2020年7月 9日 (木)

桑名市を散策(2)蟠龍櫓(ばんりゅうやぐら)から七里の渡し - 三重県桑名市

 

  10年前の2010年の7月に訪れた桑名市。

 

  旧桑名城の九華公園から北に出ると桑名藩の初代藩主である本多忠勝の像があります。

そこからさらに北にある蟠龍櫓(ばんりゅうやぐら)を目指します。

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  その前に桑名城の数少ない現存遺構であるお堀の石垣へ。

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  やがて蟠龍櫓が見えてきます。

  蟠龍櫓は平成15年(2003年)に外観復元されました。

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  蟠龍櫓の内部。

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  蟠龍櫓の西には東海道桑名宿七里の渡し跡があります。

  道標と鳥居が立っています。

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  堤防の向こう側は揖斐川です。

  蟠龍櫓は本来は国土交通省水門統合管理所の建物。

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  手前が揖斐川で河口堰の見える川が長良川。

  木曽三川(木曽川、長良川、揖斐川)の治水は江戸時代からの長年の懸案でした。

  江戸時代中期に行われた薩摩藩の宝暦治水は不完全に終わり、最終的に明治20年(1887年)から明治45年(1912年)にかけて行われたオランダ人技師ヨハニス・デ・レーケによる木曽三川分流工事(明治治水)がこの地域の治水の問題を大きく前進させました。

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  堤防上に住吉神社があります。

  ここを降りて北の方向に行くと二代目諸戸清六の邸宅であった六華苑があります。

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  撮影 2010/07/10

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2020年7月 7日 (火)

桑名市を散策(1)京町見附から九華公園(旧桑名城跡) - 三重県桑名市

 

  10年前の2010年7月に桑名市を散策した様子。

 

  駅前から東に向かい、まず旧桑名城である九華公園に向かいました。

途中、京町見附や石取会館、桑名市博物館を経て九華公園の南西端にたどり着いたのは11時半頃。

西桑名駅前から出発して1時間後でした。

 

  駅前のバス乗り場。

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  京町見附のあった京町公園。

  「見附(みつけ)」とは「江戸時代、枡形をもつ城門の外側の門で、見張りの者が置かれ通行人を監視した所。」(三省堂 大辞林 第三版より)

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  旧東海道沿いにある石取会館(いしとりかいかん)。

  「大正14年(1925)に四日市銀行桑名支店として建築された鉄筋コンクリートの建物」。

  「石取祭の歴史や行事を紹介するパネル、壁面映像、お囃子体験コーナー、情報検索などが設置」されている。(三重県内の博物館・資料館より引用)。

  無料。

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  桑名市博物館。

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  堀跡を渡ります。

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  九華公園の南西端に至りました。

  九華公園は旧本丸跡、二の丸跡に作られました。

  春の桜など市民の憩いの場となっています。

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  手前の橋が二の丸橋。

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  多分、本丸跡から。

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  公園の北側にある徳川四天王の一人である本多忠勝の像。

  関ヶ原の戦いのあとの慶長6年(1601年)に10万石で入り桑名藩初代藩主となりました。

  桑名藩は本多家2代、松平(久松)家5代、松平(奥平)家7代、再び松平(久松)家5代で明治に至りました。

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  撮影 2010/07/10

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2020年6月29日 (月)

松阪城跡にて(1) - 三重県松阪市

 

  2009年の梅雨時に訪れた松阪市。

目当ては松阪城でしたが、武家屋敷の御城番屋敷や城内にある本居宣長旧宅、本居宣長記念館なども合わせておとずれました。

 

  御城番屋敷より松阪城跡を。

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  城の裏口に当たる搦手(からめて)から入りました。

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  裏門跡。

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  振り返って。

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  いつもの余湖君のお城のページからの引用図。

 

  松阪城は天正16年(1588年)に蒲生氏郷が築城。

  その後、氏郷は小田原征伐(天正18年(1590年))の功により90万石で会津に移り、城主は服部一忠、古田氏と替わり、元和5年(1619年)に紀伊藩領となりました。

  紀伊藩領となると城代が置かれ、二の丸に陣屋を設けて政務を行いました。

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  城内に移築された本居宣長旧宅。

  2階の書斎を鈴屋(すずのや)と呼びます。

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  御城番屋敷を城内から。

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  中門跡。

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  本丸の天守台。

  3重5階の天守が築造されましたが、正保元年(1644年)に台風のため倒壊したそうです。

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  天守台。

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  天守台から。

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  撮影 2009/06/18

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2020年6月27日 (土)

