2018年6月29日 (金)

綾部市旧市内を散策(3) 大本教の聖地 梅松苑 - 京都府綾部市

 

  綾部城大手門跡から旧大手坂の皇后坂を下って、東西の道路に出ると、これを東に向かいます。

大本教の聖地の一つである梅松苑の敷地の手前の丹陽教会の建物を左に見ながら北に下ると梅松苑の入り口があります。

大本教には京都府亀岡市の天恩郷と綾部市の梅松苑という二つの聖地がありますが、天恩郷は「宣教の中心地」、梅松苑は「祭祀の中心地」と位置付けられています。

 

  大手門跡の前の旧大手坂である皇后坂を下ります。

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  この道筋にも古い民家が見られます。

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  梅松苑を目の前にした角にある丹陽教会。

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  大正13年(1924年)竣工の教会。

  2代目の建物といいます。

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  梅松苑の敷地。

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大本教とは。「神道系の新宗教。出口なおにより 1892年に創唱された。

その予言は御筆先 (おふでさき。大本神諭) として記された。

大本皇大御神を祀り,なおの出生地たる丹波国綾部を地上の高天原とし,神人合感を唱え,世を立直して,神の国を開くと説く。

なおの死後,出口王仁三郎,すみの両人により,鎮魂帰神法が唱えられ,綾部に本部,亀岡に道場がおかれ,大きく発展したが,1921,35年の2回の不敬罪による弾圧を受け,解散させられた。

第2次世界大戦後愛善苑として再建され,52年大本教に復した。」(ブリタニカ国際大百科事典より引用)

  大きな大本みろく殿。

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  案内図。

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  奥に事務所のある松香館。

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  敷地入口。

  参観は事務所に申し出ます。

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  みろく殿正面。

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  みろく殿は昭和28年(1953年)に完成。

  国の登録有形文化財。

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  平成4年(1992年)完成の長生殿。

  大本開教100周年を記念し建立されました。

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  坂を下る途中に見える丹陽教会。

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  山陰線近くまで下りてきて振り返ったところ。

  綾部市の旧町内の散策はこれで終わり。

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  綾部駅にて。

  福知山行き普通223系。

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  撮影 2018/06/23

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2018年6月27日 (水)

綾部市旧市内を散策(2) 綾部藩主九鬼氏の墓所を訪ねる(2) - 京都府綾部市

 

  九鬼氏が台頭したのは嘉隆の代で、嘉隆は織田信長に仕え運を開くことができました。

その後、関ヶ原の戦い(慶長5年(1600年))では子の守隆は東軍に加わり、その戦功と引き換えに西軍に加担した父嘉隆の助命を得るも、嘉隆は自刃した後。

守隆は本領を安堵され、鳥羽城を根拠地とした鳥羽藩藩主となるものの、彼の死後の跡目争いで九鬼氏は鳥羽を召し上げられることとなり、相続を争った五男の久隆は摂津国三田藩3万6000石に、三男の隆季は丹波国綾部藩2万石に移封され、ここに九鬼氏は海賊大名としての地位を失い、内陸の一大名としてそれぞれ存続することとなり明治に至ります。

綾部藩は上記のように守隆の三男である隆季(たかすえ)が初代藩主となり(寛永10年(1633年)のこと)陣屋で政治を行い城下町を整備しました(綾部藩九鬼氏は城主格の待遇を与えられた)。

初期の陣屋は慶安3年(1650年)の火災で焼失し陣屋を移さざるを得なくなり、その後期の陣屋跡は現在の大本教、綾部小学校などの敷地となっています。

 

  隆興寺門前。

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  入ると正面に本堂があります。

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  本堂前から振り返った所。

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  本堂の裏側は墓地となっています。

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  本堂に向かって左側の高台に九鬼氏墓所があります。

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  大きな五輪塔の後ろに並んでいるのが九鬼氏の墓。

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  案内板に従えば、右から三番目が綾部藩初代藩主九鬼隆季(たかすえ)、その左が祖父の嘉隆、さらにその左が父の守隆、一番左が第十代隆祺(部首がネ)、一番右が第二代隆常、右から二番目は隆季の室潜龍院。

  ちなみに第十代については隆備(たかとも)としているものもある。

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  草で見にくいのですが、案内板。

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  上の第十代もそうですが、右側五基の墓石が案内板と他の資料とは一致しないのでここは記さずにおきます。

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  下におりて駐車場から外に出ます。

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  駐車場出入口から本堂。

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  南側には本興稲荷神社があります。

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  北側に隣接する西福院から東に参道を歩いて振り返った所。

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  この目の前に綾部城大手門跡の案内板があります。

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  北側は坂になっていて、かっての大手坂でした。

  大正時代に皇后さまが馬車で通られるという事で拡幅工事が行われたようです。

  それ以来、かっての大手坂は皇后坂と呼ばれるようになったそうです。

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  かっての大手坂であった皇后坂。

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  撮影 2018/06/23

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2018年6月25日 (月)

綾部市旧市内を散策(1) 綾部藩主九鬼氏の墓所を訪ねる(1) - 京都府綾部市

 

 

