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2019年2月 8日 (金)

日出(ひじ)城跡(2)天守台跡 - 大分県速見郡日出町

 

  日出藩(ひじはん)の藩主家は木下氏。

木下藤吉郎(豊臣秀吉)の妻であるおね(高台院、北政所)の兄である杉原孫兵衛(家定)が木下氏を名乗るようになったのが始まり。

慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いでは中立を維持し、それが認められ初代の備中足守藩藩主となります。

そして、その三男である延俊(のぶとし)は東軍として功をなし、その結果豊後速見郡3万石を得て日出藩初代藩主となり、明治まで13代にわたり当地を治めました。

ちなみに家定の五男、延俊の弟である秀俊は小早川家に養子に入り関ヶ原の戦いでの寝返りを演じた小早川秀秋です。

 

  いつもの余湖くんのお城のページよりの引用図。

Hijityo

 

  本丸西側の堀。

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  本丸の石垣と天守台跡の石垣。

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  天守台跡の石垣。

  本丸が小学校となっているので校庭の一角にあります。

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  別府湾の様子。

  高崎山、別府市が望めます。

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  石垣を登ると校庭に入れます。

  もちろん学期中は入れないのでしょうが、柵用の鎖が解かれた状態でしたので入らせて頂きました。

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  校庭隅にある天守台跡の石垣。

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  天守台への登り口。

  ここも柵が外されていました。

  1月4日で冬休みのための学校側の配慮と受け止め登らせて頂きました。

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  天守台跡からの別府湾。

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  当時の旧暘谷駅(ようこくえき)に戻ってきました。

  現在は廃止された481系特急「にちりん」の通過。

Dsc00855

  撮影 2011/01/04

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