2015年9月29日 (火)

夏の終わりに角館、松前を訪れる 2015年(18) - 木古内駅から蟹田駅、青森駅

 

  松前のバス停(松城バス停)を16時過ぎ発のバスで木古内駅に向かい、木古内駅着が17時30分頃。

木古内から蟹田までは「青春18きっぷ」、「北海道&東日本パス」の特急自由席が可の特例区間で、特急「スーパー白鳥38号」に乗車。

蟹田からは普通電車に乗り継ぎ青森に向かいました。

 

  木古内駅にて。

  函館~木古内間の普通列車。

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  蟹田駅にて。

  津軽線 三厩(みんまや)行きの18時59分発普通最終列車。

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  青森駅にて。

  弘前行き普通電車。

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  同じく青森駅にて。

  青い森鉄道八戸行き電車。

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  撮影 2015/08/30

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2015年9月28日 (月)

夏の終わりに角館、松前を訪れる 2015年(17) - 松前藩屋敷 帰途に

 

 

  松前藩主松前家墓所から北側に回り込み西に歩いて行くと藩政時代の松前を再現したテーマパークの松前藩屋敷があります。

観光客は全くいないという訳では無いのですが人数はパラパラ。

日曜日でしたので車で訪れ立ち寄った人も多いのでしょう。

松前藩屋敷を最後に同じ道を引き返し、城跡の東側にある天神坂門から下に降りバス停に戻りました。

 

  松前に木古内から13時台に到着、16時台の木古内へ向かうバスで帰途につきました。

散策にはほぼ3時間を費やしましたが、それでもまだ回り切れなかったスポットが残りました。

 

  松前藩主松前家墓所から西に向かうと松前藩屋敷の南側に出ます。

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  藩屋敷の入り口。

  入館料は大人360円、小人240円。

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  松前に存在したという家々が再現されています。

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  松前藩沖の口奉行所。

  蝦夷地への出入りの船、人を改めたり税を徴収する役所。

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  再現された町並みはT字形の道に並んでいます。

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  一番奥に土産物も扱う休憩所があります。

  アイスコーヒーを頂いてしばし店の人と話をしました。

  北海道新幹線については木古内駅に何本停車するのかを不安視されていました。

  北海道新幹線は東京との直通が一日10本、新青森と1本、盛岡と1本、仙台と1本と報じられています。

  松前の場合、現行では木古内から路線バスがあるのみで(函館からの定期観光バスはある)、有力なアクセスが無いのが悩みです。

  しかも結構遠い。

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  武家屋敷。

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  松前藩屋敷を後にして来た道を引き返しました。

  途中、往きには気付かなかった外堀跡。

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  本丸北の松前神社。

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  天神坂門から下へ。

  この辺りは見晴らしが良い。

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  バス停に戻ってきました。

  待合室でバスの到着まで休憩。

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   撮影 2015/08/30

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2015年9月26日 (土)

夏の終わりに角館、松前を訪れる 2015年(16) - 松前 寺町(2)法幢寺(ほうどうじ)と松前藩主松前家墓所

 

  松前の寺町で最後に訪れたのは松前家の菩提寺である法幢寺(ほうどうじ)と松前藩主松前家墓所。

法幢寺(ほうどうじ)には歴代藩主の位牌が安置されている御霊屋があります。

 

  寺町は松前城の北の防備も兼ねて作られました。

 

  散策道の左手に門があります。

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  散策道を真っ直ぐ進むと突き当たりに松前藩主松前家墓所があります。

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  山門。

  天保9年(1838年)の再建(上記案内板より)。

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  山門左側。

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  山門右側。

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  本堂。

  1881年(明治14年)建築(出所不明)。

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  松前歴代藩主の位牌堂である御霊屋(みたまや)。

  上記の案内板では天保9年(1838年)の再建とあり、

  松前町ツーリズム推進協議会(松前町・松前観光協会・松前商工会)運営の「北海道松前藩観光奉行」の情報では天保5(1834)年の再建とされています。

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  山門内側から。

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  松前家墓所に向かいます。

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  欅(けやき)の大木は本当に大きい。

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  第5代が松前家初代の松前慶広(まつまえよしひろ)。

  初代の武田信広が蠣崎氏(かきざきし)を称し第5代の慶広が松前氏を名乗ります。

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  門から散歩道。

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  門から右手(東)に回り込みます。

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  さらに北側に回り込みます。

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  そのまま道なりに行くと松前藩屋敷の看板のある場所に。