  綾部市は京都府における丹波地方(丹波国は京都府と兵庫県に分かれている)の都市。

江戸時代には九鬼氏の綾部藩、谷氏の山家藩などがありました。

今回訪れたのは綾部藩藩主家九鬼氏の菩提寺である隆興寺です。

また、綾部市は大本教発祥の地であり、その聖地の一つである梅松苑も訪れました。

 

  綾部駅にて。

  懐かしい特急車両も見えますが、駅自体は現在も2面3線の地上駅。

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  撮影 2011/03/15

 

  綾部駅南口。

  綾部駅は山陰線の駅であり、舞鶴線が分岐しています。

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  合気道の創始者である植芝盛平が綾部市在住中に大本教に帰依し、教団教祖の一人である出口王仁三郎と行動を共にし、多大な影響を受けたこともあり、綾部市は合気道発祥の地と考えられています。

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  あやバス(あやべ市民バス)乗り場。

  文字通り綾部市民の足となっており、ほぼすべての路線が駅南口を経由します。

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  上記4枚 撮影 2013/03/15

 

  駅前から南に駅前通りを行き、すぐに広小路通りを東に向かいます。

  西町の通りに達する直前の道路を右折し突き当たるまで直進します。

  その過程で格子窓の民家や商家を目撃。

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  昭和初期の建物。

  現在はレストランとなっているようです。

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  南に向かう途中にある綾部稲荷社。

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  途中にも目につく民家や商家。

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  南に突き当たり、左(東)に細い路地を抜けると公園があります。

  南へ坂を登ると西福禅院。

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  その南側に目的地の隆興寺があります。

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  撮影 2018/06/23

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2018年6月 6日 (水)

阪堺電気軌道阪堺線 住吉鳥居前停留場(すみよしとりいまえていりゅうじょう)と住吉大社 - 大阪府大阪市住吉区

 

  阪堺線(はんかいせん)は堺市内を走り、大和川を越えると大阪市内に入ります。

その大阪市の南部である住吉区に住吉大社があり、電車は鳥居前で停車します。

住吉大社の新年初詣客は大阪府で第一位、全国的にもベスト10に入る人出。

この年は6日に訪れました。

 

  堺市内の代表的な電停である宿院(しゅくいん)電停。

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  宿院の交差点。

  電車は浜寺駅前行き。

  反対方向へ進み大和川を渡ると大阪市内に入ります。

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  住吉鳥居前電停。

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  太鼓橋から振り返って。

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  本殿4棟は国宝。

  全国にある住吉神社の総本社です。

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  鳥居前電停以外にも最寄りの駅は徒歩3分で南海本線住吉大社駅、徒歩5分で南海高野線住吉東駅があります。

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  撮影 2011/01/06

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2018年6月 4日 (月)

南海電鉄浜寺公園駅と阪堺電気軌道浜寺駅前停留場 - 大阪府堺市西区

 

  浜寺公園駅は南海電鉄南海本線の駅で、その旧駅舎は明治40年(1907年)に建てられ、平成10年(1998年)に国の登録有形文化財に登録されました。

現在は南海本線の高架化工事に伴い、「約30m離れた近隣の広場に移設」され、仮駅舎による運用に切り替わっています。

高架後は「旧駅舎は新駅の玄関部分として活用される」そうです。

 

  現在の仮駅舎(Wikipediaより拝借)。

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  辰野金吾の設計による旧浜寺公園駅。木造駅舎。

  辰野金吾は東京駅や日本銀行本店などの設計で知られています。

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  駅前を西に向かうと阪堺電気(はんかいでんき)軌道の浜寺駅前停留場があります。

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  浜寺駅前停留場。

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  阪堺電気軌道阪堺線の大阪 天王寺駅前行き。

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  撮影 2011/01/06

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2018年6月 2日 (土)

大阪 新今宮駅界隈 - 大阪府大阪市浪速区・西成区

 

  新今宮駅は大阪市南部の駅で、JR、南海電鉄の駅。

東にはJRの南部のターミナル駅である天王寺駅、北に南海電鉄の難波駅を控え、新今宮駅はその両線が交わる駅で、乗り換え客が多い駅です。

JRは環状線、関西線が乗り入れ、南海電鉄は本線、高野線が乗り入れています。

また近くには地下鉄御堂筋線、阪堺電気軌道阪堺線の駅もあります。

 

  JRの新今宮駅から阿倍野ハルカス。

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  JRの新今宮駅の西に南海電鉄新今宮駅があります。

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  道路から東に見える阿倍野ハルカス。

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  JR新今宮駅の東側、高架下を南北に交わる阪堺(はんかい)電気軌道阪堺線。

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  東への通りを少し行くとジャンジャン横丁への入り口があります。

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  これを北方向に抜けていくと通天閣があります。

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  新世界と通天閣。(撮影 2011/01/06)

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  撮影 2014/07/25

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2018年5月24日 (木)

JR播州赤穂駅と赤穂城 - 兵庫県赤穂市

 

