2017年9月 5日 (火)

長良川鉄道 美濃市駅(岐阜県美濃市)にて - 旧名鉄美濃駅と「うだつ」の上がる町並み

 

  美濃太田を始終着駅とする長良川鉄道越美南線は刃物で有名な関市、和紙でその名を知られた美濃市から北上し郡上八幡を経て北濃駅に至ります。

実は岐阜市からだと郡上八幡、美濃市、関市へはバスの方が便利です。

郡上八幡へは高速バスが一日に11本運行されています。

郡上八幡への高速バスは予約が必要でなく、運賃は降車時に支払う仕組みです。

 

  美濃太田駅にて。

  ナガラ300形305号列車で出発。

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  車内。

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  30分ほどの所要で美濃市駅に到着。

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  美濃太田方面に向かう車両はナガラ300形306号でした。

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  美濃市駅前。

  基本的に何もありません。

  岐阜との路線バスの停留所がありますが、岐阜との路線バスは基本的に2時間に1本の運行頻度です。

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  旧名鉄美濃町線 美濃駅駅舎。

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  かって運行されていた車両が静態保存されています。

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  美濃市は「うだつの上がる町並み」で有名。

  また美濃和紙も有名。

  美濃市はもともとは金森長近が関ヶ原の戦いの功で当地を得、小倉山城を築城し、その城下町として整備されました。

  後に美濃市一帯は尾張藩領となり、上有知湊(こうずちみなと)を物資の集散地として、和紙を中心とした商業町として発展しました。

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  「うだつ」と屋根神様。

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  美濃という呼称を使用するようになったのは明治44年(1911年)の美濃町から。

  それまでは上有知(こうずち)と呼ばれていました。

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  上有知湊(こうずちみなと)のシンボルの川湊灯台。

  長良川を下ると岐阜に至ります。

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  撮影 2013/02/25

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2017年8月17日 (木)

山口県柳井市と防府市を観光(11) - 旧山陽道を佐波神社から毛利邸へ

 

  周防国分寺から旧山陽道をさらに東へ行くと、周防国衙跡西北隅という場所に出ました。

これをさらに東に向かうと佐波神社(さばじんじゃ)の前に出ます。

国分寺からは500mほど。

佐波神社は明治40年(1907年)に金切神社、浜宮神社、八幡宮、日吉神社が合併してできた神社で祭神は天照大神を含めて十四神。

 

  周防国衙跡(すおうこくがあと)西北隅とあります。

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  佐波神社(さばじんじゃ)。周防国(すおうのくに)総社。

  社殿は石段の上にあります。

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  鳥居の横。

  大村能章(おおむらのうしょう)顕彰碑があります。

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  大村能章(おおむらのうしょう)は昭和期の作曲家(1962年(昭和37年)没)。

  「野崎小唄」、「麦と兵隊」、「戦友の唄(同期の桜)」などの作曲で有名。

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  佐波神社社殿。

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  佐波神社拝殿と境内社。

  佐波神社の旧社格は県社でした。

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 佐波神社前の旧山陽道。

  このあたりでは少し高台を通っています。

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  やがて毛利氏庭園の前に。

  駐車場とトイレがあります。

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  坂を登っていくとこの表門へ。

  ここからさらに登っていきます(自転車が入って良かったかは判りません)。

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  手前の駐車場に自転車を置き毛利本邸の前に。

 

  完全に暑さにやられて毛利庭園入口横のベンチで大休止。

  横に自動販売機があり、冷たい水やお茶で生き返りました。

  この日は月曜日で毛利邸横の喫茶店が休みだったのは計算外でした。

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  毛利本邸玄関と券売所。

  拝観料は庭園・博物館共通券 大人1,000円、中学生以下500円。

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  撮影 2017/07/31

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2017年8月12日 (土)

山口県柳井市と防府市を観光(8) - 防府市 種田山頭火生家跡から定念寺、宮市本陣兄部家を経て防府天満宮へ

 

  新山口(旧小郡)で一泊し、あくる朝、防府へ出発しました。

防府は新山口から電車で15分ほど。

レンタサイクルを借りることのできる観光案内所が開くのは9時、したがって9時頃の電車でゆっくりと出発しました。

レンタサイクルは電動アシスト自転車が4時間で300円、普通自転車が4時間200円で4時間を超えると追加料金が発生します。

私は当然のように電動アシスト自転車を借りました。

坂道での威力は抜群ですが、実際、毛利邸付近ではその威力を如何なく発揮しました。

 

