2009年11月 9日 (月)

岐阜市 - 西岐阜駅

 

  岐阜県庁から無料バスの「ふれあいバス」で西岐阜駅の南口にやって来ました。

西岐阜駅は橋上駅舎の地上駅です。

岐阜、穂積間が長い距離なので間に駅ができないかという話は以前からあって、それが1986年に念願かなって開業した駅です。

1987年に民営化ですので国鉄時代になるのですね。

 

  駅南の「ふれあいバス」車両とバス停。

  岐阜市のコミュニティバスの「西ぎふ・くるくるバス」もこのバス停を使用します。

  駅のすぐ西には陸橋があり駅から陸橋に出たところと、

  駅の北側の駅前広場にそれぞれ岐阜バスの停留所があります。

Pb070001

 

  下りの大垣行き新快速。

  岐阜以西はすべて各駅停車になります。

  普通電車は昼間帯はすべて岐阜発着なのでこちらには来ません。

Pict0031

 

  北口の方をホームから。

Pict0035

 

  西岐阜駅はシンプルな1面2線。

Pict0036

 

  上り豊橋行き快速313系。

Pict0037

 

  大垣行きの新快速が進入してきます。

  岐阜駅方面はすぐに高架になっていくのがわかります。

Pict0045

 

  女性の車掌さんが発車ベルを押して出発。

Pict0047

 

  上りは岐阜駅1番線に到着。

  その1番線の東端に行くと金華山(稲葉山)の岐阜城が望めます。

Pict0049

  撮影 2009/11/07

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月 8日 (日)

岐阜市 - 岐阜県庁と西岐阜駅

 

  岐阜市の南西部にある岐阜県庁。

現在の県庁舎は4代目ですが、建てられてからすでに40年以上経ちます。

とにかく不便な所に建てたという思いが強いです。

この近くには県立図書館、岐阜県美術館がありますが、これについてもなぜこんな所にという思いが強いです。

結局、利用者の利便性など考えて作られていないと言われても仕方ないと思います。

さて、この県庁舎から真北に1.5Kmほど行くとJRの西岐阜駅があります。

ここ数年で岐阜市はコミュニティバスを数多く走らせており逐次路線数も増えていっています。

西岐阜駅、県庁等を結ぶこのあたりにも「西ぎふ・くるくるバス」があります。

県もこのあたりの西岐阜駅と県庁、催しなどができる「県民ふれあい会館」を結ぶ「ふれあいバス」を運行しています。

今回は県庁舎前でこのバスを見つけて、西岐阜駅まで利用しました。

このバス、無料です。

無料でいいのかな、という感じです。

大体両方のバスは路線がかぶってるし。

県も市もそうですが、その前にちゃんとした町づくりをしてください、という風に思います。

 

  県庁舎。昭和40年代に建てられました。

  向こう側は県警。

Pict0007_2

 

  県庁舎前あたり。

Pict0008

 

  土曜日なので人影がほとんどありません。車は見かけますが。

Pict0010

   

  庁舎の前の道路中央から東の方を。

  庁舎は南にあります。

Pict0011

 

  右のプレハブのような建物が岐阜バスの待合所になっています。

  JR岐阜駅、名鉄岐阜駅方面にここからバスが出ます。

  赤いポストの左手前にある小さな看板の様なのが無料バスのバス停の時刻表。

  30分から1時間の間隔で西岐阜駅方面に。

Pict0012

 

  その「ふれあいバス」でやって来た西岐阜駅。

  駅の南側になります。

Pict0013

 

  西岐阜駅から見える金華山(稲葉山)の岐阜城。

Pict0014

 

  左のほうに金華山(稲葉山)、右手に岐阜シティタワー43。

  タワーの右下に岐阜駅がありますから線路は右にカーブを描きながら岐阜駅に向かいます。

  電車は豊橋行き新快速313系。

Pict0017

 

  下り大垣、米原方面への「しらさぎ7号」富山行き。

Pict0024

  撮影 2009/11/07 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月 7日 (土)

愛知県豊橋市 - 豊橋駅前

 

  豊橋鉄道で渥美半島にある城下町の田原市を訪れた時の豊橋駅前。

  10月10日の写真。

Pa100015

 

  イベントが行われていて人が大勢。

  この日は土曜日でした。

Pa100012

 

  豊橋鉄道市内線。

  豊橋駅前にて。

Pa100011

 

  豊橋駅前の電停。

Pa100014

 

  豊橋発10時8分の特急「ワイドビュー伊那路1号」373系。

Pa100003

  撮影 2009/10/10

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月 5日 (木)

京都 - 南禅寺とインクライン(3)

 

  南禅寺は臨済宗南禅寺派の総本山。

三門は江戸時代の1628年の再建です。

石川五右衛門の三門での「絶景かな絶景かな」は、彼の死後30年後の再建なので嘘だそうです。

京都にはほんとに大きな山門が多いですね。

 

  山門へ登るには右手の裏に階段があります。

  拝観は三門だけで500円です。

Pict0024

 

  三門の正面側。

  中に仏様が安置されていますが写真は不可です。

  木々にさえぎられて絶景とはいきませんでした。

Pict0027

 

  三門上をぐるりと回り裏側に。

Pict0028

 

  このあたりだけが色づいていました。

  紅葉はまだまだでした(10月29日現在)。

Pict0033

 

  この後、三門を下りて境内にある琵琶湖疎水の水路閣へ。

Pict0040

 

  レンガつくりのアーチ状の水路です。

  インクライン等含めて近代化遺産に指定されています。

Pict0039

 

  方丈のもともとの出入り口だったのでしょうか。

  方丈は国宝です。

  拝観入口はこの右手にあります。

  拝観料500円。

  残念ながら今回は見送ってしまいました。

Pict0043

 

  方丈に沿って北に行き、再び三門の方の西に下ります。

  右側に南禅僧堂と呼ばれる建物が。

Pict0044

 

  三門の横から振り返ります。

Pict0048

 

  この道を左の方に更に行くと永観堂に続いています。

Pict0049

 

   もとの門から金地院前、インクラインのアーチをくぐり地下鉄の蹴上(けあげ)駅に戻りました。

Pict0050

  撮影 2009/10/29

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月 4日 (水)

京都 - 南禅寺とインクライン(2)

 

  再び三条通りの坂を下りて、地下鉄蹴上(けあげ)駅出入り口から更に下のレンガつくりのアーチをくぐります。

多少の屈折はありますが南禅寺までは一本道です。

途中、南禅寺の塔頭(たっちゅう)のひとつである金地院があります。

方丈、襖絵(ふすまえ)、石庭等の国宝や重文など文化財の豊富な見所のひとつで、私は前回訪れた時に金地院は拝観しました。

 

  イ ンクラインのアーチをくぐって来ます。

Pict0015

   

  蹴上(けあげ)駅方向を。

Pict0017

 

  金地院の中にある東照宮の門。

  拝観は金地院に含まれます。

  ここ南禅寺の住職であった以心崇伝は徳川家康に招かれて、後には幕政にも参画しています。

  崇伝は金地院崇伝ともいいます。

Pict0016

 

  このまま抜けると南禅寺の門前の参道に。

  左手の門は金地院。

Pict0018

 

  金地院はここから拝観できます。

  拝観料は400円。

  ちょっと南禅寺に隠れていますが、なかなかの見所。

  残念ながら皆さん気付かれない。

Pict0019

 

  金地院の方 から抜けて南禅寺の門前から。

  南禅寺への観光客はここで金地院に気付かれますが、そのまま行ってしまいます。

Pict0020

 

  金地院からの通り抜けの門からすぐ左に南禅寺の門があります。

Pict0022

 

  三門。

  この上に登るのが今回の目的です。

Pict0023

  撮影 2009/10/29

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月 2日 (月)

京都 - 南禅寺とインクライン(1)

 

  京都への所要の折に立ち寄っている観光名所等ですが、今回は南禅寺を訪れました。

前回は叡山電車で鞍馬寺を訪れましたが、今回はそんなに時間的余裕も無く、以前に永観堂と共に訪れて見逃してしまった南禅寺の三門に行くことにしました。

京都駅からはバスがありますが、いつも述べているようにバスは混んでいるのが難点で、避けられるなら地下鉄などを利用したいといつも思っています。

今回は幸いにも地下鉄の東西線の蹴上(けあげ)駅から南禅寺までがすぐなので、京都駅からは地下鉄を利用しました。

 

  朝の岐阜駅前。

  駅前の工事も去る9月の下旬には終わり、やっとすっきりしました。

Pa290001

 

  大垣から乗ってきた117系の4両編成。

  米原駅にて。

Pa290003_3

 

  京都駅にて。

  右が紀勢線特急の283系「オーシャンアロー」。

  京都発12時33分の「オーシャンアロー17号」で待機中。

  左は西明石行き普通321系。

Pa290005

 

  三条通りに面した京都市営地下鉄東西線の蹴上(けあげ)駅入り口。

  三条通りもこのあたりではほぼ南北になっており、山を抜けて山科駅のすぐ南に出ます。

Pict0004

 

  レンガ作りのインクラインのアーチをくぐると南禅寺への一本道です。

  その前にインクラインに登ってみました。

Pict0005

 

  大規模にインクラインの施設が保存されています。

  インクラインは京都への水の供給と舟運の利便を計った「琵琶湖疎水」の舟運に関する施設です。

Pict0007

 

  琵琶湖と京都の高低差がある部分を機械で舟を引き挙げたりおろしたりするのがインクラインです。

Pict0008

 

  「琵琶湖疎水」の端で、琵琶湖からの水は導水管で左手の方で流れ落ちています。

  疎水の琵琶湖側からの入水口は大津の京阪石山坂本線の三井寺駅のすぐ北側にあります。

  三井寺へ行くときはこの琵琶湖疎水沿いを駅から西に歩きます。

Pict0009

 

  疎水に架かった橋の上から。

Pict0011

 

  上の橋から三条通りにいったん下ります。

  通りから。

Pict0014

  撮影 2009/10/29

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月21日 (月)

山口県萩市 - 浜崎地区(萩城下の港町)

 

  かっての戦国の雄の毛利氏の城下町の萩には、藩庁であった萩城(指月城)、城下町の中心の武家屋敷や商家、幕末から明治維新にかけての志士、政治家等の旧家などの文化遺産が数多く残っています。