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  撮影 2015/08/30

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2015年9月24日 (木)

夏の終わりに角館、松前を訪れる 2015年(15) - 松前 寺町(1)龍雲院、光善寺、法源寺から法幢寺(ほうどうじ)へ

 

  本丸の北側にある松前神社から城の北にある寺町に向かいました。

その中には松前藩主松前家墓所もあります。

訪れたのは松前藩主松前家墓所までの途次にある一部の寺院です。

 

  まず道路に面して並んでいる龍雲院と光善寺へ。

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  龍雲院は1625(寛永2)年に開かれました。

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  本堂。

  本堂と庫裏は1842年(天保13)の建築で重要文化財に指定されています。

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  龍雲院から出て振り返ったところ

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  左隣にある光善寺。

  天正三(1575)年の建立。

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  光善寺の仁王門。

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  鐘楼門。

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  本堂。

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  境内にある血脈桜。

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  道路の分岐点に戻り今度は北に向かいます。

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  法源寺の山門。

  17世紀中期の建築と推定されています。

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  松前家の菩提寺である法幢寺(ほうどうじ)。

  松前歴代藩主の位牌堂が境内にあります。

  また道路を直進すると松前藩主松前家墓所に突き当たります。

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  撮影 2015/08/30

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2015年9月22日 (火)

夏の終わりに角館、松前を訪れる 2015年(14) - 本丸表御殿跡と松前神社

 

  天守閣と本丸御門、御殿玄関などを見学した後、拝観入り口と同じ場所から外に出て天守のある本丸北側に回り込みます。

 

  まだ天守閣南側。

  本丸は本丸御門内側になります。

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  入口から外に出て散策道を本丸の北側に回り込みます。

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  北側に回り込みました。

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  本丸表御殿跡。

  天守からは塀に遮られて東から大きく迂回します。

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  拝観部分は拝観入口→天守→本丸御門→天守南側の広場(御殿玄関がある)→出口(入口)の順。

  低い塀で天守から本丸跡広場には直接来れないようにしてあります。

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  北側には松前神社があります。

  祭神は松前家の先祖に当たるとされている武田信廣公。

  武田信廣(信広)は若狭武田氏の一族と言われています。

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  現在の社殿は大正12年(1923年)の再建。

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  この後、寺町を散策。

  松前藩主松前家墓所も一緒に訪ねます。

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  撮影 2015/08/30

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2015年9月20日 (日)

夏の終わりに角館、松前を訪れる 2015年(13) - 松前城(2)

 

  松前氏は元蠣崎氏(かきざきし)。

蠣崎季広(かきざき すえひろ)の時、道南の支配権を確立し、子の慶広(よしひろ)の時に松前氏を名乗り秀吉、後に家康に臣従し蝦夷地の支配権を認められる(慶長4年(1599年))。

第5代将軍徳川綱吉の頃に客臣から交代寄合の旗本待遇、享保4年(1719年)より1万石格の大名となりました。

松前城は北方警備の必要から幕府に命じられ1854年(安政元年)に完成した最後期の城郭です。

 

  現存遺構の本丸御門と復元天守。

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  本丸御門。

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  明治時代の破却後も本丸の天守などは現存しましたが1949年(昭和24年)の失火により焼失。

  現天守は1961年(昭和36年)に鉄筋コンクリートで復元したもの。

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  (案内板より)

  旧福山城本丸表御殿玄関

 

