2020年3月24日 (火)

「のどかさや 小山つづきに塔二つ」(正岡子規)尾道の塔 - 広島県尾道市

 

  「のどかさや 小山つづきに塔二つ」

 

  この句は明治28年(1895年)、正岡子規が日清戦争の従軍記者として尾道を通過した際に詠んだもの。

実際には尾道には三つの塔がありますが(瀬戸田地区を除く)、汽車から見えた塔というのは天寧寺の三重塔と浄土寺の多宝塔とみられます。

西国寺の三重塔は少し奥まったところにあるので、ちょっと考えられません。

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  浄土寺の多宝塔。

  嘉暦3年(1328年)建立の国宝。

  本堂も嘉暦2年(1327年)の建立で国宝です。

  尾道の古寺巡りでは東の端にあります(一番東は海龍寺 そのすぐ西隣にあります)。

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  西国寺の金堂と三重塔。

  金堂は至徳3年(1386年)の建立で重要文化財。

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  西国寺の三重塔。

  永享元年(1429年)の建立で重要文化財。

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  ロープウェイで山頂まで登り、ゆるゆると降りることに。

  途中には千光寺があります。

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  千光寺からさらに下ると天寧寺の三重塔があります。

  嘉慶2年(1388年)に五重塔として建立、元禄5年(1692年)に老朽化した4層目と5層目を取り除き現在のような三重塔となる。

  重要文化財。

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  撮影 2010/04/07

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2020年3月 9日 (月)

名古屋鉄道広見線 御嵩駅にて - 岐阜県可児郡御嵩町

 

  岐阜県の御嵩駅(みたけえき)。名鉄広見線の終着駅です。

かっては亜炭採掘で賑わった町も現在はひっそりとした佇まい。

江戸時代には中山道の宿場町、願興寺(がんこうじ)の門前町として栄えました。

 

  御嵩駅の開業は昭和27年(1952年)と比較的新しい。

  かっては特急が乗り入れた花形路線。

  現在は廃止論議が止まない状態が続いています。

  新可児駅との間を折り返し運転する6000系。

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  当時も現在もあまり変わっていない御嵩駅駅舎。

  かっては有人駅でしたが現在は無人。

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  旧中山道。

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  願興寺(がんこうじ)鐘楼門 。寛文10年(1670年)建立。

  岐阜県指定重要文化財。

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  願興寺本堂。天正9年(1581年)建立。国の重要文化財。

  木造薬師如来及び両脇侍像ほかも国指定の重要文化財。

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  撮影 2009/02/12

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2020年2月20日 (木)

手力雄神社(各務原市)にて 信長が稲葉山城攻略時に戦勝祈願 - 岐阜県各務原市

 

  各務原市(かかみがはらし)の手力雄神社は当市那加地区の産土神。

織田信長が稲葉山城を攻略する際に戦勝祈願をした神社として知られています。

当地の南あたりに木曽川の渡河点があり、尾張以東からの軍は徒歩でここを渡りました。

 

  県道152号線(いちょう通りと名付けられている)に面している。

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  「主祭神手力雄神はお力の強い神さまとしてしられており、永禄年間には織田信長公が戦勝祈願をしたことから勝運、開運の神として崇敬されております。」(ホームページから引用)

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  西北西方向に岐阜城が望めます。

  高架道路は東海北陸自動車道。

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  このバス路線(岐阜各務原線)は1日3往復しかありません。

  アクセスは岐阜駅(JR、名鉄)からこのバス、もしくは南のJr那加駅、新那加駅から徒歩25分。

  または名鉄新加納駅からは徒歩15分ちょっと。

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  撮影 2012/02/28

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2020年2月 7日 (金)

名鉄津島駅と津島神社 - 愛知県津島市

 

  津島市は愛知県西部にある人口6万人余の都市。

鎌倉時代から尾張と伊勢を結ぶ交通の要衝として栄えたのが津島湊。

「戦国時代に織田信定がこの地を押さえて、信長までの織田氏3代の経済的基盤が築かれた。」という豊かな湊町でした。

また全国に約3千社ある津島神社・天王社の総本社である津島神社の門前町としても栄えました。

 

津島駅は津島線(須ヶ口~津島)の終着駅であり尾西線の途中駅。

しかし基本的に津島線から弥富~津島間の尾西線は一体運用がされており、津島駅~名鉄一宮駅間は別運用となっています。

 

