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2018年5月

2018年5月31日 (木)

名鉄広見線 御嵩駅(みたけえき)と中山道御嶽(みたけ)宿 - 岐阜県可児郡御嵩町(みたけちょう)

 

  御嶽宿(みたけじゅく)は中山道49番目の宿場であり、かつ願興寺(がんこうじ)の門前町として発展しました。

 

  御嵩駅(みたけえき)は広見線終着駅で、かっては名古屋方面からの特急も運転されていましたが、最近は廃止論議が盛んで、地元も様々な手を講じています。

 

  1面1線のシンプルな終着駅。

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  中山道に面して御嵩駅があります。

  平成20年(2008年)に無人化。

  翌年、御嵩町観光案内所として開業。

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  すぐ目の前にある願興寺(がんこうじ)。

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  本堂は天正9年(1581年)建立で重要文化財。

  木造薬師如来及び両脇侍像、木造阿弥陀如来立像 、木造阿弥陀如来坐像、木造釈迦如来及び両脇侍像、木造四天王立像、木造十二神将立像なども重要文化財。

  願興寺ホームページ。

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  願興寺前の中山道。

  少し先に中山道みたけ館があり(白い建物)、御嵩町内の中山道関連の展示がされています。

  無料です。

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  日も暮れた御嵩駅。

  6000系2両編成。

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  撮影 2011/08/31

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2018年5月30日 (水)

名鉄広見線 明智駅 - 岐阜県可児市

 

  名鉄広見線明智駅の以前の駅名は伏見口駅。

駅から北に1Km足らずの地に旧中山道伏見宿があり、その地名が駅名の由来です。

昭和57年(1982年)に明智駅と改称されました。

かっては明智駅から八百津線が分岐しており、私も過去に八百津(やおつ)町に私用があり三回ほど利用した記憶があります。

平成13年(2001年)10月1日に八百津線は廃線となり、現在は代替バスが1時間に1本ほどの頻度で八百津と明智駅とを結んでいます。

 

  岐阜県にはもう一つ現恵那市(旧明智町)の明智鉄道明智駅があります。

何れも明智光秀出自の地として長い間論争が行われてきましたが、NHKの大河ドラマでは光秀の出自をどう扱うかは興味のあるところです。

 

  明智駅駅舎。

  平成20年(2008年)に無人化。

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  ホームは2面3線。

  向かって一番左が1番線で、通常は使用されていません。

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  新可児~御嵩(みたけ)駅間を往復する2両編成6000系。

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  南に向かって1700mに明智城址があります。

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  新可児 - 御嵩間は廃止論議が盛んで、地元は様々なアイデアを実施していますが、なかなか成果を上げられていないようです。

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  バス停広場。

  旧八百津線の代替路線である八百津とを結ぶYAOバスなどが発着します。

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  撮影 2011/08/31

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2018年5月28日 (月)

桑名駅 (JR・近鉄・養老鉄道) と桑名町歩き - 三重県桑名市

 

  三重県桑名市の桑名駅はJR、近鉄、養老鉄道が発着する主要駅です。

1番線から8番線まで連番であり、5番線が欠番となっています。

JRが1番線から3番線まで、4番線が養老鉄道養老線、6番線から8番線が近鉄。

 

  桑名市は桑名藩の桑名城を中心とした城下町であり、かつ東海道五十三次の42番目の宿場町として発展しました。

名古屋の宮宿と桑名宿の間は七里の渡しで海上を船でつなぎました。

旧桑名城は本丸、二の丸が九華公園として整備されていますが、城跡の遺構としてはかなり改変されてしまっています。

最も築城時の面影を残しているのは外堀の石垣でしょうか。

七里の渡しの近くには蟠龍櫓が外観復元されています。

 

  養老鉄道養老線。

  区間運転の石津行き。

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  近鉄特急ビスタカー、名古屋行き。

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  関ヶ原の戦いの後、桑名藩初代藩主として10万石で入封したのは徳川四天王の一人本多忠勝。

