2020年7月13日 (月)

JR岐阜駅の117系 - 岐阜県岐阜市

 

  国鉄時代に製造された117系は1987年の国鉄の分割・民営化時にJR東海に72両、JR西日本に144両が受け継がれました。

そのJR東海の117系は2014年1月をもって全廃され、残るはJR西日本のみとなりました。

 

  2010年7月に桑名を散策し帰ってきた際の岐阜駅での懐かしい117系電車。

  個人的には大垣~米原間でよく利用しました。

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  撮影 2010/07/10

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2020年7月11日 (土)

桑名市を散策(3)六華苑(二代目諸戸清六邸) - 三重県桑名市

 

  10年前の2010年の7月に散策した桑名市。

 

  最後に訪れたのは六華苑でした。

  桑名宿七里の渡しから住吉神社を経て、堤防下の道路を堤防に沿って北向きに歩いていくと左手に六華苑の長屋門があります。

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  「六華苑は、二代目諸戸清六の邸宅として大正2年(1913年)に完成しました」。

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  諸戸家は地元の資産家、実業家で、地域にも水道事業などで貢献したりしました。

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  六華苑は洋風建築、和風建築、庭園、蔵などから成っています。

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  庭園越しに。

  「建造物が「旧諸戸家住宅 2棟」の名称で国の重要文化財」に指定されています。

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  蔵なども残っています。

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  洋館の中。

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  再び七里の渡しに戻ってきました。

  この後、桑名駅に戻りました。

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  撮影 2010/07/10

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2020年7月 9日 (木)

桑名市を散策(2)蟠龍櫓(ばんりゅうやぐら)から七里の渡し - 三重県桑名市

 

  10年前の2010年の7月に訪れた桑名市。

 

  旧桑名城の九華公園から北に出ると桑名藩の初代藩主である本多忠勝の像があります。

そこからさらに北にある蟠龍櫓(ばんりゅうやぐら)を目指します。

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  その前に桑名城の数少ない現存遺構であるお堀の石垣へ。

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  やがて蟠龍櫓が見えてきます。

  蟠龍櫓は平成15年(2003年)に外観復元されました。

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  蟠龍櫓の内部。

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  蟠龍櫓の西には東海道桑名宿七里の渡し跡があります。

  道標と鳥居が立っています。

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  堤防の向こう側は揖斐川です。

  蟠龍櫓は本来は国土交通省水門統合管理所の建物。

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  手前が揖斐川で河口堰の見える川が長良川。

  木曽三川(木曽川、長良川、揖斐川)の治水は江戸時代からの長年の懸案でした。

  江戸時代中期に行われた薩摩藩の宝暦治水は不完全に終わり、最終的に明治20年(1887年)から明治45年(1912年)にかけて行われたオランダ人技師ヨハニス・デ・レーケによる木曽三川分流工事(明治治水)がこの地域の治水の問題を大きく前進させました。

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  堤防上に住吉神社があります。

  ここを降りて北の方向に行くと二代目諸戸清六の邸宅であった六華苑があります。

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  撮影 2010/07/10

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2020年7月 7日 (火)

桑名市を散策(1)京町見附から九華公園(旧桑名城跡) - 三重県桑名市

 

  10年前の2010年7月に桑名市を散策した様子。

 

  駅前から東に向かい、まず旧桑名城である九華公園に向かいました。

途中、京町見附や石取会館、桑名市博物館を経て九華公園の南西端にたどり着いたのは11時半頃。

西桑名駅前から出発して1時間後でした。

 

  駅前のバス乗り場。

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  京町見附のあった京町公園。

  「見附(みつけ)」とは「江戸時代、枡形をもつ城門の外側の門で、見張りの者が置かれ通行人を監視した所。」(三省堂 大辞林 第三版より)

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  旧東海道沿いにある石取会館(いしとりかいかん)。

  「大正14年(1925)に四日市銀行桑名支店として建築された鉄筋コンクリートの建物」。

  「石取祭の歴史や行事を紹介するパネル、壁面映像、お囃子体験コーナー、情報検索などが設置」されている。(三重県内の博物館・資料館より引用)。

  無料。

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  桑名市博物館。

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  堀跡を渡ります。

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  九華公園の南西端に至りました。

  九華公園は旧本丸跡、二の丸跡に作られました。

  春の桜など市民の憩いの場となっています。

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  手前の橋が二の丸橋。

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  多分、本丸跡から。

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  公園の北側にある徳川四天王の一人である本多忠勝の像。

  関ヶ原の戦いのあとの慶長6年(1601年)に10万石で入り桑名藩初代藩主となりました。

  桑名藩は本多家2代、松平(久松)家5代、松平(奥平)家7代、再び松平(久松)家5代で明治に至りました。

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  撮影 2010/07/10

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2020年7月 6日 (月)

10年前の桑名駅、西桑名駅 - 三重県桑名市

 

  ちょうど10年前の2010年に桑名市を散策した際の桑名駅。

現在、桑名駅は駅舎の移設工事中で今年の夏に完成すると聞いています。

桑名駅はJRの関西線、近鉄名古屋線の駅で、当駅から養老鉄道が分岐しています。

また駅の南には三岐鉄道の西桑名駅があります。

 

