2019年10月24日 (木)

思い出の盛岡 1991年9月 - 岩手県盛岡市

 

  本格的に旅行を始めたのは父から貰ったコンパクトカメラが切っ掛けでした。

中学生ぐらいにすでにこれも父から貰ったカメラで岐阜市近郊をミニ旅行をしながら写していた時期もありましたが、高校生になると全くカメラから遠ざかってしまい、この切っ掛けが無ければ写真に再び関わる事も無かったかも知れません。

初めての撮影旅行は親戚が東北に住んでいたことから、そこを起点にして東北旅行をすることにしました。

当時は均一周遊券なるものがあり、指定区域内は特急、急行(新幹線は除く)が乗り放題という切符で、これを最大限に利用しました。

 

  親戚の家を拠点に2回に分けて主な観光地を巡りました。

一回目は平泉、盛岡、青森を、二回目は弘前城、津軽鉄道の金木などを観光しました。

 

  初めての盛岡駅。

  盛岡以北はまだ在来線の時代。

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  ちょうど盛岡秋祭りの時期でした。

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  盛岡市内で一泊。

  あくる日、朝一番に盛岡城を訪ねました。

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  現在では記憶が薄く、石垣の配置などは覚えていません。

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  いつもの余湖くんのお城のページからの引用図。

 

  盛岡城は南部(盛岡)藩南部氏の居城。

  南部(盛岡)藩南部氏は盛岡城を拠点に15代に渡り岩手県中部から青森県東部にかけての地域を治めました。

Moriokazu

 

  盛岡城以外には銀行の洋館を見学しました。

  当時は観光情報は観光雑誌か旅行本から得るしかなく、現在と比べると大変な苦労でした。

  岩手銀行旧本店本館。

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  旧第九十銀行本店本館。

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  現在は盛岡市の所有となっています。

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  当時は空中の電線で景観が台無しでしたが、現在はスッキリとしているようです。

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  撮影 1991/09/15,16

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2019年9月15日 (日)

たつの市旧市街を散策(9)龍野城(2)模擬櫓、家老門、本竜野駅に戻る - 兵庫県たつの市

 

  龍野城は5万石の大名の居城としては大変質素な城郭ですが、脇坂安政が入封した時期はもう17世紀の後半で堅固なお城は必要なかったという事情があります。

家祖の脇坂安治は「賤ヶ岳の七本槍」の一人として武名を誇りましたが、三代目の安政は幕府の有力者である堀田家からの養子。

その事情もあり脇坂家は願い譜代として処遇され、幕府後期には老中を務め、正式に譜代扱いとなりました。

 

  いつもの余湖くんのお城のページからの引用図。

  安政が龍野に入封された際に城郭の再建が許されましたが、この際山頂部は放棄しました。

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  西門から城外に出ます。

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  西門は四脚門。

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  下の道路に下ります。

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  龍野城のシンボルとなっている模擬櫓。

  桜の木に包まれています。

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  塀に沿って南に下ると左さきが小学校。

  その反対側に家老門が現存しています。

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  家老門から東に戻ると元の埋門(うずみもん)の前に。

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  龍野橋を経て、暑い中、本竜野駅に戻ってきました。

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  昔の跨線橋の柱。

 

  姫路駅に戻ります。

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  撮影 2019/09/05

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2019年9月14日 (土)

たつの市旧市街を散策(8)龍野城(1) - 兵庫県たつの市



  江戸時代初頭、播磨一国は池田氏の所領でしたが元和3年(1617年)池田利隆が没すると嗣子が幼少であったため転封となり、播磨国は分割され、龍野には本多政朝が5万石で封ぜられ、ここに龍野藩が成立します。

その後、小笠原家1代、幕府領、岡部家1代、再び幕府領、京極家1代、三度幕府領と推移し、寛文12年(1672年)脇坂安政が5万3千石で入封、以後、脇坂家が10代続き明治に至ります。

龍野城は京極氏が移封された際に一度は破却されましたが、安政は龍野城の再建を認められます。

したがって現在に残る龍野城は安政によるものです。

 