  桑名藩の藩主家は本多家が2代、松平(久松)家が5代、松平(奥平)家が7代、そして再び松平(久松)家が戻り5代で明治の廃藩置県に至ります。

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  旧桑名城跡の九華公園。

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  平成15年(2003年)に外観復元された蟠龍櫓。

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  七里の渡跡(しちりのわたしあと)。

  「大鳥居は、これより伊勢路に入ることから「伊勢国一の鳥居」と称され」た。

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  外堀の桑名城石垣。

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  二代目諸戸清六の邸宅として大正2年(1913年)に完成した六華苑(ろっかえん)。

  諸戸家は地元の名望家。

  入苑料 一般[高校生以上] 310円。中学生 100円。

  旧諸戸清六邸は重要文化財、庭園は国の名勝に指定されています。

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  JR桑名駅はすべての特急、快速が停車します。

  快速「みえ」キハ75形。

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  撮影 2010/07/10

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2018年5月24日 (木)

JR播州赤穂駅と赤穂城 - 兵庫県赤穂市

 

  赤穂と言えば、江戸時代の「元禄赤穂事件」(「忠臣蔵」が一般には馴染みがある)を思い起こします。

浅野氏が赤穂藩藩主として入封したのは正保2年(1645年)の事。

浅野氏は長政の時、秀吉と最も近い姻戚として重用され、秀吉の死後は家康に接近しました。

そして、その子の幸長は関ヶ原の戦いでの功により紀伊和歌山37万6千石を与えられ初代和歌山藩藩主となります。

慶長18年(1613年)に幸長が死去すると、次弟の長晟(ながあきら)が継ぎ、安芸に移封され42万石で広島藩藩主となります。

 

  これが浅野宗家で、浅野長政の隠居領であった常陸真壁5万石を継いだのが三男の長重。

そして、その子の浅野長直が赤穂に入ったのが前述の正保2年(1645年)でした。

現在まで残る赤穂城の縄張りはこの長直の時代のもの。

そして元禄14年(1701年)に殿中で刃傷沙汰(にんじょうざた)を起こしたのが長直の孫の長矩(ながのり)で、長矩は切腹、赤穂浅野家は断絶しました。

その後、赤穂藩は永野家1代、森家12代で明治に至ります。

 

  播州赤穂駅。

  2面3線のホーム。

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  播州赤穂駅。

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  三の丸大手門と隅櫓。

  昭和30年(1955年)の再建。

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  大石邸長屋門。

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  三の丸にある大石神社。

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  創建は明治33年(1900年)。

  主祭神は大石内蔵助良雄以下四十七士命、萱野三平、浅野家三代、森家七将。

 

  森家七将とは森可成、森可隆、森長可、森成利(蘭丸として知られる)、森長隆、森長氏、森忠政。

  可成は信長に仕えた有力武将で、可隆以下忠政までは可成の子の六人兄弟。

  六男の忠政以外は父の可成を含め何れも戦死しましたが、末弟の忠政は関ヶ原の戦いで東軍につき、美作一国津山藩18万6500石の太守として残りました。

  その子孫が2万石で赤穂藩藩主となり明治まで存続したものです。

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  本丸にある天守台。

  天守閣は造営されませんでした。

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  播州赤穂駅にて。

  姫路行き普通223系と到着したばかりの115系電車。

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  撮影 2010/08/21

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2018年5月22日 (火)

JR赤穂線西片上駅(にしかたかみえき)と真光寺(しんこうじ) - 岡山県備前市

 

  岡山から西大寺を経て赤穂に向かう途中、真光寺の三重塔を目的に西片上駅で途中下車しました。

駅から国道2号線を西へ徒歩5分ぐらいの距離に真光寺があります。

 

  真光寺は高野山真言宗の寺院で本尊は阿弥陀如来。

本堂、三重塔が重要文化財に指定されています。

 

  また、西片上駅は備前市役所の最寄りの駅。

 

