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2017年8月

2017年8月31日 (木)

長崎観光は路面電車(長崎電気軌道)で(3) - 出島 史跡「出島和蘭商館跡」

 

 

  出島は江戸時代に鎖国政策の一環として造成された人口島でした。

出島には隔離するようにオランダ商館が置かれました。

戦後、埋め立てが行われ、島全体が陸続きとなってしまっています。

「出島和蘭商館跡」として史跡に指定されており、現在、長崎市により復元作業が進められています。

 

  南側を路面電車が走り、出島電停と築町(つきまち)電停を結んでいます。

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  大通りに出ると出島電停があります。

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  復元作業が進められています。

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  復元された町並み。

  内部も復元されています。

  一般510円 高校生200円 小中学生100円。

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  出島電停。

  南側の細い道路から回り込んできます。

  北に向かうと長崎駅前です。

  ここから北に向かい、浦上から平和公園、浦上天主堂を訪れました。

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  撮影 2013/01/05

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2017年8月30日 (水)

長崎観光は路面電車(長崎電気軌道)で(2) - 国宝崇福寺、眼鏡橋、諏訪神社

 

  長崎観光には路面電車が有効です。

どうしてもバスが必要な場合もありますが、主要な観光地は路面電車で行くことができます。

 

  長崎観光の第1日目はグラバー邸のあるグラバー園、国宝大浦天主堂、オランダ坂などを巡りました。

2日目は朝の内に国宝崇福寺を訪れ、さらに眼鏡橋から例祭が長崎くんちで有名な諏訪神社を訪れました。

 

  朝の長崎駅前電停。

  正覚寺下行き電車で終点まで行きます。

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  正覚寺下電停。

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  崇福寺三門(そうふくじさんもん)。

  1849年建立で重要文化財。

  崇福寺は黄檗宗の寺院。

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  第一峰門は1644年建立で国宝。

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  1646年建立の大雄宝殿(本堂、金堂にあたる)も国宝。

  他にも重文の建築物が並んでいます。

  崇福寺は江戸時代初期に建立された中国様式の寺院。

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  眼鏡橋。

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  諏訪神社前電停。

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  例祭が「長崎くんち」で有名な諏訪神社。

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  次は出島に向かいます。

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  撮影 2013/01/05

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2017年8月29日 (火)

長崎観光は路面電車(長崎電気軌道)で(1) - 国宝大浦天主堂からグラバー園など

 

  長崎観光には路面電車が有効です。

どうしてもバスが必要な場合もありますが、主要な観光地は路面電車で行くことができます。

 

  長崎着が午後になってしまい、取り敢えずグラバー園を中心に観光することにしました。

  長崎駅前から正覚寺下行きに乗車して築町(つきまち)電停で石橋行きに乗り換えます。

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  築町電停。

  石橋行きに乗り換えます。

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  大浦天主堂下電停で下車。

  電車は終点の石橋へ向かいます。

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  国宝大浦天主堂。

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  グラバー園のグラバー邸。

  グラバー園には他にも多くの洋館が建ち並び洋館のテーマパークのようです。

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  歩いてオランダ坂に向かいます。

  オランダ坂は日本3大がっかり名所の一つに数えられています。

  他の二つは高知の「はりまや橋」、札幌の時計台だということです。

  オランダ坂については「えっ、これだけ!」というのががっかり感を醸し出します。

  それでも、オランダ坂を含む一帯が見どころとなっているので救われています。

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  旧英国長崎領事館などを観光しながら大浦海岸通り電停から築町(つきまち)電停乗り換えで長崎駅前に戻りました。

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  撮影 2013/01/04

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2017年8月28日 (月)

長崎駅にて - 2014年以降 駅舎移転高架化と再開発へ

 

  2013年時における長崎駅。

2014年以降に長崎車両センターの移転などの動きがあった長崎駅は、新幹線の動きともからんで今後高架化などの計画が具体化していくのでしょう。

 

  キハ66・67系の「シーサイドライナー」。

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  キハ66・67系のハウステンボス色「シーサイドライナー」。