  近鉄名古屋駅にて。

  いつものように急行で桑名に向かいました。

  5番線の特急伊勢志摩ライナー。

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  桑名駅にて。

  1番線から3番線までがJR、4番線が養老鉄道、5番線が無くて6番線から8番線が近鉄。

  近鉄特急宇治山田行き。

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  4番線が養老鉄道。

  ホームに中間改札があります。

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  当時の桑名駅。

  現在はどう変わったのでしょうか。

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  上から三岐鉄道北勢線の西桑名駅。

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  軌間が762mmの小さな電車。

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  西桑名駅駅前。

 

  この時点で10時ごろ。

  ここから午後まで桑名市内を散策しました。

  岐阜に帰ったのは夕方の5時過ぎになりました。

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  撮影 2010/07/10

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2020年7月 4日 (土)

名古屋駅にて 桑名への途次 - 愛知県名古屋市

 

  桑名市を訪れるために途中の名古屋駅で道草を食ってしばらく滞在。

名古屋駅は2019年から1番線が使用停止となり、各線の番線が少々変更になりました。

 

  中央線特急「ワイドビューしなの」383系電車。

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  12番線関西本線普通電車。普通なので亀山行きか。

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  撮影 2010/07/10

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2020年7月 2日 (木)

JR岐阜駅にて - 岐阜県岐阜市

 

  10年前の2010年7月の岐阜駅にて。

この日は三重県の桑名市を訪れ市内を一日かけて散策しましたが、その帰りの夕方の岐阜駅。

 

  3番線の高山線飛騨金山行き普通。

  2015年に高山線から姿を消したキハ40系気動車。そのうちキハ47形の2両編成。

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  1番線の岡崎行き普通313系。

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  撮影 2010/07/10

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2020年6月30日 (火)

松阪城から松阪駅に戻る - 三重県松阪市

 

  松阪城の大手を出ると駅方面に大手通りが延びています。

これを諸所寄り道をしながら松阪駅に戻りました。

 

  松阪市立歴史民俗資料館の前をさらに下っていきます。

  資料館は明治45年(1912年)に飯南郡図書館(いいなんぐんとしょかん)として建築された建物を利用しています。

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  歴史民俗資料館を振り返って。

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  松阪城跡の碑まで降りてきました。

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  大手口を出ます。振り返って。

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  大手通り本町交差点、これも振り返って。

  写真の向かって右側に行くと三井家発祥の地があります。

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  本町交差点の一本手前の道路を駅に向かって左に折れると松阪木綿商 旧長谷川家があります。

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  さらにその奥の反対側にある本居宣長旧宅跡地。

  明治42年(1909年)に保存のため城内の現在地に移築されました。

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  三井家発祥の地。

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  本町から中町を抜けて駅に向かいましたが、途中にはいくつかの寺院がありました。

  継承寺。

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  龍華寺。

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  松阪駅に戻ってきたのは17時頃。懐かしいキハ11形。

  名古屋まで近鉄急行(特急ではない)で帰ったと記憶しています。

  これで田丸城、松阪城を訪れた旅は終わり。

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  撮影 2009/06/18

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2020年6月29日 (月)

松阪城跡にて(1) - 三重県松阪市

 

  2009年の梅雨時に訪れた松阪市。

目当ては松阪城でしたが、武家屋敷の御城番屋敷や城内にある本居宣長旧宅、本居宣長記念館なども合わせておとずれました。

 

  御城番屋敷より松阪城跡を。

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  城の裏口に当たる搦手(からめて)から入りました。

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  裏門跡。

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  振り返って。

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  いつもの余湖君のお城のページからの引用図。

 

  松阪城は天正16年(1588年)に蒲生氏郷が築城。

  その後、氏郷は小田原征伐(天正18年(1590年))の功により90万石で会津に移り、城主は服部一忠、古田氏と替わり、元和5年(1619年)に紀伊藩領となりました。

  紀伊藩領となると城代が置かれ、二の丸に陣屋を設けて政務を行いました。

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  城内に移築された本居宣長旧宅。

  2階の書斎を鈴屋(すずのや)と呼びます。

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  御城番屋敷を城内から。

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  中門跡。

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  本丸の天守台。

  3重5階の天守が築造されましたが、正保元年(1644年)に台風のため倒壊したそうです。

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  天守台。

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  天守台から。

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  撮影 2009/06/18

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2020年6月27日 (土)

松阪の旧松坂御城番屋敷(ごじょうばんやしき) - 三重県松阪市

 

  もう10年前の2009年の梅雨時に訪れた三重県の田丸城と松阪城。

まず田丸城を訪れ、再び松阪に戻り松阪城へ。

 

  御城番屋敷とは「江戸時代末期の武士の住宅。松坂御城番が居住した現存する組屋敷(長屋)遺構である」。

松阪城跡の搦手からの道路の東西にある長屋が御城番屋敷で、重要文化財に指定されています。

私が訪れた時はちょうど修復工事中で、これは2010年に終了したそうです。

 

  松阪駅前を振り返って。

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  生垣のある街並みに入ってきました。

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  松阪神社の前に。

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  そしてこの道路を挟んで御城番屋敷があります。

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  いつもの余湖君のお城のページからの引用図。

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  南東方向を振り返って。

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  土蔵。県指定文化財。

  内部に御城番屋敷の歴史についての展示があります。

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  松阪城跡から見下ろして。

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  撮影 2009/06/18

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