  西片上駅は昭和38年(1963年)に新設された駅でホームが一つしかありません。

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  駅舎の前は国道2号線。

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  真光寺本堂。

  寺伝では応永年間(1394年~1428年)に再建されたとあるそうです。

  重要文化財。

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  三重塔。

  室町時代中期の建築。

  瀬戸内市牛窓町の蓮華頂寺にあったものを慶長18年(1613年)に移築。

  重要文化財。

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  国道、線路を挟んで本堂、三重塔が北側にあるのに対して南側にある仁王門。

  正徳元年(1711年)の建築。市文化財。

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  西片上駅の岡山行き普通115系。

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  さらに東の赤穂へ向かいました。

  奥に仁王門が望めます。

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  撮影 2010/08/21

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2018年5月20日 (日)

西大寺駅と裸祭の西大寺 - 岡山県岡山市東区西大寺

 

  JR赤穂線の西大寺駅は岡山駅から普通電車で17分ほど。

さらに駅から南へ歩くこと10分少々の場所に 裸祭(会陽(えよう))で有名な西大寺があります。

宝木(しんぎ)を男衆が奪い合う様は勇壮で天下の奇祭とされています。

この西大寺を訪れたのは境内にある三重塔が目当てでした。

 

  西大寺駅。

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  駅前通りを南に歩き、途中で左に入ります。

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  仁王門。

  元文5年(1740年)の再建。

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  三重塔は延宝6年(1675年)の再建。

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  本堂は文久3年(1863年)の再建。

  いずれの建築物も国の指定はありません。

  手前には裸祭を見学するための観覧席が備わっています。

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  播州赤穂行き普通115系電車の到着。

  ここから赤穂方面に向かいました。

  この辺り、長船駅までは1時間に2本の運行。

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  撮影 2010/08/21

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2018年5月18日 (金)

JR湖西線 大津京駅 - 滋賀県大津市

 

  JR湖西線の駅である大津京駅の以前の駅名は西大津駅でした。

これを「大津京駅」に改称しようと地元の運動が平成11年(1999年)から始まり、その結果、運動が実り晴れて「大津京駅」と改称されたのが平成20年(2008年)3月15日のこと。

すぐ近くに京阪電鉄石山坂本線の京阪大津京駅(旧皇子山駅)があり、乗り換えが可能です。

 

  大津京駅にて。

  京都行き普通117系。

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  大津京駅駅前。

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  高架に沿って南西へすぐ、京阪石山坂本線の京阪大津京駅があります。

  大津京駅方向を振り返って。

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  京阪大津京駅(旧皇子山駅時代)。

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  京阪大津京駅(旧皇子山駅時代)にて。

  改称されたのは今年(平成30年(2018年)3月17日)。

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  撮影 2012/06/14

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2018年5月16日 (水)

忠節橋からの岐阜城 - 岐阜県岐阜市

 

  難攻不落の岐阜城と書きたいのですが、実際には占拠、開城などを含めて六度も落城しているようです。

 

  最初は永禄7年(1564年)竹中半兵衛、安藤守就が謀って占拠した事件。

半年間ほど占拠して、城主の斎藤龍興に返還しました。

 

  二度めは織田信長による攻撃で落城した永禄10年(1567年)の戦い。
これにより岐阜城は織田信長の本拠となりました。

 

  三度目は天正9年(1582年)の本能寺の変で城主の織田信忠が討ち死にしたため斎藤利堯が占拠しました。
落城の範疇に入れるかどうかは微妙ですが広義の意味で落城と言えるのかもしれません。

 

  四度目は天正9年(1582年)、清洲会議の後、秀吉が岐阜城を囲み、城主の織田信孝から信忠の嫡子三法師(のちの秀信)や信孝の母親と子供を奪っていった事件。

 

  五度目は天正10年(1583年)の賤ヶ岳の戦いでの岐阜城攻防戦。
城主織田信孝は開城し、知多半島の野間で切腹。

 