その中で萩城下の港町として栄えてきた浜崎地区は、2001年に全国で60番目の重要伝統的建造物群保存地区に選定されて、萩のまた別の顔として萩の見所に加わりました。

この浜崎地区は東萩駅からは自転車で松本川を渡り、川に沿って北方向に行った区域にあります。

主な町筋は電柱が取り払われ、昔の町並みが良く保存されています。

萩は町全体に見所がありますから、浜崎地区はじっくり見て回ることはできませんでしたが、時間のある人は足を運んで見てください。

   

   JRの東萩駅。

   別に萩駅がありますがここが一番大きな駅。

Pict0068

   

   浜崎地区の全体地図。

P8260124

   

   旧萩藩御船蔵。

   藩主の御座船や軍船が格納してあった。

   現在は少し内陸にあります。

P8260123

   

   以下は町並みの様子。

P8260125

P8260126

P8260128

P8260130

P8260133

P8260135

   

   最後は海沿いに出て、海岸沿いに指月山に向かいました。

   見える山が指月山。

   麓(ふもと)と一体になってお城がありました。天守閣は麓にありました。

P8260136

  撮影 2009/8/26

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月14日 (金)

岐阜県大垣市大垣駅 - 大垣市は岐阜県一の工業都市

 

  岐阜県の大垣市は、JR東海の在来線の西の要。

岐阜県のうちでも第二の人口規模をもつ都市で、工業出荷額が県下一の工業都市です。

「水都」と自ら呼ぶように、潤沢な地下水がこの町を工業都市としました。

さすがに現在は、すべての工業用水を地下水に頼ることは無いでしょうが、インフラが貧弱な戦後まもなくはこの地下水は、各種工場にとっては手軽な水資源でした。

ほとんどが中小企業で、西大垣駅前にある「イビデン」が代表格です(まあ、大企業ではなく偉大なる中企業とよんだほうが)。

また、大垣にある事業所で「イビデン」と並ぶ「西濃運輸」は流通業界では大手です。

実は大垣の力は、岐阜を凌ぐ部分もあり、例えば岐阜に唯一のFMラジオ局は大垣にあり、サッカーのFC岐阜は昔(県リーグ頃)は(記憶違いかも知れないですが)本社が大垣にあったようでした。

社会人野球が盛んだったころは「西濃運輸」が常に東海代表の一角を担っていましたし。

まあ ・・・・・・・ でも全国的にみたら小さな話ですね。

   

   大垣駅前。

Pict0021_2

   

   大垣駅から養老鉄道を。

Pict0012

   

   駅前のロータリーの南側にこんなものが。

Pict0022

   

   緑の多い駅前通り。以前にも同じような写真をあげました。

Pict0028

 

   養老鉄道の西大垣駅。

   養老鉄道本社と車庫があります。

Pict0098

   

   西大垣駅前にある「イビデン」の本社ビル。

Pict0097

  撮影 2009/7/28

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月10日 (月)

JR岐阜駅 - 「岐阜シティタワー43 」最上階から

 

 いつも下から見上げている「岐阜シティタワー43」ですが、この日、最上階に昇って見ました。

入り口は東側からで、入ったら真っ直ぐ奥に進み、突き当りのエレベーターにのります。

警備員さんがいらっしゃってエレベーターをおろしてくれます。

別に料金は要りません。

43階には展望室と食堂があります。

展望室は東と西に分かれており、それぞれそんなに大きくはありません。

土曜日でしたがわたしの他には2、3人という少なさでした。

おかげで好きな場所でカメラを向けることができました。

   

   東の真下には岐阜駅とその駅前。

   小さく高山線のキハ11の二両編成が美濃太田方面に出て行きます。

   駅と平行の通りが右にカーブしていくあたりに名鉄岐阜駅のホームがみえます。

Pict0014

   

   名古屋方面から岐阜駅止まりの普通電車が5番線に。

   このあと折り返し名古屋方面への普通電車となります。

Pict0021

   

   岐阜駅の向こうには名鉄線が。

   2200系が名鉄岐阜駅を後にして出て行きます。

Pict0018

   

   北東方向には岐阜城がある金華山が見えます。

   手前の鉄塔の建っている山は上加納山といいます。

   金華山とは尾根続きになっています。こちらにも登り口があります。

Pict0023

   

   真北の方向。

   長良川に架かっているのは忠節橋といい、何年か前まで路面電車が走っていました。

   川の向こうの小さな山は鷺山。

   晩年の斎藤道三の隠居城でした。

   息子の義龍と戦い敗死しました。

Pict0016

   

   西の展望室から。

   大垣からやってきた313系が岐阜駅に。

   この日はもやっていて伊吹山は確認できませんでした。

Pict0028

   

   これも西の方向。

   大垣方面に313系が行きます。

   高架を降りるとすぐに西岐阜駅、そして岐阜貨物ターミナル駅に到ります。

Pict0030

  撮影 2009/8/8

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月 7日 (金)

岐阜駅前 - 夏の朝と夜

 

  先月京都の宇治へ行った時、たまたま撮った写真です。

朝は9時前後、コンデジで撮影。

夜は一眼レフで、8時前に。

左手がJR岐阜駅。

P7300002

Pict0083

   撮影 2009/7/30

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月29日 (水)

岐阜県大垣市水門川 - 松尾芭蕉「奥の細道」むすびの地

 

  大垣城を一周している間はまだ雨は強くはなく、傘はさしつつも水門川の方向へ歩いて向かいました。

水門川は文字通りの川ではなく、戦国時代に城の整備の折に開掘された運河で、南に通じて揖斐川の支流に合流しています。

のち江戸時代になって大垣藩に入封した戸田氏鉄(うじかね)はこれを整備して水運に供し舟運が発達しました。

現在も残っている住吉灯台あたりが川湊の船町港だそうです。

松尾芭蕉は「奥の細道」をこの大垣で結んでいます。

そして、船町港から船で桑名へ向かったといわれています。

   

   水門川の説明板ですが読めるでしょうか。

Pict0074

   

   途中大垣市役所の前に出ました。

Pict0064

   

   左手に大垣駅、そして大垣城、一番右手に住吉灯台のある船町港跡です。

Pict0073

   

   住吉灯台のあるあたり。

   船を浮かべて情緒を作り出しています。

   激しい雨足でした。

Pict0079

   

   水門川の東岸にある住吉灯台。

   道路は旧美濃街道です。

Pict0081

   

   すぐ南に橋がありますが美濃街道は橋を渡って西の方向に。

Pict0085

   

   西岸にある「奥の細道むすびの地」の碑。

   斜め右(北)の対岸に住吉灯台があります。

Pict0088

   

   少し北の朱塗りの橋から。

Pict0095

   

   大垣城の南、市役所の北の大通りをまっすぐ西に歩いていくと養老鉄道の西大垣駅に

   突き当たります。

Pict0099

   

   駅前から東にのびる大通り。

   大通りは右(南)に折れて続きます。

Pict0109

   

   西大垣には養老鉄道唯一の電車庫があります。

   養老鉄道では車両の運行や整備は近鉄が行っています。

   したがって、近鉄の富吉検車区大垣車両基地となります。

   養老鉄道の本社も当地にあります。

   ご覧のようにこのあたりは工場地帯です。

Pict0104

  撮影 2009/7/28

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月27日 (月)

JR岐阜駅 - 夏の夕暮れ

 

  ここ岐阜市は毎日雨です。

他県のような被害は聞いておりませんが、被害にあわれた方々にはお見舞い申し上げます。

写真は、やはり過去記事からの未掲載のものです。

去年の夏、七月に同じ記事をあげました。

   

   岐阜駅の高山線キハ11の二輌編成です。

   美濃太田から太多線(たいたせん)経由多治見行きです。ちょっとカメラがぶれています。

P7310040

   

   駅前の岐阜シティ・タワー43を西にのぞんでいます。

   わたしにとってはこんなビルより、市内電車を残して欲しかったです。

   馬鹿な○○市長(御免なさい)。

   鉄道好きだから批判するわけではありません。

   都市の魅力がどこにあるかが解らない人が頂点にいることは不幸ですね。

   もっとも選んだ有権者にも問題があったことは言うまでも無いです。

   

   衆議院選もちょっと考えて投票しましょうね。

   マスコミやワイドショーはあてになりませんよ。

   インターネットユーザーは、得る情報がたとえ九割引きで考えなくてはならないと言っても、

   情報は新聞、TVしか知らない人よりも持っているはずです。

P7310044

  撮影 2008/7/31

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月26日 (日)

上田城と松代城と長野電鉄

 

  最近はネタ切れで過去記事から未掲載(と思う)の写真を。

今日のは、一昨年の夏の信州旅行のものです。

夜、岐阜から「ムーンラトながら」でいったん東京へ向かい、朝のうちに上野から高崎へ、高崎からは信越線で横川まで行きます。

横川からはJRバスの一番バスで碓氷峠を越え、軽井沢へ。

軽井沢からは旧信越線を「しなの鉄道」で上田に入りました。

上田城を見学ののち、しなの鉄道で篠ノ井、長野方面に向かい、屋代という駅で長野電鉄に乗り換え松代へ。

  松代は江戸時代は真田家の所領です。

関ヶ原の戦いの折には父昌幸と次男の幸村(信繁とも)は西軍に、嫡男信幸(信之とも)は東軍に加担し、のちの松代藩の真田家はこの信幸が10万石で入って明治まで続きました。

この松代城は上杉謙信と武田信玄が戦った川中島の近くにあり、その当時は海津城といいました。

松代城内には海津城址の碑があります。

松代から長野へは電車(長野電鉄)で行けますが、バスが松代駅前から出ています。

途中、川中島古戦場跡もあり、松代と長野との所要時間は30分です。

本数は基本的に1時間に2本で、平日の朝夕は4本です。

わたしの体験から朝夕には通勤自動車が多いので遅れがでるみたいですね。

この旅行はこの日のうちに長野善光寺を拝観し、しなの鉄道で上田に戻り一泊。

あくる日は、小諸へ戻り小海線で小淵沢へ、その後中央線で甲府へ入り甲府城や武田神社を巡り、夜に東京に戻り、再び「ムーンライトながら」で岐阜へ帰りました。

   

   上田城南櫓。

   右手に正面入り口があります。

   ここからだと左手に西櫓があり階段をあがります。

Pict0001

   

   上田城西櫓。

   脇に登り口があります。

Pict0007

   

   しなの鉄道、長野電鉄の屋代駅。

   しなの鉄道のホームの駅名板はちゃんとしていますが。

P8010025

P8010027

   