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  885系特急「かもめ」。

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  長崎駅前。

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  長崎電気軌道。

  長崎観光の有力な足となります。

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  撮影 2013/01/04

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2017年8月27日 (日)

佐世保から快速「シーサイドライナー」で長崎へ - 大村線はシーサイド

 

  大村線は大村湾に沿って走る、大部分が非電化の路線。

佐世保を出た列車は早岐(はいき)まで佐世保線を行き、早岐から大村線に入ります。

早岐~ハウステンボス間は電化区間で特急電車がハウステンボスまで乗り入れますが、その先は非電化区間となります。

快速「シーサイドライナー」はその名の通り、大村湾の海辺に沿って走ります。

諫早駅からは長崎本線に入り、諫早(いさはや)~長崎間は運行頻度も高いのですが、諫早~肥前山口間が過疎路線となり、特急が頼りとなります。

 

  佐世保駅にて。

  写真を撮っていたら、2両編成の「シーサイドライナー」は満席となってしまいました。

  それでも、なんとか通路側に一席を確保。

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  早岐からすぐにハウステンボス駅に。

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  大村湾を眺めながら南下。

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  途中で列車交換。

  対向車はキハ200系気動車の「シーサイドライナー」。

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  再び海辺を行きます。

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  途中、諫早駅から長崎本線に入り、長崎駅に到着しました。

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  撮影 2013/01/04

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2017年8月26日 (土)

佐世保駅にて 2013年1月 - 長崎県佐世保市

 

  早岐駅(はいきえき)で連絡している快速「シーサイドライナー」をやり過ごし佐世保駅までやって来ました。

 

  佐世保駅は高架駅。

  一度改札を出て散策してみました。

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  肥前山口から乗車してきた817系電車。

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  佐世保駅東口。

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  みなと口。

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  みなと口の前は海。

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  ハウステンボス色の「シーサイドライナー」。

  写真を撮っていたらすぐに満席になってしまいました。

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  諫早、長崎に向けて大村線を南下。

  やがてハウステンボスに。

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  撮影 2013/01/04

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2017年8月25日 (金)

肥前山口駅(佐賀県杵島郡江北町)と早岐駅(佐世保市)にて2013年1月 - 長崎観光への途中

 

 

  2013年に長崎を訪れた際の肥前山口駅。

この駅で長崎線から佐世保線が分岐します。

長崎線の場合これ以遠の諫早(いさはや)までは普通列車が極端に少なくなり、直接かつ早く長崎へ到達するためには特急の利用が欠かせません。

したがって普通列車のみで行く場合(青春18きっぷなどの場合)は一旦佐世保線で佐世保方面に向かい(佐世保方面へは基本的に1時間に1本の普通電車があります)、途中の早岐(はいき)か佐世保で長崎行きの「シーサイドライナー」に乗り換え、これを利用するのが手段的には一つの方法です。

もちろん、金銭的に余裕があれば、肥前山口~諫早間を特急で速達するのも一つの選択肢です。

私の場合は、「シーサイドライナー」に乗ってみたいということもあり佐世保経由を選択しました。

 

  現在のダイヤでもほぼこの状況は変わっていません。

 

  肥前山口駅にて。

  長崎行きの特急「かもめ」と。

  この時点で9時半頃ですが長崎行きの普通は12時台までありません。

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  佐世保行き普通で佐世保線を行きます。

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  早岐駅(はいきえき)にて。

  佐世保発長崎行きの「シーサイドライナー」(右側)と連絡しています。

  佐世保に行きたいということで、このまま普通で佐世保に向かいます。

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  長崎行き快速「シーサイドライナー」。

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  撮影 2013/01/04

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2017年8月23日 (水)

山口県柳井市と防府市を観光(14) - 新山口駅にて 特急「スーパーおき」キハ187系

 

  特急「スーパーおき」は新山口~米子(鳥取)間に一日三往復運行されている気動車特急です。

使用車両はキハ187系。

 

  基本は2両編成。

  新山口駅にて。

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  グリーン車はなく普通車の指定席車両と自由席車両からなっています。

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  撮影 2017/07/31

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2017年8月20日 (日)