  六度目は慶長5年(1600年)関ヶ原の戦いの前哨戦で西軍に与した城主織田秀信(信長の嫡孫)が激しく抵抗するも落城。
秀信は降伏し高野山に送られました。

         (出典参考 岐阜城は、6回落城している)

 

  忠節橋からの岐阜城。

  関ヶ原の戦い後に岐阜城は廃城となり、江戸時代に天守などは存在しませんでした。

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  明治43年(1910年)に早くも復興天守が築造されましたが、この天守は昭和18年(1943年)に失火により焼失。

  現在の天守は昭和31年(1956年)に鉄筋コンクリートで復興されたもの。

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  忠節橋。南から。

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  再興されてからでもすでに60年以上。

  すっかり風景に馴染んでしまっています。

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  撮影 2011/03/23

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2018年5月15日 (火)

京都駅 新幹線ホーム - 京都府京都市

 

  京都を旅行する際には新幹線を利用することも度々あります。

青春18きっぷなどの無い季節にはJR東海の「とくとくきっぷ」である「シャトルきっぷ」が便利です(私にとっては)。

「シャトルきっぷ」とは「穂積・大垣地区~米原間の在来線の普通車自由席と米原~京都・新大阪間の新幹線「ひかり」「こだま」号の普通車自由席を利用して往復するきっぷ。」のこと。

新幹線を利用する訳ですから往復全線を普通・快速・新快速で利用するよりは値段が高くつきますが、帰りのラッシュ時を立って帰るのを考えれば、その快適さは捨てがたいものが有ります。

 

  値段は穂積・大垣~京都間往復がおとな4610円、こども2300円(新大阪との設定もあり)。

私の場合は岐阜駅出発ですから岐阜~穂積間往復380円が理論上(実際には乗換などを考慮して大垣できっぷを購入する)必要で合計4990円。

全線在来線を利用の場合は岐阜~京都間往復3880円。

往復1110円が余分に必要ですが、たまには快適さと時間短縮を買う事も良いのではないかと考えます。

ただ、この「とくとくきっぷ」は利用できる地域が穂積、大垣~醒ヶ井間の駅に限られているのが難点です。

 

  京都駅にて。

  米原からは新幹線で所要約20分。

  自由席でも楽に座ることができます(4月27日~5月6日、8月11日~20日、12月28日~翌年1月6日は利用できません)。

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  撮影 2013/07/09

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2018年5月14日 (月)

水沢駅(みずさわえき)にて - 岩手県奥州市水沢

 

  旧水沢市は仙台藩の要害(一国一城令でこのように呼称した)を中心に発達した城下町で、江戸時代を通じて水沢伊達氏が主に支配しました。

駅を中心に商都として発達した町だそうで、仙台からはるばる水沢まで電車を乗り継ぎ一泊したのも、その商業都市としての利便性からでした。

町自体は観光しませんでしたが、これを契機に少し興味を持った次第です。

 

  水沢駅駅舎。

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  2面3線の駅ホーム。

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  前日の夕方から夜にかけて一ノ関、平泉を経て、水沢で一泊。

  この日は仙台方面に引き返す形で平泉を訪れました。

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  一ノ関行き普通701系電車2両編成の到着。

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  撮影 2014/09/23

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2018年5月13日 (日)

太平洋フェリー 名古屋~仙台間 僚船とのすれ違い - 太平洋上

 

  太平洋フェリーの名古屋港~仙台港間を利用した際の様子。

名古屋港を出港して翌日、もうあと2時間ぐらいで仙台港に到着という太平洋上で同社の僚船とすれ違います。

船内放送で案内があり甲板に出てみると左舷に僚船を望むことができました。

意外に速いのに少し驚きます。

 

  名古屋フェリー埠頭と市バス乗り場。

  太平洋フェリーの名古屋港~仙台港間は隔日運航。

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  名古屋港の「いしかり」。

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  僚船「きそ」とのすれ違い。

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  海で見る船は遅く見えるのが普通ですが、こうしてすれ違ってみると意外に速いものなのだなと納得します。

