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2019年6月 4日 (火)

伊賀上野城(1)城代屋敷跡など - 三重県伊賀市

 

  伊賀上野城主の筒井定次は慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いでは東軍に与し、その戦功で所領を安堵。

ここに伊賀上野藩が成立しました。

しかし、慶長13年(1608年)に筒井定次は改易され没落。

所領は津藩に組み込まれ、上野は藩主である藤堂高虎の所領となり、以後は藤堂家の一族が城代として入り、明治に至りました。

筒井定次の突然の改易には諸説があるようですが、ここでは深く踏み込みません。

筒井定次が上野の町を整備したことにより現在の上野市があると言えます。

 

  東側から天守。

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  振り返って右手が城代屋敷跡です。

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  屋敷跡の様子。

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  左の石垣が屋敷跡。

  前回はここを登ってきたのを思い出しました。

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  石垣横から本丸に入ります。

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  本丸と屋敷跡の曲輪との境をなす石垣。

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  筒井時代には三層の天守が建てられたそうです。

  城代屋敷跡の北東隅辺りにその天守があったということです。

  藤堂時代には天守の建設中に大嵐のために倒壊。

  大阪の陣が終わると堅固な城は必要なくなり、天守が再建されることはありませんでした。

Dsc01246

 

  現在の天守閣は昭和10年(1935年)に衆議院議員川崎克の私財により建設された模擬天守。

  鉄筋コンクリートではなく、木造で瓦葺き、白漆喰塗籠で建設されました。

Dsc01251

  撮影 2019/05/30

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