2018年7月14日 (土)

静岡市 久能山を下る - 静岡県静岡市

 

  久能山東照宮を拝観の後、久能山東照宮博物館も併せて拝観。

ここから日本平へは戻らず、本来の久能山東照宮参道である石段を下りました。

こちらには久能山下(くのうやました)バス停があり、静岡駅へは東大谷乗り換えで平日は2時間に1本、土日祝日は1時間に1本の頻度でバスが運行されています。

問題は反対方向の清水駅方面へ向かう路線。

こちらの山原梅蔭寺線は平日は1日に5本、土日祝日は4本と少なく、15時台の発車時刻に合わせるように逆算し、それに基づいて日本平、久能山の予定を組んだ結果、バス停には30分前に到着することができました(時刻は2018年7月現在)。

 

  重要文化財の楼門から外に出ます。

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  久能山東照宮博物館。

  拝観料(単独)は大人400円、小人150円。

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  この辺りは昔から石垣いちごで有名。

  白いビニールハウスが並んでいます。

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  下り始めます。

  麓から国宝の御社殿までは1159段。

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  門衛所。

  江戸時代、久能山を警護しました。

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  門衛所の目の前にある一ノ門。

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  さらに下ります。

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  門前には土産物屋さんがあり、そこから東に向かうとバス停があります。

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  清水方面へのバス。

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  静鉄新清水の駅前で降車。

  電車で新静岡駅に向かいます。

  道路を挟んで反対側のバス停からは三保の松原に行けます。

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  撮影 2011/09/10

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2018年7月12日 (木)

静岡市 日本平と久能山東照宮 - 静岡県静岡市

 

  静岡駅からバスで日本平へ向かい、日本平で富士山を眺めてからロープウェイで久能山へ。

久能山には東照宮があります。

東照宮は徳川家康を祀る神社のこと。

家康は晩年を気候の良い静岡で過ごし、元和2年(1616年)に亡くなると久能山に葬られ、後に日光東照宮に改葬されました。

 

  まず駅前から日本平行きのバスに乗車しました。

  直通のバスは1時間に1本の頻度で運行されています。

  運賃は大人580円(2018年7月現在)。

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  日本平ロープウェイ乗り場。

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  展望台から見える富士山。

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  ロープウェイで久能山へ。

  ロープウェイの料金は大人往復 1100円、片道 600円。

  ロープウェイ往復+東照宮拝観+東照宮博物館入館 3点セット券 は大人(高校生以上)1750円、中学生1300円、小学生800円。(いずれも2018年7月現在)。

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  本殿、石の間、拝殿は国宝に指定されています。

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  徳川家康の神廟。

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  日本平へは戻らず石段を下りました。

  こちらにもバス停があります。

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  撮影 2011/09/10

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2018年7月 6日 (金)

東大寺 南大門から二月堂、転害門を経て奈良駅へ戻る - 奈良県奈良市

 

  奈良駅から三条通を東に歩くこと10数分で猿沢池に至ります。

石段を上がると興福寺の境内。

これを北に抜け大通りを再び東に歩くと東大寺の参道への交差点へ。

この参道を北に向かうと有名な東大寺南大門があります。

南大門を抜けると大仏殿の中門へ。ここから大仏殿へは拝観料金が必要です。

入ることなく二月堂に向かい、さらに大仏殿の裏へ回り、大仏池を横目にみながら歩いて行くと転害門(てがいもん)に出ます。

転害門の前には手貝町(てがいちょう)バス停があり、この門前のバス停からバスで奈良駅に戻りました。

 

  お土産屋さんが並ぶ参道を北へ。

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  東大寺南大門。

  鎌倉時代 正治元年(1199)に上棟し、建仁3年(1203)に竣工の国宝。

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  中門と大仏殿。

  中門は江戸時代の享保元年(1716年)ごろの再建で重要文化財。

  大仏殿は宝永6年(1709年)に落慶の国宝。

  元禄5年(1692年)に開眼供養が行われた大仏(盧舎那仏像)も国宝です。

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  左、お水取りで有名な二月堂。寛文9年(1669年)の再建で国宝。

