2018年2月20日 (火)

名鉄犬山遊園駅から犬山橋を渡り鵜沼駅へ - 愛知県犬山市と岐阜県各務原市

 

  犬山駅から北にひと駅の犬山遊園駅で下車。

歩いて犬山橋を渡り名鉄の新鵜沼駅、JRの鵜沼駅に向かいます。

犬山遊園駅は、かってモンキーパークモノレール線の乗り換え駅でしたが、2008年12月に廃止され、一般的な途中駅となりました。

モンキーパークへは犬山駅東口からバスがあります。

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  新旧犬山橋。

  旧犬山橋は鉄道道路併用橋として、つとに鉄道ファンには有名な橋でした。

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  北岸の岐阜県各務原市(かかみがはらし)側に渡りました。

  犬山橋に向かう5000系回送。

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  新鵜沼駅へ向かう岐阜行き普通5000系。

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  岐阜県側からの犬山城。

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  岐阜発犬山行き普通1800系。

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  新鵜沼行き6000系急行。

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  夕方の犬山城。

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  新鵜沼駅。犬山線の始終着駅。

  新鵜沼駅は3面5線で3番から5番までは行き止まりホームとなっています。

  一方、1、2番線は各務原線と接続。

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  JR鵜沼駅改札。

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  複線の名鉄各務原線と単線の高山線。

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  撮影 2013/02/03

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2018年2月13日 (火)

名鉄常滑線西ノ口駅と(知多)大野城跡 - 愛知県常滑市

 

  知多半島の大野城は応仁の乱以後に佐治氏が城主となり、以後4代100年に渡り一帯を支配しました。

三代信方は織田信長に従い、信場の妹お犬の方を娶り、織田一門として遇されますが、伊勢長島攻めで若くして討ち死に。

子の一成は本能寺の変後は織田信雄に仕え、天正12年(1584年)の小牧・長久手の戦いで家康帰陣の便宜を図ったことから秀吉の怒りを買い、大野城を退去。

その後、織田長益(有楽斎)が入城すると長益は大野城から大草城へ移り大野城は廃城となります。

 

  西ノ口駅にて。

  準急新可児行き。

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  西ノ口駅。

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  大野城跡は西ノ口駅の北東方向にあります。

  その間を国道155号線が南北に通じているので車で行くにも徒歩で登るにも155号線が基準となります。

 

  国道沿いにあるCSK葬祭青海瑞雲殿の建物横から山に取り付きます。

  城山の北側には駐車場があり北から登るのが普通。

  CSK葬祭青海瑞雲殿を振り返って。

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  登り切ると住宅街となっています。

  登り口を振り返って。

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  あとは道なりに登っていきます。

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  大野城模擬天守。

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  模擬天守と向かい合うさらに小高い場所に佐治神社があります。

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  模擬天守からの眺め。

  伊勢湾が一望できます。

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  知多半島の伊勢湾沿いは工業地帯。

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  右上の樹木は桜でこの城の数少ない撮影ポイント。

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  ミュースカイ2000系が留置。

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  太田川行きの普通で北に戻ります。

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  撮影 2013/02/03

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2018年2月11日 (日)

名鉄常滑線大野町駅と大草城跡 - 愛知県常滑市と愛知県知多市

 

  大草城は織田信長の弟である織田長益(有楽斎)が大野城を与えられたものの、その水利の悪さから新しく北方に築城した城。

しかし完成を待たず織田長益(有楽斎)は摂津に移封され廃城となりました。

江戸時代には尾張藩はこれを重要視し家老の山澄氏に与え城址を保全させたそうです。

尾張藩は他にも小牧山城跡や岐阜城跡(江戸時代の岐阜城下は尾張藩領)などを立ち入り禁止にし、これの保全に努めました。

 

  大草城の最寄りの駅の大野町(おおのまち)駅。

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  大草城跡内に建てられた展望台風模擬天守。こういうの大好きです。

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  土塁や堀など大規模に残っています。

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  展望台に登ってみました。

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  山の上に見える大野城模擬天守。

  伊勢湾も望めます。

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  一旦大野町駅に戻り常滑方面に一駅の西ノ口駅に向かいました。

  太田川行き普通6000系。

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  中部国際空港行き準急3300系旧塗装。

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  撮影 2013/02/03

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2018年1月31日 (水)

2018年新年旅行 臼杵、佐賀、唐津 (17) - 唐津市 唐津城(3)天守閣から

 

  さて、唐津城観光の仕上げは天守閣に登り、その眺望を楽しむこと。

もちろん展示品も気になるところですが。

 

  入口を振り返って。

  入場料は一般500円、小・中学生250円。

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  なにしろ鉄筋コンクリート造りなので、内部の面白味はありません。