  いつもの余湖くんのお城のページからの引用図。

  山頂部分は放棄され、山麓部分に質素な城郭が築かれました。

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  現在の龍野城の入り口に当たる再建された埋門(うずみもん)。

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  門前から左手に車が城内に入ることができる上り坂。

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  埋門前から振り返って。

  右手の塀の中は簡易裁判所と検察庁。

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  埋門前から右手に坂を登ると「たつの市立龍野歴史文化資料館」があります。

  入館料は一般 200円、小~大学生100円。

  三館共通券(龍野歴史文化資料館・霞城館・うすくち龍野醤油資料館)一般 300円、高校・大学生 220円、小学・中学生 140円。

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  埋門、内側から。

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  昭和54年(1979年)に再建された本丸御殿。

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  同じく本丸御殿。

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  奥に進むと四脚門の西門があります。

  ここから城外に出ます。

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  撮影 2019/09/05

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2019年9月 4日 (水)

鳴門駅と撫養城(むやじょう)2000年 - 徳島県鳴門市

 

  2000年の春に徳島市とその周辺を観光した際に鳴門市の撫養城(むやじょう)を訪れました。

 

  鳴門駅のキハ40形。

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  撫養城(むやじょう)模擬天守。

  蜂須賀家政が置いた阿波九城の一つ。

  一国一城令により寛永15年(1638年)に廃城となりました。

  また史実上天守閣は存在しませんでした。

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  前日は雨であったことから翌日改めて訪れました。

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  撮影 2000/04/06




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2019年8月29日 (木)

福山駅の300系新幹線と福山城 - 広島県福山市

 

  1997年の夏に福山城と明王院を訪れた際の福山駅と福山城。

帰りに福山駅から岡山駅まで新幹線を利用し、福山駅でたまたま新幹線300系電車が写り込んでいました。

 

  福山駅新幹線ホームから見える福山城。

  手前左の櫓が現存遺構で重要文化財の伏見櫓。

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  天守閣は1945年まで現存しましたが空襲で焼失しました。

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  もう少しキチンと写しておけば良かったと悔やまれる新幹線300系電車。

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  昭和41年(1966年)に復興された福山城天守閣。

  現存した天守とはかなり異なっており、不正確に建てられた天守であるため復元天守の範疇に含まれません。

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  撮影 1997/08/25

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2019年7月 9日 (火)

信州旅行(13)上田城を訪れる(4)駅に帰る - 長野県上田市

 

  帰りは二の丸の東虎口から外に出ます。

ここから二の丸通りを道なりに南から東に向かうと上田駅に至ります。

駅までは徒歩10分ぐらいです。

 

  いつもの余湖くんのお城のページからの引用図。

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  南櫓の拝観入口から下の尼ヶ淵を見下ろして。

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  二の丸から北櫓と東虎口櫓門。

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  平和の鐘。

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  二の丸の東虎口。

  現在の城域はここまで。ここから外に出ます。

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  二の丸橋、振り返って。

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  道路沿いにある二の丸堀跡。

  外堀にあたります。堀は遊歩道となっています。

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  上田城は駅から徒歩で10分ほどの距離にあります。

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  上田駅は新幹線駅。

  他にしなの鉄道と上田電鉄が発着します。

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  撮影 2019/06/18

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2019年7月 6日 (土)

信州旅行(12)上田城を訪れる(4)上田市立博物館と櫓の拝観 - 長野県上田市

 

  七つあった上田城の櫓の内二つは明治時代に遊郭に払い下げられ、移築して使用されていました。

その後、昭和16年(1941年)に他に転売されるところを市民が阻止すべく運動を起こし、これを買い取り、昭和24年(1949年)に現在の位置に移築したのが北櫓と南櫓となりました。

 

  本丸東のお堀。

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  本丸の外、東にある上田市立博物館。

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  斜め前にある別館。

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  共通観覧料(市立博物館常設展及び南櫓・北櫓・櫓門の観覧)大人500円、高校生以上の学生300円、小中学生150円。 