山口県柳井市と防府市を観光(13) - 防府市 旧毛利家本邸

 

  結果的に最後となりましたが、旧毛利家本邸と博物館を拝観。

庭園との共通券は大人1000円、小中生500円。

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  重要文化財

 

  旧毛利家本邸

  旧毛利家本邸は、明治天皇から山口県内に本邸を構える承諾を得た 公爵毛利家が、維新の元勲井上馨の協力を得て、明治二十五年(1892)この地に建設することを 決定し、 建てられたものである。

工事は大正元年(1912)九月に着工し、四年弱の歳月を経て同五年に完成した。

                                     (後略)

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  邸内の撮影は可ですが、博物館区域は撮影不可です。

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  庭園の全体は見渡せません。

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  外から。

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  二階へ。

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  二階からの庭園。

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  寝室。

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  廊下の奥に博物館があり、拝観券のもぎりは博物館で行います。

  博物館は冷房が効いていました。

  係りの方(学芸員の方か?)に外は暑いのでゆっくりしていって下さいと声を掛けて頂きました。

  有難うございました。

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  さて、これで柳井市と防府市での観光は終わり。

  防府発13時半頃の電車に乗車しないと帰りのフェリーに間に合わないので、毛利氏庭園から取って返し、国分寺の前を通り過ぎ、防府天満宮前から萩往還を南に折れて駅へ向かいます。

 

  萩往還、防府天満宮の参道を南へ、振り返って。

  らんかん橋にて。

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  駅前の種田山頭火の像。

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  フェリーターミナルへの第一便の門司駅前発連絡バスは16時。

  無事に15時過ぎに門司駅に到着してバスで新門司港へ。

  新門司港は土砂降りでした。

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  撮影 2017/07/31

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2017年8月19日 (土)

山口県柳井市と防府市を観光(12) - 防府市 毛利氏庭園

 

 

  防府市の毛利本邸は維新後に公爵の爵位を得た旧長州藩主毛利氏が建てた邸宅。

明治時代に一度着工するも、日清、日露戦争で中断し、改めて大正元年(1912年)に着工し大正5年(1916年)に完成しました。

 

  説明板の抜粋

 

  国指定  名勝 毛利氏庭園

(前略)

庭園は、本邸から見渡せる周防国府跡、三田尻湾、瀬戸内海等の自然を背景・借景 としており、自然の地形・植生に人工的な作庭を加え両者の調和をはかっている。

本邸への導入部である路傍庭園、邸内の各建造物に調和するように配置された平庭、 瓢箪池を中心とした林泉からなり、池の周囲を回りながら景色を鑑賞する池泉回遊式庭園であるが、 滝の石組やせせらぎを設け、渓谷風の流れを重視した構成となっている。

  (後略)

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  券売所で博物館、庭園共通券を購入し、まず庭園から拝観しました。

  共通券は大人1000円、小中学生500円。

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  毛利本邸の家屋の前を通ります。

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  大きな屋敷です。

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  屋敷の一部を改装して博物館としています。

  博物館の宝物は2万点ほどもあり、博物館のみ写真撮影不可。

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  庭園内に入って行きます。

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  夏という事で緑一色ですが、秋は紅葉が良さそうです。

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  庭園の大きさが分かります。

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  とにかく暑くて閉口しました。

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  庭園は夏に来るものでは無いことを再確認。

  邸宅に向かいました。

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  撮影 2017/07/31

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2017年8月17日 (木)

山口県柳井市と防府市を観光(11) - 旧山陽道を佐波神社から毛利邸へ

 

  周防国分寺から旧山陽道をさらに東へ行くと、周防国衙跡西北隅という場所に出ました。

これをさらに東に向かうと佐波神社(さばじんじゃ)の前に出ます。

国分寺からは500mほど。

佐波神社は明治40年(1907年)に金切神社、浜宮神社、八幡宮、日吉神社が合併してできた神社で祭神は天照大神を含めて十四神。

 

  周防国衙跡(すおうこくがあと)西北隅とあります。

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  佐波神社(さばじんじゃ)。周防国(すおうのくに)総社。

