2017年9月 2日 (土)

長崎観光は路面電車(長崎電気軌道)で(4) - 平和公園、カトリック浦上教会(浦上天主堂)

 

  長崎観光の締めくくりは原爆の爆心地である平和公園と原爆によって破壊された浦上天主堂(現在は再建されカトリック浦上教会という)。

長崎駅前電停から数えて八つ目の松山町電停が最寄りの駅です。

 

  出島電停から長崎駅前、浦上駅前を通過して長い距離を走ります。

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  最寄りの電停は松山町電停。

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  このあたり1.3kmほどは専用軌道。

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  平和公園登り口。

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  有名な平和祈念像。

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  平和公園の高台から見えるカトリック浦上教会。

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  現在の建物は昭和34年(1959年)の建築。

  旧浦上天主堂で現在もこの呼称が一般的です。

  原爆で破壊された当時の像などが外に展示されています。

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  さて、長崎観光はこれで終わり。

  主要な観光地だけを巡りましたが、まだまだ見どころはあり、またの機会にと思っています。

 

  長崎駅に戻ってきました。

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  帰りは取り敢えず諫早(いさはや)まで普通で行きます。

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  諫早行きの普通。

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  撮影 2013/01/05

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2017年8月31日 (木)

長崎観光は路面電車(長崎電気軌道)で(3) - 出島 史跡「出島和蘭商館跡」

 

 

  出島は江戸時代に鎖国政策の一環として造成された人口島でした。

出島には隔離するようにオランダ商館が置かれました。

戦後、埋め立てが行われ、島全体が陸続きとなってしまっています。

「出島和蘭商館跡」として史跡に指定されており、現在、長崎市により復元作業が進められています。

 

  南側を路面電車が走り、出島電停と築町(つきまち)電停を結んでいます。

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  大通りに出ると出島電停があります。

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  復元作業が進められています。

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  復元された町並み。

  内部も復元されています。

  一般510円 高校生200円 小中学生100円。

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  出島電停。

  南側の細い道路から回り込んできます。

  北に向かうと長崎駅前です。

  ここから北に向かい、浦上から平和公園、浦上天主堂を訪れました。

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  撮影 2013/01/05

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2017年8月29日 (火)

長崎観光は路面電車(長崎電気軌道)で(1) - 国宝大浦天主堂からグラバー園など

 

  長崎観光には路面電車が有効です。

どうしてもバスが必要な場合もありますが、主要な観光地は路面電車で行くことができます。

 

  長崎着が午後になってしまい、取り敢えずグラバー園を中心に観光することにしました。

  長崎駅前から正覚寺下行きに乗車して築町(つきまち)電停で石橋行きに乗り換えます。

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  築町電停。

  石橋行きに乗り換えます。

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  大浦天主堂下電停で下車。

  電車は終点の石橋へ向かいます。

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  国宝大浦天主堂。

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  グラバー園のグラバー邸。

  グラバー園には他にも多くの洋館が建ち並び洋館のテーマパークのようです。

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  歩いてオランダ坂に向かいます。

  オランダ坂は日本3大がっかり名所の一つに数えられています。

  他の二つは高知の「はりまや橋」、札幌の時計台だということです。

  オランダ坂については「えっ、これだけ!」というのががっかり感を醸し出します。

  それでも、オランダ坂を含む一帯が見どころとなっているので救われています。

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  旧英国長崎領事館などを観光しながら大浦海岸通り電停から築町(つきまち)電停乗り換えで長崎駅前に戻りました。

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  撮影 2013/01/04

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2017年8月20日 (日)

山口県柳井市と防府市を観光(13) - 防府市 旧毛利家本邸

 

  結果的に最後となりましたが、旧毛利家本邸と博物館を拝観。

庭園との共通券は大人1000円、小中生500円。

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  重要文化財

 

  旧毛利家本邸

  旧毛利家本邸は、明治天皇から山口県内に本邸を構える承諾を得た 公爵毛利家が、維新の元勲井上馨の協力を得て、明治二十五年(1892)この地に建設することを 決定し、 建てられたものである。

工事は大正元年(1912)九月に着工し、四年弱の歳月を経て同五年に完成した。

                                     (後略)

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  邸内の撮影は可ですが、博物館区域は撮影不可です。

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  庭園の全体は見渡せません。

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  外から。

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  二階へ。

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  二階からの庭園。

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  寝室。

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  廊下の奥に博物館があり、拝観券のもぎりは博物館で行います。

  博物館は冷房が効いていました。

  係りの方(学芸員の方か?)に外は暑いのでゆっくりしていって下さいと声を掛けて頂きました。

  有難うございました。

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  さて、これで柳井市と防府市での観光は終わり。

  防府発13時半頃の電車に乗車しないと帰りのフェリーに間に合わないので、毛利氏庭園から取って返し、国分寺の前を通り過ぎ、防府天満宮前から萩往還を南に折れて駅へ向かいます。

 

  萩往還、防府天満宮の参道を南へ、振り返って。

  らんかん橋にて。

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  駅前の種田山頭火の像。

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  フェリーターミナルへの第一便の門司駅前発連絡バスは16時。