  右も国宝の三月堂。

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  二月堂を振り返りながら。

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  遠くに大仏殿を見ながら大仏池から転害門(てがいもん)へ。

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  国宝転害門(てがいもん)。

  天平時代の唯一の遺構と上の案内板にあります。

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  門前の手貝町(てがいちょう)バス停。

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  奈良駅に戻ってきました。

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  「みやこ路快速」で京都駅に帰ってきたのはもう5時半。

  ここから、さらにコトコト岐阜まで帰りました。

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  撮影 2011/09/06

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2018年6月29日 (金)

綾部市旧市内を散策(3) 大本教の聖地 梅松苑 - 京都府綾部市

 

  綾部城大手門跡から旧大手坂の皇后坂を下って、東西の道路に出ると、これを東に向かいます。

大本教の聖地の一つである梅松苑の敷地の手前の丹陽教会の建物を左に見ながら北に下ると梅松苑の入り口があります。

大本教には京都府亀岡市の天恩郷と綾部市の梅松苑という二つの聖地がありますが、天恩郷は「宣教の中心地」、梅松苑は「祭祀の中心地」と位置付けられています。

 

  大手門跡の前の旧大手坂である皇后坂を下ります。

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  この道筋にも古い民家が見られます。

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  梅松苑を目の前にした角にある丹陽教会。

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  大正13年(1924年)竣工の教会。

  2代目の建物といいます。

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  梅松苑の敷地。

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大本教とは。「神道系の新宗教。出口なおにより 1892年に創唱された。

その予言は御筆先 (おふでさき。大本神諭) として記された。

大本皇大御神を祀り,なおの出生地たる丹波国綾部を地上の高天原とし,神人合感を唱え,世を立直して,神の国を開くと説く。

なおの死後,出口王仁三郎,すみの両人により,鎮魂帰神法が唱えられ,綾部に本部,亀岡に道場がおかれ,大きく発展したが,1921,35年の2回の不敬罪による弾圧を受け,解散させられた。

第2次世界大戦後愛善苑として再建され,52年大本教に復した。」(ブリタニカ国際大百科事典より引用)

  大きな大本みろく殿。

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  案内図。

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  奥に事務所のある松香館。

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  敷地入口。

  参観は事務所に申し出ます。

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  みろく殿正面。

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  みろく殿は昭和28年(1953年)に完成。

  国の登録有形文化財。

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  平成4年(1992年)完成の長生殿。

  大本開教100周年を記念し建立されました。

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  坂を下る途中に見える丹陽教会。

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  山陰線近くまで下りてきて振り返ったところ。

  綾部市の旧町内の散策はこれで終わり。

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  綾部駅にて。

  福知山行き普通223系。

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  撮影 2018/06/23

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2018年6月27日 (水)

綾部市旧市内を散策(2) 綾部藩主九鬼氏の墓所を訪ねる(2) - 京都府綾部市

 

  九鬼氏が台頭したのは嘉隆の代で、嘉隆は織田信長に仕え運を開くことができました。

その後、関ヶ原の戦い(慶長5年(1600年))では子の守隆は東軍に加わり、その戦功と引き換えに西軍に加担した父嘉隆の助命を得るも、嘉隆は自刃した後。

守隆は本領を安堵され、鳥羽城を根拠地とした鳥羽藩藩主となるものの、彼の死後の跡目争いで九鬼氏は鳥羽を召し上げられることとなり、相続を争った五男の久隆は摂津国三田藩3万6000石に、三男の隆季は丹波国綾部藩2万石に移封され、ここに九鬼氏は海賊大名としての地位を失い、内陸の一大名としてそれぞれ存続することとなり明治に至ります。

綾部藩は上記のように守隆の三男である隆季(たかすえ)が初代藩主となり(寛永10年(1633年)のこと)陣屋で政治を行い城下町を整備しました(綾部藩九鬼氏は城主格の待遇を与えられた)。

初期の陣屋は慶安3年(1650年)の火災で焼失し陣屋を移さざるを得なくなり、その後期の陣屋跡は現在の大本教、綾部小学校などの敷地となっています。

 

