2017年1月 2日 (月)

謹賀新年2017年 - 今年もよろしく


  謹賀新年 2017年

 

  最近体調不良ですが、今年も頑張ります。

  写真は近所の秋葉神社。

  町内の人は自動的に氏子となります(当然、例外在り)。

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  撮影 2014/01/02

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2013年5月 6日 (月)

羽島市 竹鼻祭り2013(3) - 八剣神社(はっけんじんじゃ 岐阜県羽島市竹鼻)の例祭

 

  毎回同じことを書きますが、全国的にみれば単なる一地方の一地域の春祭りにすぎない羽島市の竹鼻祭りですが、地域の人々にとっては百年単位で親しまれてきた年一度のお祭りで、そしてそれはその地域の人々の誇りでもあります。

それを私は観光でやって来ているのですが、竹鼻別院の藤の花をも絡めて毎年開催される「美濃 竹鼻祭り・ふじまつり」には私のように近隣から多くの観光客が集まり大そうな賑わいとなります。

 さて竹鼻の氏神が祀られる八剣神社(はっけんじんじゃ)では各町内の山車(やま)の演目の奉納がはじまりました。

竹鼻祭りの歴史等については羽島市歴史民族資料館の竹鼻祭りに関する記述を参照して下さい。

 

   演目の奉納は社殿の階段前で行なわれます。

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  山車(やま)を社殿前の石畳に曳いてきます

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  町内代表がお祓いを受けます。

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  これは唐繰(からくり)の演目。

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  社殿の中から。

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  今年は7輌のはずが6輌のみでした。

  山車は奉芸を終えると町中に繰り出すので参道に山車はいません。

 

  南にある市道の大通りでの曳き揃えは13時から。

  それまで屋台が並ぶ商店街を南へ歩いて竹鼻別院へ行くことにしました。

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  途中名鉄竹鼻線の踏切を南側へ。

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  山車が踏み切りを渡るには架線を持ち上げる必要があり、名鉄の作業員がこれにあたります。

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  途中の車会所(町内ごとにある休憩所)の前で演目を披露する山車。

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  東西の市道(松山大浦線)に。

  2輌がすでに到着していました。

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  市道から南に伸びる商店街は人で一杯。

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  本町の車会所。

  上のリンク先の羽島市歴史民俗資料館のHPの記述には「夜には車会所に町内の人々が集まって、お囃子を奏で酒を酌み交わします。」とあります。

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  本町の山車(やま)が陳列されていました。

  今年は本町の神社での奉芸はありませんでした。

  13輌が半分ずつ毎年交代で神社で演目の奉納をします。

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  途中の路地を西に入ると竹鼻別院の門前、そして右手に羽島市歴史民俗資料館。

  今日だけは無料となっていました。

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  竹鼻別院。

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  お店も出ていて多くの人。

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  残念ながら藤の花はもう萎れた状態でした。

  満開が4月の下旬だったという情報を耳にしていたので一応想定内でしたが。

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  別院の本堂。

  竹鼻別院は真宗大谷派の寺院です。

  明治24年(1891年)10月28日の濃尾地震で被害を受け現在の堂宇は大正11年(1922年)の再建。

  真宗での(真宗でも大谷派(東本願寺)、本願寺派(西本願寺)、高田派(専修寺 津市)などがある)「別院」とはその地域の拠点寺院と理解すれば良いと思います。

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  別院の門前、歴史民俗資料館の外にある竹ヶ鼻城跡の碑。

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  資料館内。映画資料館も併設しています。

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  西側の道路を再び北に戻り市道の山車曳き揃い会場へ。

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  ここでも演目が行なわれますが、観光客の私はここで帰途につく事にしました。

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  別院よりもさらに南にある羽島市役所前駅から帰ります。

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  羽島市役所前駅から南へ一つ目に江吉良(江吉良)駅がありますが、ここまでが竹鼻線で、江吉良駅以南の旧大須駅までは2001年に廃止となりました。

  1982年に江吉良~新羽島間の羽島線が開業し現在では笠松~新羽島間の一体運行となっています。

  この羽島市役所前駅からの廃線区間代替バスが写真の南部線のバスです。

  1時間に2本の運行。

  現在でも廃線跡、廃駅跡が残っています(去年2012年確認)。

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  笠松行き普通3150系2両編成の到着。

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  笠松駅にて乗り換え。

  名鉄岐阜行き特急2200系が到着。岐阜までは4分です。

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  撮影 2013/05/03

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2013年5月 5日 (日)

羽島市 竹鼻祭り2013(2) - 八剣神社(はっけんじんじゃ 岐阜県羽島市竹鼻)の例祭

 