  無事に15時過ぎに門司駅に到着してバスで新門司港へ。

  新門司港は土砂降りでした。

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  撮影 2017/07/31

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2017年8月19日 (土)

山口県柳井市と防府市を観光(12) - 防府市 毛利氏庭園

 

 

  防府市の毛利本邸は維新後に公爵の爵位を得た旧長州藩主毛利氏が建てた邸宅。

明治時代に一度着工するも、日清、日露戦争で中断し、改めて大正元年(1912年)に着工し大正5年(1916年)に完成しました。

 

  説明板の抜粋

 

  国指定  名勝 毛利氏庭園

(前略)

庭園は、本邸から見渡せる周防国府跡、三田尻湾、瀬戸内海等の自然を背景・借景 としており、自然の地形・植生に人工的な作庭を加え両者の調和をはかっている。

本邸への導入部である路傍庭園、邸内の各建造物に調和するように配置された平庭、 瓢箪池を中心とした林泉からなり、池の周囲を回りながら景色を鑑賞する池泉回遊式庭園であるが、 滝の石組やせせらぎを設け、渓谷風の流れを重視した構成となっている。

  (後略)

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  券売所で博物館、庭園共通券を購入し、まず庭園から拝観しました。

  共通券は大人1000円、小中学生500円。

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  毛利本邸の家屋の前を通ります。

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  大きな屋敷です。

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  屋敷の一部を改装して博物館としています。

  博物館の宝物は2万点ほどもあり、博物館のみ写真撮影不可。

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  庭園内に入って行きます。

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  夏という事で緑一色ですが、秋は紅葉が良さそうです。

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  庭園の大きさが分かります。

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  とにかく暑くて閉口しました。

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  庭園は夏に来るものでは無いことを再確認。

  邸宅に向かいました。

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  撮影 2017/07/31

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2017年8月10日 (木)

山口県柳井市と防府市を観光(6) - 柳井市 「むろやの園」商家博物館

 

  「むろやの園」はその屋号である「室屋」から来ています。

 

  柳井市のホームページによれば、

「室屋」の小田家は初代善四郎が元禄元年(1688)新庄村庄屋小田家から柳井津 金屋へ分家独立。

当初は反物、打綿、菅笠などの商売を営み、二代目善四郎の時、大阪との間で油の取引も始め、三代善四郎の時には50石~125石積船を50艘ばかりに増し、商取引は最盛期を迎えました。

四代目六左衛門の頃には油商としての性格が次第に強まっていきます(これが18世紀後半から19世紀の初め)。

 

  また小田家は岩国の吉川家に(柳井は岩国吉川領だった)献金などで度重なる貢献をし士分に取り立てられました。

(むろやの園に甲冑が残っていたり、中間部屋があったりするのはその名残りとも言えます。)

現在、(1)小田家代々の使用してきた生活用具1553点、(2)文書1011点、(3)町家、主家ほか10棟のすべてが県指定有形民俗文化財となっています。

主家(主屋)は享保年間(1730頃)の建築で県下でも最も古い町家に属する、そうです。

柳井市のホームページより。

 

  入口は交差点の南東側にあります。

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  「むろやの園」の南北の長さは119m。

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  入口を入って振り返った所。

  拝観料は大人450円、中高生350円、小学生300円。

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  「むろやの園」見取り図。

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  庭に出る前に振り返った所。

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  中間部屋があるのは小田家は士分ということで家来が必要だったとのこと。

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  庭と蔵。

  左側と奥は住居部分。

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  左側の住居部分。

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  本蔵。

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  本蔵の中。

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  奥に向かって右側の勘定蔵。

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  吉川家から拝領の甲冑。

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  次が米蔵。

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  米蔵の中。

  とにかく夥しく品々が残っています。

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  振り返って正面に本蔵。

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  主屋(主家)に戻って。

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  主屋二階部分。

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  外へ出て主屋の部屋。

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  大規模に家屋、生活用品などが残っていた「むろやの園」。

  「むろやの園」を出た頃には完全に暑さにやられていました。

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  暑い中、駅に戻ってきました。

  その暑さ故に、残りの防府市まで回る気力は失せました。

  防府はあくる日に回ることにしましたが、

  当のこの日はまだ日も高く、宿に入るには早いので、徳山駅で途中下車して喫茶店を探すことにしました。

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  撮影 2017/07/30

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2017年8月 6日 (日)

山口県柳井市と防府市を観光(4) - 柳井市白壁の町並み(2)重文国森家住宅

 

  日本の各地には町並みを観光資源として提供している都市がたくさんあります。

そんな町並みに一つ、二つ重文級、国宝級の文化財が存在すると、これを核として魅力的な観光地を形成することができ、柳井においては国森家住宅がその役割を担っています。

 

  国森家住宅は18世紀の建築と見られており、貴重な近世の商家造りで、昭和49年(1974年)に重文に指定されました。

詳しくは国森家住宅((柳井市の文化財)で。

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  国森の表札があり、現在もお住まいのようです。

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  入口を入ると土間になっています。

 