  隆興寺門前。

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  入ると正面に本堂があります。

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  本堂前から振り返った所。

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  本堂の裏側は墓地となっています。

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  本堂に向かって左側の高台に九鬼氏墓所があります。

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  大きな五輪塔の後ろに並んでいるのが九鬼氏の墓。

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  案内板に従えば、右から三番目が綾部藩初代藩主九鬼隆季(たかすえ)、その左が祖父の嘉隆、さらにその左が父の守隆、一番左が第十代隆祺(部首がネ)、一番右が第二代隆常、右から二番目は隆季の室潜龍院。

  ちなみに第十代については隆備(たかとも)としているものもある。

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  草で見にくいのですが、案内板。

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  上の第十代もそうですが、右側五基の墓石が案内板と他の資料とは一致しないのでここは記さずにおきます。

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  下におりて駐車場から外に出ます。

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  駐車場出入口から本堂。

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  南側には本興稲荷神社があります。

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  北側に隣接する西福院から東に参道を歩いて振り返った所。

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  この目の前に綾部城大手門跡の案内板があります。

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  北側は坂になっていて、かっての大手坂でした。

  大正時代に皇后さまが馬車で通られるという事で拡幅工事が行われたようです。

  それ以来、かっての大手坂は皇后坂と呼ばれるようになったそうです。

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  かっての大手坂であった皇后坂。

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  撮影 2018/06/23

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2018年6月25日 (月)

綾部市旧市内を散策(1) 綾部藩主九鬼氏の墓所を訪ねる(1) - 京都府綾部市

 

 

  綾部市は京都府における丹波地方(丹波国は京都府と兵庫県に分かれている)の都市。

江戸時代には九鬼氏の綾部藩、谷氏の山家藩などがありました。

今回訪れたのは綾部藩藩主家九鬼氏の菩提寺である隆興寺です。

また、綾部市は大本教発祥の地であり、その聖地の一つである梅松苑も訪れました。

 

  綾部駅にて。

  懐かしい特急車両も見えますが、駅自体は現在も2面3線の地上駅。

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  撮影 2011/03/15

 

  綾部駅南口。

  綾部駅は山陰線の駅であり、舞鶴線が分岐しています。

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  合気道の創始者である植芝盛平が綾部市在住中に大本教に帰依し、教団教祖の一人である出口王仁三郎と行動を共にし、多大な影響を受けたこともあり、綾部市は合気道発祥の地と考えられています。

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  あやバス(あやべ市民バス)乗り場。

  文字通り綾部市民の足となっており、ほぼすべての路線が駅南口を経由します。

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  上記4枚 撮影 2013/03/15

 

  駅前から南に駅前通りを行き、すぐに広小路通りを東に向かいます。

  西町の通りに達する直前の道路を右折し突き当たるまで直進します。

  その過程で格子窓の民家や商家を目撃。

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  昭和初期の建物。

  現在はレストランとなっているようです。

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  南に向かう途中にある綾部稲荷社。

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  途中にも目につく民家や商家。

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  南に突き当たり、左(東)に細い路地を抜けると公園があります。

  南へ坂を登ると西福禅院。

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  その南側に目的地の隆興寺があります。

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  撮影 2018/06/23

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2018年6月 6日 (水)

阪堺電気軌道阪堺線 住吉鳥居前停留場(すみよしとりいまえていりゅうじょう)と住吉大社 - 大阪府大阪市住吉区

 

  阪堺線(はんかいせん)は堺市内を走り、大和川を越えると大阪市内に入ります。

その大阪市の南部である住吉区に住吉大社があり、電車は鳥居前で停車します。

住吉大社の新年初詣客は大阪府で第一位、全国的にもベスト10に入る人出。

この年は6日に訪れました。

 

  堺市内の代表的な電停である宿院(しゅくいん)電停。

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  宿院の交差点。

  電車は浜寺駅前行き。

  反対方向へ進み大和川を渡ると大阪市内に入ります。

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  住吉鳥居前電停。

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  太鼓橋から振り返って。

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  本殿4棟は国宝。

  全国にある住吉神社の総本社です。

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  鳥居前電停以外にも最寄りの駅は徒歩3分で南海本線住吉大社駅、徒歩5分で南海高野線住吉東駅があります。

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  撮影 2011/01/06

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2018年5月22日 (火)