   松代駅にて。

P8020046

 

   松代城。

   中には天守台跡もあります。

   この年の大河ドラマが「風林火山」でした。

   で、松代も「風林火山」の旗が立っていました。

Pict0025

  撮影 2007/8/2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月24日 (金)

松江城と塩見縄手 - 日本の道100選のひとつ

 

  過去記事より松江の塩見縄手の未掲載の写真を。

塩見縄手は松江城の北にある古いおもむきのある通りです。

松江城の北のお濠端にあります。

交通アクセスとしては、松江駅前からループバスで松江城まで行きそこから歩くか、松江城を通り越して塩見縄手のバス停まで直接行くかです。

後で松江城へ行くのもひとつの手ですね。

ループバスは一乗車200円です。

一日乗車券は500円。

文字通りループバスなので、一周して再び松江駅を乗り越してもかまいません。

一周約50分です。

また一日乗車券の提示で、複数の拝観場所で団体割引が適用されます。

   

   松江城。

   春、桜は三分咲きの頃の写真です。

Pict0039

   

   松江城から北に歩いていくとお濠端に出ます。

   対岸に見えるのが塩見縄手の通りです。

P3310042

   

   塩見縄手の通り。日本の道100選に選定されています。

P3310051

   

   武家屋敷、小泉八雲旧居、小泉八雲記念館等が連なっています。

   いい忘れましたがループバスは一方通行で、反時計回りに運行されています。

P3310066

  撮影 2009/3/31

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月16日 (木)

愛媛県宇和島市 - 宇和島城と和霊神社

  ありし日の「ムーンライト松山」 (撮影 松山駅 2006/12/27)

Pc270001 

                                                      

 

  夏の旅行に関して四国を調べていたら、今月(7月)の22、23、24日の三日間に宇和島の「牛鬼まつり」が行われることを知りました。

もちろん夏祭りはどこにでもありますが、私が中学校か高校の時代に文庫本の祭りに関する写真集を手に入れたときに、この写真集で「牛鬼まつり」を知りました。

その後、何度も宇和島を訪れましたが、この祭りの主催である「和霊神社」もとなりにある公園から眺めていました。

祭りそのものも実際に見学したことはありません。

昔から各地の祭りに関してはすごく興味があり、実際にいってみたい祭りもたくさんありますが、何しろどの祭りも期日が決まっていますから、それにあわせて現地を訪れなくてはなりません。

これがやはりネックになりますね。

   

   宇和島城天守閣。

   現存12天守閣のうちのひとつ。

   愛媛県には見るべきお城が多いです。

P8100015

   

   宇和島城天守閣から。

P8100013

   

   和霊神社の入り口。

   大きな鳥居がありますが、鳥居の写真はここではなし。

Pc270014

   

   この写真ではわずかに鳥居が見えます。

Pc270018

Pc270016

   撮影 宇和島城 2005/8/10

           和霊神社 2006/12/27

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月15日 (水)

夕方の高松駅界隈 - 高松港フェリー乗り場の並ぶ水城(みずき)通り

 

  高松城の南側で琴電を何枚かを写して、東側から北側の水城(みずき)通りへ出てきたところです。

北側は緑地帯を挟んで高松港で、何本もの突堤が並び船が行きかいます。

 

   水城通り。

   冬の午後5時前後で、歩道橋から西の高松駅方向を。

   高松港の写真は既出なのでありません。

P1170087

   

   高松城月見櫓です。

   江戸時代からの現存遺構で重要文化財に指定されています。

P1170088

P1170092

   

   高松駅と駅前広場。

P1170095

 

   高松駅にて。

   手前が予讃線宇和島行き特急「いしづち25号」。

   宇多津駅で岡山からの「しおかぜ21号」と合流します。

   向こう側が先発の「快速サンポート南風リレー号」観音寺(かんおんじ)行き。

P1170099

  撮影 2009/1/17

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月25日 (木)

松阪市(三重県)の御城番屋敷 - 戦国時代の横須賀党の子孫

 

  御城番屋敷が建設されたのは幕末の文久三年(1863年)のことです。

そしてこの屋敷に住みついたのは戦国時代から勇猛で知られた横須賀党と呼ばれる武士団の子孫でした。

横須賀党は、現在の掛川市にある当時の武田勝頼方にあった高天神城を攻略すべく作られた横須賀城の城主の大須賀康高率いる武士団のことです。

大須賀氏率いるこの武士団は家康の家臣としてその後転戦しますが、1615年の大坂夏の陣の後、大須賀氏は世継ぎがいなくなり断絶となり、横須賀党は主家を失います。

しかし、この後横須賀党は家康の息子の徳川頼宣(よりのぶ)お付きとなり紀州に定着します。

ただ、現在でいう勤務地は紀州徳川家の付家老の安藤氏の紀伊田辺でした。

身分は紀州徳川家の直臣で安藤氏に対しては与力(力を貸す)という立場としての勤務です。

そして時代が下った安政二年(1855年)に「田辺与力」と呼ばれていたこの武士団に安藤氏の家臣にするという命令がでます。

これは紀州徳川家の直臣(直接の家臣)から陪臣(家臣の家臣)に格下げの意味ですから、これには抗議等しましたが受け入れられず、結局彼らはこれを潔しとせず、浪人の道を選びます。

その後、再仕官できるように運動をした結果、6年後に再び藩に戻ることができ、このときに松阪の城番となります。

こうして松阪の今に残る御城番屋敷に住まうことになったというのが経緯です。

 

  そして、すぐに明治維新となり武士は廃業の憂き目となりますが、彼らは政府からの廃業保障として得たお金(歴史用語ですが忘れました)で「苗秀社(びょうしゅうしゃ)」を作り様々な会社事業を行い、現在も合資会社「苗秀社」として活動を継続しています。

現在は直系の子孫11名で構成されているそうです。

 

    旧参宮街道から、方向的には南西になりますか、駅とは反対側に入って行きますと小学校があります。

   そこを右に見ていくとやがて武士屋敷の雰囲気の生垣が連なる殿町(旧・同心町)に出ます。

P6180021

   

   上の道を右に折れます。

   そして少し左よりに行くと松阪工業高校前に。

   道のかなたに松阪城の石垣と木の茂みが見えます。

P6180023

   高校の前を行き過ぎると松阪神社の鳥居の前に。

P6180024

   

   右手方向にすぐ御城番屋敷。

   左右に長屋形式の屋敷が。現在は平成の大修理の真っ最中。

P6180025

   

   もうお城の石垣が近いです。

P6180026

   

   すぐお城の裏門です。

   この右手には土蔵。

P6180028

   

   公開されている土蔵。

   本居宣長旧宅あたりにあった米倉を明治初期に現在地に移したらしいとか。

   土蔵に備え付けのパンフレットに書いてありました。

   見学無料。

   一室だけ入れます。

   中には横須賀党から苗秀社までの歴史が写真と共にパネルになっています。

Pict0079

   

   もう一度振り返ります。

   右手一番手前の一戸は公開されていると聞いていましたがどうも工事中のようでした。

Pict0080

   

   お城の石垣の上から。

   雨が一時強くなった時間ですね。

Pict0086

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月24日 (水)

松阪(三重県)の町を散策 - (松阪商人と本居宣長ゆかりの町)

 

  田丸から戻り、松阪の町を散策しました。

松阪は私にとっては二回目の訪問です。

以前に訪れたときはあまり下調べをすることなく歩いて廻りましたが、印象に残っていたのは、お城跡と本居宣長記念館、鈴屋(すずのや)ぐらいでした。

今回は結構下調べをして臨みました。

 

  松阪の見所はいくつもありますが、以下のような点に絞り込むことができます。

まずは松阪城跡。

私にとってはこれが目的ですからこれは外せません。

二つ目は御城番屋敷で、歴史的に調べてみるとかなり深いものがあります。

次に本居宣長に関するもの。

「本居宣長記念館」は必見で、移築された旧宅の「鈴屋(すずのや)」と旧宅跡も見ておきたいですね。

そして市内に散在する古い豪商宅や三井家発祥の地とか、お寺等の文化財があります。

また、最近は旧街道を訪ねて歩く人も多く、旧参宮街道や旧和歌山街道も見所です。

さて、私が今回巡ったコースは定番的ではなく、むしろ真逆に巡りました。

今日の写真は普通は一番最初に訪れるスポットなんですが、今回わたしは一番最後に見て廻ったところです。

   

   松阪駅前から駅前通りを。

P6180017

   

   駅前通りの一つ目の信号のある交差点から松阪駅を。

P6180018

   

   一つ目の交差点を右に折れて行きます。

   左側にはお寺が並びます。

P6180019

 

   上の道を行きますと下の地図の左右にのびる大通りの「大手通り」に出ます。

   「大手通り」の手前でちょっと迷いますが基本的にまっすぐ行けば出ます。

P6180039

   

   大手通り。

   突き当たりに松阪城があります。

   その手前右手に松阪市役所。

   一つ目のここを右に折れると三井家発祥の地。

   二つ目を右に折れると長谷川家と本居宣長旧宅跡です。

   この交差点の左右の道が旧参宮街道です。

   私は今回ここを左に折れ魚町界隈から松阪工業高校前、松阪神社、御城番屋敷とたどりました。

P6180041

   

   三井家発祥の地。

Pict0114

   

   江戸時代の豪商の長谷川邸と街並み。

   この道すじだけ電柱が無く景観に配慮されています。

   はるかに見える電柱はもう川沿いに出たところです。

P6180038

   

   長谷川邸の逆方向から。

   車が見えるのが「大手通り」です。

Pict0111

   

   長谷川邸の斜め向かいにある本居宣長宅跡。

Pict0109

   

   旧参宮街道沿いを歩いていたら奥に見つけた岡寺山継松寺。

   一枚下の写真は龍華寺。

   それぞれ市指定の文化財を多数保有されています。

   お寺さんは、他にも多数あります。

P6180042

P6180046   

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月23日 (土)

甚目寺町 - 甚目寺(尾張四観音のひとつ)

 

  今年の2月1日に名古屋駅から「あおなみ線」で荒子観音、近鉄と名鉄で弥富乗換えで津島神社、その後名鉄尾西線、津島線で甚目寺の甚目寺観音へ行ったときの写真です。

過去の2月にその記事は何回かに分けあげました。

  甚目寺観音は荒子観音、笠寺観音、竜泉寺観音と共に江戸時代から尾張四観音のひとつとして名古屋の人から篤く信仰されてきました。

名古屋では名古屋城を中心として東西南北にある尾張四観音を方位寺としています。

北が甚目寺観音、南が笠寺観音、東が竜泉寺観音、西が荒子観音です。

  で、「歳徳神(としとくじん)」という大吉の神様のその年のいらっしゃる方向が「恵方」と言うそうで、毎年その方向は変わり、その方向にある観音寺がその年の恵方寺となるそうです。