  奈良時代以降、防府には周防国(すおうのくに)の国府が置かれ、その遺構としての国衙跡や国分寺は見どころです。

また、近世は萩藩が参勤交代で使用した港が防府市南部の三田尻にあり、御船手組の根拠地としてその遺構や茶屋などが残っています。

明治になると毛利宗家の邸宅が防府に計画され、大正元年(1912年)に着工、大正5年(1916年)に完成しました。

邸宅と庭園は現在、毛利博物館、毛利庭園として公開されています。

 

  新山口発8時59分徳山行きで出発。

  防府には9時14分着。

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  まず最初に訪れたのが俳人の種田山頭火の生家跡。

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  生家跡の少し北に山頭火が通学に利用したという小径があります。

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  中には入らず。

  さらに北に向かいます。

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  北に向かうと東西の道路に出ます。

  これを東に行きます。

  道路沿いにある定念寺。

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  そこに萩往還のモニュメントがあります。

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  萩往還はここからさらに東に通じ、防府天満宮の前で南に折れ三田尻へ向かいます。

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  定念寺から少し行くと右手に宮市本陣兄部家(こうべけ)があります。

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  残念ながら平成23年(2011年)に火事で焼失してしまい、更地と化しています。

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  門と築地塀がポツンと。

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  平成5年(1993年)の記述。

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  さらに東へ。

  じりじりと照り付ける日差しで腕がヒリヒリしてきました。

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  防府天満宮の前に出ました。

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  撮影 2017/07/31

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2017年8月10日 (木)

山口県柳井市と防府市を観光(6) - 柳井市 「むろやの園」商家博物館

 

  「むろやの園」はその屋号である「室屋」から来ています。

 

  柳井市のホームページによれば、

「室屋」の小田家は初代善四郎が元禄元年(1688)新庄村庄屋小田家から柳井津 金屋へ分家独立。

当初は反物、打綿、菅笠などの商売を営み、二代目善四郎の時、大阪との間で油の取引も始め、三代善四郎の時には50石~125石積船を50艘ばかりに増し、商取引は最盛期を迎えました。

四代目六左衛門の頃には油商としての性格が次第に強まっていきます(これが18世紀後半から19世紀の初め)。

 

  また小田家は岩国の吉川家に(柳井は岩国吉川領だった)献金などで度重なる貢献をし士分に取り立てられました。

(むろやの園に甲冑が残っていたり、中間部屋があったりするのはその名残りとも言えます。)

現在、(1)小田家代々の使用してきた生活用具1553点、(2)文書1011点、(3)町家、主家ほか10棟のすべてが県指定有形民俗文化財となっています。

主家(主屋)は享保年間(1730頃)の建築で県下でも最も古い町家に属する、そうです。

柳井市のホームページより。

 

  入口は交差点の南東側にあります。

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  「むろやの園」の南北の長さは119m。

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  入口を入って振り返った所。

  拝観料は大人450円、中高生350円、小学生300円。

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  「むろやの園」見取り図。

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  庭に出る前に振り返った所。

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  中間部屋があるのは小田家は士分ということで家来が必要だったとのこと。

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  庭と蔵。

  左側と奥は住居部分。

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  左側の住居部分。

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  本蔵。

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  本蔵の中。

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  奥に向かって右側の勘定蔵。

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  吉川家から拝領の甲冑。

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  次が米蔵。

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  米蔵の中。

  とにかく夥しく品々が残っています。

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  振り返って正面に本蔵。

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  主屋(主家)に戻って。

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  主屋二階部分。

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  外へ出て主屋の部屋。

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  大規模に家屋、生活用品などが残っていた「むろやの園」。

  「むろやの園」を出た頃には完全に暑さにやられていました。

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  暑い中、駅に戻ってきました。

  その暑さ故に、残りの防府市まで回る気力は失せました。

  防府はあくる日に回ることにしましたが、

  当のこの日はまだ日も高く、宿に入るには早いので、徳山駅で途中下車して喫茶店を探すことにしました。

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  撮影 2017/07/30

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2017年8月 8日 (火)

山口県柳井市と防府市を観光(5) - 柳井市 しらかべ学遊館、柳井市町並み資料館と松島詩子記念館、湘江庵の柳と井戸

 

  白壁の町並みの「ほぼ」西端(まだ西がある)にある「しらかべ学遊館」を訪れて後、駅前通りとの交差点に戻り、交差点の東側にある洋館の「柳井市町並み資料館」、大規模に商家建築が残っている「むろやの園」を最後に訪れました。

 