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  仙台港。

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  連絡の路線バスを待つ乗客。

  仙台までの路線バスが連絡の役割を果たしていますが、私はいつもJR仙石線中野栄駅で下車し電車に乗り換えます。

  中野栄駅までは所要10分。仙台駅までは所要40数分。

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  撮影 2014/09/21,22

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2018年5月12日 (土)

旧高知駅と土佐電1997年8月 - 高知県高知市

 

  初めて高知を訪れたのは1997年の夏。

高知駅は現在のような駅舎では無く、いわゆる民衆駅という形態の駅舎でした。

民衆駅とは「駅舎の建設を国鉄と地元が共同で行い、その代わりに商業施設を設けた駅」(Weblio 辞書より)のことで、私の地元である岐阜駅もかっては民衆駅でした。

およそ1950年代から70年代に盛んに行われた駅で、主要な駅はこのような民衆駅が多かったように記憶しています。

 

  高知に関して言えば、2006年に再度訪れており、その際には安芸まで足を延ばしています。

 

  1997年8月28日の高知駅。

  現在は高架駅(平成20年(2008年)に高架化)となっています。

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  かっての土佐電気鉄道。

  現在はとさでん交通。

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  撮影 1997/08/28

 

  2006年12月28日の高知城天守と本丸御殿(懐徳館)。

  いずれも国の重要文化財。

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2018年5月10日 (木)

新緑の犬山城と犬山橋 - 愛知県犬山市

 

  新緑の季節というよりは梅雨の一歩手前の季節。

木曽川がかなり増水している様子が見て取れます。

犬山橋はかっては道路・鉄道併用橋として鉄道ファンにはつとにお馴染みの場所でした。

しかし、2000年に新たにツインブリッジとして道路専用橋が併設されると旧犬山橋は鉄道専用橋に改良。かっての勇姿は見る事ができなくなりました。

 

  道路専用橋越しに見える国宝犬山城。

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  新鵜沼駅に向かう特急新鵜沼行き。

  木曽川の北岸である岐阜県各務原市(かかみがはらし)側から。

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  木曽川畔から見える犬山城は城の後ろ姿と横側。

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  増水している木曽川と犬山城。

  鵜飼は岐阜市が有名ですが、犬山でも鵜飼いが行われています。

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  撮影 2011/05/31

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2018年5月 9日 (水)

福井駅と福井城、養浩館庭園(ようこうかんていえん)など - 福井県福井市

 

  福井市は戦国時代の柴田勝家が築いた北ノ庄城の城下町に源を発し、江戸時代には越前松平家を藩主とする福井藩の藩庁である福井城を中心に発達した城下町です。

現在の人口は26万人ほど。

 

  福井駅にて。

  敦賀から乗車してきた521系電車は折り返し敦賀行きとなりました。

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  柴田勝家が築城した北ノ庄城跡の石垣がある柴田神社あたり。

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  隣にある北の庄城址資料館から見下ろして。

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  福井城跡の方に向かいます。

  現役の銀行が入っている洋館。

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  中央公園のつつじ。

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  福井城御廊下橋。

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  天守台。

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  天守台から御廊下橋。

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  さらに北に歩いて行くと養浩館庭園(ようこうかんていえん)があります。

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  養浩館庭園(ようこうかんていえん)は旧福井藩主松平家の別邸でした。

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  舎人門にも寄って見ました。

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  撮影 2011/05/14

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2018年5月 7日 (月)

5月の近江塩津駅 - 滋賀県長浜市

 

  滋賀県にある近江塩津駅は北陸本線の駅で湖西線の終点駅。

ただし湖西線の場合、運行上は新快速や特急などが敦賀方面へ直通します。

米原方面からは当駅で乗り換えとなる場合が多く、当日も乗り継ぎとなり、時間待ちの間に駅舎の外へ出てみました。

 