今年(2009年)は恵方が東北東で恵方寺は竜泉寺となります。

なお、名古屋で観音様と言えば大須観音ですが、大須観音は同じように名古屋の人から篤く信仰されてきましたが、四観音ではありません。

   

  名鉄津島駅の尾西線経由の一宮行き。

P2010025

   

   甚目寺駅。

   名鉄本線の急行停車駅の須ヶ口から津島線で一つ目の駅です。

P2010048

   

   甚目寺駅前。

   右手が上の写真。

P2010080

   

   甚目寺の東門から駅の方向を。

   少し行って左に折れると駅前に出ます。

P2010079

   

   お寺のシンボルであると共に町のシンボルでもある三重塔。

Pict0053

   

   お寺の東門を境内から。

P2010077

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月16日 (土)

遠州鉄道 西鹿島駅 - (大河の前で終着駅に)

 

 遠州鉄道の現在の鉄道線は最初鹿島線として開業し、後に二俣線となります。

最初の開通は1909年ですからずいぶん古いですね。

で、全線が開通したのは1927年(昭和2年)。

全線開通の4年前には電化が行われています。

 一方現在の天竜浜名湖鉄道は1940年に旧国鉄の二俣線として全線開通しています。

こうしてみると旧国鉄が天竜川に架橋するまで遠鉄(当時はこの社名ではない)は大河であるが故に天竜川に橋を架け、二俣まで延伸することができなかったということですね。

 実はこういうケースは他にも私の身近にあります。

先日紹介した養老鉄道の揖斐線がその良い例です。

終着駅である揖斐駅は、揖斐川の手前にあり、揖斐川の町は川の向こう側です。

もうひとつは、もう廃線になってしまいましたが、名鉄の八百津線という路線です。

八百津線は、現在の広見線の新可児の次の駅の明智という駅から分岐して八百津という駅までの比較的短い路線でした。

この路線も木曽川の手前に駅があり、八百津の町は木曽川の向こうがわでした。

大河に橋を架けるというのは、技術的問題もさることながら、そういう工事が採算的に見合うかも視野に入れますから、会社としては躊躇せざるを得ないんでしょうね。

      遠州鉄道西鹿島駅。

      天竜浜名湖線の西鹿島駅は右手の方に。

P1070016

P1070019

P1070025

  撮影 2009/1/7

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月12日 (火)

長浜 大通寺まで市内散策 - (休日の長浜旅行)

 

   長浜駅の西口側にある長浜城、長浜鉄道スクエアを訪れた後は、東口側に出ていよいよ長浜の街を散策します。

土曜日とあって観光客がずいぶんと出ています。

駅前通りを左手に入ると黒壁スクエアと呼ばれているお店がおびただしくある地域に入ります。

土産物屋さんや食べ物屋さん、体験型施設、大変にぎやかで歩いていても飽きさせません。

今年は、NHK大河ドラマのでの直江兼続にあやかり、兼続と盟友関係にあった石田三成を前面に押し出し、長浜をアピールしています。

いうまでも無く石田三成は長浜出身です。

長浜はとても商売上手ですね。

ちなみに江戸時代の長浜は彦根藩領であったそうです。

   

  長浜駅東口(伊吹口とも)。

P5090024

アーケード商店街も巻き込んで一帯が観光エリアです。

P5090025

古い建物と江戸時代の商家風にこしらえてある新しいお店屋さんが混在して、なかなか考えられています。

Pict0023

長浜御坊大通寺の門前です。

P5090043

山門。1841年のもの。

P5090030

大通寺本堂。

国重文指定です。

左手に廊下伝いに行くと重文の大広間があります。

こちらは有料で500円。

P5090035

  撮影 2009/5/9

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月17日 (金)

彦根城 - (お濠端の桜)

 

 大津坂本からの帰り、ひょっとしたら夜間照明で入場できるかも知れない、と期待して彦根城へ行ってきました。

もう夕方の5時過ぎでした。

彦根駅前の大通りをまっすぐに進むと護国神社に行き当たります。

神社を通り抜けしても良いし、鳥居の前で左にまがってっも良いのですが、これで外堀に出ます。

初めて来た方は神社の通り抜けをせずに直接左に曲がって、お濠端の角あたりに立ってみて下さい。

櫓越しに天守の見える位置の定番撮影スポットが少し左よりにあります。

  

     彦根駅から駅前通り越しに天守閣が見えます。

  夕方の西日で画像が飛びました。

P4090004

駅前の彦根藩初代藩主の井伊直政の像。

P4090005

護国神社の前の鳥居。

P4090008

まだ外堀です。

P4090010

内堀の三枚です。

橋を渡ると拝観入り口がありますが、行ってみると、もう職員が「お疲れ様」などと声をかけながら自転車などで帰っていかれました。

ですが、人は結構多く出ていました。

P4090015

P4090016

P4090014_2

     撮影 2009/4/9 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月16日 (木)

松江 月照寺 - (松江藩主松平家の菩提寺)

 

 3月末から4月はじめにかけて山陰を旅行した際に松江を最初に訪れましたが、過去記
事では松江城、塩見縄手の街並みは紹介しましたが、実はもう一箇所月照寺というお寺を訪れています。

このお寺は松江藩主松平家の菩提寺で、初代の直政が生母の月照院の霊牌を安置するために、以前からあったお寺を再興したのが始まりといいます。

松江松平家十代の内、初代直政から九代目までの廟所が広い境内に点在します。

最後の十代目だけは他のお寺ということです。

また月照寺は、アジサイ寺として有名だそうです。

1時間に三本の間隔で運行されているループバスの停留所が門前にあり、交通アクセスは便利です。

一乗車200円。一日乗車券は500円です。

 

  拝観料を納めてここの門から入ります。

  拝観料500円。

  また、ループバスの一日乗車券による拝観料の割引特典の対象外なので気をつけましょう。

P3310067

P3310069

初代直政公廟所。

P3310070

P3310087

月照院墓所。

P3310086

広い境内に門と廟所が点在しています。

P3310082

P3310090

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月 8日 (水)

笠寺一里塚(名古屋市南区) 笠寺観音から東南600m

 

 尾張四観音のひとつ、笠寺観音のすぐ脇を旧東海道が南北にのびています。

この笠寺観音から旧東海道を東南に600mぐらい歩いた所に笠寺の一里塚があります。

名古屋市内では唯一残る旧東海道の一里塚と聞いております。

現在旧東海道の西には広い通りができていますが、どうやら東海道の道は抜け道になっているようで、車の通行量が非常に多かったです。

   

 左の石垣が笠寺観音の境内です。

 木立に囲まれて見えにくいですが、多宝塔があります。

 向こうにのびていっているのが 旧東海道。

Pict0012

旧東海道を南に向かっています。

Pict0034

P3260007

笠寺一里塚。

立派なエノキの木です。かなりの古木ですね。

左手の道路が旧東海道。

Pict0037_2

笠寺観音の最寄の駅、名鉄の本笠寺(もとかさでら)駅。

パノラマスーパーが通過していきます。

豊橋方面への特急です。

なお、JRの笠寺駅は観音様からは約15分の距離です。

Pict0064

  撮影 5枚とも 2009/3/26

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月 4日 (土)

塩見縄手-松江  (松江城の北の古い町並みと通り)

 

 松江城の搦め手(裏口)を行くとお堀端に出ます。

このお堀端の約500mの道に古い武家屋敷や小泉八雲の旧居などが連なり、伝統的な雰囲気がかもし出されています。

この道は「日本の道100選」にも選定されています。

 

  搦め手の石垣を横目にみてさらに北に道をとると、松江護国神社、城山稲荷の脇を通り、やがて「搦手虎口跡」の碑が立つお堀をまたぐ橋に出ます。

  遊覧船がのんびりと行きかい陽気も良くなってきました。

  もうひとつ橋を渡って行くと交差点があり、そこから塩見縄手の道が東にのびます。

P3310032

P3310036

P3310038

P3310039

P3310045

ループバスが出て行きます。

交通量は結構多いですね。

ベンチなどもありますから、お堀を行く遊覧船などを眺めながらゆっくり休憩してもよいです。

P3310049

P3310052

車が途切れた瞬間を撮りました。

お堀端にベンチがあります。

P3310056

共通拝観券で入場できる武家屋敷。

これ以外にも別途有料の拝観場所もありますが、ループバスの「一日乗車券」の割引対象外なので気をつけましょう。

遊覧船は割引になります。

P3310057

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年3月15日 (日)

墨俣 (宿場町としての墨俣)

 

 墨俣は、秀吉の一夜城で有名ですが、美濃路の宿場町という側面もあります。

町の南側のバス停から東に向かうと長良川の大橋に出て、堤防沿いの町の東側の橋から入ります。

Pict0054_2

美濃路の全宿場はこうなっています。

P3100059

墨俣への入り口。

この通りが美濃路です。

P3100058_2

入り口のすぐ南側(左に)に本陣跡の石碑があります。

P3100060

脇本陣前から入り口方向を。

P3100065_2

西に向かうと一度突き当たり、そこで北に向かいます。

その後ここの堤防に出ます。

美濃路は左へ、右へ行くと墨俣城模擬天守に行けます。

Pict0060

寺町。

いくつものお寺があります。

お城の資料館で町のジオラマを見ましたが、当時からお寺さんはありました。

が、今見てもどのお寺さんも建物は結構新しいです。

やはり、明治時代の濃尾大震災の影響でしょうか。

P3100081_2 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年3月13日 (金)

大垣駅と駅前 (美濃赤坂から戻って)

  

 美濃赤坂から大垣駅に戻り、今度は駅前からバスで墨俣に向かいます。

大垣を中心に運行されているバスは、名阪近鉄バスという近鉄系のバス会社です。

美濃街道の宿場町で、秀吉の一夜城で有名な墨俣は、現在は大垣市の一部となっています。

大垣中心部と墨俣の間には瑞穂市などの市町があるので、いわゆる飛び地の形になっています。

墨俣へは駅前からバスで25分から30分。

30分から1時間の間隔で出ています。

終点は岐阜市側にある聖徳学園大学まで(一部は岐阜流通センター南口まで)。

なお、岐阜市側からは、岐阜バスが墨俣終点で、ほぼ1時間に3本の間隔で運行されています。

    