  全国的にみれば岐阜県の一地方のお祭りに過ぎないのですが、羽島市の竹鼻祭りに行き、久しぶりに春の祭りを堪能して来ました。

  旧竹鼻町は現羽島市の中核をなす町で、戦国時代には竹ヶ鼻城があり、竹鼻祭りはお城の鬼門除けに八剣神社(はっけんじんじゃ)を現在地に遷座したことから始まったとされています。

関が原の戦いでは西軍に属したために前哨戦の岐阜城攻めの一環として福島正則や細川忠興らの率いる一隊に攻められ落城しました。

竹鼻別院の前の歴史民俗資料館西側に竹ヶ鼻城跡の碑と説明版が設置されています。

 

  社殿側から南に伸びる参道を。

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  右手の池の中にある明治神宮。

  池の向こう側に福江町の山車(やま)の収蔵庫があります。

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  お囃子が聞こえて山車が動き出したよう。

  急いで行ってみたら、すでに出発しています。

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  後を追ってみました。

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  福江町の車会所(休憩所みたいなところ)の前を通ります。

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  南には名鉄竹鼻線の踏み切りがあり、名鉄の職員、作業員が大勢。

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  梯子の様なもので架線を押し上げます。

  高さも測ります。

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  一挙に押しわたります。

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  すぐ南では別の2輌の山車が鉢合わせ。

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  左の北へ。

  昔は祇園祭や岸和田のだんじりのように竹などを敷いて方向転換をしていたのでしょうが、現在では山車の後部に方向舵のような車輪が備わっています。

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  北に渡りきり振り返ると、布袋さんの着ぐるみが乗った上鍋屋町の山車(やま)が踏み切りの前で待機しています。

  後ろには追いかけた福江町の山車がいるはずです。

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  前の山車は参道に入っていきます。

  ただ動いているだけではなくお囃子が賑やか。

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  前に回って、参道を神社の方にやってくる山車。

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  参道に並びました。

  13町13輌あるそうで、毎年半分ずつ奉納しますが、今年は7輌と言う話でした。

  しかし実際には今年は6輌でした。

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  先ほどの静かさは何処へやら。

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  特等席の階段にはすでに席を確保している人も。

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  演目の奉納は11時から。

  まだ30分前でしばし休憩。

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  撮影 2013/05/03

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2013年5月 4日 (土)

羽島市 竹鼻祭り2013(1) - 八剣神社(はっけんじんじゃ 岐阜県羽島市竹鼻)の例祭

 

  岐阜県羽島市の中心をなしている旧竹鼻町、その氏神である八剣神社(はっけんじんじゃ)の例祭が竹鼻祭りです。

竹鼻祭りは竹が鼻城の城主不破源六広綱が1582年(天正9年)にお城の鬼門除けとして八剣神社(はっけんじんじゃ)を当地に遷座したのが始まりとされています。

現在では山車(やま)が13町13輌あり毎年半数ずつが神社で演目を奉納します。

唐繰(からくり)、手踊り、布袋踊りがあり、手踊り、踊りは子供さんが演じ、布袋踊りは布袋様の着ぐるみに人が入り手踊りをします。

今年の布袋踊りは最後に投げキッスの仕草をして観衆を爆笑させていました。

本当は奉納ですから神様に見せているので、町内のお年寄りには後で怒られたかもしれませんね。

 

  この時期には八剣神社の南の方にある竹鼻別院の藤の花が満開になり、それに合わせて「竹鼻祭り・ふじまつり」として催され、南北の道路に屋台が連なり町中がお祭りとなり大勢の人で賑わいます。

神社の例祭はこの時期にはあちこちで行なわれ、この地域でもこの同じ5月3日には垂井、来週の日曜日は大垣でも催されるようです。

全国でも神社のあるところ春の例祭がどこも行なわれているのでしょう。

そんな中で羽島市竹鼻という全国からみればほんの一地方のお祭りにすぎませんが、久しぶりに春のお祭りを十分堪能してきました。

 

  羽島市竹鼻へは名鉄岐阜駅から本線で笠松駅まで行き、笠松で竹鼻線に乗り換えて竹鼻駅もしくは羽島市役所前駅下車。

笠松には有料空港特急以外は特急も含めてすべての電車が停車します。

また普通電車でも先発であれば笠松へは先に到着します。

名鉄岐阜~竹鼻間の運賃は340円。名鉄名古屋~(笠松経由)~竹鼻間の運賃は650円です。

 

  名鉄岐阜駅にて。左の須ヶ口行き普通3150系に乗車。

  笠松駅へは特急、急行はひと駅で4分の所要。

  普通ですと4駅目で所要8分です。

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  笠松駅にて。

  新羽島行き普通3150系2両編成に乗り換え。

  新羽島駅は新幹線岐阜羽島駅との連絡駅。

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  竹鼻駅に到着。

  笠松~竹鼻の所要は16分。

  すべてが普通電車で早朝、夜遅くを除いて1時間に4本の運行が確保されています。

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  南に向かう駅前通り。八剣神社は駅から北西の方向にあります。