  「しらかべ学遊館」には柳井の歴史・民俗・伝統文化関連の展示があります。

  拝観は無料です。

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  「しらかべ学遊館」の内部。

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  東に戻り、駅前通りとの交差点に出ます。

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  交差点の北には洋館の「柳井市町並み資料館」があります。

  明治40年(1907年)に建築された旧周防銀行本店。

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  交差点を東に渡り、振り返った所。

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  商家博物館の「むろやの園」が南東角から南北に大規模に残っています。

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  まず「柳井市町並み資料館」に入ります。

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  柳井市に2年間居住した作家の国木田独歩の像が入口にあります。

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  中は冷房が効いていたので、しばらく滞在。

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  商家博物館の「むろやの園」がいかに大きいかが判ります。

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  二階は柳井市出身の歌手、故松島詩子の記念館として衣装やゆかりの品々が展示されています。

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  「むろやの園」を拝観する前に少し東にある「柳井」地名発祥の地の言い伝えのある湘江庵を訪れました。

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  湘江庵は曹洞宗の寺院。

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  柳と井戸。

 

  戻って最後に「むろやの園」を拝観します。

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  撮影 2017/07/30

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2017年8月 6日 (日)

山口県柳井市と防府市を観光(4) - 柳井市白壁の町並み(2)重文国森家住宅

 

  日本の各地には町並みを観光資源として提供している都市がたくさんあります。

そんな町並みに一つ、二つ重文級、国宝級の文化財が存在すると、これを核として魅力的な観光地を形成することができ、柳井においては国森家住宅がその役割を担っています。

 

  国森家住宅は18世紀の建築と見られており、貴重な近世の商家造りで、昭和49年(1974年)に重文に指定されました。

詳しくは国森家住宅((柳井市の文化財)で。

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  国森の表札があり、現在もお住まいのようです。

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  入口を入ると土間になっています。

 

  係りの方(家人の方か?)に家屋の説明をして頂けます。

  拝観料は大人200円、中学生以下100円。

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  先客があり、一人で二階まで上がってみました。

  下はお店。

  前に番頭さんが座り、後ろに主人が座っていたそうです。

  国森家は最初は反物商、後に手絞りともし油の製造、さらに、びんつけ油の製造販売を業としたそうです。

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  奥。

  二階への階段があります。

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  階段には戸があり、二階へ通じていることが分からないように工夫されていたそうです。

  もう一つ階段がありますが、これは後世のもので、本来はこの階段しかありませんでした。

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  二階。

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  屋根裏の梁(はり)。

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  正面の建具が「ぶちょう」。

  「「ぶちょう」は、三枚の板戸からなり、上の一枚は日中は内側に跳ねて吊り上げておき、下の二枚は柱に彫った溝に沿ってはずして全開するが、夜間は全部を閉める、機能的で開放的な商家の建具である。」

  実際にどう全開にするかを見せて頂きました。

  真ん中が全開になっています。

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  撮影 2017/07/30

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2017年8月 4日 (金)

山口県柳井市と防府市を観光(3) - 柳井市白壁の町並み(1)甘露醤油資料館とやない西蔵

 

  柳井市の白壁の町並みは東西が約250mぐらい。

真ん中あたりには重文国森家があり、最東端の大通りを東に渡った角に南北119mの商家博物館「むろやの園」があります。

白壁の町並みの中ではこの二家のみが有料で、前者が大人200円、後者が450円となっています。

国森家の西に北への道路があり、これを入って行くとすぐ右に甘露醤油資料館(佐川醤油蔵)、左に体験工房のやない西蔵があります。

 

  白壁の町並み。

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  北に入って振り返ったところ。

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  甘露醤油資料館。

  「甘露醤油は江戸時代、柳井の醸造家高田吉兵衛が独特の醸造法(再仕込み醤油)に成功。」

  「次の代の高田伝兵衛が、天明年間(1780年代)に、その芳香にして美味なる醤油を、時の領主(岩国藩主)吉川公に献上したところ、「甘露、甘露(かんろ、かんろ)」と賞賛されたのが、その名の由来と伝えられています。」引用元。

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  その西側にある体験工房がやない西蔵。

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  料金   入館無料

  【金魚ちょうちん製作体験 (受付)9:00~16:00】 大 900円、中 800円

  【柳井縞機織り体験 (受付)13:00~16:00】 10cmサイズコースター 300円

  【染色体験 (受付)第3金曜日13:00~16:00】 ハンカチ小 300円 ハンカチ大 500円 シルクスカーフ1,600円

     ※5名様以上の場合は事前にご予約下さい。

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  町並みの目玉である重文国森家を拝観します。

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  撮影 2017/07/30

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2017年8月 2日 (水)