   大垣駅7番線の樽見鉄道本巣行き。

P3100001

4番線に入線するホームライナー。

P3100007

大垣駅のビル。

P3100051

大垣駅前の緑の多い駅前通り。

P3100052

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年3月 9日 (月)

大和路線(関西線)と大和川

 

 大阪府柏原(かしわら)市の大和川と関西線です。

  奥の方が上流で、奈良県の王寺に出ます。

P3250001

撮影 2008/3/25

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月31日 (土)

街の中の洋館

 見知らぬ街を散策していて、偶然に古い洋館を発見したりすると、ちょっとうれしくなります。

今回、丸亀の街を歩いていて、アーケード街の中にそんな建物を見つけました。

現役の銀行でしたが、時代は比較的新しく、保存状態はもう一つでした。

こういった洋館や古い建物は、町によっては観光の目玉として宣伝している所もあります。

が、まだまだ埋もれている建物があって、そんな興味をもちながら、街を散策してみるのも良いですね。

P1170023_3

                                              撮影 2009/1/7

岩手銀行中の橋支店(旧・盛岡銀行本店)

     東北をはじめとして、全国でこういった洋館は大切にされています。

Img737_3

岩手銀行コンピューターセンター(旧・第九十銀行)

   この写真の頃はコンピューターセンターでは無かったと思います。

Img738_2

                                      上記二枚 撮影 1991/9/16

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月16日 (金)

JR岐阜駅  冬の朝

   冬の朝の岐阜駅です。

広角レンズでビルが傾いて見えます。

駅前は、まだ再開発の工事中。

P1070001

   岐阜駅5番線 通常、普通電車 が発着します。

    電車は岐阜発豊橋行き普通。

P1070004

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月 6日 (火)

伊吹山  神の宿る地域の山

   どこの地域に行っても、そこの地域に崇(あが)められている神聖な山々というものがあります。

特に高い山には神が宿っていると信じられており、皆さんの地域にもそんな山々が存在していると思います。

日本で、その最たる山が富士山ですね。

私の住んでいる岐阜から西美濃にかけてや、北近江にかけてのそういう山が伊吹山です。

      近江柏原(かしわばら)からの伊吹山

P3090021

                                                                                                           撮影 2007/03/09

  近江長岡の伊吹山と新幹線

Img679

                                              撮影 1999/03/01

   近江長岡駅にて

Img686   

                                                                                                          撮影 1999/03/01

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月 1日 (木)

賀正 今年もよろしく

 明けましておめでとうございます。

  今年もよろしく。

 ミニ鏡餅

Pc310001

  名鉄岐阜駅 2200系車庫入り

Pc240037_2

  岐阜といえば鵜飼い(うかい)。 (「うがい」とは地元では言わないです)。

  観覧船が船溜まりで春まで休憩。

Pict0009_4

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年12月31日 (水)

名古屋  熱田神宮

 名古屋の熱田神宮です。

名鉄の神宮前駅のすぐ前にあります。

初詣の人出が毎年全国で五位から七位の間に入る、東海地方では豊川稲荷と共に有名な神社です。(ちなみに豊川稲荷は、厳密にいうとお寺です。)

  では、良いお年を。

    拝殿。

Pc240033

   拝殿の前の鳥居です。

Pc240032

駅前。歩道橋を降りると神宮の東口です。

正門は南にあたります。

Pc240035_2

歩道橋と駅ビル。

Pc240034

Pc240036

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年12月26日 (金)

名古屋 熱田湊常夜灯

 名古屋の名鉄神宮前駅から、南へバスで5、6分、歩いて二十分ぐらいで内田橋という

所に出ます。

ここの川沿い(運河沿い?)を右に(西に)行きますと、

東海道宮宿の七里の渡しの「熱田湊常夜灯」があります。

今回はその写真です。

先日、行く機会がありました。

Pc240013

その立て看板です。

Pc240014

紛(まぎ)らわしいのですが、大きい木造の建築物は「時の鐘」で、常夜灯ではありません。

Pc240026

対岸からズームで。

Pc240007

船着き場風の出っ張りから写しました。

Pc240021

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年12月12日 (金)

岐阜市内線  (百年の計を誤った現市長)

 岐阜現市長が市岐商存廃(立命館一貫校の導入)問題で辞任しました。

この問題が岐阜の百年の計に影響するとおっしゃり、選挙で民意を問うと主張されています。

 しかし私からすれば、この市長はすでに、公共交通のすべて(電車、市バス)を放棄した時

点で百年の計を誤っておられます。

        在りし日の岐阜市内線

Img254 Img444 Img084 Photo

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年12月 5日 (金)

岐阜公園の紅葉ー2008年

  天気の良い日に長良川河畔にある岐阜公園に行ってきました。

岐阜市の北の方に用事があったので、バスに乗って北から入って、長良橋の北詰で降り、橋を渡って岐阜公園に到着。

 紅葉はあきらめていましたが、以外に残っていました。

名和昆虫博物館の横をとおり、岐阜大仏をはじめて拝観しました。

地元の人でここに行った人は少ないのではないでしょうか。

昆虫博物館は子供の時に行ってその数に驚いた記憶があります。

お城のある山頂には登りませんでした。

また、橋の南詰めを降りて西側の道を南西に下ると、古い町並みの残る玉井町があります。

Pict0006 Pict0023 Pict0017

Pict0018

名和昆虫博物館入り口 

Pb260004

岐阜大仏の建物  大仏自身江戸時代の後期のもので

             文化財的には?

Pb260009

岐阜大仏。 籠(かご)大仏という別名も。

Pb260011 Pict0039

長良橋の上から

Pict0048

帰りの通りで

Pb260014

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月26日 (木)

岐阜市の郊外

 厳密には郊外ではありませんが、中心部からは離れた地域の写真です。

最近は旅行に行く機会が無く、かといって、過去に行った旅行の写真をあげるのも、もうひとつですし。

岐阜市の郊外の南東側からみた岐阜城

P5150002

上の写真の近くの名鉄各務ヶ原線

P6180002

名鉄各務ヶ原線の田神駅付近から岐阜駅の方向を

P6180003

名鉄各務ヶ原線田神駅

P6180004

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月19日 (木)

梅雨の晴れ間 駅周辺(岐阜)

 梅雨の晴れ間に、岐阜駅周辺を歩いてきました。

この間も書きましたが、駅前再開発も少しづつ落ち着いてきました。

四十三階建てのビルが駅前広場の西に建てられましたが、これでもって、市が岐阜をどんな方向にもって行こうとしているかは、窺い知れません。

大きな産業も無く、観光で生きるのか、どうしたいのか良く解りません。

さて、梅雨はこれからが本番ですね。

体調には気をつけて下さい。

  岐阜駅ビル

P6170002

名鉄岐阜駅にて  2200系

P6170005 P6170007

 岐阜シティタワー43

P6170008

名鉄各務ヶ原線岐阜駅 一面二線プラス一線 右2200系と奥は5000系でしょうか

P6170009

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月29日 (木)

5月の岐阜城(2)

Pict0003 Pict0005 Pict0007

  

一昨年の5月の写真ですが、天気は良くなかったみたいですね。

岐阜駅から少し西へ行った所にある病院の屋上から撮った写真です。

下の二枚の写真は、大垣方面からやって来てもうすぐ岐阜駅、という写真です。

当時から岐阜駅前は再開発事業で工事が行われていて、ちょっとグチャグチャな感じでしたが、駅前の43階の高層ビル「岐阜シティタワー43」もオープンし、少しずつ落ち着きを取り戻しつつあります。

岐阜駅再開発の概要などはこのサイトで。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月22日 (木)

5月の岐阜城

 ちょうど二年前の五月の岐阜公園です。

この時は、山上へは行きませんでしたが、山上からの眺めは絶景ですよ。

ロープウエイがありますので、それを利用するのが良いと思います。300mを登るのはなかなか大変です。

岐阜公園から北の方向に散策しながら行くと長良川に出ます。

岐阜公園は信長の居館跡につくられたものですから、遺跡として見学するのも良いと思います。

公園には、JR岐阜駅前および名鉄の新岐阜駅前からバスが頻繁に出ています。

私が小さい頃は、チンチン電車で行ったものですが、なくなってしまったのは残念ですね。

Pict0010

Pict0003 Pict0006

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月29日 (木)

京都の塔

 京都にはいうまでもなく寺院が多く、したがって、私の関心事である塔も多数存在します。

塔だけを写真に収め、塔を趣味にしている人は、結構多いと思います。

検索をしてみても、塔のサイトもけっこうありますよね。

私も、地方へ行くときは、メインは鉄道とお城なんですが、塔があると聞くと少し時間を割いてでも、そちらに足を伸ばします。

もともと神社仏閣自体に興味があるわけですから、当然、塔にも興味は向けられますよね。

真如堂

Img332_2

真如堂の三重塔

Pc170017

清水寺近くの三年坂(産寧坂)

Img018_2

八坂の塔

Img015_3

清水寺の子安塔

Img016

清水寺の三重塔

Img017

清涼寺(嵯峨釈迦堂)

Img458Img020

清涼寺の多宝塔

東寺の五重塔

Img021

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月20日 (木)

大阪住吉大社

 大阪で初詣と言えば住吉大社です。 そんな話を聞いて、住吉大社とはどんな所だろうと思いながら、訪れたのがこの写真です。2002年の写真です。

  以外にも境内はそんなに大きくなく、正月に訪れる初詣客は押すな押すなの様子が思い浮かべられます。

住吉大社は本宮が四つあり、第一から第三本宮が縦列に並び、第四本宮だけ第三本宮の横に並列してあり、珍しい並びだそうです。

 国宝に指定されています。詳しいことは、こちらの住吉大社のホームページを参考にして下さい。

交通アクセスは、南海電鉄の本線で難波、もしくはJR環状線の接続駅の新今宮から五駅目、もしくは四駅目で、普通のみ停車の住吉大社駅です。 またチンチン電車の阪堺電車でもいけます。阪堺電車の情報はこちらから。

Pc040001 Pc040007 Pc040004 Pc040015 Img703

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月18日 (火)