  社殿は石段の上にあります。

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  鳥居の横。

  大村能章(おおむらのうしょう)顕彰碑があります。

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  大村能章(おおむらのうしょう)は昭和期の作曲家(1962年(昭和37年)没)。

  「野崎小唄」、「麦と兵隊」、「戦友の唄(同期の桜)」などの作曲で有名。

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  佐波神社社殿。

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  佐波神社拝殿と境内社。

  佐波神社の旧社格は県社でした。

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 佐波神社前の旧山陽道。

  このあたりでは少し高台を通っています。

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  やがて毛利氏庭園の前に。

  駐車場とトイレがあります。

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  坂を登っていくとこの表門へ。

  ここからさらに登っていきます(自転車が入って良かったかは判りません)。

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  手前の駐車場に自転車を置き毛利本邸の前に。

 

  完全に暑さにやられて毛利庭園入口横のベンチで大休止。

  横に自動販売機があり、冷たい水やお茶で生き返りました。

  この日は月曜日で毛利邸横の喫茶店が休みだったのは計算外でした。

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  毛利本邸玄関と券売所。

  拝観料は庭園・博物館共通券 大人1,000円、中学生以下500円。

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  撮影 2017/07/31

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2017年8月15日 (火)

山口県柳井市と防府市を観光(10) - 防府市 周防国分寺(すおうこくぶんじ)

 

  防府天満宮から山陽道を東に向かいます。

途中で山陽道は少し北にあがりそこからさらに東に向かいます。

防府天満宮から周防国分寺までは約500mぐらい。

したがって歩いても10分足らずの距離にあります。

とにかく強い日差しと暑さには閉口しました。

暑いと集中力が落ち、注意力が散漫になり、境内を回っても随分と見落としが多くなります。

すでに防府天満宮では宝物館を訪れ損ないました(月曜日で休みだったかも知れないのですが)。

 

  途中で目にした防府天満宮大宮司 武光家屋敷跡。

  平成24年の「さかたり」(防府天満宮の社報)では来春、武光家屋敷跡に大宮司武光家資料館の開館計画があるとしるされていますが、以後どうなったのでしょうか?

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  やがて道路に面して大きな樹木が見えてきました。

  駐車場に自転車を置き、門へ。

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  門前から山陽道の西の方を振り返ったところ。

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  国分寺は天平13年(741年)聖武天皇の詔(みことのり)によって諸国に建立された官立の寺院です。

 

  仁王門。

  現在の仁王門は文禄5年(1596年)に毛利輝元が再建したもの。

  仁王像は室町時代。

  県指定の文化財です。

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  門内に入ると正面に金堂。

  この日は月曜日で拝観は叶いませんでした。

  拝観料は大人500円、小人300円、休館日は月曜日。

 

  現在の金堂は安永8年(1779年)毛利重就によって再建されたもの。

  国の重要文化財に指定されています。

  堂内には本尊薬師如来(重要文化財)をはじめ50余体の仏像を安置(ホームページ参照)。

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  金堂正面。

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  金堂の右横にある樹齢1000年と言われる槇(まき)の木。

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  中門(二ノ門)。

  寛永9年(1632年)毛利秀就によって再建されたもの。

  1999年の台風によって破損し修理途中。

  屋根に瓦がのっていません。

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  水鏡の井戸。

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  金堂の東側から仁王門を望んだところ。

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  聖天堂。

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  奥に持仏堂や庫裏があるようです。

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  金堂の裏側。

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  正面に戻って、引き返します。

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  自転車を置いた駐車場から仁王門。

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  撮影 2017/07/31

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2017年8月13日 (日)

山口県柳井市と防府市を観光(9) - 防府市 防府天満宮(ほうふてんまんぐう)

 

  菅原道真が失脚し九州太宰府に流される途中に立ち寄った宿泊地の一つが防府です。

道真が亡くなった日に防府勝間の浦に神光が現れ、酒垂山に瑞雲が棚引くなどしたために、これは道真の願いであると、この地に道真の霊魂を祀ることとなり、翌年の延喜4年(904年)に「松崎の社」が建立されました。

