2020年4月21日 (火)

津山駅と桜の津山城跡 - 岡山県津山市

 

  智頭からの続き。

鳥取県側はあいにく雨の天気でしたが、岡山県側では津山まで来ると日が差すほどになりました。

 

  津山は美作、津山地方の中心都市で人口は10万人。

江戸時代は森氏5代、(越前)松平氏9代の城下町でした。

藩庁であった津山城での建築物は平成17年(2005年)に復元された備中櫓のみ(復元された塀はある)ですが、石垣が大規模に残っています。

 

また全国的にも有名な桜の名所で、この日はまだ三分咲きほどだったので、どうしても満開の時期に来たいと思い2013年に再度訪れました。

 

  津山駅。

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  扇形車庫と転車台が残っており、これらは多くの車両と共に「津山まなびの鉄道館」として展示され、有料で観覧できます。

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  実質的に津山を作った初代津山藩主の森忠政の像。

  拝観入り口の前にあります。

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  平成17年(2005年)に復元された備中櫓。

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  桜は三分咲きほどでした。

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  津山駅は津山線、因美線、姫新線が集まる交通の要衝です。

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  岡山へは津山線で行くことができますが、この日は姫新線で一旦新見へ向かい、伯備線で倉敷、岡山へ向かいました。

  姫新線新見行き列車。

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  こちらは津山線の岡山行き。

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  撮影 2009/04/01

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2020年4月19日 (日)

JR因美線、智頭急行智頭線 智頭駅(ちずえき)にて - 鳥取県八頭郡智頭町

 

  あいにく鳥取は雨。

少し考えたのち、岡山県はある程度晴れるとの夕べのTVの天気予報を思い出して、県境を越えて岡山県の津山に向かうことに方針を変更しました。

結果的にこれが功を奏し、津山では津山城の桜を見ることができました。

その途中、智頭駅で津山行きに乗り換えることに。

 

 

  鳥取駅にて。智頭急行の普通列車HOT3500形大原行き。

  鳥取~智頭間はJR因美線ですが智頭急行智頭線との直通運転がされます。

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  智頭駅駅舎。

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  周辺マップ。

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  駅からみて右手の方向の町並み。

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  土師川。

  見どころへ行くにはもう一つの千代川を渡らなければなりません。

  重文の石谷家住宅などがあります。

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  駅に戻ってみると先ほどの大原行き普通がまだ待機中。

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  智頭駅始発の車両は智頭線ホーム1、2番線から。

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  特急「スーパーいなば」キハ187系が到着。

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  入れ替わりに大原行きが出発。

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  さて津山行きはこちらのキハ120形で。

  智頭~津山間もJR因美線。

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  撮影 2009/04/01

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2020年4月17日 (金)

雨の鳥取駅にて 後に訪れた鳥取城跡 - 鳥取県鳥取市




  前回の記事の続き。

前日、出雲市で一泊し、あくる日は鳥取で観光すべく東へ向かいました。

しかし鳥取駅はあいにくの雨で、これではなかなか観光もままならぬと岡山県の津山に向かうことに方針を変更。

この方針は成功し、津山城跡の少し早い桜を見ることができました。

 

鳥取の桜はその10年後の去年(2019年)の春に鳥取城跡を訪れ、長年の夢が叶いました。

 

  米子駅にて。

  キハ126系鳥取行きで鳥取に向かいました。

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  キハ126系の内部。

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  鳥取駅に着いてみるとかなり強い雨。

  特急「スーパーはくと」用車両HOT7000系気動車。

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  向こう側は折り返し米子行きとなったキハ126系。

  手前は浜坂行き普通キハ40系。

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  折り返し大原行きとなった智頭急行の普通車両HOT3500形。

  これで因美線で智頭駅まで乗車し、智頭駅からは乗り換えでさらにJR因美線で津山へ向かいました。

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                                                                                                      以上撮影 2009/04/01

  2019年の鳥取駅駅前。

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  鳥取城跡内にある重要文化財仁風閣。

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  仁風閣前から鳥取城跡を見上げて。

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  同じく鳥取城跡の桜。

  残念ながら鳥取砂丘へは行かず。

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                                                                                                      以上撮影 2019/04/05

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2020年4月16日 (木)

出雲市駅にて - 島根県出雲市

 

  さて、今回も10年以上前の山陰旅行から島根県の出雲市駅。

この旅行では出雲市に一泊したのですが、出雲市で一泊するのはこれが二度目で、前回は90年代に萩や松江を訪れた際に宿泊しました。

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  一畑電車は一度は乗ってみたいと思いながら、いまだに実現できていません。