信州の鎌倉 上田

 信州の上田には都合三回訪れています。

最初に訪れたのは1999年で、二回目が2004年、そして三回目が今年です。

最初の1999年は上田城のみで、その他には全く寄ることも無く、長野から新潟の方面に抜けて行きました。

そして二回目の旅行は、今年と同じルートで、高崎、横川、碓氷峠越えの軽井沢のルートです。

 この時は、始めから、いわゆる「信州の鎌倉」といわれる、上田電鉄沿線にひろがる文化財を巡る旅でした。

一日目は、軽井沢から小諸に入り、小諸を中心に巡り、その後上田の一つ前の信濃国分寺駅で下車し、信濃国分寺の三重塔を見てきました。

そして上田で二泊して、上田交通(最近上田電鉄と改称)の塩田町で下車のシャトルバスとハイキングで塩田平の文化財巡り、その後、別所温泉の文化財を歩いて巡りました。

あくる日には、バスで青木村にある大法寺の国宝三重塔を見学して、大阪に帰りました。信州の鎌倉に関するサイトは多いので、「信州の鎌倉」で検索するとたくさん拾えますのでさがしてみて下さい。

信濃国分寺三重塔

P1010009

P8050015

上は大法寺国宝三重塔(青木村)

安楽寺国宝八角三重塔(別所温泉)

P8040008

P8040042

上は前山寺重文三重塔(塩田平)

塩田城跡の碑

P8040043 P8040055

塩野神社

P8040059

上田電鉄上田駅

P1010012

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月23日 (木)

大和西大寺

  所用で近鉄奈良線に乗る機会がありましたので、ついでに大和西大寺で下車して、西大寺を拝観してきました。

近鉄奈良線は、難波を始発として普通、区間準急、準急、急行、快速急行と有料座席指定の特急からなっています。

最初は、奈良まで行くつもりが、急に心変わりして大和西大寺で降りて、歩いてすぐの西大寺に行ってきました。

ほんとにすぐの所にあります。

西大寺では、建築物より、像に重文が多く、また本堂前にある創建当初の東塔跡が一見の価値があります。

駅から奈良方面に行くと平城宮跡があり、西大寺駅の西となりに在る貸し自転車屋さんの自転車を使うと便利です。

難波行き快速急行(大和西大寺駅にて)

P8140017

奈良行き快速急行(大和西大寺駅にて)

P8140018

西大寺東門

P8140001

西大寺東塔跡

P8140004

西大寺伽藍案内図

P8140003

東塔跡と本堂

P8140008

西大寺本堂

P8140005

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年5月31日 (木)

大阪城を散策

 久し振りに大阪城をブラブラしてきました。

思い立った時が陽ももう高くなっていましたので、大阪環状線の森ノ宮駅に降り立ったのは、お昼でした。

森ノ宮の交差点から公園に入って、お濠端に出た時には、すでに付近のサラリーマンやOLの人々が三々五々休憩したり、弁当を広げたりと賑わっていました。

一番近い入り口である、玉造口からは入らず、最初に一番櫓を右にのぞみ、次に南外濠を同じく右に見ながら、大手門の方に向かいます。(地図参照)

正面には、NHKの大阪放送局のビルがそびえています。

大手門と千貫櫓の間に天守閣がちらりと見え、そのまま大手門、桜門とくぐり、巨大な石垣を過ぎると、天守閣広場に出ます。

様々な外国人の言葉を聴きながら、天守の西側を北にやり過ごし、北の内濠に架かる極楽橋を渡って、外濠を横切る青屋門から出ました。

そのあと、大阪城ホール前を進み、水上バス乗り場付近で右折し、大阪城公園駅に出ます。

このあと、蛇足で近鉄大阪線の始発駅、上本町(うえほんまち)駅に寄りました。

とにかく、爽やかで良い天気でした。

近鉄上本町駅

Pict0042_2 Pict0041

JR大阪城公園駅

P5270003_1

外濠にのぞむ六番櫓

Pict0006_3

大阪城天守閣

Pict0024_1

千貫櫓と多聞櫓の間から天守

Pict0011_1

大手門

Pict0013

NHK大阪放送局

Pict0009_9

大阪市立博物館

Pict0026

Pict0021

Pict0023

Pict0033

Pict0035_1

Pict0038_3

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年5月27日 (日)

斑鳩の里

 今日は、何年か前に行った斑鳩の里のうち、法輪寺と法起寺の写真をアップします。

法隆寺を訪れる人も、その北にある法輪寺と法起寺を訪れる人は意外に少ないように思われます。

法隆寺の中心部から中宮寺の方向、すなわち東の方向に参道を進みますと、東大門に行き当たります。

道一本挟んで、向かい側に中宮寺の夢殿があります。

この道を、北へ向かい、そうですね、十分か十五分歩くと法輪寺の正面に出ます。

法輪寺にも三重塔がありますが、これは比較的新しいものです。(1944年に雷で消失。1975年に再建。)

ずっと昔に私が訪れたときは、三重塔はありませんでした。

法輪寺のホームページです。

一方、法起寺は、この法輪寺から更に東に行きます。

こちらは、法起寺のホームページです。

沿革や由来、日本最古の三重塔の様子などは、ここを参考にして下さい。

更に、東に向かって行きますと、慈光院というお寺があります。

もし、法起寺から法隆寺に戻らずに、JR大和小泉駅の方へ抜ける道をとられるならば、
ぜひとも、大和小泉藩のお殿様が造った庭園を、観賞されるのも良いと思います。

慈光院のホームページです。

法起寺です。

Img542

Img545 Img546

法輪寺です。

Img569 Img565

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年5月18日 (金)

大阪天王寺界隈

大阪のJRの南のターミナル、天王寺界隈の様子です。

大阪城と並んで大阪のシンボルとなっている、通天閣も天王寺から歩いてすぐです。

また北に歩くと、四天王寺があります。創建は聖徳太子ですが、現在の建物は比較的新しいです。

四天王寺のホームページです。

天王寺駅構内

P2230003

駅ビルからみた通天閣

Pict0001_14

駅ビルから西の方角、新今宮方面を

Pict0004_4

四天王寺とは大通りを挟んで反対側にある勝鬘院の多宝塔

Img856_1

南の堺方面、住吉大社方面に向かう阪堺電車

Img456_1

四天王寺五重塔

Img906_1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年5月10日 (木)

四国の城(マイナーなお城)

Img145 川之江城

Img129

鳴門岡崎城

Img314

高知中村城

Img593

  四国には良く行きますが、今日は、数ある四国の城の中でちょっとマイナーな城を紹介します。

一枚目の川之江には、碑のように仏殿城という城がありましたが、1585年の秀吉の四国攻めの折、落城して、翌年には廃城となりました。

鳴門の岡崎城は、阿波九城の一つとしてありましたが、蜂須賀氏の入国後の元和元年(1615年)の一国一城令により廃城となりました。

土佐中村城は、一条氏五代百年の居城でしたが、長宗我部氏、山内氏と渡り、これも一国一条令により、廃城となりました。

この他にも、阿波川島城、同じく阿波日和佐城などがあります。

お城のサイトは、ここが詳しいです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月28日 (土)

尾道を散策

千光寺

Img912 西国寺三重塔

Img887 西国寺仁王門

Img890 西国寺

Img880_1 尾道の坂道

Img945

  浄土寺

P4100006_2

天寧禅寺三重塔

P4100028_1

私が初めて尾道を訪れたのは、十数年前になります。

その時は、新幹線の切符を購入する折りに、何を間違えたのか、新尾道というところを新倉敷までの切符を買ってしまいました。

当日、9月の平日だったと思いますが、とにかく新倉敷まで行き、そこから快速サンライナーで福山まで、その後尾道まで各駅停車で尾道に降り立ちました。

すぐに駅前からバスに乗り、多くのお寺のうち最も東にある浄土寺まで、一気に足を伸ばし、そこから順繰りに駅に向かって戻ってくる、普通とは反対の順路を取りました。

各々のお寺の様子は、写真をご覧下さい。

浄土寺から出発して、遊歩道を歩いたり、遊歩道を外れたりしながら、まず西国寺を訪れました。

その後ロープウエイの駅に向かい、そこから、まず山頂に登ってから、中腹にある千光寺へ、更に降りると、天寧禅寺の三重塔にたどり着きます。

ここで、大切なのは、先にロープウエイで山に登るのが賢明だということです。

急ぐ方は、この四寺だけでも見所満載ですが、季節によって花のお寺もありますから、
次のホームページがわかりやすいと思います。

MAPもありますよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月19日 (木)

山陽旅行(後)

P4100023 Pict0080_1 Pict0071_2 Pict0067 P4100014 P4100027 P4100025 P4100017_8  岡山を後にして、快速サンライナーで福山へ向かったのはもう11時前でした。

45分で福山に着きます。

 快速サンライナーは旧国鉄時代に作られた117系の4両編成です。

転換クロスシートなので、一応快適です。

福山城は駅の北にほぼ隣接してあり、駅の北口を出るとすぐに道一本はさんで、城の石垣になっています。

西端にある階段を上りきると、大きく重要文化財の伏見櫓が立ちはだかります。

それを、左にやり過ごして進むとすぐに鉄筋(くろがね)門をくぐり広場に出ます。

そうすると真正面にすっくと福山城があらわれます。

堂々とした大きさの福山城です。桜も満開状態でした。

ここで、岡山駅で買った駅弁を広げました。

本当に、良い天気です。

福山での滞在は一時間ちょっと。

ここから更に西に向かい、尾道まではすぐでした。二十分です。

尾道は、本格的に観光しようとすると、丸一日かかります。私が、前に尾道を訪れたのは1991年でした。このときは、本格的に廻りましたので、5,6時間を要したと思います。

今回は、ちょっとはしょって、国宝の本堂、同じく多宝塔のある浄土寺、そして三重塔のある天寧寺を中心に、お寺めぐりをしました。

写真は上から、「山陽本線下り普通列車(尾道ー東尾道間)」、「福山駅の快速サンライナー」

「福山城天守閣」、「福山城伏見櫓」、「国宝浄土寺多宝塔」、「天寧寺三重塔」、「宝土寺の桜」、「海龍寺の桜」です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月12日 (木)

山陽旅行(前)

Pict0002_3 Pict0048 Pict0010_7 Pict0038_1 Pict0061 Pict0066_5 火曜日に、岡山、福山、尾道と駆け足で、桜とお城とお寺巡りをしてきました。