これが現代の防府天満宮です。(防府天満宮ホームページを参照)。

「日本最初に創建された天神様」と称し、日本三大天神とも言われています(ほかは太宰府天満宮(福岡県)、北野天満宮(京都市))。

 

  萩往還を東に防府天満宮へやって来ました。

  萩往還はここで南に折れ、三田尻に向かいます。

  石造りの一の鳥居。

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  青銅鳥居。

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  一の鳥居を振り返った所。

  南に向かう参道が萩往還。

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  石段を登り楼門へ。

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  石段を登る途中に右側に圓楽坊跡。

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  左に大専坊跡。

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  大専坊跡の門前から現在は茶室芳松庵となっている圓楽坊跡。

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  防府天満宮楼門。

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  拝殿。

  現社殿は昭和33年(1958年)の建築。

  登録有形文化財に登録されています(2009年)。

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  社殿の西門から出ると春風楼があります。

  もともとは五重塔を建築するつもりが幕末の混乱などで完成せず、明治6年(1873年)に楼閣として完成しました。

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  手前が燈明台、向こうが演舞場。

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  筆塚。

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  防府の町並みの眺め。

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  楼門の前に戻って来ました。

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  石段を下りて、向かって右側にあるまちの駅「うめてらす」の中の椅子に座り、しばらく涼みました。

  「うめてらす」にもレンタサイクルがあります。「うめてらす」案内。

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  しばらく休んで門前の道路から再び東に向かいました。

  とにかく暑い。

  ここからは休むところも見つからず(ベンチはある)、僅かに毛利博物館の展示場所で涼むことができたのが唯一。

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  撮影 2017/07/31

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2017年8月12日 (土)

山口県柳井市と防府市を観光(8) - 防府市 種田山頭火生家跡から定念寺、宮市本陣兄部家を経て防府天満宮へ

 

  新山口(旧小郡)で一泊し、あくる朝、防府へ出発しました。

防府は新山口から電車で15分ほど。

レンタサイクルを借りることのできる観光案内所が開くのは9時、したがって9時頃の電車でゆっくりと出発しました。

レンタサイクルは電動アシスト自転車が4時間で300円、普通自転車が4時間200円で4時間を超えると追加料金が発生します。

私は当然のように電動アシスト自転車を借りました。

坂道での威力は抜群ですが、実際、毛利邸付近ではその威力を如何なく発揮しました。

 

  奈良時代以降、防府には周防国(すおうのくに)の国府が置かれ、その遺構としての国衙跡や国分寺は見どころです。

また、近世は萩藩が参勤交代で使用した港が防府市南部の三田尻にあり、御船手組の根拠地としてその遺構や茶屋などが残っています。

明治になると毛利宗家の邸宅が防府に計画され、大正元年(1912年)に着工、大正5年(1916年)に完成しました。

邸宅と庭園は現在、毛利博物館、毛利庭園として公開されています。

 

  新山口発8時59分徳山行きで出発。

  防府には9時14分着。

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  まず最初に訪れたのが俳人の種田山頭火の生家跡。

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  生家跡の少し北に山頭火が通学に利用したという小径があります。

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  中には入らず。

  さらに北に向かいます。

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  北に向かうと東西の道路に出ます。

  これを東に行きます。

  道路沿いにある定念寺。

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  そこに萩往還のモニュメントがあります。

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  萩往還はここからさらに東に通じ、防府天満宮の前で南に折れ三田尻へ向かいます。

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  定念寺から少し行くと右手に宮市本陣兄部家(こうべけ)があります。

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  残念ながら平成23年(2011年)に火事で焼失してしまい、更地と化しています。

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  門と築地塀がポツンと。

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  平成5年(1993年)の記述。

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  さらに東へ。

  じりじりと照り付ける日差しで腕がヒリヒリしてきました。

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  防府天満宮の前に出ました。

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  撮影 2017/07/31

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2017年8月11日 (金)

山口県柳井市と防府市を観光(7) - 徳山駅(山口県周南市)にて

 