  慶長十一(一六〇六)年に完成した城は当時これを福山館と称していた。

しかし、寛永十四(一六三七)年城中より出火し、多くの建物を焼失、同十六年これを修築した。

その際、表御殿には京都伏見城の一部が移されたと伝えられている。

明治八年、北海道開拓使の命令により福山城は取り壊されたが、天守と本丸御門、表御殿は残った。

表御殿は松城小学校として充用され、明治三十三年、新校舎が完成した後もこの玄関だけは小学校正面玄関として、昭和五十七まで利用されてきた。

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  天守への拝観入口。

  松前城・松前城資料館の拝観料は大人360円、小・中学生240円、幼児無料。

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  搦め手二の門の外。

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  搦め手二の門。2000年(平成12年)の復元。

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  天神坂門。2002年(平成14年)の復元。

  搦め手二の門の下にあります。

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  海に面して砲台跡。

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  搦め手二の門の方を振り返って。

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  砲台跡前の土塁上から。

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  砲台跡あたりから。

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  天神坂門、外から。

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  天神坂から下ります。

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  撮影 2015/08/30

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2015年9月18日 (金)

夏の終わりに角館、松前を訪れる 2015年(12) - 松前城跡(1)「搦手二ノ門」から天守へ

 

 

  松前城はその地名より福山城とも呼ばれる松前藩(福山藩とも)の政庁で、江戸時代を通じてその主は松前氏でした。

北方警備の必要のために幕末の1854年(安政元年)に築城された最後期の城郭です。

戊辰戦争時には旧幕府軍の土方歳三率いる約700名に攻められ数時間で落城(1868年(明治元年))したそうです。

明治になり本丸を除いて破却。

天守は1949年(昭和24年)に失火により焼失しました。

現在に遺構として残る建築物は本丸御門と本丸表御殿玄関、旧寺町御門(現在の阿吽寺の山門)のみ。

現在の天守は1961年(昭和36年)に鉄筋コンクリート造りで再建されたものです。

 

  いつもの「余湖くんのお城のページ」からの引用図。

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  松前城は小高い丘の上にある平山城。

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  二重太鼓櫓跡。

  上のお城の図の右下、お堀の上に書かれているのが二重太鼓櫓。

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  木々の上から天守が覗いています。

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  右手に行くと復元された「搦手二ノ門」があります。

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  一旦外側に出て「搦手二ノ門」(からめてにのもん)。

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  松前城・松前城資料館の拝観入口がこの奥にあります。

  (入館料)大人360円(団体290円)、小・中学生240円(団体190円)、幼児無料。

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  天守内は資料館となっています。

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  天守からの眺望。

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  先ほどの「搦手二ノ門」。

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  本丸御殿があった本丸広場。天守からは直接行くことはできません。

  右奥に松前神社の鳥居が見えます。

  その北側に寺町があります。

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  天守と本丸御門。

  本丸御門は現存遺構で重要文化財。

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  撮影 2015/08/30

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2015年9月17日 (木)

夏の終わりに角館、松前を訪れる 2015年(11) - 松前まで1時間半のバス旅

 

  木古内駅から松前へのアクセスは路線バスしかありません。

函館から松前、江差を巡る定期観光バスがありますが私にとっては範囲外。よほどの事が無い限り定期観光バスは利用しません。

木古内駅ではバス待ちに1時間半ほど費やしました。

駅前には開いているお店もなく、駅舎内も工事中で落ち着くことができなくて、けっきょくバス停のベンチで待つこととなりました。

 

  木古内駅前も工事中。

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  駅前通り。

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  松前出張所行きバス。

  函館バス 函館、木古内~松前 バス時刻表。

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  松前まで利用した観光客らしい乗客は私を含めて3人。

  日曜日のこの日、途中乗車、途中下車の地元のお客さんは二、三人ほどでした。

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  左手に海を見ながら。

  時には山の中を行きます。

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  多分、竜飛崎。

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  松城バス停に到着。松前では無く「松城バス停」です。

  さすが北国、主要なバス停には寒さをしのぐ待合所があります。

  松城バス停はトイレ付き。

  ただしコインロッカーはありませんでした。

  城下通りのお店の人にも聞きましたが無いとの事。

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  バス停は海の近くです。振り返って。

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  お店などが並ぶ城下通り。

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  お城は小高い場所に位置します。

  重い荷物を背負いながらの散策となりました。

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  撮影 2015/08/30

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2015年9月16日 (水)

夏の終わりに角館、松前を訪れる 2015年(10) - 津軽線、海峡線で北海道木古内へ

 

 