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  ただし眺望は抜群。

  松浦川の河口を挟んでの対岸の様子。

  湾曲した海岸線に沿って虹の松原が奥の方まで続いているのがよく見て取れます。

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  松浦川。

  手前の橋が舞鶴橋。

  対岸に渡ると唐津城の全体がよく見えます。

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  工事中の様子。

  本丸が全く立ち入れない状態になっています。

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  北を向いて高島。

  高島には小学校があります。

  また高島との間には渡船が運行されています。

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  唐津の町並み。

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  城下桟橋にちょうど渡船が接岸しています。

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  ふじ棚越しに天守閣。

  昭和41年(1966年)に築かれた模擬天守。

  しかし築かれてからすでに半世紀たっており町には欠かせない風景となっています。

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  江戸時代の唐津城下。

  江戸末期の藩主家が小笠原氏時代(1817~1871)。

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  駅に向かいながら城下を散策して、帰途につきます。

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  撮影 2018/01/07

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2018年1月30日 (火)

2018年新年旅行 臼杵、佐賀、唐津 (16) - 唐津市 唐津城(2)天守閣へ

 

  唐津城は寺沢広高が慶長7年(1602年)から慶長13年(1608年)にかけて築城しました。

天守については築かれなかったと考えられています。

現在の模擬天守は昭和41年(1966年)に築かれたもの。

唐津藩藩主家は寺沢家2代、大久保家2代、松平(大給)家3代、土井家4代、水野家4代、小笠原家5代と推移し明治に至りました。

 

  いつもの余湖くんのお城のページからの引用図。

Karatutyo

 

  石段を登っていきます。

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  途中にある櫓台跡?

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  最後はふじ棚が迎えてくれます。

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  石垣の工事が大々的に行われていました。

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  工期は今年(2018年(平成30年))3月20日まで。

  桜には間に合いそうです。

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  左奥に金刀比羅神社があります。

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  右側に回り込むと西門があります。

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  門をくぐって中に入ると天守閣への入り口。

  入場料は一般500円、小中学生250円。

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  旗竿石。

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  旗竿石と考えられていたものが実際にはそうでは無かったという事のようです。

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  北から北西方向。

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  エレベーターの降り口とトイレがこちらにあります。

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  天守閣。

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  東方向。

  湾曲した海岸線沿いに虹の松原がのびています。

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  撮影 2018/01/07

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2018年1月27日 (土)

2018年新年旅行 臼杵、佐賀、唐津 (15) - 唐津市 唐津城(1)

 

  朝、ホテルを出ると真っ直ぐにお城へ。

唐津城の天守閣については、その存在は確認されておらず、一般的には建てられなかったとされています。

現在の天守は昭和41年(1966年)にコンクリートで建築された模擬天守です。

とは言え建てられてからすでに半世紀、もう町には無くてはならない風景。

 

  まずは近くで一枚。

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  城内橋に引いて。

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  松浦川の河口に架かる舞鶴橋を東に渡ります。

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  松浦川上流の東方向。

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  高島との船が発着する城下桟橋。

  その向こうに城内橋が見えます。

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  高島と唐津湾。

  舞鶴橋は天候が荒れるととても渡れないほどの風が吹きます。

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  舞鶴橋東詰から見える唐津城と城山。

  桜の頃には一幅の絵となります。

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  舞鶴橋を戻って登り口入口へ。

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  舞鶴公園案内図。

  中段まで176段、上段まで231段と書いてあります。

  ただし有料のエレベーター(斜行のエレベーター)を利用するのも一手。

  料金は大人(15才以上)100円、小中学生50円、未就学児・70才以上の方無料。

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  石段を登ります。

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  撮影 2018/01/07

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2018年1月24日 (水)

2018年新年旅行 臼杵、佐賀、唐津 (13) - 佐賀市 佐賀城本丸歴史館(2)復元御殿、鯱の門など

 

 

  一部復元された本丸御殿は第10代藩主鍋島直正が天保期に再建した御殿を現代に復元したもの。

内部は展示室となっている部分も多く、それ故に歴史館とも言えます。

復元の元となっている直正の御殿は天保9年(1838年)の建築で、同時期に鯱の門も築造されました。

 

  東側に入り口があります。

  靴を脱ぎ、荷物は無料のロッカーに入れることができます。

  また料金は志納となっています。

  ほとんどの人は気が付いていませんでしたが、私は幾ばくかを納めておきました。

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  甲冑がありました。

  写真は資料の接写は禁止ですが、御殿内部の撮影は可です。

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  外御書院では邦楽の練習が行われていました。

  皆さん和装で艶やかでした。

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  屯之間(たまりのま)は休憩、映像コーナーとなっています。

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  こうして内側は展示室となっていて、歴史博物館の趣きです。

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  内側は一部が展示室として利用されています。

  この方式も有りと言えば有りです。

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  この日は何らかの催しの日で、多くの人々が集まり、鷹匠の実演などが行われていました。