  取り敢えず横断歩道の見える角を右へ(西へ)折れました。

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  西に歩いて逆川(ぎゃくがわ)に架かる新橋。

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  北には名鉄竹鼻線の橋梁。

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  さっそく準備中の山車(やま)を発見。

  新町の山車。

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  道を北にとり左手にある本覚寺。

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  福江町あたりの南北の道路。お祭り気分満点ですよね。

  まだ9時半頃ですから静かです。

  神社での演目の奉納は11時から。

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  神社の西に出て、福江町の山車。

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  立派な収納庫がありますね。

  福江町の奉芸はカラクリ人形「唐子文字書き」。

  今年は何を書いたのか(来たのは今年が初めてですが)見ていても分かりませんでした。

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  戦前の社格は郷社であった八剣神社(はっけんじんじゃ)。

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  隣にある殉国碑。

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  石畳で奉納の演目が行なわれます。

  観衆の特等席は階段と社殿の前。

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  撮影 2013/05/03

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2012年9月20日 (木)

弘前(青森県弘前市)へ旅行(8) - 弘南鉄道で行く黒石市の「こみせ」通りと黒石城址

 

  二日目の弘前観光は、弘前市の周辺にある五所川原市金木(かなぎ)の太宰治記念館「斜陽館」と津軽家黒石藩の城下町(お城は無く、陣屋)である黒石市の古い町並みを訪れました。

 

  黒石津軽家は、本家の4代目藩主の信政が幼少であったため、3代目藩主の弟(信政からは叔父)の信英(のぶふさ)を後見人として5千石を分知したのが始まり。

黒石津軽家は交代寄合(江戸定府の旗本寄合に対して参勤交代を行う寄合)という旗本の家格でした。

しかし、1806年と1807年の文化露寇に対する幕府の北方警護に、津軽藩は他の東北諸藩と共に出兵して、その功に対して本家は4万6千石から7万石に加増されました。

この際に、黒石津軽家は本家から6千石を分知されて、ここに1万石で(当時黒石津軽家は4千石)黒石藩が立藩され大名家に列せられました(1809年)。

黒石藩の陣屋の御殿というか主屋は現在の市民文化会館あたりにあり、その南の御幸公園が馬場跡にあたるようです。

黒石城址の碑が御幸公園の南端に立っており、その南に空堀が遺構として残っています。

 

  そういえば青森までは新幹線で来る事ができるので、弘前は首都圏とは随分近くなったという事なんですね。

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  金木に行くまでの列車待ちの時間つぶしに、朝早くに津軽尾上(つがるおのえ)駅まで往復してきた弘南鉄道弘南線に再び乗ります。

  弘南鉄道弘南線弘前駅。

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  弘南鉄道のロゴ。

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  途中をすべてすっ飛ばして黒石駅。

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  車両は元東急の7000系だそうです。弘南鉄道でも7000系。

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  黒石駅。

  この日は日曜日で、後で知る事になりますが、これから訪れる「こみせ通り」では「黒石こみせまつり」が催されていました。

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  黒石の地図。

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  黒石駅前から東へ真っ直ぐ行きます。

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  赤いこの先100mは無視して、こみせ通りと指し示された右手へ。

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  偶然にも「こみせまつり」開催中で、人で賑わっていました。

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  伝統的建造物群に指定され、また通りは日本の道百選にも選定されいます。

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  雪の多い津軽ではの、今で言うアーケード付きの通路が多く残っています。

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  重要文化財高橋家住宅。

  江戸中期に建てられた黒石藩御用達の商家。

  主に米穀を扱い、味噌、醤油、塩などの製造、販売も扱っていたそうです。

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  通りを南側に抜けて、さらに南に向かいます。

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  途中の交差点を西方向の右に曲がると黒石市役所があります。

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  その南の方にある黒石神社。

  御祭神は黒石津軽家の祖である津軽信英(つがるのぶふさ)公。

  神社自身の創建は明治12年ですが、もともと公の廟所があった場所だそうです。

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  黒石神社の神門。

  神門は陣屋大手門近くにあった廟門を移築したもので、建築物の遺構としては唯一とか。

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  御幸公園の南西隅にある黒石城址の碑。

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  幕末の黒石陣屋絵図。

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  公園を城址碑前から。

  見える建物が市民文化会館。

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  公園の南にある黒石陣屋遺構の空堀。

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  黒石駅に戻り、これで弘前での二日間の観光は終りです。