前日にいつものように、神戸三宮からフェリーで高松まで行き、あくる日高松から快速マリンライナーで岡山に着きました。

岡山着6時30分。

当日大阪発6時の普通に乗って最短で岡山につけるのが、9時近いので、まあ、時間とお金をかけて、2時間ちょっとの時間を買ったいうことでしょうか。

すぐに、徒歩で駅前から電車路に沿ってまっすぐ岡山城へ向かいます。

この通りは、桃太郎大通りと言うそうです。

電車は一本目が南に折れていき、さらに行くと二本目が折れたところで、大通りが尽き、少し行くと川沿いに出ます。

この川沿いの、北側に後楽園が南側に岡山城があります。

なお、大通りは東西に伸びています。

以前来たときには、感覚的に南北だと思っていたので、混乱をした思い出があります。

さて、川沿いに少し行くと、南北両岸をつなぐ橋が架かっていて、南から北、つまり後楽園側に渡り、右に見える岡山城を写真に撮ることにします。

北側の川沿いの道は、川と後楽園に挟まれた路一本で、早朝のこととて、散歩やジョギングの人々がひっきりなしです。

この後、再び先ほど渡った橋を元に戻り岡山城へ、その後、また橋を渡り後楽園の裏門にあたる南口から後楽園に入園しました。

岡山後楽園のオフィシャルサイトはこちらです。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2007年4月 7日 (土)

桜の季節

Img087 Img083_2 Img093_1 Img092_1 Img099_1 Img103_1 Img115_1 Img121 Img106_1 桜の季節ですね。

今年は、残念ながら、花見がてらの旅行が、忙しくてできません。

次の月曜日、火曜日に時間が取れそうなので、最後の青春18切符二枚を使って、近場へ行きたいです。

2003年の春に、九州の秋月、佐賀、唐津を旅行しているので、そのときの写真を数枚アップしておきます。

二、三、四枚目が秋月、五、六枚目が佐賀城、七、八、九枚目が唐津です。秋月へは甘木駅前からバスが出ています。Img086_1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月30日 (金)

スルッとKANSAI3dayチケット

Img631 Img955 Img627  関西を旅行するのに、季節限定で発売の「スルッとKANSAI3dayチケット」は、関西に住んでいる人にとっては、とても便利な切符です。

関西二府四県(主として)のJR以外の私鉄、公営交通(地下鉄、バス)、バスが期間限定で、好きな日に、3日間乗り放題に使用できます。

価格は5000円(子供は2500円)。

期間は、春は3月中旬から5月中旬、夏が7月下旬から9月はじめ、秋が11月から12月25日までとなっています。

また、域外の旅行者には、通年で、3dayチケットと2dayチケットの二種類があります。

ここで注意点は、3dayチケットの場合には、連続3日間となります。

値段や、詳しい情報は、「スルッとKANSAI」のホームページをご覧になって下さい。

私が使ってみて、気がついた点を少々。

まず、近鉄で吉野へは行けないという事です。ただし、飛鳥までは行けます。

もうひとつ。奈良へは近鉄で入れますが、奈良での足である奈良交通が、未加盟で使えないことです。これはなかなか大きいですね。

不満といえば、この二点ぐらいでしょうか。

反対に、京都は、市バス、地下鉄 に加えて京都バスが全面的に使えるので、このチケットでの京都での使い勝手は抜群です。

姫路へも、大阪から阪神、山陽電鉄直通の特急で行けますし、高野山へも、高野山内のバスが、乗り放題です。

もちろん、南海や、近鉄の有料特急は、別途、特急券が必要なのは仕方ないですね。

私も、青春18切符が残り二枚となり、これを使い切ったら、スルッとKANSAI3dayチケットを使って、京都か高野山へ行きたいと思っています。

暇があるかな?

写真は、いずれも清水寺です。2002年の写真です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月23日 (金)

松阪の町とお城

Img889_1 Img888 Img901  松阪といえば、松阪商人とかを思い出しますが、私はなんと言っても、本居宣長を真っ先に挙げたいと思います。

江戸時代に、国学というジャンルを蘭学、朱子学、心学等の学問百花繚乱の中に大きく花咲かせた功績は大きなものがあります。

石垣しかない松阪城の跡に、本居宣長記念館と宣長がすごした家、鈴屋(すずのや)が移築、保存されています。

駅を出て、右手の方向に、南西にあたりますかね、寺の多い寺町を行きますと、三井家発祥の地とか、本居宣長旧宅跡などを、巡りながら松阪城跡へと向かいます。

地図を見れば手っ取り早いですから、ここから観光協会の地図に飛びます。

ほかに、見所といえば、御城番屋敷でしょうか。昔の武家屋敷です。Img902

今もほとんどの家には、住人が住んでいらっしゃいます。

端っこの一軒だけ、見学用に公開されています。

三枚目と四枚目が鈴屋(すずのや)、一枚目が、道を挟んで両側に並ぶ御城番屋敷の写真です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月16日 (金)

柏原つながり

Img649 Img644 Img774 Img772 Img760  前々回に滋賀県の柏原(かしわばら)宿について、述べましたので、柏原つながりと言う

ことで、昔は丹波国、現在は兵庫県の旧柏原(かいばら)町について書いてみます。

旧柏原町が属する丹波市は、2004年11月1日に旧氷上郡の六町の合併によって成立し、旧柏原町はその一部となりました。

そして、旧柏原町役場は、柏原支所と変わりました。

柏原は、江戸時代、織田藩の城下町でした。

城下町といっても、城は無く、陣屋がその代わりの藩で、最初の柏原藩を立藩したのは、

信長の弟の信包(のぶかね)で、三代続いて、石高は三万六千石でした。

その後、いっとき天領となり、17世紀のおわりに、別の系統(織田信雄系)の織田氏が藩を治めるようになります。石高は、二万石でした。

小さな町ですが、一部が残っている陣屋跡や、レトロな旧柏原町役場(現支所)や、

八幡神社の三重塔や、太鼓櫓など、歩いてめぐっていて飽きない町です。

また、大けやきの木の根が、川をまたぐほどに伸びている姿は、ユーモラスでもあり、神秘的でもあります。

柏原へは、大阪から福知山線丹波路快速で篠山口まで約一時間、篠山口乗換えで二十五分です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月14日 (水)

残念!東北は大雪

Img823_1 Img819  実は、昨日から東北、弘前に旅行する予定でした。

きのう夜、大阪を出発して、大垣から<ムーンライトながら>で東京へ、そして、その日の内に弘前へたどり着くはずでした。

しかし、この大雪で、盛岡からの高速バスが、高速道路通行止めで、一般道を使用しているために、2時間以上遅れていると、電話でバス会社の案内があり、かなり迷ってしまいました。

八戸、青森経由の鉄道を利用すれば、可能なのですが、それとて、羽越線などでは、強風のため、不通区間があると、JR東日本のホームページに掲載されています。

結局、ビジネスホテルをキャンセルして、旅行を諦めました。

大丈夫だったかも知れませんが、不測の事態があるかも知れませんしね。

まさかの、寒波でした。

一ヶ月前には、予想だにしませんでした。残念でした。

15日に、弘前を散策して、その日の内に新潟まで移動し、新潟からは<ムーンライトえちご>で、あくる朝、新宿へという予定でした。

自然には勝てませんし、次の機会にします。

写真は、1991年の弘前城です。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年3月 9日 (金)

近江柏原宿の京極氏墓所

P3090001 P3090002_2 P3090011 P3090019 帰省をしていて、大阪に帰る途中、今は米原市となった、柏原(かしわばら)宿に、途中下車しました。

先日訪れた、四国の丸亀の藩主、京極氏の墓所のある徳源院清滝寺へ行って来ました。

駅から2Km以上あります。しかし、雪の伊吹山を右手に見ながら、ブラブラ歩いていくのは、日差しもあり、気持ちが良かったですよ。

現在、柏原宿では、復元工事の真っ最中で、徳源院も含めあちこちで、工事が行われています。

もともと、京極氏は近江源氏の佐々木氏の流れをくみ、千二百四十二年に総領の佐々木信綱が没したときに、近江一国を四人の息子が分割し、北近江を支配した四男氏信が、京極氏を名乗りました。三男が、南近江を支配し六角氏を名乗ります。

このあたりについては、このサイトが詳しいです。

柏原の清滝寺の、京極氏の墓所の詳細などは、このサイトで。

左のマイフォトで探しにくかったら、アルバムはここから。

ところで、観光振興も良いですが、駅に、コインロッカー置いて下さい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月 5日 (月)

再び四国へ(後)

Pict0001_11 Pict0084 Pict0080 Pict0069  前回は、丸亀城までの、お話でしたが、この後、再び高松へ戻りました。

ところで、前回書き忘れましたが、三ノ宮での三ノ宮港までの連絡バスの乗り場が、変更になっていますね。

以前は駅の、南側の道路沿いでしたが、現在はそこから東の方向にある、ミントビルの高速バス乗り場(広いのですぐ分かります)の6番乗り場から出発します。参考までに。

さて、高松城には、重要文化財に指定されている二つの隅櫓が現存しています。

二つとも、料金を払って公園内に入らなくても、カメラに収めることができます。

公園内には、天守閣のあった、天守台が、それも立派なのが現存しています。

この後、岡山まで、瀬戸大橋線のマリンライナーで戻り、そのまま山陽路を抜け、大阪に帰りました。

昔は、岡山と姫路の間の区間は、この時期満員で、電車も席はボックス席でしたが、現在は、ほぼ、転換クロスシートに改造された車両で運行されていて、快適になっています。

もし、岡山発で、姫路までの列車であれば、途中の相生か、網干で降りて、相生では播州赤穂から来る新快速に、網干では、網干始発の新快速に乗車すると、楽に座ることができますよ。

そんなことは、皆さん、もう承知ですかね。

高松城については、いつもお世話になっているこのサイトを、参照して下さい。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年3月 2日 (金)

再び四国へ

Pict0003_4 Pict0004_1  去年の暮れに続いて、再び四国へ行ってきました。

といっても、現地に居たのは一日だけで、その日のうちに岡山に出、大阪に帰ってきました。

例のように、三ノ宮港からフェリーに乗って、前日の夜に出発して、朝早くに高松に着くというパターンです。

しかし、冬から春にかけてはフェリーにありがちな、風による遅れが出て、計画していた、一番電車には乗り遅れてしまいました。

最初の計画では、高松発四時五十八分の松山行き始発電車で、一気に川之江まで行き、川之江城へ、その後引き返して、丸亀へ、そして、時間があったら、高松城へというものでした。