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  庭にあるカノン砲のレプリカ。

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  慶長19年(1614年)頃の佐賀城絵図。

  まだこの頃には天守があり、焼失前の御殿が描かれています。

  鯱の門はまだ築かれていません。

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  鯱の門(しゃちのもん)と続櫓(つづきやぐら)。

  天保9年(1838年)の建築で重要文化財。

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  天守台。

  天守は享保11年(1726年)の大火で焼失し、以後、再建されることはありませんでした。

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  かっては天守台には「明治時代の建造物「協和館」が移築されサークル活動等に利用されて」いました。

  2003年当時の写真。

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  鯱の門のとなりの広場にある鍋島直正公の銅像。

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  西門前の博物館前バス停から佐賀駅バスセンターまでバスで帰りました。

  1時間に1本以上の運行が確保されています。

  また他には公園の北側に佐賀城跡バス停があります。

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  撮影 2018/01/06

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2018年1月23日 (火)

2018年新年旅行 臼杵、佐賀、唐津 (12) - 佐賀市 佐賀城本丸歴史館(1)西門から中へ

 

  佐賀城の本丸は南東隅にあるのが特徴です。

 

  駅前通りは北側の外堀を渡ると右に佐賀県庁を見ながら南に下り、やがて本丸の西側に至ります。

佐賀城には2003年に訪れましたが、その時にはすでに御殿の復元工事が始まっており、その際、その様子を何枚かの写真に収めました。

 

  いつもの余湖くんのお城のページからの引用図。

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  佐賀城本丸歴史館の西門前。

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  道路の反対側には佐賀県立博物館と佐賀県立美術館があります。

  本来駐車場があるべき南側が工事中でした。

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  西門から入ることに。

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  南に延びる石垣。

  一番南には南西隅櫓台があります。

  その先は外堀南側。

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  2003年当時の工事中の石垣。

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  西門を入ると復元された御殿と左に天守台が見えます。

  御殿の入り口は反対側の東から。

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  2003年当時の工事中の様子。

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  天守台には外から登ることができます。

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  西門を振り返って。

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  本丸御殿の図の内、太い黒線に囲まれた部分が現在までに復元されました。

  赤い部分が外御書院。

  青の部分が御三家座。

  御三家とは支藩の小城鍋島家、蓮池鍋島家、鹿島鍋島家。

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  鯱の門。

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  天守台。

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  鯱の門を内側から。

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  撮影 2018/01/06

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2018年1月21日 (日)

2018年新年旅行 臼杵、佐賀、唐津 (11) - 佐賀市 佐嘉神社から佐賀城本丸歴史館へ

 

  佐賀城は藩祖鍋島直茂が手がけ、子の勝茂が慶長16年(1611年)に完成させました。

建築物は明治7年(1874年)の佐賀の乱で大半が焼失し、現在まで遺構として残っているのは鯱の門(しゃちのもん)と続櫓のみ。

何れも重文指定を受けています。

 

  いつもの余湖くんのお城のページからの引用図。

Sagatyo

 

  佐嘉神社正面。

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  カノン砲。

  幕末の佐賀藩は反射炉や大砲、蒸気船などを手がける進取に溢れた藩でした。

  佐賀藩の三重津海軍所跡は「明治日本の産業革命遺産 」として世界文化遺産に登録されています。

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  佐嘉神社の前の歩道橋から外堀と佐賀県庁。

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  橋から外堀。

  外堀は北側、西側、南側が残っています。

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  橋の南詰から佐嘉神社付近と歩道橋。

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  佐賀県庁を右に見てさらに駅前通りを南に歩きます。

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  徒歩数分で鯱の門と続櫓や天守台のある旧本丸の西に至ります。

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  撮影 2018/01/06

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2018年1月13日 (土)

2018年新年旅行 臼杵、佐賀、唐津 (4) - 臼杵城(3)二の丸大門櫓と畳櫓

 

  二の丸跡にある護国神社から二の丸を出るべく西に向かうと二の丸の出入り口に。

ここには平成13年(2001年)に木造で復元された旧二の丸大手門の大門櫓があります。

そしてその下左手には現存櫓である畳櫓があります。

臼杵城跡にはその他多くの櫓台跡の石垣が残っていますがここはかなり割愛しました。

 

  いつもの余湖くんのお城のページからの引用図。

Usukityo

 

  護国神社の鳥居と二の丸大手門の大門櫓を内側から。

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  内側から見て大門櫓の左手にある井楼櫓跡。

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  大門櫓の正面から。

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  向かって右側にある現存遺構の畳櫓。

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  畳櫓の反対側にある時の鐘。

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  大門櫓と畳櫓。

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  畳櫓の前を通り古橋口に下ります。

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  坂道を「あぶみ坂」と言います。

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  古橋口を外へ(旧三の丸にあたる)。

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  下から見上げて。

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  撮影 2018/01/05

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