松阪の旧松坂御城番屋敷(ごじょうばんやしき) - 三重県松阪市

 

  もう10年前の2009年の梅雨時に訪れた三重県の田丸城と松阪城。

まず田丸城を訪れ、再び松阪に戻り松阪城へ。

 

  御城番屋敷とは「江戸時代末期の武士の住宅。松坂御城番が居住した現存する組屋敷(長屋)遺構である」。

松阪城跡の搦手からの道路の東西にある長屋が御城番屋敷で、重要文化財に指定されています。

私が訪れた時はちょうど修復工事中で、これは2010年に終了したそうです。

 

  松阪駅前を振り返って。

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  生垣のある街並みに入ってきました。

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  松阪神社の前に。

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  そしてこの道路を挟んで御城番屋敷があります。

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  いつもの余湖君のお城のページからの引用図。

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  南東方向を振り返って。

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  土蔵。県指定文化財。

  内部に御城番屋敷の歴史についての展示があります。

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  松阪城跡から見下ろして。

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  撮影 2009/06/18

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2020年6月24日 (水)

田丸城にて(2) - 三重県度会郡玉城町(たまきちょう)

 

  2009年の梅雨時である6月に三重県にある田丸城を訪れた際の様子。

織田信雄により近世城郭に改修された田丸城は、その後は城主が目まぐるしく交代しましたが、江戸時代になると紀州藩領となり城代が置かれ明治に至りました。

 

  富士見門から左に行くと本丸虎口に至りますが、右に行くと三の丸。

  右への道順を取りました。

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  道が奥に続いています。

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  石垣の上に登る階段が備わっていました。

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  階段を上がって振り返ったところ。

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  本丸方向。

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  いつもの余湖君のお城のページからの引用図。

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  本丸虎口の門跡へ。

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  本丸内。

  右手奥に天守台があります。

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  天守台。

  天正3年(1575年)に織田信雄(おだのぶかつ)の改修により三層の天守が建てられました。

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  本丸から田園風景。

  雨は落ちていませんでしたが、梅雨らしい空模様でした。

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  こちらが二の丸虎口。

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  本丸前から下に降ります。振り返って。

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  ぐるっと一周し富士見門前に。

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  辺りを散策したのち、田丸駅に戻ってきました。

  城内には玉城町役場、SLのC58、「朝日新聞の創刊に携わった村山龍平を顕彰する記念館」があります。

  また旧御殿跡に玉城町立玉城中学校があります。

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  亀山行きで松阪に戻り、次は松阪市内を散策しました。

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  撮影 2009/06/18

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2020年6月22日 (月)

田丸城にて(1) - 三重県度会郡玉城町(たまきちょう)

 

  10年ほど前の2009年の6月に三重県の田丸城と松阪城を訪れた際の様子。

近鉄名古屋駅から松阪まで近鉄で来ましたが、、まず最初に訪れたのは田丸城。

松阪からはJRで伊勢市、鳥羽方面への普通で所要30分以上の田丸駅で下車します。

途中の多気駅まで快速「みえ」で行き、そこから普通に乗り換える方法もあります。

 

  田丸駅にて。

  現在は名松線など一部でしか運用されていないキハ11。

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  田丸駅。

  参宮線の駅です。

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  駅前から左手に道を取ると正面に田丸城跡が見えてきます。

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  まず外堀に出ます。

  グーグルストリートビューで見てみると、今は鬱蒼とした茂みは無くなり、すっきりとした様子となっていました。

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  外堀からさらに奥に進むと内堀があります。

  玉城町(たまきちょう)役場の裏側になります。

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  内堀に沿って進むと城内に入る入り口に田丸城址の碑があります。

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  いつもの余湖くんのお城のページからの引用図。

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  城内に入ってその奥に移築された富士見門があります。

  左手に行くと御殿跡にある玉城中学校、本丸下へ。

  右へ行くと三の丸に通じます。

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  撮影 2009/06/18

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2020年6月16日 (火)

名鉄名古屋本線 岡崎公園前駅と岡崎城 - 愛知県岡崎市

 

  10年以上前の2009年に西尾城と岡崎城をいろいろ寄り道をしながら訪れた際の様子。

名鉄西尾線から蒲郡線で蒲郡に至り、蒲郡からはJRで豊橋、豊橋からは名鉄名古屋本線で岡崎公園前駅へ来ました。

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  快速特急豊橋行きの通過。

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  岡崎公園前駅を外に出ると、駅前広場を挟んで左手に愛知環状鉄道の中岡崎駅があります。