  赤穂と言えば、江戸時代の「元禄赤穂事件」(「忠臣蔵」が一般には馴染みがある)を思い起こします。

浅野氏が赤穂藩藩主として入封したのは正保2年(1645年)の事。

浅野氏は長政の時、秀吉と最も近い姻戚として重用され、秀吉の死後は家康に接近しました。

そして、その子の幸長は関ヶ原の戦いでの功により紀伊和歌山37万6千石を与えられ初代和歌山藩藩主となります。

慶長18年(1613年)に幸長が死去すると、次弟の長晟(ながあきら)が継ぎ、安芸に移封され42万石で広島藩藩主となります。

 

  これが浅野宗家で、浅野長政の隠居領であった常陸真壁5万石を継いだのが三男の長重。

そして、その子の浅野長直が赤穂に入ったのが前述の正保2年(1645年)でした。

現在まで残る赤穂城の縄張りはこの長直の時代のもの。

そして元禄14年(1701年)に殿中で刃傷沙汰(にんじょうざた)を起こしたのが長直の孫の長矩(ながのり)で、長矩は切腹、赤穂浅野家は断絶しました。

その後、赤穂藩は永野家1代、森家12代で明治に至ります。

 

  播州赤穂駅。

  2面3線のホーム。

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  播州赤穂駅。

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  三の丸大手門と隅櫓。

  昭和30年(1955年)の再建。

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  大石邸長屋門。

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  三の丸にある大石神社。

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  創建は明治33年(1900年)。

  主祭神は大石内蔵助良雄以下四十七士命、萱野三平、浅野家三代、森家七将。

 

  森家七将とは森可成、森可隆、森長可、森成利(蘭丸として知られる)、森長隆、森長氏、森忠政。

  可成は信長に仕えた有力武将で、可隆以下忠政までは可成の子の六人兄弟。

  六男の忠政以外は父の可成を含め何れも戦死しましたが、末弟の忠政は関ヶ原の戦いで東軍につき、美作一国津山藩18万6500石の太守として残りました。

  その子孫が2万石で赤穂藩藩主となり明治まで存続したものです。

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  本丸にある天守台。

  天守閣は造営されませんでした。

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  播州赤穂駅にて。

  姫路行き普通223系と到着したばかりの115系電車。

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  撮影 2010/08/21

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2018年5月18日 (金)

JR湖西線 大津京駅 - 滋賀県大津市

 

  JR湖西線の駅である大津京駅の以前の駅名は西大津駅でした。

これを「大津京駅」に改称しようと地元の運動が平成11年(1999年)から始まり、その結果、運動が実り晴れて「大津京駅」と改称されたのが平成20年(2008年)3月15日のこと。

すぐ近くに京阪電鉄石山坂本線の京阪大津京駅(旧皇子山駅)があり、乗り換えが可能です。

 

  大津京駅にて。

  京都行き普通117系。

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  大津京駅駅前。

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  高架に沿って南西へすぐ、京阪石山坂本線の京阪大津京駅があります。

  大津京駅方向を振り返って。

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  京阪大津京駅(旧皇子山駅時代)。

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  京阪大津京駅(旧皇子山駅時代)にて。

  改称されたのは今年(平成30年(2018年)3月17日)。

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  撮影 2012/06/14

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2018年5月 7日 (月)

5月の近江塩津駅 - 滋賀県長浜市

 

  滋賀県にある近江塩津駅は北陸本線の駅で湖西線の終点駅。

ただし湖西線の場合、運行上は新快速や特急などが敦賀方面へ直通します。

米原方面からは当駅で乗り換えとなる場合が多く、当日も乗り継ぎとなり、時間待ちの間に駅舎の外へ出てみました。

 

  近江塩津駅。

  レンタサイクルあり(500円)。

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  駅前は国道8号線。

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  地下通路出口方向。

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  駅舎内にあった食堂兼喫茶店は2017年いっぱいで閉店したそうです。

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  特急サンダーバードが敦賀方面へ通過していきます。

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  湖西線経由敦賀行き新快速に乗り継ぎ、敦賀へ、さらに福井へ向かいました。

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   撮影 2011/05/14

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2018年5月 2日 (水)

近江鉄道ミュージアム・鉄道資料館 - 滋賀県彦根市

 

 

  近江鉄道の彦根駅には本社及び車両基地があります。

そして車両と資料を展示している近江鉄道ミュージアム・鉄道資料館が併設されています。

開館日は、現在、下のような日程となっています。

2018年の開館日

4月 14日(土)
5月 5日(土・祝)
6月 ☆ガチャコンまつり2018☆ 10日(日)
7月 14日(土)
8月 11日(土・祝)
9月 15日(土) 16日(日)
10月 13日(土)
11月 10日(土)

入場料は無料です。

 

  JRと共通の跨線橋から近江鉄道彦根駅のホームに下りることができます。

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  跨線橋から米原行き。

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  昔懐かしい資料展示と電気機関車の展示がメインとなっています。

  入場料は無料。

  電気機関車の老朽化が激しく、順次解体されていくという話もあるようです。

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  ED14形の展示。

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  他にも可愛い機関車が展示されています。

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  上から資料館の建物と左に車両基地。

  後背の山は佐和山城跡。

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  撮影 2011/05/03

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