  旅行日二日目は津軽線、海峡線を経て北海道へ。長い間の念願であった松前城を訪れました。

青森発8時過ぎの普通電車で蟹田まで行き、蟹田から木古内までは特急「白鳥」を利用。

普通列車が設定されていないこの区間は「青春18きっぷ」、「北海道&東日本パス」を利用する場合、特例として特急券無しで特急列車自由席に乗車できます。

 

  木古内駅では1時間半のバス待ち。

さらに松前へは木古内駅前からバスで約1時間30分の所要。

松前への輸送は国鉄民営化の翌年1988年に廃止されるまで松前線が担っていましたが、現在は徒歩旅行者にとってなかなか行きにくい場所となってしまいました。

 

  もう一つ心配していたのは荷物を軽くするためのコインロッカーの有無。

木古内駅では見つけられず、また私が探した範囲内では松前でもコインロッカーが無く、重い荷物を背負ったままの観光には本当に閉口しました。

 

  青森駅にて。

  朝早く6時台の電車で弘前から青森へ。

  前日は青森で花火大会が開催され青森に宿をとれず。

 

  快速「リゾートあすなろ」が待機中。

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  東北での旅行ではもうすっかり馴染みの701系電車で津軽線蟹田へ。

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  北海道新幹線の高架が津軽線より内陸の左方向に見えます。

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  好天となりました。

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  右手に海を見ながら北上。

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  40分足らずで蟹田駅に到着。後続の特急を待ちます。

  津軽線は海峡線分岐点以遠は非電化区間。蟹田からはキハ40で運行されます。

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  そのキハ40。

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  折り返し青森行きとなる701系電車。

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  特急「白鳥」が到着。

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  1時間弱で木古内駅。

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  来春の北海道新幹線開業に向けて木古内駅は工事中。

  ここで1時間半のバス待ちとなりました。

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  撮影 2015/08/30

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2014年10月25日 (土)

平泉(岩手県)と函館(北海道)を訪れる(20)2014年9月 - 函館から青森へ 新青森駅にて

 

  今回の旅行は6日間の日程でしたが実質的には平泉と函館2日間の3日間となりました。

最初の二日間は名古屋から仙台までのフェリーでの移動、最後の一日は東京から岐阜までの移動に終始しました。

 

  今回の旅行で初めて利用したのが弘前から東京までの深夜高速バスでの移動。

しかし、これは余程のことが無い限り今後の利用は差し控えたいと思いました。

自分に「年を考えろ」と言いたいほどの惨憺たる結果でした。

ほとんど眠ることができず、最後の一日を完全な移動日としてしまった主原因となりました。

高速バスは三列シートで窓側の二列のみを利用した余裕のある運行でしたが、反対側の若い人はぐっすり寝込んでいましたが私はどうもそうはいきませんでした。

座席を覆うカーテンは標準装備ですが東京で乗務員がカーテンを全部開けてしまう。

そのときふと見たら反対側の若い人がぐっすりと寝込んでいる。

年配の女性も何人か乗車していましたが、ちゃんと寝られたんでしょうか?

 

  深夜バスを浜松町で下車、その後はJRで新宿、高尾、甲府、小淵沢、松本と乗り継ぎ、松本からは名古屋BCまで高速バス。

そして岐阜までの帰途に就きました。

 

  函館駅にて。

  左の特急「スーパー白鳥28号」789系で新青森駅まで行きます。

  右は特急「北斗」183系気動車。

  この旅行で利用したのは「北海道&東日本パス」10290円。

  函館~新青森間は特急券(自由席)のみで特急を利用できます(「北海道&東日本パス」が乗車券として有効)。

  函館~新青森間の自由席特急券は1730円でした。

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  車窓から函館山と函館の町。

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  遠くの山は下北半島?

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  新青森駅に到着。所要は2時間8分。

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  在来線の新青森駅はホームが1本のみ。

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  新幹線新青森駅駅舎。

  周りは閑散としています。

  地元の岐阜羽島駅を思い出しました。

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  西から入線してくる函館行き特急「スーパー白鳥」789系。

  新青森駅にて。

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  弘前行き普通701系電車。

  新青森駅から弘前に向かいます。

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  撮影 2014/09/25

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