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  岡崎駅に向かう愛知環状鉄道。

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  中岡崎駅。

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  岡崎公園散策マップ。

  岡崎公園へは名鉄の東岡崎駅からのアクセスが普通です。

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  徳川家康の生地として有名な岡崎城。

  昭和34年(1959年)に復興された岡崎城天守。

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  江戸時代には岡崎藩5万石の政庁でした。

  天守が築造されたのは元和3年(1617年)の江戸時代になってから。

  石垣も江戸時代になってから完成したそうです。

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  乙川に架かる橋梁。

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  撮影 2009/06/02

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2020年6月 7日 (日)

愛知県 西尾城を訪れる - 愛知県西尾市

 

  西尾市は旧城下町。

その中心である西尾城には平成8年(1996年)に本丸丑寅櫓、二の丸鍮石(ちゅうじゃく)門が復元されました。

 

  西尾駅からおおむね西方向に歩いていきます。

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  西尾市の古い町並みの一部。

  電柱の地中化などの整備がされています。

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  丑寅(うしとら)櫓と鍮石(ちゅうじゃく)門。

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  西尾市歴史公園の図。

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  鍮石門。

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  門の内側から。

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  本丸丑寅櫓。

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  二の丸にあったという天守台は別に整備されていると聞いていますが、当時は気づきませんでした。

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  公園内にある旧近衛邸。

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  西尾駅に戻ってきました。

  もう少し町並みの散策をしたいところでした。

  この騒動が収まったら旧吉良町とともにもう一度訪れてみたいです。

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  西尾線の終点である吉良吉田駅に向かいます。

  吉良吉田行き急行が到着。

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  撮影 2009/06/02

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2020年5月26日 (火)

長浜市を訪れた約10年前 長浜城と長浜鉄道スクエア - 滋賀県長浜市

 

  今回も少し古い写真から。

2009年の5月に滋賀県の長浜市を訪れた際の様子。

初めて長浜市を訪れたのは1997年の4月、長浜城のみを訪れたことがあります。

2009年には長浜駅の東側の町並みも散策し、さらに翌年(2010年)の秋にはもう少しじっくり散策をしており、長浜には何度も訪れている印象があります。

 

  出発の岐阜駅にて。

  とくとく切符の無い季節なので、普通切符での旅行でした。

  写真は特急「しらさぎ」ですが長浜までは普通を利用。

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  まず最初に訪れたのは長浜城跡。

  長浜城は羽柴秀吉(豊臣秀吉)が築いた城で、秀吉にとってはいわば出世城。

 

  現在の天守閣は昭和58年(1983年)に鉄筋コンクリートで築かれた模擬城です。

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  一帯は豊公園(ほうこうえん)と名付けられています。

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  長浜駅の東側でもう一か所訪れたのは長浜鉄道スクエア。

  明治15(1882)年建築の旧長浜駅舎を中心に蒸気機関車、電気機関車が静態保存されています。

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  D-51形とED-70形が保存されています。

  かって北陸線で使用された機関車。

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  長浜鉄道スクエアから見える長浜駅。

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  撮影 2009/05/09

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2020年5月23日 (土)

近江鉄道ぶらぶら 水口城跡 - 滋賀県甲賀市水口町

 

  2011年5月の近江鉄道ぶらぶら旅はもう終盤。

終点の貴生川駅(きぶかわえき)の一つ手前の水口城南駅で途中下車をして水口城跡を訪れました。

 

  水口は東海道五十三次の50番目の宿場。

水口城は3代将軍徳川家光の上洛の際の宿館として築かれたもので、その後、天和2年(1682年)に加藤家が2万石で入り水口藩が立藩されました。

1695年から1712年までの鳥居家1代を除き加藤家が明治に至るまで藩主家として存続しました。

水口藩の加藤家の祖は加藤嘉明。

 

  近江鉄道の水口城南駅。

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  駅から水口城跡までは徒歩で5分足らず。

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  現在まで残っているのは本丸跡と周囲のお堀。

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  復興された乾矢倉(中は水口城資料館となっています)。

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  いつもの「余湖くんのお城のページ」からの引用図。

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  本丸北西にある櫓台。

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  本丸跡は水口高校のグラウンドとなっています。

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  出丸部分に水口城資料館があります。

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  遠くの山は水口岡山城(古城)跡。

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  貴生川(きぶかわ)駅に到着。

  折り返しこの車両で米原へ帰ります。

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  撮影 2011/05/03

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