津島駅にて。尾西線名鉄一宮行き普通。

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  ホームから見える駅前通り。

  この道路をまっすぐに歩くこと15分で津島神社の門前に至ります。

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  訪れたのがもう11年前で、場所によっては異なっていることもあるかもしれません。

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  門前の鳥居。

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  津島神社楼門。

  天正19年(1591年)に豊臣秀吉により寄進されたもので重要文化財。

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  天王川公園。

  尾張津島天王祭が行われます。

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  津島駅。

  やはり名鉄一宮行きの普通。

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  撮影 2009/02/01

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2020年2月 4日 (火)

京都2月 清水寺あたり2010年 - 京都府京都市

 

  京都2月。

今年は新型コロナウイルスの影響で京都の人出はどうなっているのでしょうか。

10年前は観光客は多いものの、殆んどが日本人という京都の様子でした。

京都の多くの観光地は外国人観光客が殺到する前に訪れており、ある意味良かったなあなどと思っています。

反対に最近は外国人観光客を見に伏見稲荷へ行ってみたりと、違った楽しみ方をしています。

 

  京都駅から奈良線で東福寺駅へ。

  ここで京阪電車に乗り換え清水五条駅で下車。

  そこから徒歩で清水寺に向かいました。

  その清水坂。

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  本堂舞台と三重塔。

  清水の舞台である本堂は寛永10年(1633年)の再建で国宝。

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  三重塔は寛永9年(1632年)の再建で重要文化財。

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  産寧坂(三年坂)。

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  八坂の塔。

  法観寺(ほうかんじ)の五重塔です。

  永享12年(1440年)の再建で重要文化財。

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  撮影 2010/02/27

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2019年12月18日 (水)

静岡 三保の松原へ富士山を見に行く(2)御穂(みほ)神社と神の道、三保の松原へ - 静岡県静岡市清水区

 

  三保の松原へは清水駅からバスでのアクセスとなります。

この日は土日祝日だけ1時間に1本運行される「世界遺産三保松原神の道入口」バス停行きに乗車。

平日は「三保松原入口」バス停から御穂神社を目指して三保松原へ行くことができます。

「三保松原入口」バス停から御穂神社まで徒歩で5分ほど。

実は今回、往きは「世界遺産三保松原神の道入口」バス停行きで御穂神社に向かいましたが、帰りはこのバス停を見つけられず、やむなく「三保松原入口」バス停をさがして帰りました。

 

  清水はサッカーJ1の清水エスパルスのホームタウン。

  清水駅前にて。

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  「世界遺産三保松原神の道入口」バス停は住宅街の中で分かりにくく、前の人に付いて行き御穂神社の前に出ました。

  バスの所要は23分。

  「神社境内と参道(神の道)は、世界文化遺産「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産の1つ「三保の松原」の範囲に含まれる」そうです。

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  拝殿。

  社殿は寛文8年(1668年)に焼失し現在の建物は仮宮として江戸時代中期に建てられたものとか。

  本殿は静岡市指定文化財

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  拝殿の前にある舞殿。

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  末社。

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  鳥居の前から参道(神の道)が三保の松原まで続きます。

  その距離はマップで測ると500mほど。

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  神の道は板でできています。

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  神の道の端、振り返って。

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  その先の階段を登り松林に入って行きます。

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  砂浜を海の方に出て初めて見える富士山。

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  撮影 2019/12/14

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2019年12月13日 (金)

初冬の奈良を散策(6)東大寺二月堂から大仏池、転害門へ - 奈良県奈良市

 

 

  東大寺二月堂を下に降りると右手には大仏殿の裏に通じる裏参道があります。

それを道なりに進むと大仏殿の裏側へ。

そのまま大仏殿を見上げながら進むと今度は右手に大仏池があります。

ここを右手に折れ、さらに左に行くと転害門。

こうしてこの日の散策を終わり、この門の前にある手貝町バス停から近鉄奈良駅に戻りました。

 

  二月堂の回廊を降り、裏参道への角から振り返ったところ。

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  裏参道を行きます。

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  二月堂を振り返って。

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  道なりに歩いて行きます。

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  大仏殿の裏角に出ました。

  表は観光客で賑わっていますが、この辺りは静か。

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  大仏殿の裏の紅葉を振り返って。

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  大仏池の畔から大仏殿。

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  大仏池の西側から。

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  同じく西側から大仏殿を。

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  大仏池を北に向かい、左へ折れると転害門(てがいもん)があります。