  出雲大社を含めて出雲市の観光地にはいまだご無沙汰しています。

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  出雲市駅は高架で西隣の西出雲駅まで電化されています。

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  益田行き普通120形。

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  米子行き普通キハ40系。現在もディーゼルが現役。

  前回一泊したのは民宿でしたが、もう場所は覚えていません。

  町の中を10分ぐらい歩いたのを唯一覚えています。

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  撮影 2009/03/31

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2020年4月12日 (日)

米子駅と米子城跡 - 鳥取県米子市

 

  もう10年以上前の旅行から鳥取県の米子市にて。

春に松江を観光し、その際に米子駅で電車の乗り継ぎをしましたが、8月末には再び米子を訪れ一泊。

あくる朝に米子城跡を訪れ、早めに岡山へ出立しました。

当時は殆んどの旅程を青春18きっぷに頼っていたので、この日のうちに岐阜へ帰るためには米子から午前中に出発しなければなりませんでした。

 

  春、桜の頃に松江城を始めとして松江市内を観光した際に立ち寄った米子駅。

  米子駅にてキハ121系気動車の倉吉行きと出雲市行き普通電車。

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  米子の車両基地。

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                                                                           以上2枚 撮影 2009/03/31

  米子駅駅舎。

  バリアフリー化、 ICカード「ICOCA」の利用が可能になるなど、現在と多少の異なる部分もあるものの大きく変化はしていない模様。

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  駅から徒歩で15分ほどの距離にある米子城跡山麓。

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  慶長5年(1600年)から元和3年(1617年)まで米子藩が存在しましたが鳥取藩池田光政の所領となったことにより米子藩は廃藩となり米子城には城代が駐在するようになりました。

  寛永9年(1632年)に池田家同士の国替えにより岡山から池田光仲が入り鳥取藩主となると、米子城には家老の荒尾氏が入り明治まで城代として駐在しました。

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  山麓にある枡形跡。

  ここから登ると遠回りになります。

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  もう少し左手(南になるよう)にある登り口。

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  石垣を見ながら登ります。

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  山上から見える大山(だいせん)。

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  山頂、本丸天守閣石垣。

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  眼下に見える中海。

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  内膳丸への途中に天守跡を見上げる。

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  米子駅に戻ってきて0番線の境線境港行き。

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  撮影 2009/08/27

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2020年4月10日 (金)

伯備線 新見駅にて - 岡山県新見市

 

  新見市は岡山県の北西部にある人口2万8千人余りの都市。

 

  江戸時代には藩主家が関氏の新見藩がありました。

初代藩主の関長治は美作津山藩の第2代藩主(後に備中西江原藩の初代藩主)森長継の六男(九男との説もある)であり森氏の一族。

森氏は西江原藩主が赤穂藩へ移封されて、これが宗主家で、ほかには三日月藩(兵庫県佐用郡佐用町三日月)がありました。

 

  森氏の祖は織田信長の家臣である森可成(もりよしなり)。

男子は6人あり次男が森長可(ながよし)、三男が森成利(蘭丸)。

可成はじめ息子5人がいずれも戦死し、残った6男の森忠政は美作一国18万6500石で津山藩の初代藩主となりました。

 

  新見駅は伯備線、姫新線のほか芸備線への列車が発着します。

  松江への観光に行く途中の乗り継ぎ待ち。

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  姫新線津山行きのキハ120形と115系電車。

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  新見~津山間は一度だけ乗車したことがあります。

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  撮影 2009/03/31

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2020年3月24日 (火)

「のどかさや 小山つづきに塔二つ」(正岡子規)尾道の塔 - 広島県尾道市

 

  「のどかさや 小山つづきに塔二つ」

 

  この句は明治28年(1895年)、正岡子規が日清戦争の従軍記者として尾道を通過した際に詠んだもの。

実際には尾道には三つの塔がありますが(瀬戸田地区を除く)、汽車から見えた塔というのは天寧寺の三重塔と浄土寺の多宝塔とみられます。

西国寺の三重塔は少し奥まったところにあるので、ちょっと考えられません。

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  浄土寺の多宝塔。

  嘉暦3年(1328年)建立の国宝。

  本堂も嘉暦2年(1327年)の建立で国宝です。

  尾道の古寺巡りでは東の端にあります(一番東は海龍寺 そのすぐ西隣にあります)。

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  西国寺の金堂と三重塔。

  金堂は至徳3年(1386年)の建立で重要文化財。

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  西国寺の三重塔。

  永享元年(1429年)の建立で重要文化財。

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  ロープウェイで山頂まで登り、ゆるゆると降りることに。