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  車両内の様子。

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  黒石城址の碑の前では大雨になり、隣りにあるコンクリートの東屋(あずまや)で雨宿りをしました。

  しかし、弘前駅に帰る途中から空模様は少し明るくなってきました。

  車窓から岩木山。

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  撮影 2012/09/09

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2011年7月25日 (月)

(続)一宮市(愛知県一宮市)を散策 - 真清田(ますみだ)神社 一宮の由来(尾張国一宮から)

 

  前回に一宮市を訪れた際に、途中、雨に降られてやむなく帰ったいきさつがある真清田(ますみだ)神社に行ってきました。

一の宮は国司が神社を参拝するときにその神社の中で一番初めに参拝するお宮のこと。

尾張国では真清田(ますみだ)神社が一の宮であったので一宮という地名の語源となりました。

 

  名鉄が西に、JRが東にホームを持っている名鉄一宮駅と尾張一宮駅のコンコースを東に出て、真っ直ぐ東に歩いていくとアーケードのある本町商店街に行き着きます。

本町商店街は南北の商店街で、左の北に向かって歩いていくと、道路を挟んで突き当りが真清田(ますみだ)神社です。

 

  岐阜からは名鉄で来ましたが、JRのある東側に出ました。

  駅内のコンコースは名鉄とJR共通。

  尾張一宮駅は工事中でした。

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  駅前のスクランブル交差点を東に行くとローターリーがあります。

  遠くに見えるのは名鉄の建物。

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  ロータリーのすぐ東に本町商店街のアーケード商店街。

  左に曲がります。

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  「一宮七夕まつり」の飾り付けの準備がされていました。

  そっか、ここがTVや写真で見ていた所なのですね。

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  今年の「一宮七夕まつり」は7月28日(木)~7月31日(日)です。

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  商店街が尽きた所が真清田(ますみだ)神社です。

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  ちょうど商店街が神社の表参道という形になっています。

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  神社の楼門。

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  神社の拝殿。

  中は広間になっていました。

  他の大きな神社では舞殿とか神楽殿といわれる場所が拝殿の中にあるという形式です。

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  神社の拝殿、本殿の右奥に摂社である服織(はとり)神社がありますが、この神社は一宮の地場産業である織物の神を祭っています。

  その織物感謝祭が「一宮七夕まつり」です。

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  名鉄一宮バス乗り場。駅の東側にも名鉄バス乗り場はあります。

  2番乗り場は旧尾西市の中心地であった起(おこし)方面行きほかが出発します。

  起(おこし)は美濃街道の宿場町の起宿(おこしじゅく)があったところ。

  こちらに行く予定もありましたが、結局、この日は取りやめにしました。

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  JRの尾張一宮駅から大垣駅に向かいました。大垣行き快速 313系。

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  撮影 2011/07/24

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2010年8月23日 (月)

赤穂線の旅(2) - 裸祭りの西大寺(岡山市東区西大寺)

 

  高松から岡山へ早朝7時過ぎに到着し、その後岡山駅を7時26分の伯備線備中高梁(びっちゅうたかはし)発播州赤穂行きに乗り込み、最初は山陽線、途中の東岡山からは赤穂線で、まずは裸祭りで有名な西大寺に向かいました。

乗車したのは115系のリニューアル車で、座席が転換クロスシートに改造されている3両編成の電車でした。

 

  さて、私どもが住む東海地方、特に名鉄沿線では「裸祭り」といえば愛知県稲沢市の国府宮(こうのみや)神社のそれですが、全国的に知られているのはここ西大寺の「裸祭り」です。

現在、西大寺は2009年の岡山市の政令指定都市移行に伴い岡山市東区に含まれていますが、その東区役所を途中で右に見て駅前から延びる大通りを南に1Kmほどの東に入ったところに西大寺はあります。

以前、1991年に一度西大寺を訪れたことがありますが、当時は門前は商店街になっていたと記憶していましたが、現在は商店街の面影は無く、お店が比較的多い住宅街という印象になっていました。

 

  西大寺駅に到着の115系播州赤穂行き。

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  西大寺駅のプラットフォームにあった名所ガイド。

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  西大寺駅前。

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  1740年に再建された仁王門。

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  同じく仁王門。

  右手に三重塔と門奥に本堂が見えます。

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  奥の東から見た本堂、仁王門、三重塔と境内。

  手前には裸祭り用でしょうか観覧席があります。

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  観覧席からの三重塔。

  三重塔と本堂は重文指定です。

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  1819年完成の石門。

  観覧席隣りにあります。

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  観覧席の後ろからは吉井川が見えます。

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  本堂前の境内。

  これで西大寺観音院を後にしました。

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  西大寺を後にして再び電車で東に向かい、次に下車した西片上駅。

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  撮影 2010/08/21

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