  係りの方(家人の方か?)に家屋の説明をして頂けます。

  拝観料は大人200円、中学生以下100円。

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  先客があり、一人で二階まで上がってみました。

  下はお店。

  前に番頭さんが座り、後ろに主人が座っていたそうです。

  国森家は最初は反物商、後に手絞りともし油の製造、さらに、びんつけ油の製造販売を業としたそうです。

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  奥。

  二階への階段があります。

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  階段には戸があり、二階へ通じていることが分からないように工夫されていたそうです。

  もう一つ階段がありますが、これは後世のもので、本来はこの階段しかありませんでした。

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  二階。

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  屋根裏の梁(はり)。

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  正面の建具が「ぶちょう」。

  「「ぶちょう」は、三枚の板戸からなり、上の一枚は日中は内側に跳ねて吊り上げておき、下の二枚は柱に彫った溝に沿ってはずして全開するが、夜間は全部を閉める、機能的で開放的な商家の建具である。」

  実際にどう全開にするかを見せて頂きました。

  真ん中が全開になっています。

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  撮影 2017/07/30

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2017年7月20日 (木)

津軽鉄道 金木駅(かなぎえき)2012年9月 - 青森県五所川原市金木町

 

  津軽鉄道で唯一列車交換が可能な金木駅(かなぎえき)から歩いて10分足らずの距離に太宰治記念館「斜陽館」があります。

「斜陽館」は小説家太宰治の生家で現在は五所川原市立の施設。

国の重要文化財に指定されています。

 

  金木駅(かなぎえき)は津軽鉄道のなかでも観光拠点駅で有人駅となっています。

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  太宰治記念館「斜陽館」。

  重文指定で観光の拠点となっています。

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  「斜陽館」の内部。

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  金木観光物産館「マディニー」を見下ろして。

  観光物産館は休憩、食事、お土産購入などで便利。

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  金木駅にも売店(1階)と食堂(2階)があります。

  また、出札窓口では硬券(入場券・乗車券・JR連絡券)の購入もできます。

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  撮影 2012/09/09

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2017年2月 6日 (月)

思いでの旅(2)1993年9月 - 山陰旅行(3)萩(山口県萩市) 松下村塾と東光寺

 

  萩の民宿で一泊し、あくる日は午前中にレンタサイクルを利用し松下村塾と毛利家の墓所である東光寺を訪れました。

萩へは2009年にも訪れ、丸一日レンタサイクルを漕いで見て回りましたが、まだ2、3割を見残している状況です。

さて、東光寺は奇数代の藩主と夫人の墓所であり、偶数代の墓所は萩市南部の大照院(萩駅から歩いて15分)にあります。

東光寺は黄檗宗の寺院で豪壮な建物が並んでいました。

反対に松下村塾はその小ささに驚きました。ここから多くの志士が輩出したとは思えない小ささでした。

 

  2009年に訪れた際もこの駅舎であった東萩駅。

  2005年に特急が廃止となり、優等列車はなくなりました。

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  松下村塾。

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  松下村塾は吉田松陰が指導した塾。

  講義室。

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  松陰神社。

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  東光寺総門。

  松下村塾から徒歩で15分ぐらい。

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  三門。

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  大雄宝殿。

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  毛利家墓所。

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  東光寺は奇数代の藩主の墓所。

  偶数代の藩主の墓所は萩駅(東萩駅ではない)から歩いて15分ぐらいの大照院にあります。

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  撮影 1993/09/08

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2016年9月18日 (日)

宇治(京都府宇治市)を散策(3) - 平等院の南を浮島十三重石塔へ

 

  縣神社(あがたじんじゃ)から東に向かうと平等院の南に至ります。

そして平等院ミュージアム鳳翔館の外を平等院南口へ。

さらに東へ向かい宇治川に出ます。お目当ては中洲の島(浮島)にある十三重石塔。

その後北の中州の島(一帯が宇治公園となっている)に渡り、そこから宇治川対岸を目指します。

 

  何度も書きますが平等院は今回の散策に含まれていません。

平等院についての記事はこちら。奈良からの帰り 宇治平等院へ寄り道 2015年(2) - 宇治平等院鳳凰堂と平等院ミュージアム鳳翔館

 

  平等院ミュージアム鳳翔館の外を東へ。

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  平等院南口。

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  もうすぐ川に出られるという敷地に平等院多宝塔跡の復元基壇があります。

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  宇治川に出ます。

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  赤い喜撰橋の北側に出ました。

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  喜撰橋と浮島十三重石塔。

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  浮島十三重石塔は鎌倉時代に奈良西大寺の叡尊という高僧によって建てられました。

  宇治川の氾濫が魚霊の祟りと考え、それを鎮めるためであったそうです。

  重要文化財に指定されています。

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  この辺りの地図。左が北。

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  喜撰橋とあります。

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  宇治川鵜飼の遊覧船の溜まり場。

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  大変大きな十三重石塔。

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  北側に渡ります。

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  対岸の観流橋。

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  朝霧橋を対岸に渡ります。

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  手前の宇治橋とJR奈良線の鉄橋上の221系快速電車。

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  撮影 2016/09/15

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