JR赤穂線西片上駅(にしかたかみえき)と真光寺(しんこうじ) - 岡山県備前市

 

  岡山から西大寺を経て赤穂に向かう途中、真光寺の三重塔を目的に西片上駅で途中下車しました。

駅から国道2号線を西へ徒歩5分ぐらいの距離に真光寺があります。

 

  真光寺は高野山真言宗の寺院で本尊は阿弥陀如来。

本堂、三重塔が重要文化財に指定されています。

 

  また、西片上駅は備前市役所の最寄りの駅。

 

  西片上駅は昭和38年(1963年)に新設された駅でホームが一つしかありません。

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  駅舎の前は国道2号線。

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  真光寺本堂。

  寺伝では応永年間(1394年~1428年)に再建されたとあるそうです。

  重要文化財。

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  三重塔。

  室町時代中期の建築。

  瀬戸内市牛窓町の蓮華頂寺にあったものを慶長18年(1613年)に移築。

  重要文化財。

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  国道、線路を挟んで本堂、三重塔が北側にあるのに対して南側にある仁王門。

  正徳元年(1711年)の建築。市文化財。

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  西片上駅の岡山行き普通115系。

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  さらに東の赤穂へ向かいました。

  奥に仁王門が望めます。

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  撮影 2010/08/21

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2018年5月20日 (日)

西大寺駅と裸祭の西大寺 - 岡山県岡山市東区西大寺

 

  JR赤穂線の西大寺駅は岡山駅から普通電車で17分ほど。

さらに駅から南へ歩くこと10分少々の場所に 裸祭(会陽(えよう))で有名な西大寺があります。

宝木(しんぎ)を男衆が奪い合う様は勇壮で天下の奇祭とされています。

この西大寺を訪れたのは境内にある三重塔が目当てでした。

 

  西大寺駅。

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  駅前通りを南に歩き、途中で左に入ります。

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  仁王門。

  元文5年(1740年)の再建。

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  三重塔は延宝6年(1675年)の再建。

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  本堂は文久3年(1863年)の再建。

  いずれの建築物も国の指定はありません。

  手前には裸祭を見学するための観覧席が備わっています。

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  播州赤穂行き普通115系電車の到着。

  ここから赤穂方面に向かいました。

  この辺り、長船駅までは1時間に2本の運行。

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  撮影 2010/08/21

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2018年5月 4日 (金)

非電化時代のJR武豊線緒川駅と緒川城跡、水野氏墓地 - 愛知県知多郡東浦町

 

  愛知県東浦町は「知多半島の付け根に位置する」町で、最寄りの駅は緒川駅と東浦駅、石浜駅。

このうち緒川駅は武豊線唯一の高架駅で平成7年(1995年)に高架化されました。

また2010年から電化が開始され、平成27年(2015年)3月1日に全線が電化開業。

 

  キハ25形で緒川駅に到着。

  まだ電化前。

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  緒川駅。

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  緒川駅前の道路を真っ直ぐに歩いて行きます。

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  やがて越境寺、善導寺があります。

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  ここから南に歩いて行きます。

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  やがて緒川城跡の残存土塁。

  隣の公園から。

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  緒川城は水野氏の居城跡。

  水野氏は徳川家康の生母である於大の方の実家筋で、江戸幕府内で重きをなしました。

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  於大公園に向かいます。

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  公園の入り口から右手に入った所にある緒川城主三代の墓。

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  向かって中央が初代貞守(さだもり)、左が二代賢正(かたまさ)、右が三代清忠(きよただ)。

  系図の内、四代目の忠政の時、刈谷に進出し刈谷城主となります。

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  於大公園の南西側にある乾坤院(けんこんいん)。

  総門は緒川城正門と言われています。唯一の現存遺構。

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  山門。

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  本堂。

  平成28年(2016年)3月4日、失火により焼失。

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  水野忠政の墓。

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  忠守、忠元、忠善の墓。

  忠守流水野家の墓です。

  忠善の岡崎藩主時代に整備されました。

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  緒川駅にて。

  武豊行き普通キハ25形。

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  区間快速名古屋行きキハ25形。

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  撮影 2012/05/10

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