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  博物館内の写真はありません。

 

  櫓内の拝観は南櫓から入ります。

  南櫓外側から。

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  南櫓内部。

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  左の写真が遊郭となっていた時代の二つの櫓(昭和19年頃の写真)。

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  二階に上がり南櫓の天井。

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  復元された袖塀にある石落とし。

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  平成6年(1994年)に復元された櫓門の天井。

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  櫓門から見える本丸内の真田神社。

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  櫓門から北櫓。

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  外へ出て東側から。

  左から南櫓、東虎口櫓門、北櫓。

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  撮影 2019/06/18

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2019年7月 4日 (木)

信州旅行(11)上田城を訪れる(3)真田神社と南櫓・北櫓・東虎口櫓門 - 長野県上田市

 

  以前にも書きましたが、真田家が居城としていた城郭は関ヶ原の戦いの後に破却されてしまい、真田信之が初代上田藩藩主として上田を支配した頃は城が無い状態でした。

元和8年(1622年)真田信之は松代藩へ移封、後には仙石忠政が入封しやっと上田城が再建されることになります。

しかし忠政は寛永3年(1626年)に上田城の再建に着手するも寛永5年(1628年)に死去し、上田城の普請は打ち切られそれ以上の増築は行われませんでした。

仙石氏は3代続いた後、宝永3年(1706年)に但馬国出石藩に移封され、替わって松平(藤井)氏が新しい藩主となり7代で明治維新を迎えます。

 

  真田神社。

  真田氏、仙石氏、松平氏の歴代藩主が祭神として祀られています。

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  拝殿。

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  いつもの余湖くんのお城のページからの引用図。

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  本丸内からの北櫓。

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  本丸東虎口櫓門。

  平成5年(1993年)に古写真などを参考に復元されました

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  外側から南櫓。

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  外側からの北櫓。

  木々で覆われています。

  北櫓、南櫓は西櫓とともに現存遺構で長野県宝に指定されています。

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  櫓門の外、北側にある真田石。

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  実際には仙石忠政が造った石垣ですが真田信之の伝承として残っている真田石。

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  撮影 2019/06/18

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2019年7月 3日 (水)

信州旅行(10)上田城を訪れる(2)本丸 - 長野県上田市

 

  西櫓の脇から急な階段を登り本丸へ。

階段を登り切ると櫓台跡があります。

その中が本丸で、一段高い場所は芝生広場に、低い場所には真田神社があります。

 

  いつもの余湖くんのお城のページからの引用図。

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  前回の西櫓の脇の急な階段。

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  階段を登り切ったところ。

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  内側から西櫓。

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  一段と高い場所の本丸芝生広場。

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  芝生広場からの西櫓と真田神社の本殿。

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  同じく西櫓。

  西櫓は現存遺構で長野県宝に指定されています。

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  本丸北側の土塁。

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  土塁から北側にあるお堀。

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  真田神社。

  祭神は真田・仙石・松平の歴代上田藩主。

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  撮影 2019/06/18

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2019年6月30日 (日)

信州旅行(9)上田城を訪れる(1)尼ヶ淵から - 長野県上田市

 

  上田城は真田家の城として有名ですが、真田家が居城としていた城郭は関ヶ原の戦い(1600年)後に破却されており、現在に残る上田城は寛永3年(1626年)に上田に移封されてきた仙石忠政が再建したもの。

しかも再建途上の忠政の死により普請は中断され、完成には至りませんでした。

 

  新幹線駅の上田駅。

  駅前から西に向かいます。

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  いつもの余湖くんのお城のページからの引用図。

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  お城の南側から。

  駐車場から旧尼ヶ淵の芝生広場へ。

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  現在の城跡の見取り図。

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  現存遺構の西櫓。

  現存の三つの櫓は何れも長野県宝に指定されています。

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  同じく南櫓。

  中が拝観できます。

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  下が尼ヶ淵であった芝生広場と石垣。

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  西櫓の足元を登ります。

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  撮影 2019/06/18

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