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  転害門の正面を通りから。

  「平重衡の兵火(1180年)、三好・松永の戦い(1567年)の2回の戦火にも焼け残った寺内で数少ない建物のひとつで、天平時代の東大寺の伽藍建築を想像できる唯一の遺構である。鎌倉時代の修理で改変されているが、基本的には奈良時代の建物である」(東大寺ホームページより)。

  国宝に指定されています。

 

  ここからバスで近鉄奈良駅に戻りました。

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  撮影 2019/12/05

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2019年12月11日 (水)

初冬の奈良を散策(5)東大寺三月堂と二月堂 - 奈良県奈良市

 

  手向山八幡宮(たむけやまはちまんぐう)の側門を北に出ると目の前に法華堂(三月堂)があります。

そしてその北側には二月堂。

 

  手向山八幡宮(たむけやまはちまんぐう)を北側に出たところ。

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  目の前にある法華堂(三月堂)。

  国宝。

  鎌倉時代の正治元年(1199年)ごろ(異説もある)の建築とも。

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  三月堂の下には三昧堂(四月堂)があります。

  延宝9年(1681年)の建立で重要文化財。

  なお三月堂、四月堂などに本来安置されている諸仏の内、現在は東大寺ミュージアムに安置されている諸仏も多いようです。

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  三月堂の北側には二月堂。「お水取り」(修二会)が行われることで有名です。

  「二月堂は平重衡の兵火(1180年)、三好・松永の戦い(1567年)の2回の戦火には焼け残ったとされているが、寛文7年(1667年)、お水取りの最中に失火で焼失し、2年後に再建されたのが現在の建物(東大寺ホームページより)」という。

  国宝。

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  石段を登り、金堂(大仏殿)を遠くに望む。

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  北側の回廊を下ります。

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  もう一回下に降り見上げます。

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  撮影 2019/12/05

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2019年12月10日 (火)

初冬の奈良を散策(4)東大寺南大門から鏡池を経て手向山八幡宮へ - 奈良県奈良市

 

  初冬と言うより晩秋という趣きの奈良を散策。

拝観は一切することなく興福寺から東大寺をただ歩いてみました。

今回は東大寺の南大門から大仏殿が見える鏡池を迂回し手向山八幡宮まで。

 

  国宝の東大寺南大門。

  鎌倉時代の「正治元年(1199)に上棟し、建仁3年(1203)に門内に安置する仁王像とともに竣工」(東大寺ホームページより)。

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  南大門手前横の鹿の群れ。

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  鏡池越しに見える中門と大仏殿。

  中門は享保元年(1716年)頃の再建。重要文化財。

  大仏殿は治承4年(1180年)と永禄10年(1567年)の二度の兵火により焼け落ち、現在の大仏殿は江戸時代の宝永6年(1709年)に落慶したもの。

  大仏殿は国宝に指定されています。

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  手向山八幡宮(たむけやまはちまんぐう)に向かう右側は東塔院跡で発掘調査中。

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  坂を振り返った所。

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  手向山八幡宮(たむけやまはちまんぐう)。

  東大寺の鎮守社であったものが明治の神仏分離令で独立。

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  側門から出て振り返ったところ。

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  撮影 2019/12/05

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2019年12月 8日 (日)

初冬の奈良を散策(3)興福寺境内から東大寺へ - 奈良県奈良市

 

  さすがに12月に入ると奈良市内の紅葉もほぼ終わりでした。

 

猿沢池から石段を三条通り、境内へと登ると興福寺五重塔の足元。

五重塔前からは左に南円堂や中金堂、前に東金堂が見渡せます。

 

  南円堂。

  南円堂は西国三十三所第9番札所。

  寛保元年(1741年)の再建で重要文化財。

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  2018年10月に落慶した中金堂。

  中金堂の拝観料は東金堂、国宝館とは別料金。

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  国宝五重塔。

  現在の五重塔は室町時代の応永33年(1426年)の再建。

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  五重塔の北側にあるのが東金堂。

  やはり室町時代中期の応永33年(1426年)に再建され国宝。

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  北に境内を抜けていくと大宮通りに出ます。

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  奈良県庁西の交差点を北側に渡り興福寺のある南を振り返った所。

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  東西の大宮通りを東に進み県庁東の交差点。

  ここから大宮通りは少し湾曲しながら東へ。

  近鉄奈良駅方向の西を望んで。

  右の建物が奈良県庁。

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  県庁東交差点から歩いて10分ほどで東大寺の参道に至ります。

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  撮影 2019/12/05

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