  途中には千光寺があります。

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  千光寺からさらに下ると天寧寺の三重塔があります。

  嘉慶2年(1388年)に五重塔として建立、元禄5年(1692年)に老朽化した4層目と5層目を取り除き現在のような三重塔となる。

  重要文化財。

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  撮影 2010/04/07

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2020年3月22日 (日)

旧尾道駅駅舎と尾道城 - 広島県尾道市

 

  広島県尾道駅の新駅舎は去年(2019年)3月より運用が始まったそうですが、先代の駅舎も味があって好きでした。

そんな尾道駅の後ろに聳える尾道城。

廃墟と化してから25年以上たちますが2019年にとうとう解体が決定し、現在解体中とか。

「怪しい城」の中でも特に好きな城だっただけに、大変残念で仕方ありません。

 

尾道は坂の街で、古刹、名刹も多く、国宝浄土寺の多宝塔、天寧寺の重文三重塔、西国寺の重文三重塔など文化財を含む古寺巡りに一日かけて散策するにはうってつけ。

またしまなみ海道の入り口でもありサイクリングなど尾道は様々な楽しみ方ができます。

生口島の瀬戸田地区にある耕三寺、向上寺も必見でしょうか。

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  この年は尾道と広島の桜を見に訪れました。

  尾道では曇りがちであったのが残念でした。

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  撮影 2010/04/07

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2020年1月21日 (火)

広島 宮島口にて - 広島県廿日市市

 

  九州の長崎市を観光しての帰りに訪れた宮島口の様子。

2013年の正月6日のこと。

1月3日の夕刻に大阪南港をフェリーで出発、あくる4日に新門司港から長崎に向かい長崎市を観光し、その日は長崎で一泊。

あくる日も長崎市を午後まで観光し、そこから山口県の防府まで延々と電車に乗り当地で一泊しました。

防府から最後の一日をあちこち寄り道をしながら岐阜まで帰った旅行です。

切符のほとんどは青春18きっぷを利用し、諫早~佐賀間のみ特急を利用しました。

 

  JR宮島口駅には午前10時半ごろに着きました。

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  JRの宮島口駅前からフェリー乗り場までは200mから250mで歩いても2、3分ぐらい。

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  その途中に広電の宮島口駅があります。

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  地下鉄が無い広島市では広電は市民の足として親しまれています。

  広島もかっては地下鉄の計画が持ち上がったことがありましたが、広島市の地盤の悪さ、オイルショック、広電の経営努力などが相まって実現することはありませんでした。

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  宮島のフェリーのうち右がJR、左が松大汽船。

  所要時間、料金は同じですがJRのフェリーは厳島神社の大鳥居が見える海域に接近してくれるので観光などにはJR。

  ただしJRは混んでいるようですね。

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  この時はJRの桟橋は初詣の人々と思われる乗船待ちの人で溢れ返っていました。

  これを見て私は駅に引き返してしまいましたが、松大汽船の桟橋も覗いてみるべきでした。

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  撮影 2013/01/06

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2019年10月 2日 (水)

旧駅舎時代の備中高梁駅(びっちゅうたかはしえき) - 岡山県高梁市

 

  2009年に当時の「鉄道の日記念・JR全線乗り放題きっぷ」を利用した3日間の旅行で、最終日に備中高梁城を訪れましたが、その際の備中高梁駅(びっちゅうたかはしえき)。

その後、備中高梁駅は2015年に橋上駅舎に生まれ変わっています。

 

  駅前通りから旧駅舎を振り返って。

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  岡山から新見行き普通で11時頃に降り立ちました。

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  当時(2009年)すでに東西自由通路が存在していました。

  その自由通路からの写真のようです。

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  10月13日に岐阜を出発、深夜にジャンボフェリーで神戸三宮から四国の高松に渡り、あくる14日に琴平、屋島、栗林公園を訪れ、岡山に一泊。

  最終日15日に高梁市の備中高梁城と市内の散策。

  その日の内に長い時間をかけて岐阜に帰りました。

 

  山上にある備中高梁城。

  予約制の乗り合いタクシーを利用して山上途中の駐車場まで登りました。

  駐車場から天守のある山上までは距離にして約700m。

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  備中高梁城天守。

  天守閣、二重櫓などが重要文化財に指定されています。

  天守は現存12天守の内のひとつです。

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  撮影 2009/10/15

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