  周南市(しゅうなんし)は徳山市、新南陽市、熊毛町、鹿野町が合併して(2003年)できた新しい市。

その中でもひと際大きいのが徳山です。

合併直前、旧徳山市が人口10万人、旧新南陽市が人口3万人ちょっと、旧熊毛町が1万6千人、旧鹿野町が4千5百人ほどで、現在は周南市合計14万3千人ほど。

旧徳山市は周南地域(ほかに光市、下松市など)でも一番の大きな都市と言っても良さそうです。

柳井も翌日訪れた防府もそうでしたが、とにかく喫茶店のような場所が見つかりませんでした。

徳山なら喫茶店はあるだろう、もしくは見つけられるだろうと見当を付けて、宿のある新山口駅まで行く途中の徳山駅で下車しました。

 

  徳山駅は工事中。

  アーケード街を奥に進みましたが見つけられず、横道から大通りに出て、通りの反対側に喫茶店を見つけました。

  食事とアイスコーヒーで一息つきました。

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  徳山駅にて。

  岩徳線岩国行き普通気動車。

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  徳山駅 遠くに見えた115系4両編成。

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  宿のある新山口駅まで来てみると、なんとここでも工事中。

  しかもここでも街の中の喫茶店は皆無で、駅の待合室で休むしかありませんでした。

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  撮影 2017/07/30

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2017年8月10日 (木)

山口県柳井市と防府市を観光(6) - 柳井市 「むろやの園」商家博物館

 

  「むろやの園」はその屋号である「室屋」から来ています。

 

  柳井市のホームページによれば、

「室屋」の小田家は初代善四郎が元禄元年(1688)新庄村庄屋小田家から柳井津 金屋へ分家独立。

当初は反物、打綿、菅笠などの商売を営み、二代目善四郎の時、大阪との間で油の取引も始め、三代善四郎の時には50石~125石積船を50艘ばかりに増し、商取引は最盛期を迎えました。

四代目六左衛門の頃には油商としての性格が次第に強まっていきます(これが18世紀後半から19世紀の初め)。

 

  また小田家は岩国の吉川家に(柳井は岩国吉川領だった)献金などで度重なる貢献をし士分に取り立てられました。

(むろやの園に甲冑が残っていたり、中間部屋があったりするのはその名残りとも言えます。)

現在、(1)小田家代々の使用してきた生活用具1553点、(2)文書1011点、(3)町家、主家ほか10棟のすべてが県指定有形民俗文化財となっています。

主家(主屋)は享保年間(1730頃)の建築で県下でも最も古い町家に属する、そうです。

柳井市のホームページより。

 

  入口は交差点の南東側にあります。

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  「むろやの園」の南北の長さは119m。

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  入口を入って振り返った所。

  拝観料は大人450円、中高生350円、小学生300円。

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  「むろやの園」見取り図。

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  庭に出る前に振り返った所。

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  中間部屋があるのは小田家は士分ということで家来が必要だったとのこと。

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  庭と蔵。

  左側と奥は住居部分。

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  左側の住居部分。

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  本蔵。

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  本蔵の中。

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  奥に向かって右側の勘定蔵。

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  吉川家から拝領の甲冑。

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  次が米蔵。

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  米蔵の中。

  とにかく夥しく品々が残っています。

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  振り返って正面に本蔵。

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  主屋(主家)に戻って。

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  主屋二階部分。

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  外へ出て主屋の部屋。

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  大規模に家屋、生活用品などが残っていた「むろやの園」。

  「むろやの園」を出た頃には完全に暑さにやられていました。

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  暑い中、駅に戻ってきました。

  その暑さ故に、残りの防府市まで回る気力は失せました。

  防府はあくる日に回ることにしましたが、

  当のこの日はまだ日も高く、宿に入るには早いので、徳山駅で途中下車して喫茶店を探すことにしました。

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  撮影 2017/07/30

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2017年8月 8日 (火)

山口県柳井市と防府市を観光(5) - 柳井市 しらかべ学遊館、柳井市町並み資料館と松島詩子記念館、湘江庵の柳と井戸

 

