阜大仏があります。

岐阜の大仏様は竹材の上に粘土を塗り美濃和紙を張りさらに漆を塗りその上に金箔を貼るという手法が取られているため、別名籠大仏(かごだいぶつ)とも言われています。

岐阜大仏の正式名は黄檗宗金鳳山正法寺。拝観料は大人200円、小人100円。

一見の価値はあります。

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  岐阜大仏の建立には38年を要しています。(1791年(寛政3年)頃から1832年(天保3年))。

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  信号のある交差点を山の方に右折し名和昆虫博物館から岐阜公園に入ります。

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  前身の名和昆虫研究所の開設は明治29年(1896年)と古い。

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  入館料:大人500円 小人400円。

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  現在は公開していない建物。

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  岐阜歴史博物館。

  岐阜の文化、歴史の拠点とも言えます。

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  板垣退助の銅像。

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  「板垣死すとも自由は死せず」の有名な言葉を残した。

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  往時を偲ばせる冠木門(かぶきもん)。

  もちろん模擬門。

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  信長居館跡から三重の塔とロープウェイ。

  三重塔は「大正天皇御大典を記念して1916年5月建立された」。

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  まだまだ発掘は続いています。

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  ロープウェイで山頂へ。

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  撮影 2017/01/05

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2017年1月 5日 (木)

新年の岐阜城(1)2017年1月 - 本町3丁目バス停から妙照寺

 

  久し振りに岐阜城に登った際の様子を。

新年で冬休みと言うこともあり子供連れ、家族つれだっての観光客が多く、ロープウェイ乗り場は列を作っていました。

ロープウェイは15分間隔が通常ながら、増便されて観光客をさばいていました。

ロープウェイ乗り場から天守閣までは歩いて7分ほど距離がありますが、途中、枝分かれするように麓への登山道が整備されていて、うっかり間違えそうになります。

歩いて登って来ている人々も多く、金華山はちょっとした登山には至便な山となっています。

岐阜駅からバスで10分ぐらいの本町3丁目のバス停で下車。正面に金華山(旧稲葉山)と岐阜城が見えます。

 

  バス停を降りてすぐにこの標識。

  「ここは旧岐阜釜石町(現本町3丁目)  

  釜石町は、江戸時代、七曲り道(かっての岐阜城大手門への道)を挟んで南北にあった。大正五年、本町三丁目となった。」とある。

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  金華山の上にそびえ立つ岐阜城天守閣。

  昭和31年(1956年)、建築。

  関ヶ原の戦い以後、江戸時代を通じて天守も城も破却されて存在しませんでした。

  しかし現天守が落成してから60年、すっかり風景に溶け込み馴染んでしまっています。

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  東向き車線は北に向かい一方通行となります。

  すぐに材木町バス停。

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  南側に八幡神社。

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  この辺りには古い民家があったりします。

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  常在寺。

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  常在寺は斎藤道三以後の斎藤氏3代の菩提寺。

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  常在寺は拝観できますが、下の2点はレプリカでした。

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  常在寺の斜め向かいにあるのが妙照寺。

  芭蕉が貞享5年(1688年)約1ヶ月滞在したことで知られています。

  境内に「やどりせむ あかざの杖に なる日まて」の句碑があります。

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  この日は風が強かった。

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  本堂。

  手前が先ほどの芭蕉の句碑。

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  本堂正面。

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  本堂正面にある「東之鬼」、「西之鬼」。

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  三光稲荷社。境内奥にある。こちらへの参拝客も多いとか。

 

  「此処は、旧竹中半兵衛屋敷蹟で、当時既に空き屋敷であったと推量される。境内奥の「三光稲荷社」は、竹中半兵衛が守護神として祀り信仰したと伝えられている。」出処。

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  社殿。

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  ここから大通りに戻ります。

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  撮影 2017/01/05

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2017年1月 2日 (月)

謹賀新年2017年 - 今年もよろしく


  謹賀新年 2017年

 

  最近体調不良ですが、今年も頑張ります。

  写真は近所の秋葉神社。

  町内の人は自動的に氏子となります(当然、例外在り)。

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  撮影 2014/01/02

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