  近江塩津駅。

  レンタサイクルあり(500円)。

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  駅前は国道8号線。

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  地下通路出口方向。

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  駅舎内にあった食堂兼喫茶店は2017年いっぱいで閉店したそうです。

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  特急サンダーバードが敦賀方面へ通過していきます。

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  湖西線経由敦賀行き新快速に乗り継ぎ、敦賀へ、さらに福井へ向かいました。

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   撮影 2011/05/14

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2018年5月 5日 (土)

敦賀駅にて 小浜線125系 - 福井県敦賀市

 

  福井市を観光するために敦賀駅での乗り継ぎ待ち。

小浜線ホームで125系電車の2両編成と1両単行運転を見かけました。

125系電車は両運転台のため単行運転も可能となっています。

 

  回送の125系1両。

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  向こう側1番線の125系2両編成は東舞鶴行き。

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  東舞鶴行きが出発。

  2015年の7月に小浜を訪れた際には、暑さのため大変な目に遭いましたが、それも良い思い出です。

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  撮影 2011/05/14

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2018年5月 4日 (金)

非電化時代のJR武豊線緒川駅と緒川城跡、水野氏墓地 - 愛知県知多郡東浦町

 

  愛知県東浦町は「知多半島の付け根に位置する」町で、最寄りの駅は緒川駅と東浦駅、石浜駅。

このうち緒川駅は武豊線唯一の高架駅で平成7年(1995年)に高架化されました。

また2010年から電化が開始され、平成27年(2015年)3月1日に全線が電化開業。

 

  キハ25形で緒川駅に到着。

  まだ電化前。

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  緒川駅。

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  緒川駅前の道路を真っ直ぐに歩いて行きます。

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  やがて越境寺、善導寺があります。

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  ここから南に歩いて行きます。

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  やがて緒川城跡の残存土塁。

  隣の公園から。

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  緒川城は水野氏の居城跡。

  水野氏は徳川家康の生母である於大の方の実家筋で、江戸幕府内で重きをなしました。

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  於大公園に向かいます。

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  公園の入り口から右手に入った所にある緒川城主三代の墓。

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  向かって中央が初代貞守(さだもり)、左が二代賢正(かたまさ)、右が三代清忠(きよただ)。

  系図の内、四代目の忠政の時、刈谷に進出し刈谷城主となります。

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  於大公園の南西側にある乾坤院(けんこんいん)。

  総門は緒川城正門と言われています。唯一の現存遺構。

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  山門。

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  本堂。

  平成28年(2016年)3月4日、失火により焼失。

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  水野忠政の墓。

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  忠守、忠元、忠善の墓。

  忠守流水野家の墓です。

  忠善の岡崎藩主時代に整備されました。

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  緒川駅にて。

  武豊行き普通キハ25形。

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  区間快速名古屋行きキハ25形。

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  撮影 2012/05/10

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2018年5月 2日 (水)

近江鉄道ミュージアム・鉄道資料館 - 滋賀県彦根市

 

 

  近江鉄道の彦根駅には本社及び車両基地があります。

そして車両と資料を展示している近江鉄道ミュージアム・鉄道資料館が併設されています。

開館日は、現在、下のような日程となっています。

2018年の開館日

4月 14日(土)
5月 5日(土・祝)
6月 ☆ガチャコンまつり2018☆ 10日(日)
7月 14日(土)
8月 11日(土・祝)
9月 15日(土) 16日(日)
10月 13日(土)
11月 10日(土)

入場料は無料です。

 

  JRと共通の跨線橋から近江鉄道彦根駅のホームに下りることができます。

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  跨線橋から米原行き。

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  昔懐かしい資料展示と電気機関車の展示がメインとなっています。

  入場料は無料。

  電気機関車の老朽化が激しく、順次解体されていくという話もあるようです。

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  ED14形の展示。

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  他にも可愛い機関車が展示されています。

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  上から資料館の建物と左に車両基地。

  後背の山は佐和山城跡。

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  撮影 2011/05/03

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