  白壁の町並みの「ほぼ」西端(まだ西がある)にある「しらかべ学遊館」を訪れて後、駅前通りとの交差点に戻り、交差点の東側にある洋館の「柳井市町並み資料館」、大規模に商家建築が残っている「むろやの園」を最後に訪れました。

 

  「しらかべ学遊館」には柳井の歴史・民俗・伝統文化関連の展示があります。

  拝観は無料です。

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  「しらかべ学遊館」の内部。

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  東に戻り、駅前通りとの交差点に出ます。

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  交差点の北には洋館の「柳井市町並み資料館」があります。

  明治40年(1907年)に建築された旧周防銀行本店。

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  交差点を東に渡り、振り返った所。

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  商家博物館の「むろやの園」が南東角から南北に大規模に残っています。

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  まず「柳井市町並み資料館」に入ります。

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  柳井市に2年間居住した作家の国木田独歩の像が入口にあります。

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  中は冷房が効いていたので、しばらく滞在。

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  商家博物館の「むろやの園」がいかに大きいかが判ります。

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  二階は柳井市出身の歌手、故松島詩子の記念館として衣装やゆかりの品々が展示されています。

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  「むろやの園」を拝観する前に少し東にある「柳井」地名発祥の地の言い伝えのある湘江庵を訪れました。

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  湘江庵は曹洞宗の寺院。

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  柳と井戸。

 

  戻って最後に「むろやの園」を拝観します。

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  撮影 2017/07/30

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2017年8月 6日 (日)

山口県柳井市と防府市を観光(4) - 柳井市白壁の町並み(2)重文国森家住宅

 

  日本の各地には町並みを観光資源として提供している都市がたくさんあります。

そんな町並みに一つ、二つ重文級、国宝級の文化財が存在すると、これを核として魅力的な観光地を形成することができ、柳井においては国森家住宅がその役割を担っています。

 

  国森家住宅は18世紀の建築と見られており、貴重な近世の商家造りで、昭和49年(1974年)に重文に指定されました。

詳しくは国森家住宅((柳井市の文化財)で。

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  国森の表札があり、現在もお住まいのようです。

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  入口を入ると土間になっています。

 

  係りの方(家人の方か?)に家屋の説明をして頂けます。

  拝観料は大人200円、中学生以下100円。

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  先客があり、一人で二階まで上がってみました。

  下はお店。

  前に番頭さんが座り、後ろに主人が座っていたそうです。

  国森家は最初は反物商、後に手絞りともし油の製造、さらに、びんつけ油の製造販売を業としたそうです。

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  奥。

  二階への階段があります。

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  階段には戸があり、二階へ通じていることが分からないように工夫されていたそうです。

  もう一つ階段がありますが、これは後世のもので、本来はこの階段しかありませんでした。

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  二階。

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  屋根裏の梁(はり)。

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  正面の建具が「ぶちょう」。

  「「ぶちょう」は、三枚の板戸からなり、上の一枚は日中は内側に跳ねて吊り上げておき、下の二枚は柱に彫った溝に沿ってはずして全開するが、夜間は全部を閉める、機能的で開放的な商家の建具である。」

  実際にどう全開にするかを見せて頂きました。

  真ん中が全開になっています。

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  撮影 2017/07/30

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2017年8月 4日 (金)

山口県柳井市と防府市を観光(3) - 柳井市白壁の町並み(1)甘露醤油資料館とやない西蔵

 

  柳井市の白壁の町並みは東西が約250mぐらい。

真ん中あたりには重文国森家があり、最東端の大通りを東に渡った角に南北119mの商家博物館「むろやの園」があります。

白壁の町並みの中ではこの二家のみが有料で、前者が大人200円、後者が450円となっています。

国森家の西に北への道路があり、これを入って行くとすぐ右に甘露醤油資料館(佐川醤油蔵)、左に体験工房のやない西蔵があります。

 

  白壁の町並み。

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  北に入って振り返ったところ。

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  甘露醤油資料館。

  「甘露醤油は江戸時代、柳井の醸造家高田吉兵衛が独特の醸造法(再仕込み醤油)に成功。」

  「次の代の高田伝兵衛が、天明年間(1780年代)に、その芳香にして美味なる醤油を、時の領主(岩国藩主)吉川公に献上したところ、「甘露、甘露(かんろ、かんろ)」と賞賛されたのが、その名の由来と伝えられています。」引用元。