今回は、なんと言っても、丸亀城が目的です。

実は、琴平も念頭にあったのですが、一日で、丸亀と琴平は並び立たないと思いました。

結局、丸亀をまず優先して、丸亀に着いたのは、まだ、六時三十分でした。

丸亀藩は、近江源氏である佐々木氏の流れをくむ、京極氏の本家筋にあたります。

京極家については、こんなサイトで参照して下さい。

そして、丸亀城といえば、その石垣の美にあります。

北の正面の、いずれも重要文化財である、大手二の門、大手一の門をくぐると、左手に天守のある本丸まで、一気にかけあがれる急坂があります。

また、右に順路を取ると、御殿表門を経て、搦め手への道となります。

時間のある人は、搦め手から登り、様々な石垣の表情を楽しむのも、一興かとおもいます。

文が長くなりましたので、このあと行った、高松城については、来週の前半にもアップしたいと思います。

例によって、ここからマイフォトのアルバムに飛びます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月21日 (水)

青春18切符

Pc160001_3 P3100001_3 今年の春、例によって、JRでは春の青春18切符を発売します。

今年はJR発足20周年を記念して、切符の値段が8000円と格段に安く提供されるのは、もう皆さんご存知だと思います。

つまり、1600円で一日中乗り放題という事で、私たちのように、毎年この切符を愛用しているものとして、特に今年の春は重宝しがいが有るというものです。

私が青春18切符というものの存在を知ったのは、1993年の山陰大旅行の折でした。

当時は、均一周遊券なる切符がありまして、指定してある地域内の特急、急行などが乗り放題という、便利な切符でした。ただ新幹線は一部を除いて利用できませんでしたが。

米子駅でしたか、ちょっと憶えていないのですが、外に出るときに切符の中央にボンと日付の印を押されてしまいました。
そして、再び入るときに他の駅員さんが笑いながら、「青春18切符と間違えられましたね」と、おっしゃったのが、初めてこの切符の存在を知るきっかけでした。

実際に、この便利な切符を使うようになるのは、もう少し後になるのですが。

というのも、何か若者が使う切符というイメージがあったのだと思いますね。

最近では、おばちゃんたちのグループが、これでよく旅行しているのを、車内でよく見かけますね。

という訳で、まだ利用したことが無い人にも、お薦めですよ。

年齢、性別、国籍、全く関係ありません。

写真は、JR東海の尾張一ノ宮駅。もう一枚はJR西日本の東羽衣駅です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月16日 (金)

帰省途中にある城

Img212_1 Img227 Img200

去ること七年前に、津城と清洲城へ行ってきました。そのときの様子を。

今では、清洲などは、清須市と名も変わり、清洲公園内には、御殿のような建物ができているそうです。

詳しくは、こちらをクリックして下さい。

まず、津のほうですが、近鉄を使用し帰省、帰阪するときは、必ずここを経ます。

JRと近鉄はほぼ並走して、互いに競っていますが、岐阜、豊橋間で、名鉄と並走するJRはなかなか強く、かなり乗客を名鉄から奪っていますが、こちらは、そうはうまく、いっていません。

まず、JR関西線は名古屋、亀山間が電化され、一部複線化が図られていますが、なにせ、近鉄に比べて運賃が高いです。

それに、近鉄は速い。この二点に尽きます。

さて、津城跡ですが、最寄の駅は近鉄の津新町という駅で津より大阪寄りの駅です。

JRを使う人は、津駅で近鉄に乗り換えて、次の駅で、特急以外は全て停車します。

津の歴史、津城については、ここのホームページを参照して下さい。

清洲城は、JRの清洲駅がもっとも近く、駅から歩いて10分から15分というところでしょうか。

清洲公園は私が行った、2000年当時とは随分変わったみたいですね。

写真は、またここからアルバムに飛びます。

| | コメント (0)

2007年2月 9日 (金)

帰省での途中下車

Img759_4 Img746_4  大阪から岐阜への帰省の途中は、いろいろ見所満載の地域です。

それだけに、様々なルートによって、様々な観光地、城、お寺、神社など途中下車の旅が、面白いですよ。

ルートとしては、東海道線で行くのが第一、第二が近鉄で名古屋まで行き、岐阜まではJRもしくは名鉄で行くもの。

そして、第三は関西線で奈良、加茂、亀山、名古屋と行くルート。

そして、今はもう、できなくなってしまいましたが、紀勢線で新宮まで夜行に乗り、翌朝、さらに新宮から紀伊半島を一周して、夜遅く岐阜にたどり着くという、暇と青春18切符が無いと、できない物好きなルート。

紀勢線の夜行は、本当に便利でしたが、今はなくなってしまい、大変残念であるとともに、南紀への旅が難しくなってしまいました。

写真は、那智の滝の遠望と紀勢線の花形の特急オーシャンアローです。

| | コメント (0)

2007年2月 1日 (木)

冬の大和郡山城とその街

Pict0006_2 Pict0009_6 Pict0010_6

冬の寒い中、大和郡山へ行ってきました。

大阪からですと、JRの南のターミナル天王寺から快速で二十八分。もう、次は奈良という位置です。

法隆寺駅が二つ手前です。

JRは西から北へと曲線を描いて、郡山の街の東よりを奈良へと向かい、そして、近鉄が郡山城のすそを、ほぼ南北に走っています。

JR郡山駅を降りて、西側に出、ロータリーを廻って北に歩いていくと、すぐに、左側に門のような入り口があり、プロムナード風の外堀緑地が続いています。

帰りに気づいたのですが、この道をたどれば郡山の複雑な路地を行くことなく、郡山城の方にいけたみたいです。

私はあえて、すぐにわき道の路地に入り込んで、勘で西に向かいました。

おかげで、老舗のお店も発見しました。

そうこうしているうちに、郡山市役所の前に出、すぐに、郡山城の追手東隅櫓の姿が飛び込んできました。

一枚目の写真がそれです。

二枚目が、その隅櫓の前を走る近鉄線です。

大和郡山の来歴については、ここでは述べません。ここを参照にして下さい。

例によって、今日のアルバムの写真は、ここから飛びます。

| | コメント (0)

2007年1月26日 (金)

岐阜にて

Pict0010_5 Pict0007_4 Pict0001_5 今週、実家のある岐阜に帰りました。という訳で、昨年の五月の岐阜公園の写真をあげます。

岐阜公園からロープウェイで山上に行くことができます。三分そこそこで行けます。

ただ、そこから少々歩いて登らなければなりません。

山上からの眺めは絶景です。

是非、岐阜へ来られたら、岐阜城へ行ってみてください。JR、名鉄ともに駅前からバスが出ています。かなりの頻度で出ていますので、不便は無いと思います。

岐阜市観光ホームページはこちら。
      バス、市内地図、いろいろ盛りだくさんですよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月18日 (木)

四国旅行(後)

Pc280018_6 Pc280030_3  高知城を一通り見終わると、市電で、高知駅へ向かいました。

電車は、はりまや橋で乗換券を貰ってのりかえます。

高知駅からは、土佐くろしお鉄道のオープンデッキつきの、きれいなカラーリングのディーゼルカーで、安芸を目指します。

後免駅まではJR線で、ここから東に向かって、安芸、奈半利まで土佐くろしお鉄道となります。

暫らくすると、右に海が望めるようになり、そのため、列車の南側に人一人通れるぐらいのオープンデッキが備わっています。

安芸駅のひとつ手前に球場前という駅があります。野球、特に阪神ファンならご存知の春にキャンプを行う安芸球場が、山側に見下ろすことができます。

この後、安芸駅で下車し、安芸城の跡と、五藤家の治めた武家屋敷の残る土居廓中(どいかちゅう)、また野良時計等を、ぜんぺん歩きで廻りました。

その様子は、アルバムで見て下さい。ここからアルバムに飛びます。

安芸を発って、後免駅から再びJRで、その夜のうちに高松まで、そして、深夜に高松東港から、翌早朝に三ノ宮港へと帰って来ました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月12日 (金)

四国旅行(中)

Pc280013 愛媛県の宇和島から窪川経由の高知まで、ほぼ四時間。

真っ暗な窪川駅に降りたのは、男性ばかりの五人でしたが、この五人はその後の高知までも同じ列車で、伴にします。

面白いといえば面白い、偶然とはいえ、皆の思いは一つだったのでしょう。

翌日、宿にしたビジネスホテルを出たのは、八時頃でした。ホテルは、はりまや橋近くでしたので、そのまま徒歩で高知城へ行きました。

一度、訪れたことがある高知城なので、驚きはありませんが、改めて眺めてみて、シュッと背伸びをしたような姿は、本当に独特の美を持っていますね。

ここに掲載の写真の場合、西から東に向かって撮りますから、このポイントでは午後の方がベターと思います。

アルバムはここをクリックして下さい。アルバムに飛びます。

アルバムの写真もクリックすると大きくなります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月31日 (日)

四国旅行(前)

 26日に自宅を出て、あくる27日の0時15分大阪発松山行きの「ムーンライト松山」にて、一路四国へ。

この列車に乗るのは、一年ぶりでしょうか。

今回は、禁煙席が取れず、やむなく喫煙席での旅となりました。

一枚目の写真が、松山駅でのムーンライト松山です。

その後、二枚目の写真の単行運転の内子経由八幡浜行きのディーゼルカーで、
内子へ。

内子でのアルバムの写真です。クリックするとアルバムに飛びます。アルバムから戻るときは左上のURLをクリックして下さい。

下の写真も大きくなります。

その後、伊予大洲へ。4枚目の写真がそうです。

ここは早々に切り上げて、宇和島に向かいました。ここも一両単行運転のディーゼル

結局、宇和島から、高知県土讃線の窪川までの2時間、窪川から高知までの2時間、
全て、一両単行運転でした。もちろん、すべてワンマン列車でした。

高知のビジネスホテルに着いたのは、10時半でした。

Pc270001 Pc270005 Pc270006 Pc270007

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月26日 (火)

今晩から四国へ

Img695 今日から四国へ行ってきます。

左の写真は丸亀城ですが、今回は行きません。

日程は、27日に内子と伊予大洲。28日は高知県の安芸と高知を訪れます。

安芸は、初めてです。

他の訪問地は、もう何回も訪れた所ですが、デジカメで、きっちり写したいと思っています。

時間があれば、31日にも、今回の旅行の写真をアップできると思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

その他のカテゴリー

お城 | | 旅行・地域 | 歴史 | 鉄道と旅行