山口県柳井市と防府市を観光(2) - 下関から柳井市(やないし)へ

 

  下関は山口県の西南端、柳井は同県の東南端に位置します。

この間の下関から柳井までは普通電車で2時間45分ほど。

今回の旅は青春18きっぷを利用しているので、移動はゆっくりです。

6時半頃の下関発岩国行き普通で柳井には9時15分頃に到着。

もう日差しが強くじりじりと肌を焼くような暑さで汗が噴き出してきました。

柳井では1時間ぐらいで回り切るつもりでしたが、結局、2時間ほど長居してしまい、もう最初の予定の防府も回り切るなどとても無理となりました。

 

  下関駅にて。

  手前は折り返し小倉行きとなった415系電車。

  左が岩国行き普通115系4両編成。これに乗車しました。

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  柳井の位置がわかる地図。

 

  柳井駅に到着。柳井駅。

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  柳井駅前通り。麗都路通りと名付けられています。

  柳井のシンボル的存在の金魚ちょうちんが至る所にあります。

  白壁の町並みのある交差点まで歩いて数分と近い。

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  柳井川に出ます。

  もうすでに町並みの雰囲気が。

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  橋を渡って振り返った所。

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  川沿いに休憩場所があり、その横の金魚ちょうちん。

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  本来なら、大通りを直進し洋館の見える交差点から白壁の町並みに入るところでしたが、ここから細い路地に入りました。

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  北に進みます。

  かけや小路と言います。

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  白壁の町並みに出ました。東方向。

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  西方向。

  意外に規模が大きいです。

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  撮影 2017/07/30

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2017年6月20日 (火)

弘南鉄道弘南線黒石駅と雁木(がんぎ)のある町並み 2012年9月 - 青森県黒石市

 

  黒石津軽家は明暦2年(1656年)に本藩より5000石(のち4000石となる)が分地されて交代寄合の旗本として分家したのが始まりです。

本藩の弘前藩が蝦夷地警護役を務めることで文化5年(1808年)に10万石(元々は4万6千石、そして7万石になる)に加増されると、この際に黒石津軽家に6千石の分地があり(文化6年(1809年))、黒石藩が1万石で立藩され諸侯に列せられました。

 

  黒石駅にて。

  弘前からの所要は約30分。

  1時間に1本から2本の運行。

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  黒石駅駅舎。

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  津軽では雁木(がんぎ)は小見世(こみせ)と呼ばれるそうです。

  ちょうど「黒石こみせまつり」が催されていました。

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  古い街並みが保存されています。

  こみせ通り。

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  国重要文化財高橋家。

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  黒石藩の陣屋跡(黒石城址)。

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  東急7000系を譲り受けたデハ7000系。

  黒石駅にて。

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  撮影 2012/09/09

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2017年6月12日 (月)

金沢市を散策(7) - 石川県金沢市 長町武家屋敷跡(3)土塀のまちなみと前田土佐守家資料館から室生犀星記念館

 

  長町武家屋敷界隈 散策まっぷ。

 

  長町武家屋敷跡の最後は「土塀のまちなみ」から前田土佐守家(まえだとさのかみけ)資料館。

 

  土塀のまちなみ。

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  新家邸長屋門をのぞむ場所から引き返しました。

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  大屋家。

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  再び大野庄用水(鬼川)に沿って進みます。

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  振り返って。

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  やがて右側に老舗記念館。

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  そして向かい側には前田土佐守家資料館。

  前田土佐守家は藩祖の前田利家の次男である利政を祖とする家系で加賀藩で重きをなした名家。

  展示物は充実していて、見応えがありました。

  一般300円、高校生以下無料。

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  このまま道なりに信号のある長町交差点をさらに行くと犀川を渡ります。

  向こうに見えるのが犀川大橋。

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  さらに行き、何本目かの道を左にとると室生犀星記念館があります(途中、案内あり)。

  前田土佐守家資料館から歩いて10分足らずの距離。

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  現在地が室生犀星記念館。

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  雨法院。

  犀星が育った寺院。

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  雨法院の前から左に石垣を見ながら行くと「にし茶屋街」に出ます。

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  この日はここで帰ることに。

  犀川大橋を南から北に渡り、最寄りのバス停から金沢駅に帰りました。

 

  犀川大橋北詰にて。

  犀川大橋は国の登録有形文化財に登録されています。

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  撮影 2017/05/30

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