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  その西側にある体験工房がやない西蔵。

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  料金   入館無料

  【金魚ちょうちん製作体験 (受付)9:00~16:00】 大 900円、中 800円

  【柳井縞機織り体験 (受付)13:00~16:00】 10cmサイズコースター 300円

  【染色体験 (受付)第3金曜日13:00~16:00】 ハンカチ小 300円 ハンカチ大 500円 シルクスカーフ1,600円

     ※5名様以上の場合は事前にご予約下さい。

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  町並みの目玉である重文国森家を拝観します。

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  撮影 2017/07/30

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2017年8月 2日 (水)

山口県柳井市と防府市を観光(2) - 下関から柳井市(やないし)へ

 

  下関は山口県の西南端、柳井は同県の東南端に位置します。

この間の下関から柳井までは普通電車で2時間45分ほど。

今回の旅は青春18きっぷを利用しているので、移動はゆっくりです。

6時半頃の下関発岩国行き普通で柳井には9時15分頃に到着。

もう日差しが強くじりじりと肌を焼くような暑さで汗が噴き出してきました。

柳井では1時間ぐらいで回り切るつもりでしたが、結局、2時間ほど長居してしまい、もう最初の予定の防府も回り切るなどとても無理となりました。

 

  下関駅にて。

  手前は折り返し小倉行きとなった415系電車。

  左が岩国行き普通115系4両編成。これに乗車しました。

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  柳井の位置がわかる地図。

 

  柳井駅に到着。柳井駅。

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  柳井駅前通り。麗都路通りと名付けられています。

  柳井のシンボル的存在の金魚ちょうちんが至る所にあります。

  白壁の町並みのある交差点まで歩いて数分と近い。

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  柳井川に出ます。

  もうすでに町並みの雰囲気が。

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  橋を渡って振り返った所。

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  川沿いに休憩場所があり、その横の金魚ちょうちん。

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  本来なら、大通りを直進し洋館の見える交差点から白壁の町並みに入るところでしたが、ここから細い路地に入りました。

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  北に進みます。

  かけや小路と言います。

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  白壁の町並みに出ました。東方向。

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  西方向。

  意外に規模が大きいです。

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  撮影 2017/07/30

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2017年8月 1日 (火)

山口県柳井市と防府市を観光(1) - フェリーで新門司港へ

 

  今回は少し地味ながらも歴史がギュッと詰まった山口県の町を二カ所訪れました。

最初の予定では柳井と防府を一日で回り、2日目は山口市を訪れようと考えていましたが、意外にも柳井が小振りながら内容の濃い町であったことが、時間の都合上、一日目を二回に分けざるを得なくなりました。

さらに、もう一つは暑さが原因で回り切れなかった側面もあります。

 

  前日に大阪南港を17時出港の名門大洋フェリーの第一便を利用し、翌日朝、5時半に新門司港に到着。

名門大洋フェリーは久し振りの利用でしたが、夏休みということもあり子供さんが多かったこと、そして中国人観光客が団体で利用していたことにも驚きました。

現在の運行は以前の二等洋室、特二等洋室の区別を無くし、全部を二等洋室とし、第一便をインターネット割引で3割引き、第二便を同2割引きとしたのが功を奏してか、往きも帰りも二等洋室は満室でした。

以前の事を知るものにとってはちょっとした驚きで、廊下や展望室は賑やかとなり、以前のように静かに過ごすことは叶わぬ環境となってしまいました。

 

  新門司港行き第一便。

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  隣には第二便が待機。

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  大阪南港ターミナルを振り返って。

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  あくる朝、無料送迎バスで門司駅に到着。

  バスは小倉駅まで連絡します。

  フェリーターミナルから門司駅まで所要20分、小倉駅へはさらに20分。

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  下関行き415系電車に乗車。

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  下関まで所要6、7分。

  下関駅にて。

  山陰線滝部行き普通。

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  撮影 2017/07/29、30

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